21.天の雷、地に焔(2)

【予備知識】

・舞台は2082年のアフガニスタン。

・味方は平和維持軍『PRTO派遣軍』。主人公ジーク・シィングは規格外兵器「戦術級機動装甲T-Mech〈ヘルファイア〉」のパイロットであり、僚機〈ピースキーパー〉と共に敵陣への斬り込み役を担う。

・敵は反政府組織パシュトゥーニスタン、そしてそれと連携する外様の武装組織『シスコーカシア戦線』。シスコーカシア戦線自体もアリスタルフ派(思想集団)とゼリムハン派(リアリストの傭兵組織)の2派閥に分かれており、実質的に三組織の連合である。


【これまでのあらすじ】

・乱戦の只中に飛び込んできた宿敵〈シャングリラ〉。無尽蔵の放電出力に裏付けられた戦闘力を前に、〈ヘルファイア〉と〈ピースキーパー〉は苦戦を強いられる。

・その隙を狙い、部下の復讐を狙うゼリムハンが〈ピースキーパー〉に攻撃。更にクラッキングされた無人機の特攻が重なり、〈ピースキーパー〉が撃墜された。

・小憎らしくも頼もしい僚機はもはやない。〈ヘルファイア〉はどう戦う?


◆   ◆   ◆   ◆


「〈アズガルド〉より全機へ。『四つ足〈ピースキーパー〉』を墜とした。『三つ目〈ヘルファイア〉』はうちの〈シャングリラ〉に任せればいい。各機混乱に乗じて撤退せよ」


 戦線離脱する〈ピースキーパー〉を背に、ゼリムハンが友軍部隊に連絡を入れた。


 彼の狙撃隊から小さな歓声が上がり、パシュトゥーニスタン部隊からも安堵の声が漏れる。〈ピースキーパー〉の火力は通常戦力にとってこそ大きな脅威だった。


「ありがたい、こちらも〈ジャハンナム〉を回収後、撤退する。お前達の〈ティル・ナ・ノーグ〉もこちらで回収しようか?」

「『俺達の』ではない。奴は自力で戻るそうだ。放っておけ」

「承知した。……この戦争も今日で終わりだろうか」

「終わるものか」


 ゼリムハンが乾ききった声で答えて、そのまま通信を切った。


「……アリスタルフがまだやる気だ。終わるものか」


 ふらふらと飛び去る〈アズガルド〉の中で、巨漢の傭兵隊長は独りごちた。


 ◇


「〈ピースキーパー〉が撤退!? 火力支援もできないのか!」

「ディナが重症だ! 機体も大破寸前でほぼ弾切れ!」

「自力で帰れるか!」

「無理だ、核エンジンの調子が良くない。南へ不時着をする!」

「ちぃ――」


 ジークが舌打ちした。〈ヘルファイア〉とて余裕はないのだ。〈ティル・ナ・ノーグ〉の回転カッターによって右脚に損傷を負い、その他にも複合装甲まで達する傷を複数受けている。いつ機体フレームが限界を迎えるか、解ったものではない。


「『炎の蜂』のカイル・ホワイトは、サンドバルを拾って基地ビッグボードに帰れ!」 

「いいのかよ!?」

「敵も下がってる。『マント付き』が相手じゃいてもいなくても同じだ! 行け!」

「わ……解った! お前も程々で帰ってこいよ! 幸運を祈る!」


 激励じみた通信を残し、生き残った『炎の蜂』隊の戦闘ヘリ3機が後退を始める。


 〈アズガルド〉は既にどこかへ飛び去った。周囲ではパシュトゥーニスタンの〈スネッグ〉部隊と味方の戦車隊が巻き添えを恐れて散り散りに退散している。西の狙撃Mechも後退を始めたようだった。残ったのは〈ヘルファイア〉と、〈シャングリラ〉のみ。


「久々の一人仕事だ。清々するぜ――死に化粧はしてきたか、『マント付き』! ここで会ったが百年目、あの日からお前をどう殺すか考えない日はなかったぞ! 俺を今日まで生かしたことを地獄で後悔させてやる!」


