12.ヴァルハラの門(2)

【予備知識】

・舞台は2082年のアフガニスタン。

・米印主体の平和維持軍『PRTO派遣軍』と反政府勢力『パシュトゥーニスタン』が戦う。今はPRTOが押しているが油断はできない。

・パシュトゥーニスタンはロシアから支援を受けている他、外様の武装組織『シスコーカシア戦線』からも戦力を借りている。

・主人公ジーク・シィングはPRTO派遣軍の兵士であり、戦術級機動装甲T-Mech〈ヘルファイア〉のパイロット。規格外の戦術兵器である。


【これまでのあらすじ】

・PRTOによる反攻作戦は順調に進みつつある。ジークらは撤退した敵T-Mech〈ヴァルハラ〉と〈アズガルド〉を追撃し、敵防空圏下で再び戦闘に入った。一撃必殺の高出力兵装ビーム・ラムが〈ヘルファイア〉に迫る。


◆   ◆   ◆   ◆


 〈ヘルファイア〉と〈ピースキーパー〉が再び会敵したのと同じ頃、30キロメートル南方では戦局がPRTO・政府連合に傾いていた。無人戦闘機ドローンファイターと巡航ミサイルを満載した空中空母〈キュムロニンバス〉の参戦が、ギリギリで成り立っていた膠着状態を打ち崩したのだ。


 ひときわ高い尾根上、周囲に制圧射撃をしていた半地下陣地に巡航ミサイルが着弾。

 450kgの炸薬が詰まった弾頭がコンクリート壁を貫き、内部で爆裂。コンクリートが粉々に砕けて吹き飛び、中の鉄筋が爆圧で内側からめくれ上がる。敵兵の悲鳴は聞こえない。


「敵機銃巣マシンガンネスト沈黙!」

「次弾は来てねぇな!? このままじゃ車両が通れねぇ、突っ込むぞ!」


 そのタイミングを見計らい、麓に伏せていた連合軍のMech部隊が攻め上がる。

 起伏が激しい地形での戦いは、周辺支配的ドミナントな地形――この争奪戦の目標となっている高地のように、そこから複数地点を観測・攻撃できる場所――を押さえるのが肝要となる。そのぶん敵の抵抗も激しいが、空中空母の巡航ミサイルがたった今それを打ち砕いた。


「グレネードランチャーと狙撃砲マークスマンガン持ちは銃眼を狙って撃ちまくれ! ニンジャソード持ちは敵陣に斬り込んで制圧をする! 行くぞ、抜刀突撃バンザイ・チャージ!」

「しゃあっ!」「血祭り!」「了解!」「バンザイ!」


 動き出したのは斜面の麓にいたPRTOの〈ヨコヅナ〉部隊。右手に専用の大型手榴弾、左手に背から抜いた振動ブレードを握って走る。

 〈マロース〉より一回り大きい3メートル級の体躯を重装甲に包んでいるにも関わらず、その動きは〈マロース〉以上に素早く機敏。人工筋肉の駆動出力が違うのだ。


 更に谷を挟んだ後ろからグレネードランチャーと57mm狙撃砲マークスマンガンの支援砲撃が届き、装甲板で守られた銃眼を滅多撃ちにして敵の迎撃を妨害。生身の歩兵も機関銃で尾根を掃射し、迎撃に出てきたパシュトウーニスタン兵の頭を押さえる。


「気合入れろ! 鬨の声バトルクライ上げろッ! ――皆殺しだァァァァァァッ!」

「俺達がカーリーだッ! 首刎ねて野晒しィッ!」

Hooahフーアー! ぶっ殺せッ! クソ袋にしてやる!」

ったねぇ血を見せろ! うぉぉぁあああああああッ!」

死ねマケ! 死ねマケ! 死ねマケッ!」


 複数言語が入り混じった絶叫とともに〈ヨコヅナ〉が開いた穴から果敢に切り込み、死体が転がる陣地の中に雪崩れ込む。その後ろから後続の連合軍兵士たちが続いていた。


「クリア! 次!」

「扉を見張っとけ! 出てきた奴は殺せ!」

「壁に穴開けた! グレネード使うぞファイア・イン・ザ・ホール!」


 マチェット型の振動ブレードニンジャソードが内壁の鉄筋コンクリートをチーズのごとく切り裂き、開けた穴にMech用重手榴弾を投げ込んで室内を爆破制圧していく。

 コンクリートで守られていた陣地内にMech〈マロース〉の姿は数えるほどしかなく、対装甲装備も大半が弾切れか破損しており――故に重装甲の〈ヨコヅナ〉に対抗する手段もなかった。


