15.動くこと雷霆の如し(3)

【予備知識】

・舞台は2082年のアフガニスタン。

・米印主体の平和維持軍『PRTO派遣軍』と反政府勢力『パシュトゥーニスタン』が戦う。パシュトゥーニスタンはロシアから支援を受けている他、外様の武装組織『シスコーカシア戦線』とも協力関係にある。シスコーカシア戦線自体も二派閥に分かれており、互いに油断ならぬ関係である。

・主人公ジーク・シィングはPRTO派遣軍の兵士であり、戦術級機動装甲T-Mech〈ヘルファイア〉のパイロット。規格外の戦術兵器である。


【これまでのあらすじ】

・PRTO・政府連合軍とパシュトゥーニスタンの戦闘は、PRTOの空中原子力空母〈キュムロニンバス〉の投入によって連合軍の優位に進みつつあった。

・これに対して独自行動をとるシスコーカシア戦線は、戦略級Mech〈シャングリラ〉に超大型ビームキャノン〈ケラウノス〉を搭載。高度20000メートルからの高高度砲撃でジークらT-Mech部隊を一時退却に追い込む。

・シスコーカシア戦線司令アリスタルフが歪んだ終末思想を披瀝する中、〈シャングリラ〉の操り手――放電少女ジナイーダは次なる標的に砲口を向けた。ダークブルーの空を泳ぐ巨鱏〈キュムロニンバス〉へと。


◆   ◆   ◆   ◆


「F-1U全機、データリンクから消失。こちらの命令を受け付けません。敵のなりすまし攻撃スプーフィングで制御権を奪取されたと思われます」


 青黒い高空を泳ぐ純白の巨鱏きょじん、全幅1000メートルの全翼飛行艇の艦橋で、〈キュムロニンバス〉艦長は電子戦チームの報告を聞いた。


「暗号パターンを解読されたか。無線周波数帯のホッピング・シーケンスをFH1からFH2へ、拡散符号をDS2からDS3に変更。通信手は作戦本部キャンプ・ビッグボードに敵の電子攻撃があった旨を通達しろ」

「了解。周波数帯を切替えます」

「ビッグボードに電子攻撃があった旨を通達」

「よろしい」


 艦長が手元のコーヒーを一口飲んで、それから慣れた手つきで手元のコンソールを操作した。艦長席の立体映写装置ホログラム・モニターが仮想モニターを映し出し、整備班長との通話画面を開く。


格納庫ハンガー、収容した艦載機への長距離空対空ミサイルLAAM装備はどうなってる?」

「あと5分で20機が装備完了します。第二次攻撃予定は30分後、今度は遠距離からの全弾斉射で飽和攻撃を行います。――ご命令通り、〈キュムロ〉と同格の相手とやるつもりで仕掛けますよ」

「よろしい。そのまま作業を続けろ」

「艦長、〈キュムロ〉の巡航ミサイルトマホークも飽和攻撃に加えますかい? 弾頭は対地用オンリーですが、迎撃の手間を取らせることはできると思います」

「コストの問題はあるが止むを得んな。12発まで許可する。……さて」


 手早く指示を出し終えると、中年の艦長は500キロメートル先の、自艦と同じ超高空に浮かぶ敵反応について思考を始めた。


(この〈キュムロ〉が空飛ぶ空母なら、相手は空飛ぶイージス艦といったところか。……弾道ミサイル付きの、という注釈がつくが)


 突然超高空に姿を現したアンノウンはレーダーに映っていない。

 否、映ってはいるのだが――反応が大量のノイズ電波に覆い隠されているせいで、全貌が掴めないのだ。位置、速度、全てが釈然としない。


 これは〈シャングリラ〉の稼働に伴う膨大な電磁波、そしてアリスタルフの電子戦機〈スカーヴァティ〉のジャミングによる複合的影響であったが、彼らにそれを知る術はなかった。無人機のカメラ映像に移り込んだ、10メートル大の影が二つ。ここまでに得られた情報はそれで全てだった。


超高空ここからもキノコ雲が見えた。動かしているのはパシュトゥーン人かロシア人か……いずれにせよ、こんな暴挙をやらかして何の得がある?)


