18.黄昏の空から(3)
【予備知識】
・舞台は2082年のアフガニスタン。
・米印主体の平和維持軍『PRTO派遣軍』と、ロシアの支援を受けた反政府勢力『パシュトゥーニスタン』が戦う。
・パシュトゥーニスタンは外様の武装組織『シスコーカシア戦線』とも協力関係にある。シスコーカシア戦線自体も内部で二派に分かれており、実質的に三組織の連合であった。
・主人公ジーク・シィングはPRTO派遣軍の所属であり、全高7メートルの規格外兵器「
【これまでのあらすじ】
・T-Mech〈ピースキーパー〉による対空砲撃により、シスコーカシア戦線最強のT-Mech〈シャングリラ〉は墜落した。
・その一方、ジークと〈ヘルファイア〉は偵察型T-Mech〈ティル・ナ・ノーグ〉を単機で押し留めていた。相手は手練れで、容赦がなく、殺意に溢れている。
・更に別方面からは復讐に燃える敵部隊が押し寄せてくる。殺すか、死ぬかだ。
◆ ◆ ◆ ◆
「来い、四本腕! コソコソ隠れるだけが取り柄の惨めな虫ケラめ!」
ジーク・シィングがアドレナリンに身を任せて吼えた。
熱核ジェットの推力、モーターと人工筋肉の駆動出力が連動し、〈ヘルファイア〉が暴風のごとく大身槍を振るう。
「……見逃された負け犬がよく吠える。次は死体になって地に伏せろ」
対する〈ティル・ナ・ノーグ〉はリアスカートの〈フォグシャドウ〉光学迷彩システムを起動、メタマテリアル粒子で機体を包んだ。
ジークが腕部レールガンの牽制射を放とうとした瞬間、眼前でサーチライトじみた閃光が弾ける。レンズ状に展開したメタマテリアル粒子で太陽光を偏向・収束させ、〈ヘルファイア〉に向けて照射したのだ。
「目晦ましだと!?」
OSによる減光処理が挟まり、視界が薄暗く染まる。
その端に背後へと抜ける影。振動クローの一撃が駄賃替わりに装甲を裂く。
無貌の――否、もはや無貌ではない。割れた面から
「それで出し抜いたつもりか!」
ジークが持ち手に仕込んだリニア機構を起動、槍を後方へと撃ち出す。
電磁加速した槍の石突が〈ティル・ナ・ノーグ〉の胴を打ち、砲撃を阻止。そこに〈ヘルファイア〉が鋭く反転し、柄も通れと槍を突き出した。
怪物の膂力、熱核ジェットの推力、そして電磁力による加速を乗せた切っ先が銀色の胸甲を切り裂く――だが、浅い。ターニャがそのように避けたからだ。
〈ティル・ナ・ノーグ〉が後方に跳ぶ。入れ違いに円盤無人機〈ギロチナ・ストール〉が飛来、地表すれすれから体当たりを仕掛ける。
〈ヘルファイア〉もスラスターを吹かして前へ跳び、回転鋸刃を飛び越えて敵機を追った。着地した二機が再び至近距離で睨み合う。
(装甲は〈ヘル〉ほどじゃない。当たれば殺せる……当たれば)
燃えるような攻撃衝動の中、ジークが冷徹に敵を分析した。
彼はターニャの心境など知る由もない。だが、敵機の動きが変わっていることは鋭敏に察知していた。
先程の戦闘において、〈ティル・ナ・ノーグ〉は終始冷静だった。
最適解を選び続けるAI相手のシミュレーションのような、綻びのない無機質さがあった。激情の爆発を攻撃に変えるジークとは真逆のスタイルだ。
だが……さっきの戦闘で自信を深めたか、あるいは腕をもがれて頭に来たのか。今の〈ティル・ナ・ノーグ〉は動きに妙な荒々しさが出ている。つけ込むならば――。
「――どけよ、ジークとかって! T-Mechだって囲んで叩きゃいいだろうが!」
その時、カイル・ホワイトの通信と無数のローター音が割り込んだ。
見ると『炎の蜂』隊の攻撃ヘリが接近し、組み打つ二機のT-Mechを取り囲んでいた。ノーロックで〈ティル・ナ・ノーグ〉を狙うべく、近距離に密集して展開している。
「間抜けが! 囲まれて死なねぇからT-Mechなんだぞ!」
ジークが怒声を上げる。
確かに攻撃ヘリ8機の同時射撃ともなれば、その火力は〈ピースキーパー〉にも迫ろう。だが――BMI制御のT-Mechと通常兵器では、生息する速度域が違うのだ。