 そして、十数分――一部の捕虜を残し、陣地内の敵兵は全滅した。後続部隊が血と煙で汚れた戦闘室の中に新しい機関銃を据え付け、今度はPRTO・政府連合軍による周囲への制圧射撃が始まる。

 〈ヨコヅナ〉の突撃部隊は次の突破に備えるべく陣地から抜け出し、政府軍が拘束した捕虜を車両に乗せて後送していくのを見送っていた。


「攻める気だっただけあって、前線に敵が集中してやがるな」

「上等だろうぜ、こっちの火力支援も段違いに厚いんだ」

「ま、今日は反撃に備えて夜通し防御だろうな……」


「――まずい! 『デカい赤いバイクビッグ・レッド・バイク』だ! 来るぞ!」


 その時、北側を見張っていた兵士が悲鳴じみた叫び声をあげた。

 ――〈ヨコヅナ〉部隊がそちらに回ろうとした時には、既に真紅の大型バイクに跨った〈ジャハンナム〉が山を駆け上がって山頂に到達していた。



「……ぬぅぅ――ッ! 間に合わなかったか!」


 サイドカーを再装備した超大型バイクに跨る〈ジャハンナム〉の中で、トールが悔恨の唸り声を上げた。


 同時にサイドカー上の〈カブダ・マタル〉連装砲架が稼働し、9発の〈カブダ〉超大型擲弾を陣地目掛けて全弾発射。


 直後、無数の火球が尾根上に弾ける。炸薬量にして1トン弱、先の巡航ミサイル以上の重爆撃を受けたコンクリート陣地が完全に崩壊。飛び散る破片と衝撃波が周囲の兵士を引き裂き、あるいは尾根から叩き落として滑落させた。


「味方は全滅か……! テクノロジー頼りの惰弱者の集まりが、よくも!」


 背負ったショートバレルマシンガンを逃げ惑う敵兵に乱射しつつ、トールは〈ジャハンナム〉の跨る超大型バイクのアクセルをかけた。


 シャーシ後部からジェット噴流を噴き出し、前後長14メートルのダンプカーめいた車体が爆走。大型タイヤがPRTOや政府軍の兵士を轢き潰し、速度を乗せて振るわれるウォーハンマーが向かってくる〈ヨコヅナ〉部隊を殴りつける。


「神よ、ご照覧あれ! ……兄の仇、同朋の仇! 100万回殺しても飽き足りん!」

 

 真紅の重騎兵が戦槌を振るうたび、胴体に陥没痕を作った敵機が地面に倒れ伏していく。その後ろから新鋭量産機〈スウェジー・スネッグ〉二機が遅れて駆け付け、この虐殺じみたT-Mechの大立ち回りに加勢した。


 これら高機動機による強襲に対して、PRTO・政府連合軍は未だ完璧な対策を持たない。それにT-Mechまでが加われば――戦闘の行く末は明らかであった。


「――下がろう、トール! 空襲で後続が動けない、ここの再確保はもう無理だ!」

「PRTOの無人機も来てます……もう潮時です、下がりましょうよ!」


 尾根上をひとしきり荒らし回った頃合いで、両脇の〈スヴェジー・スネッグ〉のパイロットが進言した。その声に勝利の喜びはない。


 通常の陸上戦力が相手なら〈ジャハンナム〉は負け知らずだ。今のように900km/h超の速力で一気呵成に機動戦を挑めば、相手が体勢を整える前に蹂躙してしまえる。

 だが――ほぼ全戦線に攻撃を受けている現状では、トールが敵を排除したところでそこを確保できる味方がいない。戦闘の勝利が戦術的勝利に続かないのだ。


 500km向こうの空中空母から降り注ぐミサイル攻撃により、これまで敵を阻んできた山間陣地帯は死に体。重迫撃砲部隊の放列も無人機の空襲で機能停止しつつある。パシュトゥーニスタン全軍が混乱の渦に呑まれつつあった。