 艦長が思考を巡らせる。


 「戦争というのは、敵に強いて味方の意志を実現するための、暴力の行為である」――クラウゼヴィッツは『戦争論』においてこのように書き記した。


 その点で言えばパシュトゥーニスタンの意思は「独立による国際社会への参入」、その支援者たるロシア連邦の意思は「中東世界への影響力の拡大」である。

 双方とも(そして、他ならぬPRTO派遣軍自体も)負けず劣らず乱暴で、悪辣な組織であろう。しかし少なくとも、野放図な戦火の拡大を望む無軌道勢力ではないはずだ。


 いや、あるいは――そもそも、そこに何らかの誤謬が潜んでいるのではあるまいか。



「クソ……核弾頭のミサイルが使えりゃ、空域ごとぶっ飛ばしてやるのに」


 その時、ミサイルシステムの担当スタッフが苛立ち混じりに呟いた。


「馬鹿野郎、冗談でもそんなこと言うな」


 すぐさま隣のレーダー要員がそれを咎め、それから横目に艦長席を窺う。

 実際、平時であればモラルの欠如として不謹慎な発言を叱っていたところだ。しかし――口髭の艦長は手元のカップを揺らしつつ、今しがた出た言葉を咀嚼していた。


「艦長?」

「いや。……核弾頭があっても使えないだろう、我々・・


 艦長が独り言のように呟いた。

 実際〈キュムロニンバス〉には核巡航ミサイルの運用能力がある。だがそれは、「撃とうと思えば撃てる」というだけの話だ。PRTOは核弾頭は保有していないし、仮にあったとしても実際に使うことは許されない。

 何故なら、(少なくとも名目上は)秩序の維持者であるPRTO派遣軍が他国の土地で核兵器を使えば、それこそ計り知れない政治的不利益を背負うことになるからだ。この点についてはロシアも、そしてパシュトゥーニスタンも同様の制約を負っている。


 だが――今まさに核兵器クラスのビームを撃ち込んでみせた相手に、そんな制約は存在するのか? 巡航ミサイルの射程は3000キロに及ぶが、敵のビーム砲はどこまで届く?


「発艦を一時停止させろ。……操舵手、高度を上げつつ反転だ。巡航ルートを変更する」

「はい?」

「発艦を停止。上昇しつつ反転」


 面喰らった様子の艦内通信手に再度告げると、彼女は釈然としない様子ながらも回線を開き、作業の一時停止を呼びかけた。直後にパイロットが操縦桿を傾け、機体姿勢制御AIに方向転換を指示。純白の巨鱏がゆっくりと旋回を始める。


「……どうしたんです?」

「いや、特に確証はない。ただ」



 嫌な予感がしただけだ。


 艦長がそう続けようとしたとき――60000km/sで飛来した燃える雷霆の槍が、巨鱏の片鰭かたひれを撃ち貫いた。

 直後、巨大な火球が空中空母の左翼を巻き込み、爆ぜる!


「ッ……!?」


 破壊の轟音、そして衝撃と振動。艦橋左側の窓の向こうに熱と、閃光。

 艦橋内に凄絶な軋み音が響き、部屋全体が支えを失ったように傾いていく。艦長の手から蓋付きのカップが滑り落ち、冷めかけたコーヒーが床に零れた。


「〈キュムロ〉が、この艦がっ……空域ごとぶっ飛ばされたのか!?」


 艦長が咄嗟に艦橋の外窓を覗き込み、そして息を呑んだ。

 強靭なCNT強化樹脂で作られた〈キュムロニンバス〉の左主翼は根こそぎ吹き飛び、折れ曲がった桁材が断面からジャンク山の鉄骨めいて突き出していた。

 そればかりか、二重の分厚い防弾ガラスからなる外窓それ自体も被害を受けている。熱波に晒された外側ガラスは半ば融けかけ、衝撃で無数のヒビが入っていた――損傷が内側まで届いていれば、気圧差で機内の空気が吸い出されていたところだ。


