20.天の雷、地に焔(1)

【予備知識】

・舞台は2082年のアフガニスタン。

・味方は平和維持軍『PRTO派遣軍』。主人公ジーク・シィングは規格外兵器「戦術級機動装甲T-Mech〈ヘルファイア〉」のパイロットであり、僚機〈ピースキーパー〉と共に敵陣への斬り込み役を担う。

・敵は反政府組織パシュトゥーニスタン、そしてそれと連携する外様の武装組織『シスコーカシア戦線』。シスコーカシア戦線自体もアリスタルフ派(思想集団)とゼリムハン派(リアリストの傭兵組織)の2派閥に分かれており、実質的に三組織の連合である。


【これまでのあらすじ】

・〈ティル・ナ・ノーグ〉と〈ジャハンナム〉を連続で撃破した〈ヘルファイア〉。

・そこに超高空から降りてきたシスコーカシア最強の機体〈シャングリラ〉が乱入。4陣営が入り乱れる中、突き動かされるように最後の乱戦が始まる。


◆   ◆   ◆   ◆


「敵先頭車が1000メートル以近に到達!」

「第1、第3小隊は後退。第2、第4小隊で援護。対戦車地雷は?」

「仕掛けたぜ、ポリーナ」

「オーケー。射撃開始」

「発射!」「発射!」「発射!」


 正規軍にも劣らぬ統制で、シスコーカシア狙撃隊の〈ダビデ〉が射撃を放つ。


 このイスラエル製の四眼機体の武装は機銃付きの60mm狙撃砲マークスマン・ガンと振動ナイフ。背部兵装は対戦車ミサイルと対空ミサイル、指揮通信ユニットの選択式。火力、射程、共に申し分ない。


 それでも純正の機甲部隊を相手取るのは荷が重いが――僥倖なことに、パシュトゥーニスタンの〈スヴェジー・スネッグ〉が果敢に反復攻撃を仕掛け、敵の車列を斬り刻んでいる。


 彼らの持つ超大型無反動砲が命中すれば、主力戦車だろうが木っ端微塵だ。機動力も通常兵器としては次元違いに速い。こうなればポリーナたちは側面を晒した車両を撃っていけばよい。即席の連携が出来上がっていた。


「ポリーナ、合わせるか?」

「一人でやる。……アメリカだか、インドだか。ゼリムハンの狙撃隊を舐めるなよ」


 狙撃隊を率いるポリーナが自らの機体に膝射姿勢をとらせ、視界上に表示された狙撃砲マークスマン・ガンの照準レティクルを敵戦車に合わせた。


 立て続けの3連射、砲弾が地を這うように飛ぶ。


 初撃が履帯を切断、2撃目が起動輪を破壊、3撃目が車体下部を貫通。操縦席を潰された〈ラインバッカー〉が行動不能に陥った。

 敵の応射が壕のすぐ傍を抉る中、ポリーナが次の戦車に照準を移す。


「次。……!?」


 その時――装甲の怪物と、触手のマントに覆われた長躯が射線上に雪崩れ込んだ。


 大重量の衝撃が地面を揺らす。〈ヘルファイア〉のマイクロ・レールガンの砲弾と〈シャングリラ〉のビーム・フューザーの粒子ビームが至近距離で飛び交い、流れ弾が四方八方に散る。T-Mechだ、と誰かが叫んだ。


 〈ヘルファイア〉が大槍をフルスイング、振動する穂先が大気を裂く。

 〈シャングリラ〉は手足からのジェット噴射で急上昇して回避。同時にその脚底から深紅のビームの刃が伸びる。遠近両用の荷電粒子兵器、ビーム・フューザーだ。


 〈シャングリラ〉が背部触腕のレーザーユニットから低収束の閃光を照射、それを足掛かりに空中胴回し蹴りを仕掛ける。足のビーム刃が深紅の熱光輪を生んだ。

 三眼の怪物は横滑り機動で回避、すれ違いざまに大槍の電磁射突を打ち込む。〈シャングリラ〉は無数の触手をうねらせ、紙飛行機じみた変則飛行で躱す。


 そして再び急降下に移りかけた瞬間、〈ヘルファイア〉がスラスター噴射に乗り、空中の〈シャングリラ〉に飛び掛かった。マント付きの長躯が躱そうと宙を泳ぐが、三眼の怪物は強引な推力制御で追随、喰らい付く。