 ジークが地獄の鬼のごとく大音声を上げた。呼応するように〈ヘルファイア〉の人工筋肉と高トルクモーターが駆動音を上げる。


「相も変わらず、炎のような気迫。これがジャラーラーバードのお兄さんだと言うのだから、人というのは……。サンドバルのお二方は撤退、対空射撃の危険はもうない」


 対する〈シャングリラ〉は手足からのジェット噴射で宙に浮いたまま、右肩のテンタクラー・マントを大槍に絡みつかせて強固に保持した。優雅ですらある佇まい。


(装甲が前より固くなっている。フューザーの射撃では有効打が出ない。無視してターニャの方へ行かれたら最悪――)

(――その考えが『マント付き』を地上に縛り付ける。それがこちらの付け目)


 ジークが〈ティル・ナ・ノーグ〉の残骸の位置を確認し、にじり寄るような脚運びで〈ヘルファイア〉を動かしていく。


 何故〈シャングリラ〉がこの終局間近になって参戦したのか。ここにいる味方を、おそらくはあの四本腕を回収するためだ。故に高高度爆撃ではなく、自ら地表に降りてきた。ならば利用せぬ手はない。全てを使って勝利を掴む。


「勝負ッ!」


 ジークが吼え、三眼の怪物が左腕マイクロ・レールガンを連射した。高速の重金属散弾が散らばって空間を埋め尽くす。


「散弾か……!」


 〈シャングリラ〉が雷光のごとく動き、緩急のついた鋭角の飛行軌道を描いた。

 同時に左手のビーム・フューザーが真紅の糸めいた刃を形成し、直後にそれがサーベル状の刀身へと成長する。出力リミッターを外したのだ。


 そのまま大きく回り込むように散弾を躱し、突撃。手足の電熱式パルスジェットエンジンが放電音と共にオーロラ色の排気を吐き、機体を更に加速させる。


「――ここだ!」


 しかしそのルート上に〈ヘルファイア〉が先んじて立ちはだかり、槍を構えた。

 然り、先の散弾射撃は飛行ルートを限定する布石。本命は大身槍の一撃である!


「読まれた!?」

「学習済みなんだよ、お前の動きは!」

「だからといって!」


 ジナイーダが鋭く言い捨て、左肩の触手で大槍の電磁リニア射突を打ち逸らした。

 〈シャングリラ〉が慣性で宙を舞い、天地逆さの姿勢で怪物の横につく。その片手と両脚からビームの刃が伸びた。


「蝶のように舞い、蜂のように刺す! 固いなら固いなりに斬るまで!」


 すれ違いざまの斬撃。3本の赤熱した線が〈ヘルファイア〉の装甲を走り、巨大なアスタリスクを結んだ。中央の一点で装甲が破れ、左肩、人工筋肉の一部が損傷!


「エアロゲルを抜いてきやがった!?」


 ジークが目を剥いた。

 装甲側の問題ではない。〈シャングリラ〉は機体がすれ違う一瞬のうちに、斬撃を一点に重ねて貫通・・させた・・・のだ。


 マント付きの長躯が襲撃の勢いのまま離脱し、そのまま不可視の電線を走る稲妻めいて空中を駆け回る。〈ヘルファイア〉の1.5倍近い大型機とは思えぬ俊敏さ。

 両手足のスラスターから放出される極彩色のイオンが、暗くなりつつある空に無秩序なレーザーアートじみた残光を残した。


「相も変わらずイカレた機動を! ……どこからどう来ようが殺すまで!」


 ジークが機体に思惟を送ると、〈ヘルファイア〉が再び猛獣めいた低姿勢をとり、槍を持つ右腕を弓のごとく引き絞った。傷を負った右脚がギシギシと軋む。


 思えば、この怪物も様変わりしたものだ。

 装甲を覆う外殻内には対ビームのエアロゲル材。腕部機銃はチェーンガンから強力なマイクロ・レールガンに換装され、脇腹には火炎放射器フレイムスロワー。重いバトルアクスは振動槍に変わり、近接攻撃のリーチと速度も飛躍的に伸びた。全て〈シャングリラ〉へのリベンジを念頭に置いた装備である。


「舐めるなよ、『マント付き』。お前はジーク・シィングと〈ヘルファイア〉の名に泥を塗ったんだ……馬鹿にしやがって……二度と動かないようにぶっ壊して、ビッグボードまで引きずっていってやる……!」


 ジークにもはや人生の展望はない。帰る故郷もない。

 彼にとってはこの〈ヘルファイア〉が此岸最後の領土であり、存在証明だ。

 そこに手をかけた〈シャングリラ〉のことを、ジークは決して許しはしない。


 如何な悪条件があろうと、今こそ復讐の好機。命に代えてでもたおす!