 〈シャングリラ〉の主砲、戦略級ビームキャノン〈ケラウノス〉から放たれた高出力ビームは旋回中の〈キュムロニンバス〉翼端を掠め、熱と衝撃の余波だけで片翼をもぎ取っていた。光速の20%で飛んできた深紅の雷霆に対して、機体各部に設置された無数の迎撃レーザーや対空レールガンはまともに機能しなかった。



「左翼エンジン12基が沈黙! 安全装置作動!」

「左主翼の44%が脱落、高度維持不能です!」

「格納庫に被害! 爆風で大穴が開きました! 火災発生、死傷者多数ッ!」

「護衛機の約半数が消失! ……か、核爆弾では……!?」


 一瞬にして修羅場と化した艦橋内に浮足立った報告が飛び交う。固定されていない筆記用具や私物が傾いた床を転がっていったが、それを気にする余裕のある者は誰もいない。


 幸いにも直前に上昇と旋回を挟んでいたことで、〈キュムロニンバス〉の被害は奇跡的・・・片翼喪失・・・・まっている・・・・・。だが、それも即死を免れたというだけのことでしかない。飛行機――それも飛行安定性に劣る全翼機にとって片翼損失は文字通り致命傷だ。


 片翼となった機体の傾きが加速度的に深刻になっていく。このままでは復帰不可能なフラットスピン状態に陥り――全幅1000メートルの原子力飛行艇は、そのまま全乗組員分の棺桶と化すだろう。


「操舵手! 右翼プラズマ・アクチュエータ全開、右の昇降補助翼エレボンを上げて揚力を落とせ! 高度は落としていい、姿勢回復を最優先! ――本艦はこれよりパキスタン領空を通過し、アラビア海に着水をする! 格納庫要員は消火を急げ!」

「りょ、了解!」

「艦長、脱出しないんですか!?」

「このデカブツを陸に墜とすわけにはいかん! ……通信手はキャンプ・ビッグボードに伝えろ! 〈キュムロニンバス〉は攻撃続行不能、無人機管制の引継ぎを請う!」


 座席にしがみつきながら、〈キュムロニンバス〉の艦長が声を張り上げる。

 新たな命令を受領したことによりパニックになりかけていたスタッフも落ち着きを取り戻し、気を紛らわすように与えられたタスクに没頭していった。


「VLS、巡航ミサイルの残弾は?」

「58発!」

「姿勢復帰しだい撃てるだけ撃て! データリンクは生きているんだ、射出さえすれば水上からでもビッグボードからでも管制はできる。置き土産だけでも残す!」


 主翼表面のプラズマ・アクチュエータの起動により、〈キュムロニンバス〉の右翼が薄紫のイオン光に覆われた。右側の揚力を落としたことで機体の傾きが緩やかになったが、ここから立て直せるかどうかは……まだ、解らない。


「射程外からのエネルギー攻撃を受け、ZCVN-1〈キュムロニンバス〉は撃墜された! 繰り返す、〈キュムロニンバス〉は撃墜!」


 通信手がインカムに指を当て、遥か遠くのビッグボードへ向かって叫ぶ。


(狂気の沙汰だ。敵は〈キュムロニンバス〉を沈めてみせて、PRTOへの、世界への宣戦布告を果たした。……こうなってはもう収拾がつかんぞ、何処も!)


 部下をこれ以上不安にさせぬよう、艦長は努めて嘆息しそうになるのを堪えた。その脳裏によぎるのは――この紛争が誰にも収拾不能なまでに拡大してしまった事実への、諦念じみた感情であった。


 力尽きて海底に沈むがごとく、片鰭の巨鱏が独り墜ちていく。

 