 

 重装甲に覆われた剛腕が〈シャングリラ〉を掴み、〈ヘルファイア〉を9本の触手が絡めとる。双方が同時にスラスターを噴射。2機の超大型Mechは空中で揉み合い、南の乱戦の渦中へと落下した。

 再び地響き、そして激突音。両軍部隊が巻き添えを恐れて逃げ惑う!

 

「ひぇー、怪獣映画モンスターパニックの化け物だ。加勢するか?」

「ほっとけ。車両を狙う」


 ポリーナが無感情に言い捨て、再び射撃を始めた。

 ゼリムハン派はアリスタルフ派ほど思想がかったグループではない。その目的は生存と傭兵業の報酬、ただそれだけである。そのストイックさが過酷な紛争地帯で派閥を活かし続けてきたのだ。

 

 

「ああ、もう! 生意気に腕を上げたこと! ――ターニャは、タチアナ・アルハノフは生きてるんですか!?」


 ジナイーダが呼びかけ、再び脚部ビーム・フューザーの光刃を発振した。


 鋭い回し蹴り斬撃で〈ヘルファイア〉を振り払い、再飛翔。

 そこから背後へレーザー誘電の稲妻を飛ばし、〈ピースキーパー〉から飛んできたミサイル群を焼き払う。更に本体を囲む9基のテンタクラー・マントをうねらせ、戦車隊からの散発的な砲撃を防御。マント内を流れる高圧電流が砲弾を破壊して無力化する。まさに鉄壁!


「……お姉様。申し訳ありません。殺し損ねました」


 数秒後に〈ティル・ナ・ノーグ〉からノイズ混じりの返答があり、ジナイーダは胸を撫で下ろした。コックピットは無事か。


「いいよ、そんなの。離脱できる?」

「あと200秒で〈ギロチナ・ストール〉がシステム復帰します」

「機を見て後退なさい、私が時間を稼ぎます」


 超音速でジグザグに飛ぶ〈シャングリラ〉の中で、ジナイーダが平然と言った。


(とは言ったものの)


 手負いとはいえ〈ヘルファイア〉は強敵だ。ジーク・シィングは土壇場の爆発力こそ恐ろしい。かといって放置すれば擱座した〈ティル・ナ・ノーグ〉が危険である。


 右手の長槍――超大型ビームキャノン〈ケラウノス〉の砲撃も、そう易々とは使えない。地上で戦術核クラスの大熱量を振り回せば味方を巻き込むからだ。まずはこの乱戦状態をどうにかしなければ……。


「――〈アズガルド〉より〈シャングリラ〉。何故来た。お前は砲撃役だったはず」

「アリスタルフが信用ならないから降りてきたんでしょうに」


 そこにまた通信。相手はゼリムハン・バスタエフ。同組織だが別派閥、距離のある相手。


「奴も人望がないな。……この場は任せて後退せよと、そう解釈して構わんのだな」

「ええ、他の方々を下げてください。パシュトゥーニスタンも。〈シャングリラ〉の雷霆〈ケラウノス〉は敵味方を区別しません」

「……そのつもりだ。不死者イモータルの不殺主義に付き合って死人を出す気はない」

「お好きに」


 ジナイーダは通信を切り、溜め息をついた。こうも嫌うか。

 だが、これでシンプルになった――そこに東からミサイルの第3波。彼女は舌打ちし、今一度背部触腕のレーザーユニットを展開した。

 