「羽虫め」
ターニャがぼそりと呟き、動いた。
恐竜の後肢を思わせる脚部を縮め、〈ティル・ナ・ノーグ〉が空高く跳躍。両脚を揃えたドロップキックで攻撃ヘリを蹴り潰し、そのまま反作用で後ろに跳ぶ。
跳んだ先では〈ギロチナ・ストール〉が別の攻撃ヘリを体当たりで切断し、ホバリングに移って待機していた。彼女はそこに降り立ち、レールガンの射撃で三機目を墜とし、また跳んで、
「な、な、何だっ……!?」
呆気にとられるカイルを余所に、〈ティル・ナ・ノーグ〉が〈ヘルファイア〉から離れて谷底に着地した。たちまちその身体が空間に溶け、消える。
「不用意にT-Mechに近寄るな、馬鹿め! ……畜生、頭数を減らしやがって!」
生き残った4機のヘリが散り散りに広がる中、〈ヘルファイア〉が〈ティル・ナ・ノーグ〉を追って尾根を駆け下りる。
――その背後、尾根の北側からもジェットエンジンの咆哮が轟き、駆け付けてきた新手のT-Mechが姿を見せた。
深紅の塗装。5メートル級の小柄な体躯に、サイドカー付きの装甲自律バイク。
サイドカー上には〈カブダ・マタル〉連装砲架。鉄パイプを溶接した砲架には、巨大なマラカスを思わせる400mm無反動砲〈カブダ〉が9発固定されている。
パシュトゥーニスタン唯一のT-Mech、紅の重騎兵〈ジャハンナム〉である。
「間に合ったかッ! 助太刀するぞ、〈ティル・ナ・ノーグ〉の!」
「『バイク乗り』か!」
「俺が一度や二度で諦めると思うなよ! 兄の仇、仲間の仇!」
バイク後部のジェットエンジンから青い炎を噴き、〈ジャハンナム〉が〈ヘルファイア〉を猛然と追いかける。ジークは舌打ちして〈ティル・ナ・ノーグ〉の追跡を諦め、挟み撃ちを避けるべく針路を東にとった。
「……」
〈ティル・ナ・ノーグ〉が光学迷彩を解除、戻ってきた〈ギロチナ・ストール〉に飛び乗る。右下腕で円盤上部の手すりを掴み、左腕二本でレールガンを構える。
ターニャはそのまま二機のやや後ろにつくと、〈ジャハンナム〉に通信を入れた。
「〈ティル・ナ・ノーグ〉より〈ジャハンナム〉へ。救援感謝します」
「勝負はここからだ。援護は可能か?」
「はい。『三つ目』はこちらで撃破しても?」
「気遣い無用! 〈ヴァルハラ〉のシャミルの死は聞いた、もはや気にして倒せる相手ではあるまい。――俺達は〈カブダ〉無反動砲を使う、爆風に煽られるなよ!」
「結構。こちらはレールガンを使います。そちらも誤射に注意を」
「心得た! 我らに神の加護ぞあれッ!」
短いの意形成の後、装甲バイクと飛行円盤に乗った二機のT-Mechが更なる加速をかけ、〈ヘルファイア〉を両側から挟み込んだ。
「……こちらアハマル1、戦線に到達。〈ジャハンナム〉に指示を乞う」
「
更にパシュトゥーニスタンの高速Mech〈スヴェジー・スネッグ〉の部隊が北から出現。
袴を履いたような砂色の機体が12機。リアスカートからのジェット噴射の推力に乗り、騎馬兵に追従する従士めいて〈ジャハンナム〉に続く。
そして――見よ。北西、山肌に設けられた道路を走ってくるのは、シスコーカシア戦線ゼリムハン派のMech輸送車である。
◇
「『三つ目』単騎に、攻撃ヘリが4。味方はパシュトゥーニスタンの部隊に……〈ティル・ナ・ノーグ〉。アリスタルフは罪滅ぼしのつもりか?」
車列の上空を飛行する、漆黒の重対空T-Mech――〈アズガルド〉のコックピットで、ゼリムハンが乾ききった声で言った。彼の眼下を走る装甲輸送車には、彼らが誇る狙撃隊の〈ダビデ〉が乗り込んでいる。
「ポリーナ、『三つ目』には俺だけで当たる。西から来る敵の車両部隊を迎え撃て」
「こんな山岳のど真ん中にですか?」
「PRTOの〈ラインバッカー〉は人が登れる場所ならどこでも登る。……行け」
「了解、ボス。――全機降車、仕事にかかる」
狙撃隊を率いるポリーナが号令をかけると、5輌の装軌式輸送車が一斉に停車した。