「ビッグボードよりT-Mech特務小隊へ。〈キュムロニンバス〉が撃墜された」

「……例のビーム砲撃ですか? 中将閣下」

「そうらしい。迎撃装備もろくに機能しなかったそうだ。既に展開中の無人機はビッグボードが管制を引き継ぎ、こちらの飛行隊と合わせて再編する」


 〈キュムロニンバス〉の撃墜から、およそ30分後――谷底の道路沿いに設置された臨時野戦整備所で、回線越しに基地司令トニー・ゴールディングが告げる。

 

「相手方の被害はどうなのです、何もしなかったわけではないのでしょう」

「第一次攻撃隊15機はECMにより制御権を奪われ、第二次攻撃隊は発艦前に母艦をやられた。……敵機は未だ健在」

「クソッタレが」


 〈ヘルファイア〉の操縦席に四肢を固定したまま、ジーク・シィングが吐き捨てた。


 駐機して熱核ジェットエンジンを止めた二機の周囲には、パワーローダーめいた非装甲外骨格――〈ヨコヅナ・ソップ〉と呼ばれる作業用Mechに搭乗した整備班が群がっている。


 近くには人員と物資を運んできた輸送用ティルトローター機が3機着陸しており、弾薬箱や予備の複合装甲パーツが地面に下ろされていた。地面には全長15mにも及ぶ巨大武器、〈サツガイ〉大身振動槍のスペアが道端のオブジェのごとく突き立てられている。

 尾根上に布陣して周囲を警戒するのは、護衛の攻撃ヘリ部隊――サムエルの元部下カイル・ホワイト率いる『炎の蜂ファイア・ビー』隊の姿。


 スレイマン山脈の山越えに伴う戦闘、クナル川の渡河時における敵T-Mech4機との戦闘、そして〈ヴァルハラ〉と〈アズガルド〉への追撃。

 数々の戦闘を経て継戦能力を失った〈ヘルファイア〉と〈ピースキーパー〉は南西に下り、味方の勢力圏内で補給と応急修理を受けていた。


 しかし、ここもいつまで持つかは解らない。なぜなら――。


「また爆撃される立場に逆戻りか、ペゼンタ飛行場が健在だった頃を思い出……ッ!」


 ジークが言いかけた瞬間、また遠方に深紅の火柱が落ちた。

 直後に着弾地点でどす黒い滞留雲が上がり、凄まじい振動が大地を揺らす。そこから更に数十秒遅れて爆発の轟音。着弾地点を行軍していた兵士は熱波に呑まれて消滅し、衝撃で破壊された戦闘車両がガラス化した地面に屍を晒した。


 もう五度目か、六度目か。二機をなすすべなく追い散らし、〈キュムロニンバス〉を沈めた必殺の高高度砲撃は今や、前線で戦うPRTO・政府連合軍へと向けられていた。

 何しろ放射能がないというだけで、戦術核並みの威力を立て続けに撃ち込んでいるのだ。病巣を周辺組織ごと焼灼するがごとく――回避不能の攻撃に連合軍は未曾有の大被害を受け、先程までの勢いを喪失しつつあった。


 この急造の野戦整備所は戦線から離れているが、それでも安心はできない。何かの拍子に相手の注意がこちらに向いたら、それで最後なのだ。


「野郎、また撃ちやがった! 敵機について他に情報は!?」

「無人機が捉えた映像によると、上空にいるのは10メートル級の飛行兵器が二機。片割れは恐らく例の『マント付き』だ。――ジークの予想が当たったな。以前の遭遇戦において、奴はまったく本調子ではなかったということだ」

「…… ……」


 ジークが重々しく黙り込む中、〈ピースキーパー〉後席に座ったサムエルが苛立ち混じりに咳払いをした。前席のディナは無言のまま、ラックから取った魔法瓶から砂糖入りの紅茶を注いでいる。


「それで如何いかがしますか。再び攻めるかここで退くか、どちらにせよ仕事はできます」

「撤退だ」


 既に決めていたのだろう、ゴールディングは予定調和のように即答した。


「敵は核兵器クラスのビーム砲を保有している上、その使用に躊躇がない。もはや戦術規模の判断で解決できる問題ではなくなった……だが何にせよ、上空の『マント付き』を放置したまま撤退するのは危険すぎる」

