13.動くこと雷霆の如し(1)

【予備知識】

・舞台は2082年のアフガニスタン。

・米印主体の平和維持軍『PRTO派遣軍』と反政府勢力『パシュトゥーニスタン』が戦う。今はPRTOが押しているが油断はできない。

・パシュトゥーニスタンはロシアから支援を受けている他、外様の武装組織『シスコーカシア戦線』からも戦力を借りている。

・主人公ジーク・シィングはPRTO派遣軍の兵士であり、戦術級機動装甲T-Mech〈ヘルファイア〉のパイロット。規格外の戦術兵器である。


【これまでのあらすじ】

・空中空母〈キュムロニンバス〉の参戦により、各戦線で反攻をかけたPRTO派遣軍は急速にパシュトゥーニスタンを押し込みつつある。一方のジークらT-Mech特務小隊は猛追撃の末、とうとう敵T-Mechの一機〈ヴァルハラ〉を屠った。


◆   ◆   ◆   ◆


 コックピットに撃ち込まれた徹甲弾はシャミルをなすすべなく即死させた。

 直後、〈ヴァルハラ〉の胴体内部で破損した超大容量コンデンサアビサル・キャパシタが発火し、溜め込んでいた膨大なエネルギーが爆発を起こす。弾け飛んだ破片が〈ヘルファイア〉の装甲にぶつかり、カチカチと軽い音を鳴らした。


「まず一機! 返す刀でッ!」


 その爆発を目の当たりにした次の瞬間には――ジークは既に〈アズガルド〉への、ゼリムハンの駆る対空T-Mechへの攻撃体勢に入っていた。


 〈ヘルファイア〉が柄と石突だけになった槍を拾い上げ、尾根上で空中戦を続ける〈アズガルド〉へ猛然と肉薄する。退避が遅れた狙撃隊の〈ダビデ〉が行き掛けの駄賃とばかりに掴まれ、地面に叩きつけられて粉砕した。


「シャミル! ……よくも……やってくれたな、PRTOのT-Mech!」


 ゼリムハンが怒りを滲ませて言い放ち、〈アズガルド〉の左腕と一体化したビーム・ライフルを連射。更に大口径スマート・ガトリングの砲弾嵐を放つ。炎と金属の豪雨が〈ヘルファイア〉の前面で爆ぜる!


「正対していれば、所詮見掛け倒しの弾幕!」


 だが、やはり撃破には至らず。そも対航空機を主眼とした〈アズガルド〉と超重装甲機の〈ヘルファイア〉では根本的な機体相性が悪すぎるのだ。

 それを補うためのビーム・ライフル装備だったが――それでも焼け石に水。出力が決定的に足りていないのだ。



「ビーム・ライフルでも不足か。つくづく硬い……」

「――ゼリムハン様。〈ティル・ナ・ノーグ〉到着いたしました」


 歯噛みする禿頭の巨漢の耳元に、無感情な少女の声が響いた。


「今更何のつもりだ。シャミルは死んだぞ」

「〈シャングリラ〉と〈スカーヴァティ〉が配置につきましたので、支援砲撃が可能です。敵機から距離をとってください」

「それができれば苦労はない。尾根上には俺の部下もいるんだ、俺達ごと巻き込んで撃とうなどと思うなよ」

「……承知しています」


 どこまでも平坦な声色の返事を最後に〈ティル・ナ・ノーグ〉からの通信が途切れた。ゼリムハンが舌打ちし、再び眼下の『三つ目』〈ヘルファイア〉を見る。


「ば、化け物……」

「尾根を駆け下りろ! 掴まれたら死ぬぞ!」

「――〈ヘル〉の装甲を抜ける『獣型』は殺した! 一人残らずここでブッ殺してやる! 死ね! 戦争にたかる亡者共! 死ね! 死ね! 死ねッ!」


 地獄の悪鬼のごとき咆哮が響く。〈ヘルファイア〉が手当たり次第に敵機を薙ぎ倒しながら山頂へ突き進む。〈ヴァルハラ〉を失ったゼリムハン派の部隊に、もはやこの不屈の怪物を止める手立てはない。


「やれ、喧しくてかなわんな。アレが引き付けているうちにとどめ・・・を刺せ」

「了解」


 更に別方向から〈ピースキーパー〉が接近し、両腕の長砲身ガンランチャーを左右同時発射。ロケットモーターを搭載した152mm特殊重榴弾を放つ。

 しかし〈アズガルド〉の背部レーザーユニットが自動的に起動し、迎撃レーザーを放ってこれを阻止。弾が光条に射貫かれて弾け、宙に炎と黒煙が広がった。


「弾切れ。だけど……やれるだけやるか」


 ――その黒煙を突き破り、灰青の四脚機がまっすぐ突進を仕掛ける。6基の熱核ジェットエンジン全てを緊急出力に入れ、四脚の巨体が急激に加速!