「トール!」「後退を!」

「解っている――おのれ、侵略者共……大勢を殺して農地を焼いて、まだやるのかッ!」


 トールが車体を反転させながら叫んだ。

 立ち上る黒煙と響く砲声の中、彼は稚気じみた祈りを捧げずにはいられなかった。神よ、どうか我が祖国を守り給え。


 車輪の下で死体が潰れる音がしたが、エンジン音に紛れて聞こえなかった。





「――行くぜ、クソボケェェ――ッ! ケダモノは半矢が一番強ぇんだよォッ!」


 怪鳥音じみた叫びと共にシャミルが〈ヴァルハラ〉を前進させた。黒紫の獣型T-Mechが狼男めいた猫背の二足形態へ移行。上体を∞の軌道で左右機動ウィービングさせ、同時に両掌のビーム・フューザーから真紅のビーム刃を伸ばして斬りかかる。


 ジークは槍を反転させ、鉄杭めいた石突でデンプシーロール斬撃を捌く。弾き損ねた数発が装甲に赤熱した切り傷を入れた。更に横合いから飛んできた60mm狙撃砲マークスマンガンの集中射が右半身を打つ!


「ち……!」


 道中で受けた敵弾、〈アズガルド〉のビーム・ライフル、〈ティル・ナ・ノーグ〉のレールガンに振動クロー、そして今の切り傷と集中砲火――〈ヘルファイア〉の外装は今や傷だらけを通り越し、半ば解体したような有様だった。


 これで本装甲はほぼ無事だというのだから、恐るべきはPRTOの材料工学である。だが〈ヴァルハラ〉の頭部ビーム・ラムの前には、その事実は気休めにすらならない!


「やられる前にとどめを貰うッ!」


 〈ヘルファイア〉が大槍を再度反転、カウンター気味の両手突きを放つ。


「甘ぇんだよォッ!」


 〈ヴァルハラ〉は身を仰け反らせて一歩踏み込み、頭を大きく振りかぶった。頭部を覆う十字楔兜が紅く輝き、中性粒子ビームの衝角が機体の半分ほどの長さまで伸びる!  

 ヘッドバットが来る――ジークは咄嗟に突きを中断してバックステップを踏み、握り部のリニア機構で槍を引き戻した。


「イイィィヤッハァァァァァ――!」


 直後、〈ヴァルハラ〉がヘヴィメタル奏者のヘッドバンギングめいて頭を振り乱す。ビーム・ラムの頭突き連打が立て続けに地面を抉り、プラズマの小爆発と共にガラス状に融解した岩が飛散した。文字通りの圧倒的火力!


「火力だけはある相手ってのは、こうも厄介か……!」


 〈ヴァルハラ〉の動きに〈ティル・ナ・ノーグ〉のような丁寧さはない。ただ一撃当たればそれでよいと言わんばかりの野性剥き出しの動きである。だが実際、一発で十分なのだ。


 ジークは〈ヘルファイア〉の熱核ジェットを吹かし、尾根から降りて仕切り直そうとした。だが先程の擦過でスラスターが一基潰れた分、動き出しが遅い――〈ヴァルハラ〉と〈アズガルド〉が前後から怪物を挟む!



「そうだ、シャミル。お膳立てはこちらでやる、お前は好きに暴れるがいい。……他の奴らを当てにしたのがそもそも間違いだった」

「おうよ、ゼリム! シスコーカシア戦線の顔はクソメガネの一派じゃねぇ、俺達だ!」

「こいつら――クソッタレが、チマチマしみったれた真似をしやがって!」


 前方からは〈ヴァルハラ〉のビーム・ラム、背後からは〈アズガルド〉によるビーム・ライフルとガトリングの猛射。更に傍の尾根上からは狙撃隊による支援砲撃。

 〈ヘルファイア〉にせよ〈ピースキーパー〉にせよ、PRTO製T-Mechの設計思想は単騎駆けでの長時間行動にある。通常戦力とここまで緊密に連携してくる敵は初めてだった。


「敵は防空網に隠れてこちらの無人機から逃れ、その上で我々を仕留める気でいる! 一旦仕切り直して防空網を片付けてもいいが!」

「その間に逃げられる! ……ちぃッ!」


 背後からの砲撃を機体を傾けて受けつつ、〈ヘルファイア〉がビーム・ラムを掻い潜って下段薙ぎを放つ。シャミルはバックステップを踏んで難なくこれを躱した。腰に増設された補助ジェットエンジンが排気を噴く。