「まったく、なんでこんなことになったのやら! アリスタルフもゼリムハンも自分の事ばかりで、チームワークも何も無いから!」


 ジナイーダが今一度、今度は敵の背後に抉り込むように仕掛ける。

 しかし彼女が後ろをとった瞬間には、既に〈ヘルファイア〉は反転を終えていた。


 振り向きざま横一文字に連射された散弾がマントを捉え、放電防御を誘発。

 同時に脇腹の火炎放射器フレイムスロワーがペレット状のテルミットを撃ち出し、マントを構成する人工筋線維を二酸化炭素に変える。対T-Mech徹甲弾をも防ぐマントにクッキーカッターで抜いたような大穴が開いた。

 

「――ブッ殺してやる(MARCHU TALAI)!」


 〈ヘルファイア〉がシームレスに神速の突きを繰り出す。発射反動の利用。渾身の膂力。熱核ジェット噴射。槍の電磁加速機構。

 爆発的に加速した槍先が防御の隙間を突き通し、〈シャングリラ〉の右前腕を掠めた。腕に内蔵されたエンジンが異音を立て、ベーン型スラスターの一部が機能を停止する。


「当ててきた!? 速い……!」


 ジナイーダが冷汗を流す。

 無尽蔵のエネルギーを誇る〈シャングリラ〉は、その高出力故に危ういバランスで成り立っている。膨大な排熱を逃がすために人型の本体はまったくの非装甲で、被弾一発が致命的な戦闘力低下を招きうるのだ。


「逃がすかよ、畜生がッ!」


 離脱する〈シャングリラ〉の背後から、怪物が両腕のレールガンを放つ。

 〈シャングリラ〉はビーム・フューザーの光刃を手首ごと回転させ、熱の円盾を作って散弾を受けた。重金属弾子が残らず蒸発して飛び散る。


 西に飛び去った〈シャングリラ〉を、〈ヘルファイア〉は無理に追おうとはしなかった。逆に油断のない足運びで東へ、〈ティル・ナ・ノーグ〉の方へと移動し、〈シャングリラ〉からの接近を誘う。


 ジナイーダの胸中に焦りが生じた。こちらの嫌がることをよく理解した動きだ。


「ジーク・シィングは、敵にすると何をしてくるか解ったものじゃない……! ターニャ、敵はあなたを盾にする気です。離脱まであと何秒?」

「およそ60」

「長いわね。――止むを得ません。〈ケラウノス〉を使って接近戦をします!」

「司令に叱られませんか」

「それで済むなら安いもの!」


 〈シャングリラ〉が触手をはためかせて放熱しつつ、両脚底からビームを連射。

 〈ヘルファイア〉は腕部装甲をかざして砲撃を受け、じりじりと東に下がりながらカウンターを狙う。もう12時間は戦い通しのはずだが、恐るべき持久力だ。


「もっと圧力をかけなきゃターニャが危ない……最大稼働!」


 ジナイーダが赤と黒の双眸を見開き、全身からの放電の勢いを強めた。

 無数の給電ケーブルが繋がった高電導スーツの表面を電流が這い、迸る稲妻がコックピットを満たす。


 過剰な電力供給によるオーバークロックが始まり、〈シャングリラ〉のフェイスカバーが開いて赤いモノアイが露出――そして口元にあたるエアロカウルまでが展開し、牙めいた多層放熱板ヒートシンクが露わとなった。


「例のリミッター解除か。何をする気だ?」

「〈ケラウノス〉が槍の姿をとるのは伊達じゃない……シャミルの〈ヴァルハラ〉とやったなら、『これ』にも見覚えがありましょう!」


 マント付きの長躯が急上昇。エンジン付きの両脚がまっすぐ伸びて関節をロックし、固定されたスラスター・ユニットと化した。

 〈シャングリラ〉の右腕、そして槍と一体化するように巻き付いた右肩のテンタクラー・マントが、長槍形態の〈ケラウノス〉を掲げる。


「――ビーム・ラム、行きます!」


 その砲口から超高温粒子の奔流が噴き出し、極大規模のビーム刃を形成した。

 

 砲口の補助スラスターが放射状にプラズマ排気を噴き、強引に反動を抑え込む。

 同時に機体から溢れた余剰電流が100メートルを超える火柱の表面を走り、耳をつんざくような轟音を放つ。文字通りの雷霆の槍ケラウノス! 