開いたハッチから長砲身の
ちょうどその時、数キロ先でPRTOの攻撃ヘリが対戦車ミサイルを連射。
狙いは恐らく〈ジャハンナム〉についてきた〈スヴェジー・スネッグ〉部隊だろう。ゼリムハンは直進しながらコンソールを操作し、レーザー迎撃システムをアクティブにした。
〈アズガルド〉の背部アームに懸架されたレーザーユニットが甲虫の前羽めいて展開し、明るいグリーンの光線を飛ばす。
〈ピースキーパー〉の繰り出すミサイルの大群に比べれば、この程度の弾数は物の数ではない。ミサイルは残らずレーザーに射貫かれ、着弾前に空中で爆発した。
「こちら〈アズガルド〉だ。直掩につく」
「救援感謝します」
「よく来てくれた! 次こそは仕留めるぞ!」
「……」
ゼリムハンは返事を返さず、〈アズガルド〉を〈ヘルファイア〉の真上につけた。
重対空機の左腕と一体化したビーム・ライフルが、深紅の重金属熱線を矢継ぎ早に放つ。この儘ならぬ状況への怒りと、殺意を込めて。
◇
「またぞろ雁首揃えて死にに来たか! 望み通り殺してやる……殺してやるッ!」
吼え猛るジークの闘争心は些かも衰えてはいないが――状況は実際、苦しかった。
ここが戦場でなくレース場であれば、〈ヘルファイア〉は難なく逃げ切るだろう。
だが現実は違う。斜め後ろからは〈ティル・ナ・ノーグ〉のレールガン、上からは〈アズガルド〉のビーム・ライフルが立て続けに飛んで来ているのだ。それらが〈ヘルファイア〉に蛇行を強い、加速を許さない。
「貴様が死ぬのだ、化け物! 今日が年貢の納め時よッ!」
トールが叫び、〈ジャハンナム〉がフロントボックスから抜いた〈カブダ〉を放つ。
文字通り
そこに飛んで来る追撃のビーム・ライフル、そしてラピッド・レールガンの砲弾。致命的な被弾だけは辛うじて避けているが、装甲の損傷は深刻だった。
更に――三機のT-Mechが追い立てる先には〈スヴェジー・スネッグ〉の群れ。全機が〈カブダ〉で武装している。
「おおおおおおおぉぉぉぉぉぉっ!」
ジークが凄絶なバトルクライを上げ、〈ヘルファイア〉を急反転させた。
このままでは装甲が持たずに死ぬ。敵を殺す前に、〈シャングリラ〉への雪辱を果たす前に。それだけは避けねばならない。
「ブッ殺してやる(MARCHU TALAI)!」
三眼の怪物が全長15メートルの大身槍を振りかぶり――後ろに、投げる!
「馬鹿力めッ……!? くうッ!」
トールが咄嗟にハンドルを切り、バイクを横滑りさせて大槍を回避した。即座に〈アズガルド〉と〈ティル・ナ・ノーグ〉がフォローに入り、十字砲火を仕掛ける。
〈ヘルファイア〉が乱れ飛ぶ射撃を最小限の回避動作で躱し、あるいは装甲で受けつつ、両腕のマイクロ・レールガンを〈ティル・ナ・ノーグ〉に向けて連射した。電磁力で加速した30mm徹甲弾が四腕機を襲う。
ターニャは反射的なジェット噴射制御で〈ギロチナ・ストール〉を撥ね上げ、底面装甲で弾を受けた。束の間、水平方向からの砲撃が止まる。
「こいつの加速力を舐めるなよ!」
ジークは熱核ジェット全基を緊急出力に入れ、躊躇なき加速で三機の包囲を抜けた。
このまますれ違いざまに投げた大槍を回収し、包囲を脱する――しかし。
「来たぞ! 囲め!」「死んでも退くな!」「英雄たれ!」
「……こいつらッ!」
眼前には〈スヴェジー・スネッグ〉の別動隊が進出し、〈ヘルファイア〉をせき止めるような隊形で展開していた。正面衝突すらも厭わぬ決死の阻止攻撃である。
『炎の蜂』隊の戦闘ヘリが支援しようとミサイルを放ったが、油断なき〈アズガルド〉のレーザーがそれを撃ち落とした。まさに焼け石に水!
ここまで来て。ジークは舌打ちした。
この1年半、殺し続けたことの因果応報か? 否、否、否。下らないセンチメンタリズムは無用だ。イデオロギーで勝敗が決まるわけでもない。
敵に囲まれた、それだけの話だ。対処するだけだ。
(だが距離が近い。数も多い!)