「なっ……!」


 突然の事態にゼリムハンが不意を衝かれた瞬間、灰青の四脚機が空中で前脚を振り上げ、そのまま踏みつけるように蹴りを放った。

 〈アズガルド〉が咄嗟に右のガトリングをかざしてそれを受ける。激突と同時に脚部の姿勢安定用アンカーが作動、射出された杭がガトリングを打ち貫いて破壊した。機体が一瞬墜落しかけるほどの衝撃が襲う!


「奴の荒っぽいのが移ったんじゃないのか?」

「現場の創意工夫ってやつでしょ。……上下から挟んでチェックメイト」


 〈ピースキーパー〉が〈アズガルド〉の頭上を取った。同時に狙撃隊の妨害射撃を突っ切ってきた〈ヘルファイア〉が肉薄。失った穂先の代わりに石突を前に出し、この漆黒の重甲冑を下から突き刺さんと迫る!


(詰まされたか、この俺が……!)


 奇しくも先程〈アズガルド〉と〈ヴァルハラ〉が仕掛けたのと同じ挟撃の構図。

 ゼリムハンは回避を諦め、しかし生存は諦めず、どこで受ければ損害を最小限に留められるかを瞬時に算段した――その瞬間。

 




「――お姉様、砲撃願います」

「了解。……弾着、今!」




 空が光った。


 すぐ傍の谷底に、深紅の火柱が落ちた。




「――!?」



 落ちた火柱の正体は、60000km/sまで加速した重金属粒子の奔流であった。


 原理自体はシスコーカシア戦線のT-Mechが用いる中性粒子ビームと同じだが、凄まじきはその規模。〈アズガルド〉のビーム・ライフルを水鉄砲とすれば、さながら岩をも砕く激流。粒子の量も内包するエネルギー量もまるで比較にならない。


 それが――高高度からの発射とほぼ同時に着弾し、着弾地点に巨大な火球を生んだ。土砂が溶融を通り越して気化し、大気原子がプラズマに変わる。疎らに生えた植物が瞬く間に炭素の煤と化し、四方八方に吹き飛んだ。


「爆発!?」「何だ!?」

「この爆風は〈シャングリラ〉の――ぐぅっ!」


 押し出された周辺大気が爆風と化し、空中にいた〈ピースキーパー〉と〈アズガルド〉を別々に吹き飛ばす。大重量の〈ヘルファイア〉さえもが堪えきれず、山肌にへばりつくような姿勢で引き倒された。敵味方の区別なく、全ての機体が一時的な行動不能に陥る。


「な……何が、起きた!?」


 地鳴りのような轟音の中、ジークが着弾地点に視線を遣り、そして息を呑んだ。



 既に着弾地点の火柱は止み、代わりに雲がそこにあった。

 最初の爆発で真空状態となった着弾地点に大量の空気が流れ込み、そして莫大な熱エネルギーが上昇気流を生んだことで、巻き上げられた気化物質と水蒸気が巨大なキノコ型の対流雲を作っていた。



 真相を知らぬ者がこの光景を見れば、十中八九このように思い違えるだろう。

 ――核爆弾が落ちた。



 



「……ジナイーダ、あの猫被りめ! こんなエネルギーを一個人が持つなどと!」


 混迷した状況の中、攻撃の正体を知るゼリムハンが誰より早く動き出した。

 吹き飛ばされたことで包囲を逃れた〈アズガルド〉が素早く体勢を立て直し、腰部リアスカートのメインエンジンのみでその場から離脱する。飛行する巨大甲虫めいていた。


「ゼ、ゼリム! あのキノコ雲、もしかして核兵器じゃ――」

「あれは〈シャングリラ〉のビーム兵器だ、熱量は核並みだが大した放射能は出ない。……散開して下がれ! 今に二発目が飛んでくる・・・・・・・・・ぞ!」

「シャミルの回収は!?」

「命あっての物種! 急げ!」


 ゼリムハンからの命令を受け、狙撃隊の〈ダビデ〉も脚部ローラーを展開して散り散りに撤退していった。篝火めいて燃え盛る〈ヴァルハラ〉の残骸をその場に残して。


「どうする? 追うか!?」

「……無理だ。〈ピースキーパー〉の残弾がない。それに――!」


 サムエルが言いかけた刹那、再び火柱が落ちた。

 

