17.黄昏の空から(2)

【予備知識】

・舞台は2082年のアフガニスタン。

・米印主体の平和維持軍『PRTO派遣軍』と、ロシアの支援を受けた反政府勢力『パシュトゥーニスタン』が戦う。

・パシュトゥーニスタンは外様の武装組織『シスコーカシア戦線』とも協力関係にある。シスコーカシア戦線自体も内部で二派に分かれており、実質的に三組織の連合であった。

・主人公ジーク・シィングはPRTO派遣軍の所属であり、全高7メートルの規格外兵器「戦術級機動装甲T-Mech〈ヘルファイア〉」のパイロットである。


【これまでのあらすじ】

・反攻作戦の最中、シスコーカシア戦線最強の機体〈シャングリラ〉による高高度砲撃が始まった。PRTOはこれを止めるべく、T-Mech〈ピースキーパー〉による対空砲撃を狙う。

・〈ヘルファイア〉が敵を食い止める中、〈ピースキーパー〉は射撃位置についた。〈シャングリラ〉の現在高度は2万メートル、チャンスは一度きりだ。


◆   ◆   ◆   ◆


「こちら〈ピースキーパー〉、射撃準備完了しました」


 〈ティル・ナ・ノーグ〉の強襲から逃れ――10キロメートルほど後方で着陸した〈ピースキーパー〉の中から、サムエル・サンドバルが通信した。


 この灰青の四脚機は尾根の南側を射撃地点に選び、まばらに草の生えた地面に四脚の姿勢制御アンカーを打ち込んでいた。わざわざ平地でなく斜面に降りたのは、対空射撃時に砲の仰角を稼ぐためだ。


「ビッグボード了解、これで全て準備完了だな。……こちらは射撃統制チーム、コールサインは『サンシューター』だ。急造チームだがよろしく頼む」

「こちら早期警戒機AEW、コールサイン『サウザンドマイル』」


 キャンプ・ビッグボードの本部士官の言葉に、高性能レーダーを搭載した早期警戒機のオペレーターが続く。いずれも知らぬ顔ではない。士官食堂やプライベートの時間を使い、サムエルはビッグボードの主だった士官には顔を売っていた。


「改めて、こちら〈ピースキーパー〉です。お歴々とご一緒できて光栄ですよ」

「これで全員だな。……これより緊急ミーティングを始める。通信傍受対策のため、各機はホッピング・シーケンスと拡散符号を再度変更せよ。FH5-DS7だ」


 『サンシューター』から告げられた符号に従い、サムエルがタッチパネル型のコンソールから周波数を変更した。敵に電子戦能力――それも恐ろしく高度な――を持った機体がある以上、注意してしすぎるということはない。


「作戦はシンプルだ。敵機が動きを止め次第、サウザンドマイルが火器管制レーダーを照射。同時に戦闘機隊が長距離空対空ミサイルLAAMで攻撃を仕掛ける。――だが、これは全て迎撃されるだろう」

「あくまで目晦まし、だな」

「そうだ。ここまで集めたデータによれば、敵はミサイルに対してロクな回避運動を取らない。その迎撃能力への自信を逆手にとり、地表からレールガンによる直射を撃ち込む」

「なるほど。余所見させて土手っ腹を刺す、定石ですね」


 サムエルが統制チームの意図を反芻した。


「サンドバル少佐は喧嘩慣れをしている。……〈ピースキーパー〉のカタログスペックは手元にあるが、現状を知りたい。発射レートと使用弾種を聞かせてくれ」

「機体に致命的な損傷はなし。レートはフルチャージで分間15発、砲身を潰せば20発はいけます。弾種は時限炸裂式の榴霰弾を使用、残弾25」

「一斉射は可能だな。素晴らしい」

 

 サンシューターが心底ほっとしたように言った。

 