 ◇


「サンシューターより〈ピースキーパー〉! 『マント付き』の電磁波反応が復活、稼働時と同じレベルに戻っている! 信じられん、奴は息を吹き返した!」

「何を見て撃墜と言ったんだ、貴様は! ――空飛ぶオクトパス野郎が、ふざけやがって! 今度こそ地獄に叩き落としてやる!」


 サムエルが普段の口調をかなぐり捨て、スペイン語訛りの怒声を上げた。

 前席のディナがありったけの火力を投射するが、効力射は出ない。大電流を伴うレーザー迎撃が全てを無効化している。先程の高高度射撃と異なり、相手はこちらを認識した上で防御と回避を行っていた。


「無理っぽいよ、これ」

「構わず撃ち続けろ! 前に持ち帰った機体破片、奴の材質は大部分がカーボンだ! あんな滅茶苦茶な放電に何度も耐えられるはずはない! ゴリ押せ!」

「オーケー。『炎の蜂』隊には何させる?」

「対戦車ミサイルは撃つだけ無駄だ。――カイル、残弾は!?」

「ほとんど弾切れです!」

「『黒兜〈アズガルド〉』を見ておけ! 浮いてさえいりゃ牽制にはなる!」


 取り急ぎ指示を出し終え、サムエルは策を練った。

 ジーク・シィングの操縦技量に全てを賭けるのはリスキー過ぎる。ならば標的を切り替えるべきか、それとも今は手負いの〈アズガルド〉を墜とすことに専念すべきか?


 ――その時、共通戦術状況図CTP上に新たな反応が表示された。

 F-1U〈レインドロップ〉、PRTOの無人戦闘機ドローンファイターである。数は5。


「無人機か! これで……」

 

 サムエルが顔を綻ばせかけて、直後に気付いた。

 先ほどビッグボードから無人戦闘機ドローンファイターの増援は出せないと通信があったばかりではないか。では接近しているこの部隊は何だ? 


 そう考えた瞬間――友軍側の電子防御が作動。

 接近する5機の敵味方識別装置IFFが書き換えられ、敵部隊として表示された。


「例のクラッキングされた機体かぁっ! 迎撃!」


 サムエルが叫んだ瞬間、迫る5機のドローンファイター――高高度で〈スカーヴァティ〉のクラッキングによって拿捕されたF1-Uが、一斉に空対空ミサイルAAMを発射した。


 〈ピースキーパー〉が離陸、急反転してシャーシ下ガトリングを連射。更に背中のコンテナからスウォーム・ミサイルを撃ち放ち、低空を一直線に飛んでくる敵機群に向かわせた。


 5機中3機が爆散、遅れてもう1機がガトリングに主翼をもがれて墜落。しかし――最後の機体が蜂の巣にされながらもアフターバーナーを焚き、〈ピースキーパー〉に突進する!


「カミカゼ! 回避だ!」

「ち……!」


 ディナが操縦桿を目一杯傾け、全熱核ジェットを緊急出力で噴射。

 灰青の四脚機が傾き、横方向に急加速――そこに超音速の質量弾と化した無人機が掠めるように衝突した。

 いくら装甲で覆われているとはいえ、超音速戦闘機の激突を凌げるものではない。凄まじい運動エネルギーが〈ピースキーパー〉の左前脚を捻じ切り、機体を横転させた。


「野郎、他人の飛行機だと思って……! 立て直せ!」「やってる!」


 制御を失って落ちていく〈ピースキーパー〉。

 主翼を持たぬ本機にとって、墜落は死を意味する。ディナがオートで機体制御をかけ、更に一部をマニュアルで補正し、的確な姿勢制御と推力偏向で錐揉み回転を食い止める。


「〈ピースキーパー〉! 敵です! 『黒兜』が突っ込んでくる!」


 しかし機体が復帰しかけたその時、『炎の蜂』隊の戦闘ヘリが警告を発した。


 ◇

 