 二発目は初撃より小規模だったが、さらにジークらの近くに着弾した。再び広がる爆風。パシュトゥーニスタンが恐れるT-Mech二機が、またも突風に吹かれた小虫のように弾き飛ばされる。


 偶然ではない、明らかに一射目の着弾位置に基づく修正射である。上空からの射撃は明らかにこちらを捕捉していた。


「あの威力を連射? インチキでしょ」

「今すぐ撤退する。補給も必要だが――あんなものがあっては、こちらの作戦計画が滅茶苦茶だ! ロシアは奴らに核兵器まで売りつけたのか!」

放射線測定器ガイガーカウンターに大した反応はない。それにあの火柱――今の爆発は超大型のビーム兵器だ。撃ってきた奴が空にいる」


 分析するジークの脳裏に〈シャングリラ〉の姿がよぎった。

 対T-Mech大型徹甲弾をも無効化する高電圧に、一刀で〈ヘルファイア〉の片腕を切断したビーム出力。根拠はないが――このような芸当ができるのはあの謎のT-Mechをおいて他にないという不可思議な確信がジークにはあった。


 二つ目のキノコ雲を背後に、〈ヘルファイア〉と〈ピースキーパー〉は全速力で南へと逃れた。融けたガラスのように赤熱した二つのクレーターの周囲では、キノコ雲から砂や煤の混じった黒い雨がざあざあと音を立てて降り注いでいた。


 ――その汚れた雨の中、彼らの後を追って空を駆ける・・・・・電磁人工物質メタマテリアルの揺らぎがあったが、どちらもそれに気付く余裕はなかった。






「――わはははは! 素晴らしいよ、ジナイーダ! 出力5%でこの爆発、この威力! 破壊と殺戮は派手にやるに限るね!」

「神経を疑いますよ。……冷却に入ります」


 基地司令アリスタルフ・アルハノフの哄笑に対して、ジナイーダは気が塞いだような声を返した。

 〈シャングリラ〉の操縦席に縛り付けられた彼女の体からバチバチと稲妻が迸り、特殊通電スーツに繋がれたケーブルを伝って機体へ供給されていく。機体を覆う9基の帯状触手テンタクラー・マントからは膨大な排熱による陽炎が上がっていた。


「ターニャは平気ですか?」

「……敵T-Mechを追跡中です。今なら容易く撃破できますが」

「まだいい、動きだけ追え。我々の目的はパシュトゥーニスタンの勝利ではなく、この戦場を荒らせるだけ荒らすことだ――」


 ここは高度20000メートルの超高空。青から黒に変わりつつある空の中。

 宙に佇むマント付きの長躯は、禍々しき漆黒の兵装を――たった今地面に大穴を空けた巨砲を抱えるようにして構えていた。



 それ・・は確かに地上で見たのと同じ大型兵装である。

 だが捻じれた馬上槍ランスのような形だった兵装は今、尖った胴を持つ頭足類、あるいは逆さにした百合の花を思わせる形へと姿を変えていた。槍の表面に巻き付いていた軟質素材――人工筋肉からなる大小の触手を広げたのだ。


 花弁にあたる幅広の触手は放熱と防御のために開き、砲口の反対側からは太い給電ケーブルが伸びて〈シャングリラ〉の胴に直結。

 更にその周囲から細い保持用触手が絡みつき、〈シャングリラ〉に砲身を接合していた。機構部には星型エンジンの気筒めいた無数のアビサル・キャパシタが突き刺さっており、デバイス単体でT-Mech一機分を上回る電力を蓄えている。


「――我が〈シャングリラ〉と、〈ケラウノス〉を使ってね。PRTOもロシアもパシュトゥーニスタンも、これだけの破壊力は想像もできまい!」


 シスコーカシア戦線の切り札、アリスタルフによって殲滅浄化兵装ピュリフィケイター〈ケラウノス〉と名付けられたその正体は――0.5メガトン級核弾頭と同等の出力を叩き出す、戦略級ビームキャノンであった。

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