「撤退前にもうひとかませしたいと。具体的な計画は?」

「これから指示する。傾聴しろ」


 手元で資料用のタブレットか何かを操作したのか、ゴールディングが数秒沈黙し――そして、続ける。


「空の『マント付き』にはビッグボードの飛行隊を向かわせるが、敵のレーザー迎撃をミサイルで突破するのは不可能だ。高初速砲による対空射撃で撃ち落とす」

「上空20000メートルの相手に届く砲というと、つまり――〈ピースキーパー〉のレールガンで、奴を直接狙えと仰るか?」

「その通り」


 サムエルが大仰な調子で訊くと、歴戦の基地司令は大真面目に肯定した。

 〈ピースキーパー〉が胴体に装備する155mm可変速レールガンは、本分たる長距離侵攻任務ではもっぱら地上への直接砲撃に用いられるが――適切な射撃管制さえあれば対空射撃にも転用できる。マッハ15の砲弾は、確かに相手の高度など意に介すまい。


「だが、それは――ずいぶん原始的な計画だな。デカい大砲で空を狙い撃つなぞ、ミサイルが無かった第二次世界大戦WW2期のやり方でしょう」

「我々もそう考えていた。だから〈キュムロニンバス〉は墜ちた」


 ジークの言葉にゴールディングが低い声で答えた。


「戦闘機隊が目となり、ミサイルの飽和攻撃で敵を釘付けにする。無人機の暗号パターンは変えたから、しばらくクラッキングされる危険はない。その間に基地内で射撃計算を行い――敵の発射タイミングに合わせ、対空射撃を下から叩き込む」

「動けない瞬間を狙うのですな。……では〈ピースキーパー〉は後方に下がり、対空射撃の機を伺います。〈ヘルファイア〉はこちらで使っても?」

「任せよう。詳しい指示は体勢が整いしだい追って伝える」

「了解、通信を終了します。では」


 サムエルがビッグボードとの通信を切り、それから派手な舌打ちをして〈ピースキーパー〉の座席に踏ん反り返った。

 

「まったく、酷い戦場だ。長距離侵攻をすれば待ち伏せに遭い、空中空母は撃沈し、上から得体の知れない爆撃が降ってくる。何故こうも思い通りにならん、何故こうも奴らの思う通りにばかりなろうとしている?」

「ここが命の捨て所かな。〈ヘルファイア〉の調子どう?」

「筋骨構造はオールグリーン、被害は装甲とエンジン一基だけだ。――おい、ロック。どのくらいかかるんだ!?」


 ジークが指向性スピーカーで呼びかけると、野外作業を統括していたカナダ系の壮年の男――技術主任ロック・サイプレスが三眼の怪物を見上げた。

 その側では整備員が数人がかりで〈ヘルファイア〉のリアスカートの装甲を分解し、一文字に傷が入ったエンジンタービンを取り外している。反対側では無数の砲弾が食い込んだ腕部装甲カバーが取り外され、新品の装甲モジュールが取り付けられようとしていた。


「20分あればエンジンは動くようになる、一番損傷が酷い両腕の装甲も修復してみせる。だが他はできて外装の穴を塞ぐのが精一杯だ。熱核ジェットは冷却装置なしじゃ長いこと止められねえ」

「十分だ。槍のスペアも……」

「〈サツガイ〉ニンジャ・ストライク・スピア!」

「槍のスペアも持ってきてくれた。にしても肝の小さいお前がよく来れたな」

「俺だって来たかなかったが、仕事はほっぽり出せねぇよ。それにあの威力じゃどこにいようが同じことだ。『我ら還らず、向こう側にて葬られん(We won't come back, we'll be buried over there)!』」


 ロックが自棄になったように言い放つと、周りの整備員――〈ピースキーパー〉の方にかかっている新顔の作業員と違って、アフガニスタン以前から〈ヘルファイア〉を担当していた顔見知りだ――が強がるように笑いながらそれに追従した。