「〈ピースキーパー〉はそのまま待機し、指示を待て。――本作戦の成否に前線の仲間の命がかかっている、各員とも一層奮励努力せよ。作戦を開始する、通信終了オーバー!」


 その通信を聞き終えると、サムエルは腕を組んで座席の背もたれに身を預けた。頭上で〈ピースキーパー〉の砲塔が旋回し、日の傾いた空に砲口を向ける。


 高度に自動化された〈ピースキーパー〉のFCSは、ほとんど人間の操作を要しない。

 ましてや今回、敵機を捕捉するのは早期警戒機サウザンドマイル、射撃計算をするのは統制チームサンシューターの仕事だ。サムエルの仕事は「撃て」と言われた時に引き金を引くだけ――実にシンプルで、そのうえ目立つ。おいしい役割だ。


「全員が上手くやれば大出世、誰かがヘマをすれば仲良く心中か」

「みんないつかは死ぬよ。……何、不安なの?」


 前席に座るディナが尋ねる。彼女は発電のために熱核ジェットエンジンのスロットルを調整しつつ、周辺監視と地上戦の状況確認に徹していた。


「自分以外のヘマの巻き添えを喰らうのが大嫌いなんだ、俺は」

「だろうね。……〈ヘルファイア〉の方、アマレンドラ大佐の戦車部隊が救援に走ってるみたい。ギリギリ間に合うかも」

「野良犬らしく生き延びるだろう。死んだら死んだで清々する」

「あっそ」


 それきりディナは黙り込み、〈ピースキーパー〉の機内に張り詰めた沈黙が降りた。6基の熱核ジェットエンジンが起こす微振動だけが、心臓の鼓動のように響いている。



 気まずいとは思わない。いつもの事だ。

 妹ができて24年になるが――もともと面と向かって話したことは、あまりない。


 10代の頃は妹が嫌いだった。肌も髪の色も母と同じで、自分とは違う。そのうえ自分より落ち着いていて、頭の出来もいい。

 再婚した母は非嫡出児のサムエルより、妹ばかりを贔屓した。自分は母親が男選びでヘマをした巻き添えを食らい、苦難と貧しさを強いられたのだ。


 母が癌で働けなくなり、学校を辞めてPRTO派遣軍で働かざるを得なくなった時――自分が思っているほど、妹が自分を嫌っていないことに気付いた。

 高等教育を受けさせてやろうと学費を稼いでやったが、結局ディナは給料目当てで士官学校に入学した。母を楽に死なせるために金が入用だと言うからだ。


 今はもう、母はいない。望まれて生まれた妹と、望まれなかった自分が残った。

 勝利と支配、栄光と優越感で飢えを満たすのが人生の目標になった。立ちはだかるものを打ち倒し、貪食する。そうして腹に詰め込んだ物が、そのままサムエル・サンドバルの価値となるのだ。ジーク・シィングが人食い虎なら、サムエルは飢えた狼であった。


(正体不明の脅威。謎に包まれた機体。……俺がここで落とせば大金星だ)


 サムエルがディナと同じ、唯一母から受け継いだ青い目を獰猛にぎらつかせた。


 自分はここで死ぬ気も、空気で終わる気もない――あのお高く止まった星を墜として、骨一本残さず喰い尽くしてやる。

 


「兄貴、上。北北東」



 その時、ディナの言葉が沈黙を破った。

 言われた方角の空に視線をやると、空に小さな黒煙の花が咲いていた――戦闘機隊が放ったミサイルが炸裂したのだ。恐らくは敵機の迎撃によって。

 照準データを受け取った〈ピースキーパー〉の砲塔が旋回し、機体全体が揺動してレールガンの仰角を微調整する。すでに薬室には榴霰弾が装填されていた。


「サンシューターより〈ピースキーパー〉、射撃準備は?」

「完了しています。いつでもどうぞ」


 射撃統制チームサンシューターからの通信。重圧のせいか、相手の声は僅かに震えている。

 サムエルは操縦桿の発射トリガーに指をかけ、反対の手でコンソールを操作して砲の発射速度リミッターを外した。あとはこの指を軽く引きさえすれば、忠実な〈ピースキーパー〉のFCSは砲身負荷を無視して弾を撃ち続けるだろう。