「……下がるとも。だがな――総がかりで一機も落とせないとあっては、シスコーカシア戦線の名が廃るのだ! これ以上虚仮にされてたまるかッ!」


 ゼリムハンが吼え、〈アズガルド〉が損傷をおして前進する。


 標的は〈ピースキーパー〉。無人戦闘機ドローンファイターをぶつけたのはアリスタルフの差し金だろう。ここにきて恩を売られた形だが、贅沢は言えない。


 漆黒の防空機もまた傷だらけで、左側の肩部ジェットエンジンとレーザーユニットが脱落し、片羽の甲虫めいた有様だった。

 だが、まだ戦える。彼には傭兵としてのプライドと、派閥を維持する義務がある。シャミルの死と〈ヴァルハラ〉の喪失は敵T-Mechの撃破で雪がねばならない。内外にゼリムハン派の力を示すため、こうしてアリスタルフを出し抜いたのだ。


 やや不安定な姿勢になりながら、漆黒の防空機が飛ぶ。

 残された背部レーザーユニット――〈シャングリラ〉のように稲妻を纏わせることはできないが、十分強力だ――そこから放たれた光条が攻撃ヘリからのミサイルを次々と撃墜し、機体を守る。

 

 さらに右腕の連装機関砲の射撃で敵を牽制、同時に左腕と一体化したビーム・ライフルの狙撃で3機いるヘリのひとつを射墜とす。そうして切り拓かれた敵機への道に、ゼリムハンは自らの機体を滑り込ませた。

 

「射程内……元より俺達の常套は射撃戦よ。シャミルは下手糞だったがな!」


 〈ピースキーパー〉が不安定な姿勢から腕部ガンランチャーを放つが、苦し紛れ。

 〈アズガルド〉は巨体に見合わぬバレルロールで射撃を掻い潜り、〈ピースキーパー〉の斜め下に飛び込むと、そこからビーム・ライフルを執拗に撃ち込んだ。


 超高温の荷電粒子ビームが〈ピースキーパー〉を直撃。シャーシ下の『対戦車缶切りタンクオープナー』ガトリングを破壊し、灰と青に塗られた装甲プレートを貫き――コックピットに到達した。


 ◇


 前部座席で爆発。床が抜けて煙と火花が上がる。人の肉が焼ける音。


「――ッ!」


 前部座席から甲高い叫び声。

 サムエルは生まれて初めて妹の悲鳴を聞いた。


「ディー! 平気か、おい! ……畜生、あの野郎!」

 

 妹の安否を確かめる暇はなかった。続く〈アズガルド〉のビームが〈ピースキーパー〉を次々と貫き、再び機体がバランスを崩し始めたからだ。今すぐ操縦を引き継がなければ、兄妹揃って死ぬ。


(何としてもディーは生き残らせる。ベストを尽くせ、サムエル・サンドバル!)


 サムエルはコンソールを叩いて操縦権をオーバーライドし、格納されていた操縦桿とレバー類を握った。

 そのままありったけのミサイルを〈アズガルド〉に発射し、全速力で後退をかける。もはや戦闘継続は不可能だ。こうなれば出来る限り南、味方に近い方へと移動し、不時着をするほかない。


「……あに、き……脚……」

「喋るな、俺に任せりゃいい! メディキットで応急処置しとけ!」


 ディナが震える手を内壁ラックを伸ばし、中から止血剤のパックと止血帯ターニケットを引っ張り出した。相当の大怪我でなければ使われない道具である。状況は良くない。


「〈ピースキーパー〉よりビッグボード、並びに〈ヘルファイア〉へ! 〈ピースキーパー〉は戦闘不能! 〈ピースキーパー〉は戦闘不能! 不時着する――クソがッ!」


 黒煙の尾を引いて飛ぶ四脚機の中から、サムエルが叫んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る