回避、迎撃、共に不可能。致命傷にならない箇所で弾を受け、無理やりにでも包囲を脱する。死ぬ確率の方が高いが、それしかない。
ジークが出来る限り射線を見切ろうと試みた、その時――。
「――どいつもこいつも情けない! この程度の雑魚に何を手こずっている!?」
数十発に及ぶミサイルの
先駆けは赤塗りの〈ファイア・ビー〉装甲ミサイル。その後にタンデムHEATの通常弾頭が続き、炎と煙の軌跡を描いて飛来する。
この場において、このミサイル群の発射を察知できた者は誰もいなかった。
否、〈ヘルファイア〉によるロックオンアラートは鳴り続けていたが――本来それに続くはずの支援砲撃が無かったために、半ば無視されていたのだ。砲撃手の不在が明らかであったが故に。
「ミサイル! 防ぎきれん、回避しろ!」
ゼリムハンがレーザーと機関砲の弾幕を張ったが、分厚いタングステン合金で覆われた〈ファイア・ビー〉の弾頭はそう易々とは墜ちない。右腕の四連対空砲も発射速度が遅く、元のスマート・ガトリングほどの迎撃効率は望めぬ。
「く……!」
漆黒の重対空機がミサイルを捌ききれずに連続被弾し、爆発と黒煙に包まれた。肩部エンジンが片方破損、左のレーザーユニットがアームごと脱落する。
そして――爆発! 爆発! 爆発! スウォーム・ミサイルの嵐がドラムロールめいて着弾、〈ヘルファイア〉を囲んでいた一団を上から滅多打ちにした。
〈スヴェジー・スネッグ〉部隊が散り散りに逃げ出し、〈ジャハンナム〉が手傷を追いながらも回避機動に走る。無傷を保ったのは即座に光学迷彩を起動した〈ティル・ナ・ノーグ〉だけだった。
「……フゥー……。流石の火力か」
ジークが長く息を吐き、地面に突き刺さっていた大槍を引き抜いて距離を取る。
東側、山岳の合間には灰青の四脚機――〈ピースキーパー〉がホバリングを保ち、背中の貨物コンテナじみたミサイルランチャーから白煙を吐いていた。
「こちら〈ピースキーパー〉。戦線に復帰した、これより支援に入る。私に感謝してこれまでの非礼を詫びるがいい、野良犬!」
「助けに来た。誰から撃てばいい?」
「雑魚を優先、とにかく頭数を減らせ! 大物は〈ヘルファイア〉がどうにかする――『マント付き』はどうなった?」
「墜とした。無人機が機能停止を確認している、残念だが撃破スコアは私のものだ」
「冗談抜かせ! あの化け物がそう簡単に死ぬものかよ!」
「……冗談ではない」
サムエルが――彼にしては珍しく――奥歯に物が挟まったような言い方をした。
「何であれ目の前に集中しろ。……『炎の蜂』隊は〈ピースキーパー〉の射撃に合わせて攻撃したまえ。物量でレーザー迎撃を飽和させる」
「了解! 続きます!」
攻撃ヘリ部隊との通信を切断すると、サムエルはふんぞり返って眼下の敵を見た。
「パシュトゥーニスタンの奴らに得体の知れぬMech部隊、それにT-Mech。敵戦力の精髄がここに集まっている。……つまり
「自由も民主主義もどうでもいい! ――殺すか死ぬかだ、クソッタレ共! 勝負しろ、そして滅びるがいい! このジーク・シィングと〈ヘルファイア〉の手で!」
再び合流した2機のT-Mechが動き始す。
もはや孤軍奮闘の時間は終わりだ。〈ピースキーパー〉の支援爆撃を背に、〈ヘルファイア〉が大身槍を頭上で振り回しながら敵部隊に切り込む。
同時に西からも断続的な砲声。とうとう戦場に到着したPRTO機甲部隊が、防衛線を張った狙撃隊と砲撃戦を始めたのだ。
戦闘が始まってから、およそ12時間。じきに夜が来る。
そうなれば、戦況がどうであれ戦闘は中断されるだろう。西暦2082年においても夜戦には無数の困難が付きまとう。
だが――仮に明日を迎えられたとしても。
もう一度戦う余力など、もはやPRTOにもパシュトゥーニスタンにも残されてはいまい。
PRTOは切り札の空中空母〈キュムロニンバス〉を失い、パシュトゥーニスタンは守りの要だった山岳要塞線を破壊された。アフガニスタンの空と土は、戦略級ビームの連射に伴うキノコ雲と黒い雨に汚されてしまった。
数日に渡る戦闘、そして直近に受けた大被害のため、両軍ともに疲労困憊。戦線のほとんどの場所は既に自然停戦となっている。この谷底の街道沿いが、未だ戦闘が続いている最後の場所だ。
この場にいる誰一人として、明日の事など考えていなかった。
ただこの場を生き残るため、任務を果たすため、思想のため――炎に飛び込む蛾や川に入るレミングのような衝動に突き動かされて、力を振るう。
傾いた日の下、黄昏の空の下で。
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