 そして、数秒後。


「――撃て!」

「発射!」


 サムエルがトリガーを絞り込むと、〈ピースキーパー〉の可変速レールガンが咆哮した。

 155mmの大口径砲から立て続けに放たれる極超音速弾が、無数の赤い弾道となって天を衝く――9つの太陽を射落とした、神話の矢のごとく。




 少し前。高度20000メートル、深海を思わせる黒に染まった超高空。


「こんな空中給油まがいの事までして、あなたはいったい何発撃たせる気なんです? ……アリスタルフ?」


 黒マントを羽織った騎士、あるいは触手に覆われた深海生物といった風体のT-Mech――ジナイーダの〈シャングリラ〉は700km/h程度まで速度を落とし、空気の薄い空を泳ぐように飛んでいた。


 その真横にぴったりとついて飛ぶのは、リング状の大型電子戦ユニットを背負う黒金のT-Mech〈スカーヴァティ〉。

 即身仏を思わせる本体が座る飛行プラットフォームからは長い補給パイプが伸び、〈ケラウノス〉――空中空母〈キュムロニンバス〉を沈め、前線に無数のキノコ雲を生んだ戦略級ビームキャノンに金属粒子を補給している。


 その一方――〈スカーヴァティ〉の搭乗者であるアリスタルフ・アルハノフは機体制御をオートに切替え、外部からの通信に対応していた。


「話を聞いてください、アフマド・ハーン。これは緊急避難というものです」

「よくもそのような口を利けたものだな! 今すぐに射撃を止めたまえ!」


 通信の相手はパシュトゥーニスタンの指導者、アフマド・ハーンである。

 普段は好々爺めいた、親しみやすさすら覚える雰囲気の老人だが――今、その声色はシスコーカシア戦線の暴挙に対する怒りに満ちていた。


「友軍は巻き込んでいないはずです。第一、空中空母への邀撃ようげきを承認したのはそちらではありませんか」

「邀撃についてはな――問題はその手段と、それ以降の独断専行だ! 君たちは核兵器を連発するも同然のことをしでかしたのだぞ! パシュトゥーニスタンは国際社会から危険なテロ集団のレッテルを貼られることになった!」

「では国際秩序を守る模範的テロ集団として、滅ぶに任せたほうがよかったですかな?」

「その決定権はパシュトゥーニスタンにあるのだ! 君たちではない!」


 大の男でも震え上がるようなアフマド・ハーンの怒声。しかしアリスタルフは応えた様子を見せるどころか、口元に酷薄な笑みを浮かべて聞いていた。


(違うね。決定権を握るのは、いつだって力を持つ者だ)


 眼鏡をかけた痩身の指揮官が嗤う。

 彼は敬虔なる無秩序主義者であり、厭世的な破滅主義者であった。


 ゼリムハンはアリスタルフが北コーカサスの盟主を目指していると推測したが、実際のところ、彼は統治や支配には興味がない。


 然り、アリスタルフは何一つ欲してはいなかった。望むのは破壊だけだ。


 平和だの、秩序だの、共存路線だの、全て糞くらえだ。無自覚に屍を踏みつけ、既得権益に胡坐をかく者ども。訳もなく生きていたいがために世界を欺瞞で塗り固める者どもを、全て焼き尽くさねばならない。リヴァイアサンを殺し、世界を自然状態に戻す。

 天は自分にそれを許し――そのためにジナイーダを遣わしたのだ。負けるはずがない。


「解っております。今から射手に撤退を命じます。……ええ。ええ、失礼」


 アリスタルフは神妙ぶってアフマド・ハーンとの通信を切ると、そのまま回線をジナイーダに繋いだ。


「ジナイーダ、赤ん坊が夜泣きを始めた。残念だが次の一発で最後だ」

「その一発も無許可なんでしょう。今日はもう十分に殺したと思いますよ。私は」


 バイザー付きのハーフヘルメットから垂れた純白の長髪を揺らしながら、ジナイーダがあぐんだように言った。ふだん上品に閉じられている切れ長の双眸は不機嫌に開かれ、赤と黒の眼球を覗かせている。