「狙いがバレバレよ! 俺はテメェを殺して落とし前をつけ、それからジナイーダもブチのめしてブチ犯してやるッ! ――殺して食ってヤッて寝る! とこで死ねる身じゃあるめぇし、人生なんぞそれで十分ッ!」

「捩じ伏せて八つ裂きにしてやるッ! ――俺はジーク・シィングだ!」


 二者が振り切れたメーター針のごとく叫ぶ。


 〈ヴァルハラ〉が繕われた前腕翼膜を広げてバランスを取り、短い滑空で三眼の怪物の背後へと抜けた。

 入れ違いに〈アズガルド〉が正面に回り、右腕のスマートガトリングから対空榴霰ABM弾の破片嵐を浴びせる。弾幕で牽制しつつ後ろから刺す算段!


「――〈ピースキーパー〉は『黒兜』を抑えろ!」

「どうする気?」

「いいから早くしろ!」


 言うが早いか、〈ヘルファイア〉が鋭く旋回して空からの火線を躱した。そのまま〈アズガルド〉に背を向けて〈ヴァルハラ〉に向き合う。


「その程度で避けたつもりか? 浅はかな」


 ゼリムハンが瞬時に照準を直し、両手の火器を怪物の背部スラスターへ向けた。

 ――同時に、再び飛行姿勢に移った〈ピースキーパー〉が尾根を越えて乱入!


 ◇


「スウォーム残り30、〈ファイア・ビー〉40」

「全弾ぶっ放せ。不本意だがこのあと補給を挟む」

「オーケー」


 ディナが捉えられるだけの敵を捉え、操縦桿の引き金を引く。

 〈ピースキーパー〉が急激な旋回機動から背部の180連装ミサイルランチャーを展開し、再び夥しい物量のミサイルを一斉に撃ち放った。


 今度の標的は尾根の狙撃隊のみではない。〈ヴァルハラ〉、そして〈アズガルド〉自身もロックオン対象に入っている。さらに腕部ガンランチャーと『対戦車缶切りタンクオープナー』ガトリングも加えた一斉射撃!


「規模が大きい……全機回避機動、当たるな!」


 ゼリムハンが回線上で低く叫び、狙いを〈ヘルファイア〉から空中の砲弾群に向けた。

 再び光線と弾片の嵐。空中に燃焼ガスの黒い花が咲く。

 

 〈アズガルド〉の防空能力があれば、迎撃自体はぎりぎり可能である。

 だが広範囲への同時攻撃に加えて、自機を狙った誘導弾。更に敵弾の半分はレーザーでは焼き落せない〈ファイア・ビー〉装甲ミサイルである。迎撃しながら〈ヘルファイア〉を攻撃する余裕はない。故に――〈ヘルファイア〉に数十秒の猶予が生まれた。


「勝負を――かけたッ!」 


 ジークが大身槍を上段に構え、黒紫の猛獣へ突進しつつ縦一文字の斬撃を放つ!


「脇が甘ぇんだよォッ!」


 〈ヴァルハラ〉は十字楔の頭部を振り上げ、ビーム・ラムでそれを受けた。

 超高出力の多重ビーム刃が超硬セラミックの穂先を蒸発させ、根元から切断。切り落とされた穂先が宙を舞って地面に突き立つ。


「ヒャーハハ! 勝ったッ!」


 シャミルの哄笑。彼はそのまま〈ヴァルハラ〉の頭部を振り降ろし、ビーム・ラムで三眼の怪物を突き殺さんとした。


 ――その時には既に、〈ヘルファイア〉の剛腕がその首根を掴んでいた。


「あ? ……げェェッ!?」


 次の瞬間、コックピット内の天地が反転。コンテナに詰められて崖から落とされたような衝撃がシャミルを襲った。肺の空気が押し出され、頸椎が損傷して激痛が走る。操縦席のどこかが歪んで破損する音が響いた。


 〈ヴァルハラ〉が頭を振り上げる直前、〈ヘルファイア〉は既に槍から手を離して掴み技の体勢に入っていた。

 そして誘いに乗った猛獣の懐に入り込み、ビーム・ラムの基幹たる首を右手で掴むと――そのまま喉輪落としチョークスラムの要領で地面に投げ落としたのだ。無骨な機体に似合わぬ機敏な組討くみうちがシャミルの意表を突いた。