「自分の無力を認めます。ええ、認めますとも。あなたと〈ヘルファイア〉は殺さないように戦える相手ではない――それでもターニャの命は渡さない!」


 〈シャングリラ〉の両脚が一際激しいプラズマを噴き、一瞬で音速の壁を破った。

 雷撃の槍騎兵、衝角、あるいは尖塔。あらゆる比喩すら生ぬるい急降下突撃の迫力! 熱核爆弾に匹敵する熱量が意思をもって迫る!


「どういう出力だ……! アレが〈キュムロニンバス〉を沈めた武装か!」


 三眼の怪物が形振り構わず熱核ジェットを吹かし、突撃の針路上から退避する。

 直後――北から南へ、超音速のランス・チャージが直線状の爆発を生じた。

 

 土壌の分子がプラズマと化し、大気が爆風となって地を薙ぎ払う。OSの自動防眩機能が作動するほどの閃光が〈ヘルファイア〉のカメラアイを灼く。

 先程までの高高度砲撃に比べれば、ごくささやかな破壊規模であったが――その余波だけで〈ヘルファイア〉は前進を止められ、その場に薙ぎ倒された。


 ◇


「……野郎ッ! こんな隠し玉を!」


 右膝から異音を立てながら〈ヘルファイア〉が立ち上がる。

 ブラッドレッドの塗装は半ば剥げ落ち、酷いところでは外殻自体が脱落して複合装甲モジュールが露出していた。傷を負った右脚も、いよいよ限界だ。


「俺がこれで怯むと思うなよ……! 今ので解ったぞ、こうしてまで俺を『四本腕』に近付けたくない魂胆が!」


 上空の〈シャングリラ〉が大きく旋回、再び突撃体制に入る。先程までのピンボールじみた変則機動とは違う、緩やかにすら見える動き。突撃が終わると同時に〈ケラウノス〉の雷槍は消滅したが、デバイス自体は未だにアイドリングを続けているようだった。


「動きが鈍ってる……いや、旋回半径がデカくなってるのか」


 ジークが天を仰いで思考を巡らせた。

 考えてみれば、あの雷槍はつまるところ垂れ流しのビームだ。それを槍に見立てて振り回しているのだから、反作用で機動力が鈍るのは必定。一度突撃コースに入れば、微調整程度の軌道変更しかできなくなるはずだ。


(奴の狙いが足止めなら、突撃コースは限られてくる。それを利用すれば……だが、そこから組み付いて殺しきることができるか?)


 ジークが思考したその時、〈ヘルファイア〉のコックピットに通信が入った。


「――こちらビッグボード。返事はいい、今すぐそこから離れろ」


 キャンプ・ビッグボード基地司令、トニー・ゴールディングの声だった。


「基地司令が何の用です! 忙しいんだ!」

「〈キュムロニンバス〉の置き土産の巡航ミサイルトマホークが接近中、あと120秒で着弾する。戦車部隊から要請されたものだ」

「何を今さら! ……ちぃっ!」


 ジークが言葉を切った。上空で閃光が弾け、再び超巨大な雷槍が生まれたからだ。


 〈シャングリラ〉が再び突撃に移った。〈ヘルファイア〉は手近な地面の起伏に滑り込み、超高温粒子の奔流と爆風の余波から逃れようと動く。

 だが、そこで――すれ違いざまにマント付きの長躯の左手が閃き、フューザーの斬撃が〈ヘルファイア〉を一閃した。


 殺して害せよサツガイと名付けられた大身槍が真っ二つに切断され、刃渡り5メートルに及ぶ穂先が地面に落ちた。必殺の電磁射突はもはや使えぬ!


「こいつ、槍を!? よくも……! 動いてる敵はもう『マント付き』だけなんだ、そっちでぶつけられないのか!?」

「対拠点用の巡航ミサイルだぞ、飛行兵器に当たる精度などあるものか。今のように動き回っていては、お前を避けて落とすこともできん」

「だったら……いや待て。飛んでくるミサイルの数は?」

「3発だ。炸薬量は合計3000ポンド」

「メートル法!」

「約1.4トン!」

「……よし」


 ジークがぼそりと口に出し、決意したように頷いた。鉄仮面めいたフェイスガードの下、サイバネ義眼に怒りと狂気じみた執念が燃える。


「撤退はしない。『マント付き』はこの場で殺しきる!」

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