「ほとんどはガラス化して固まるとは言っても、ビームの重金属粒子は土を汚します。ここは川の上流で、しかも農地です」

「今さら止めたって畑はとっくに弾片まみれさ。気にすることはない」


 言いながらアリスタルフがコンソールを操作し、共通戦術状況図CTPに標的マーカーをひとつ表示した。

 その位置は前線から南に外れた道路沿い――今まさに〈ヘルファイア〉と〈ティル・ナ・ノーグ〉が打ち合っている場所である。


「ずいぶん外れですね。何があるんです?」

「ここでタチアナと『三つ目』がやりあってるんだ。もうじきゼリムハンの部隊にパシューニスタン、PRTOの機甲部隊までがここに集まる。その前に威嚇射撃で一発撃ち込んでほしい。キノコ雲を見れば彼らも前進を躊躇うだろう」

「ターニャが〈ヘルファイア〉と?」


 その一言が出た途端、ジナイーダが思わず声を上げた。


「話が違うんじゃないですか。敵のT-Mechは残す予定だったのでは?」

「成り行きさ。片方はここで墜とす」


 ジナイーダが寝耳に水といった表情で問うと、アリスタルフは不機嫌に咳払いした。


「タチアナに監視させていたんだが――その位置情報を頼りに、ゼリムハンがパシューニスタンを引き連れて追撃を始めたらしい。まったく、自我がある人間ってのは面倒だね」

「意外ですね。仕事人のゼリムハンがそんな真似を」

「〈ヴァルハラ〉の小僧が『三つ目』にやられて死んだからじゃないかな。あれで相当目をかけていたからさ」

「シャミルが? ……死んだ?」


 ジナイーダの声色に複雑な感情がよぎる。

 彼女はシャミルとは長らく険悪であった。初対面で強引に連れ込まれかけた(そして放電を浴びせた)こともあるが、お互いがお互いの価値観にまったく反する存在であったからだ――だが、それでも知った顔だ。ザマを見よと笑う気にはなれなかった。


「……何にせよ、ターニャ一人では危険です。撃ったらすぐ私も降りますから」

「それはちょっと止めてほしいな。〈ケラウノス〉のレーザー加速器は中国から仕入れた最新型だ、壊れたら直せない」

「…………」

「わはは、君も大概他人を信用してないね。〈ティル・ナ・ノーグ〉単機で十分さ」


 喉を鳴らして笑うアリスタルフに対して、ジナイーダはもはや何も言わなかった。


 粒子補給ケーブルが切り離され、〈シャングリラ〉が巨砲を構えてホバリングに入る。

 電熱式パルス・デトネーション・エンジンを内蔵した両脚がピンと延びて固定され、シールドと飛行翼を兼ねる9基の帯状触手テンタクラー・マントが堕天使の羽めいて展開した。長距離射撃用の簡易変形である。


「いい子だ。……ん?」


 その時、〈スカーヴァティ〉が下方からのレーダー波を感知した。

 数は2。波形パターンを解析――PRTOの早期警戒機AEW。数秒後に別地点から十数の飛来物。ステルス性を持ったミサイルだ。


「彼らも懲りないね。レーダー照射、ミサイルに備え」

「はい」


 〈シャングリラ〉が胴の前に巨砲を構えたまま、背からぬるりと触腕を伸ばす。

 その先端に備わった発振器から高出力レーザーの束が放たれ、飛来した対空ミサイルを射貫いた。眼下、オレンジ色に染まった雲の上で無数の爆発が瞬く。今日だけで何度も繰り返された、代わり映えのしない光景であった。