「か……ヒューッ……!」


 シャミルが藻掻き、必死で息を吸おうと試みる。 

 仰向けに叩きつけられた〈ヴァルハラ〉の眼前、息がかかるような距離に〈ヘルファイア〉がいた。右膝を相手の胴に乗せるニー・オン・ストマックの体勢で、全重量をかけて〈ヴァルハラ〉を押さえ込んでいる。


 赤と黒で描かれた禍々しき三眼のペイントが、そしてジーク・シィングのサイバネ義眼が、ドス黒く燃える殺意を込めてシャミルを睨みつけていた。


「…………ッ!」


 シャミルが激痛と呼吸困難に耐えながら〈ヴァルハラ〉を暴れさせる。

 だが片や20トン強の軽量機、片や137トンの超重機体。子牛が虎に圧し掛かられたようなものだった。自慢のビーム・ラムも首元を掴まれていては虚しく地面を焼き融かすばかり。


「――――」


 ジークはもはや無言だった。やることは自明であり、何を言うこともなかった。


 最短経路でこいつを殺す。



 〈ヘルファイア〉が敵機の首を掴んだまま右腕の電磁機関砲マイクロ・レールガンを連射。

 超高初速の榴霰弾が首元をぐずぐずに破壊し、中に通った配線を断ち切る。頭部発振器からの粒子奔流が途切れ、ビーム・ラムが沈黙!


「……かァァッッ!」


 〈ヴァルハラ〉が最期の力を振り絞るように両掌のビーム・フューザーを発振し、自機の首を掴むマニュピレーターを焼き切ろうとした。

 しかし〈ヘルファイア〉は即座に手を離し、その腕を無造作に掴んで止めた。そのまま桁外れの駆動出力でもって肘関節をじ切り、逆に〈ヴァルハラ〉の両腕を引きちぎる。まさに怪物的膂力!


「各個射撃、シャミルを援護だ! 関節を狙え!」

「発射!」「発射!」「発射!」


 復帰した狙撃隊の60mm砲が装甲を打ったが、やはり非貫通。〈ヘルファイア〉は完全に装甲任せの無理攻めを決め込んでいた。


「ざっけ……ざっけんじゃねぇよテメェ! 殺してやる! テメェ殺してやる!」

「情け無用!」


 〈ヘルファイア〉が膝で押さえつけた敵機に無慈悲なる連射を浴びせかける。

 仮初かりそめに塞がれたエンジンの配管が再び破れ、高熱を帯びた砲弾が漏れた燃料に火を着けた。同時に破損した大容量コンデンサからも出火し、黒紫の猛獣が篝火めいて燃え上がる。コックピットは巨大な火葬炉と化した。


「ち、く、しょ……」


 ここにきて、シャミルは機体を棄てて脱出しようとした。しかし不可能だった。

 最初の喉輪落としチョークスラムの衝撃で歪んだ機器の一つが腰部背面ハッチの解放機構であり――更に〈ヴァルハラ〉が仰向けで地面に押さえ付けられている現状、出入り口は地面で塞がれていたからだ。

 

「クソ、クソ、クソッ! くたばってたまるかよォォッ!」


 シャミルが冷汗を流しながら叫び、唯一動かせる〈ヴァルハラ〉の両脚をばたつかせた。幸か不幸か、その足掻きが更なる追撃を呼び込んだ。三眼の怪物が立ち上がって黒紫の猛獣を踏みつけ――腰部正中線、コックピットの位置に砲口を向ける。


「――ブッ殺してやる(MARCHU TALAI)!」


 砲声、三連射。

 〈ヘルファイア〉の右袖に開いた砲口がプラズマ混じりの砲火を吐いた。


「…………」


 自身の決定的敗北に対して、もはやシャミルは何を言うこともできなかった。

 超音速の30mm弾に操縦席ごと貫かれ、その五体をバラバラに引き裂かれたからだ。


 血肉が無惨に散らばったコックピットに炎が流れ込み、全てを黒く焼き焦がしていった。あるいは生きながら炎で焼かれ死ぬよりは、ずっと楽な死に様であったろう。シャミル・クロフは19年の人生を野獣のごとく生き、そして野獣のごとく死んだ。

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