「そうそう、死して屍拾うものなし!」

「山行かば草かばねってね。アフガンじゃその前にミイラかな」

「ギャハハ、違いねぇ!」

「やめろ、縁起でもない。仕事しろ仕事!」


 ロックがぴしゃりと叱咤し、作業用Mechの重々しい足音を響かせて〈ピースキーパー〉の方に向かった。


「後方要員共が。威勢のいい事を言いやがって……」


 ジークは苛立ったように吐き捨てると、機体カメラとサイバネ義眼のリンクを遮断して精神統一に入った。〈ヘルファイア〉の集音マイクが整備班の喧騒と攻撃ヘリのローター音、そして――戦闘機だろうか、遠くから響くジェット音を拾っていた。



 ◇



 減音処理されたジェット音が響く暗闇の中、無貌の四腕機が身動ぐ。

 三本になった腕の一本はブルパップ式の115mmラピッド・レールガンを、残る二本は足元・・から・・えた・・手すりをそれぞれ保持していた。


「……〈ティル・ナ・ノーグ〉より〈スカーヴァティ〉へ。敵T-Mechは応急修理中。輸送機で人員と設備を運び込んだ模様です」

「相手もなかなか無茶をするね。……そのまま監視だけ続けろ。狡兎死して走狗煮らる、敵のT-Mechがいなくなれば我々はお払い箱だ。生かしておく方が都合がいい」

「了解」


 アリスタルフの指示を受諾するターニャの眼下、白黒の線で構成された3Dソナーの視界には、街道沿いで整備を受ける2機のT-Mechと哨戒ヘリ部隊の姿があった。


 ――右上腕を失った無貌の四腕機〈ティル・ナ・ノーグ〉は今、空中から〈ヘルファイア〉を監視していた。

 彼我の距離は2000メートルも離れていないが、敵は誰もターニャの存在に気付いていない。本機の光学迷彩システムが発生させた、光を偏向するメタマテリアル粒子のヴェールが視界を遮っているからだ。


 そして――全高10メートルの機体を乗せて浮かんでいるのは、父アリスタルフが操る〈スカーヴァティ〉の台座に似た円盤型の無人熱核飛行ユニットである。ただし仏座めいた〈スカーヴァティ〉のそれに比べて〈ティル・ナ・ノーグ〉の飛行ユニットは小型で薄く、巨大な銀色のディスクカッターを思わせる形状だった。


 腕を失いながらも撤退の殿を務めた後、ターニャは別所に待機させていた飛行ユニットに搭乗し、空中から〈ヘルファイア〉と〈ピースキーパー〉を追いかけていた。そして交戦中のゼリムハンたちと合流、〈シャングリラ〉に砲撃要請を出し――そこからも猟犬のごとく追跡を続けていたのだ。


「敵に動きがあれば逐一報告するように。お前はゼリムハン達みたいにしくじって余計な手間をかけさせるなよ、タチアナ」

「了解」


 冷徹な声色でアリスタルフが告げ、ターニャが無感情でそれに答える。

 この通信は二機間でのみ行われており、〈シャングリラ〉のジナイーダは会話を聞いていない。情緒の発達を抑制して育てた娘に対して、アリスタルフは態度を取り繕う必要を感じておらず、ターニャの側もアリスタルフに命令以上の何かを求めることはなかった。

 

「では頼んだぞ。私とジナイーダは引き続き、砲撃で敵戦力を――」

「お待ちを」


 アリスタルフが通信を切りかけた瞬間、タチアナが不意にその言葉を遮った。


「敵に動きがあったのか」

「敵ではなく味方です。――〈ジャハンナム〉と〈アズガルド〉がこちらに」

「……何だと?」


 アリスタルフが初めて表情を歪め、共通戦術状況図CTPに視線を向ける。


 戦線の火消しに走っていたはずの、パシュトゥーニスタンの〈スヴェジー・スネッグ〉部隊とT-Mech〈ジャハンナム〉――それがゼリムハンの〈アズガルド〉に先導され、まっすぐ〈ティル・ナ・ノーグ〉の方へと向かっているのが見えた。

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