 発射母機は雲より下、おそらくは長距離空対空ミサイルLAAM。〈スカーヴァティ〉が敵から奪った無人戦闘機ドローンファイターを統制し、レーダー照射源の位置を探らせにかかる。


「レーダー照射、なおも継続中。ミサイルの第二波に警戒」

「了か――」


 ――ヴゥン、ヴゥン、ヴゥン。


 答えようとしたジナイーダの声を、何気ない、しかし確かな殺意と運動エネルギーを秘めた風切り音が遮った。


「ッ!?」


 ジナイーダが反射的に射撃を中断。〈ケラウノス〉を守るように抱え込み、広げていたテンタクラー・マントで全身を包み込む。


 直後――マントの数ヶ所で不随意的な大放電が発生し、電光が視界を塗りつぶした。

 何かがテンタクラー・マントを貫通し、内部の通電装甲システムが作動したのだ。大電圧が被弾箇所の周囲ごと侵徹体を吹き飛ばし、一切の装甲を持たない人型の本体を守る。


「ぐわっ!?」


 隣で釣鐘をついたような衝撃音が轟き、〈スカーヴァティ〉が台座ごと上に弾かれた。

 仏像の蓮座を思わせる飛行プラットフォームの底部装甲には、深く食い込んだ無数の金属弾がぶすぶすと煙を上げていた。致命傷ではないが、そう何度も耐えられるものでもない。


 飛来したのは〈スカーヴァティ〉のレーダーにもかからず、〈シャングリラ〉のレーザー迎撃システムも反応しないほど小さく――それでいて音の数倍の存速を保持した、ペレット型の重金属弾子だった。


「カウンター・スナイプ……この高度に? わははっ! PRTOも古い手を使うな!」

「笑ってる場合ですか!」


 ジナイーダは射撃体勢を解き、加速して回避運動をとろうと試みた。だが先んじて榴霰弾の第二波が到達、再びの電光。炭素繊維の触手が更に傷つく。

 テンタクラー・マントの守りは鉄壁だが、無限ではない。被弾が嵩めば穴が空き、防御力と飛行性能、そして〈ケラウノス〉の反動制御にまで悪影響を与える。


「敵の射撃位置!」

「マーカーから南に10キロ、撃ち返せるか?」

「そんな暇ありません。散布界ど真ん中――殺し間キルゾーンを作られた!」


 狙い澄ましたように飛んでくる散弾嵐の中、ジナイーダがそう断じた。

 ビーム兵器はレーザーとは違う。質量のある重金属粒子を飛ばすため、発射に反動が発生するのだ。まして戦術核クラスの威力を叩き出す〈ケラウノス〉の場合、ビームの反動も尋常ではない――照射中にマントが傷つけば、空力バランスを欠いて射線が暴れ狂う。

 

「やむを得ない、撤退しよう。対空砲は地上の誰かに任せる」

「誰に? ターニャは手が離せないんでしょう。ゼリムハンやパシューニスタンに頼んだって来やしません。私が降ります!」 

「弁えてくれ、勝手な行動は……」

「力を持つ者が決定権を握るのなら、それは私の物だ!」


 ジナイーダが痺れを切らしたように黒と赤の邪眼を見開き、食いしばった口から尖った犬歯が覗いた。超自然の放電が更に強まり、漆黒のパイロットスーツに接続された送電ケーブルが熱を持ち始める。


「鈍足の〈スカーヴァティ〉で逃げるのは無理でしょう。〈ケラウノス〉は壊さないよう気を付けます――先に下がってなさい、アリスタルフ・アルハノフ!」

 

 言うが早いか、〈シャングリラ〉が頭を下にして急降下をかける。

 黒と白の機体をプラズマ・アクチュエータの紫光が包み、両手足のベーン型パドルの隙間から赤と緑のプラズマ排気が噴き出す。ものの数秒で音速を突破。


 だがその進路を塞ぐように、第何波目かの榴霰弾の嵐が迫る――迫る!



 ◇



「……サンシューターより〈ピースキーパー〉! 『マント付き』の撃墜を確認! 繰り返す、『マント付き』の撃墜を確認! やったぞ! 万歳!」

「即席チームにしちゃよくやったな、〈キュムロニンバス〉の仇を討った」

「は? ……そうですか。それは素晴らしい! ハッハッハッハッハ!」


 喜色満面、といった様子の通信に、サムエルは好青年の皮を被ったまま、しかし確かな不信感を込めて相槌を打った。


 1分と少しの時間をかけ、〈ピースキーパー〉は25発の榴霰弾を撃ち切っていた。どしゅん、と圧縮空気の音を立て、脚部の姿勢安定アンカーが引き抜かれる。

 胴を貫く155mmレールガンの方針は赤熱し、砲身を覆うスリーブが融けて異臭を放っている。無理な連射による過負荷のせいだ。冷えたら歪みが出るかもしれない。 


「しかし――ところで、敵機の様子を教えてもらっても?」

「敵機はパワーダイブの途中で失速、完全にアウトオブコントロール。パラシュートの絡まったスカイダイビングみたいに自由落下中だ。立て直そうとする素振りもない」

「パイロットは死んだか、気絶か……死んだふりだとしても、そのまま地面に激突して本当に死ぬのがオチだろう。今無人機から画像を送る」


 その数十秒後、〈ピースキーパー〉のコンソール上に一枚の空撮写真が表示された。


 そこに映っていたのは、全身を触手のマントに包んだ人型。距離が遠く、詳細までは解らないが、確かにあの日見た〈シャングリラ〉だ。


 それが――死体のようにぐったりと脱力し、乱回転しつつ頭から落下していた。

 エンジンも止まっているのか、スラスターの噴射に伴う極彩色の光もない。外付けの砲身と思しき部位はちぎれ、触手状のアームで辛うじて本体と繋がっていた。サムエル自身〈シャングリラ〉との交戦経験がなければ、迷わず撃墜判定を下していただろう。


(……当たり所が良かったのか?)


 サムエルが訝しんだ。

 実際、戦いは運とタイミングの要素も大きい。無双を誇った英雄、あるいは技術の粋を尽くした最新兵器がつまらない要因で命を散らした例は枚挙にいとまがない。

 だが、それにしても――呆気ない。


「確認ですが、墜ちるまで観測は続けるのですよね?」

「無論だ。このまま無人戦闘機ドローンファイターに監視させる」

「よろしくお願いします。……通信終了オーバー


 釈然としないものを抱えたまま、サムエルは頭を切り替えて通信を切った。


 何にせよ、榴霰弾は撃ち尽くした。すぐ北では〈ヘルファイア〉が敵のT-Mechと戦闘中で、そこに敵味方の精鋭部隊までが集まろうとしている。

 この場所でできることはもう何もないが、やるべきことは山積みだ。レールガンの次は、背中に蓄えたミサイルを撃ち尽くさなくてはならない。


「味方の戦車部隊はどっちだ」

「西から」

「よし。東から迂回して北上、敵の背後から奇襲をかける」

「了解」


 ディナが言葉少なに頷き、熱核ジェットエンジンの排気経路を切り替えた。脚部排気ダクトから放散されていた高圧排気がスラスターへと収束し、推力を生む。

 砂塵を全方位に巻き上げながら、灰青の四脚機が浮かび上がった。


「……〈ヘルファイア〉、早く助けなきゃ」


 前席でディナの呟く声。サムエルが面白くなさそうに目元を険しくした。


「奴の命はどうでもいいがな。『どうせ皆最後は死ぬ』んだろ」

「そうだよ。だから……」


 リラックスした動きで操縦機器を操作しながら、ディナが独り言のように続けた。


「それまでどう生きるか、って話。納得して死ぬために」


 〈ピースキーパー〉が地表すれすれを飛び、無数の山谷を越えて戦場に向かう。未だ空には無数のキノコ雲が浮かんでおり、地上に雷鳴と黒い雨をもたらしていた。

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