11.ヴァルハラの門(1)
【予備知識】
・舞台は2082年のアフガニスタン。
・米印主体の平和維持軍『PRTO派遣軍』と反政府勢力『パシュトゥーニスタン』が戦う。今はPRTOが押しているが油断はできない。
・パシュトゥーニスタンはロシアから支援を受けている他、外様の武装組織『シスコーカシア戦線』からも戦力を借りている。
・主人公ジーク・シィングはPRTO派遣軍の兵士であり、
【これまでのあらすじ】
・一大反攻作戦の中、連戦の末にシスコーカシア戦線の二番手〈ティル・ナ・ノーグ〉を退けたジークら。取り逃した敵の追撃に向かうが、相手もただ逃げ回るだけではなかった。
◆ ◆ ◆ ◆
「――修理を急げ。タチアナの〈ティル・ナ・ノーグ〉がいつまで持つか解らん」
エンジンを止めた機体から窮屈そうに巨躯を這い出させ、ゼリムハンが言った。
無人機の追撃から逃げ切った彼の〈アズガルド〉とシャミルの〈ヴァルハラ〉は、並んで谷底の街道沿いに設けられた簡易整備所に駐機し、給油トレーラーと共に待機していた整備部隊から修理と補給を受けていた。
周辺の山々には崖に掘った横穴陣地に温存されていた防空兵器が配備され、押し寄せるPRTOの
「ティルなんちゃらってどいつだっけか」
「四本腕の透明になる奴。タチアナの」
「ああ、あのクソメガネんとこの目の据わったガキ」
「口より手ぇ動かせ! ゼリムの命令だぞ! ――〈ヴァルハラ〉の補修はまだ終わんねぇのか! 破れた配管は補修テープ巻くか半割パイプ宛がってパテで固めちまえよ! とにかく今動きゃいいんだ、今!」
「やってますよ! 敵弾のカケラがメインの配管まで食い込んでんです!」
「ゲェーッ! 燃料噴射弁が一個砕けてる! これ直せませんよ!」
「塞いでパテ詰めとけ! 後でユニットごと取り替える!」
整備部隊が喧しく指示を飛ばし合いながら作業を進めていく。榴霰弾を受けて大きな被害を負った〈ヴァルハラ〉の修理はかなり難航しているようだった。
彼らはパシュトゥーニスタンの部隊ではない。シスコーカシア戦線のゼリムハン派――ワハーン回廊を根城にするアリスタルフ派とは思想を異にする勢力であり、各地を渡り歩く傭兵部隊だった。シャミルのように放浪の中で生まれ育った者も多い。
「ゼリム、〈アズガルド〉はタンクに何か所か穴が開いただけだ。もう塞ぎ終わって給油作業に入ってる。〈ヴァルハラ〉は……背部エンジンの損傷が酷い。何とか復旧してみるが、長距離を飛ぶのは無理だ」
「ビーム・ラムは?」
「
「頼む。……シャミル、機体が直ったらお前は後方に引っ込め」
「冗談じゃねぇよォーッ!」
シャミルが逆立てた茶髪を掻きむしって叫んだ。
「冗談じゃねぇぞ、ゼリム! だいいちビーム・ラムなしでどうやって『三つ目』と戦おうってんだ! 〈アズガルド〉のライフルじゃ装甲が……ぐぇ!」
「お前は引くことを覚えろ!」
ゼリムハンがシャミルの横面に拳を叩き込んで黙らせた。
「渡したT-Mechで時間を稼いでみせろとアリスタルフは言う。〈シャングリラ〉には敵の空中空母を抑える力があると奴は言う……あの女で全て焼き尽くす時が来たということだ。向こう見ずな若さで貴重なT-Mechを道連れに死なれては困る」
「ジナイーダが『三つ目』を……? ますます聞き捨てならねぇ!」
起き上がったシャミルがなおも狂犬めいた雰囲気でがなり立て、寝そべったような形で駐機された〈ヴァルハラ〉の前足をバンバンと叩いた。
彼はジナイーダをライバル視していた。かつて彼女を手籠めにしようとして返り討ちに遭ったからだ。それは男として、獣の雄としての挫折であった。故にそのジナイーダに傷を負わせた〈ヘルファイア〉を殺してみせようとしたが、そこでも返り討ちに遭った。
今の自分は惨めな負け犬だ。ジナイーダが自分より先に〈ヘルファイア〉を殺して雪辱すれば、この二重の屈辱は永遠に消えぬ傷痕となって自分の中に残り続けよう。それは彼にとって死より受け入れ難いのだ。
「お前の父親も個人的なプライドに殺された。頭を冷やせ」
「上手くやってみせりゃあいいんだろ! 俺が口だけの野郎だってのかよッ!」
「やらせてやろうぜ、ゼリム。実際出し惜しみできる状況じゃないだろ」
「黙っていろ、意思決定は俺がする――待て」
ゼリムハンが止めた。腰に下げた通信子機、〈アズガルド〉の通信機と繋がっているそれが呼び出し音を鳴らしたからだ。
通信の相手はパシュトゥーニスタンの野戦指揮所――そして〈ティル・ナ・ノーグ〉のターニャであった。
「……解った。遅滞戦闘しつつ下がれ。パシュトゥーニスタンとの折衝は後でやる。――タチアナは復帰次第『三つ目』と『四つ足』を追跡しろ。それから……」
禿頭の巨漢がしばらく話し込み、それから苦々しい顔で通信を切る。
「――悪い知らせが二つある。空中空母の爆撃で南の戦線が一ヶ所崩れた。〈ジャハンナム〉はそっちの救援に回すそうだ」
「南から敵が来てんのか。もう一つは?」
「……〈ティル・ナ・ノーグ〉が抜かれた。東からはT-Mechが来る」
「それ見ろよ!」
シャミルが水を得た魚のごとき勢いで詰め寄った。
「俺はもう19だぜ、ゼリムハン・バスタエフ! いつ死んだって悔いはねぇ歳だ! 俺が死ねば〈ヴァルハラ〉が使えねぇったってよォ、ここで尻尾巻いて前線の奴らを死なせるよかマシだぜ!
「業突く張りが」
ゼリムハンは長い溜め息をついた。
「いいだろう。……だが作戦を立てる。前線の奴らを――俺の狙撃隊を呼び戻せ」
◇
「――もう昼か。ディー、何か腹に入れておけ。操縦を替わる」
サムエルが収納された操縦桿とフットペダルを立ち上げながら言った。
〈ピースキーパー〉の眼下、前方数キロメートルには走る〈ヘルファイア〉の姿がある。
「はいよ。……〈ヘルファイア〉は平気? その中だと身動き取れないでしょ」
「慣れてる。問題ない」
疾走する怪物の中でジークが短く答え、鉄兜めいた耐衝撃ヘルメットの中で細いゴムホースを吸った。コックピットの内壁ラックに納められたハイドレーションからブドウ糖と電解質を含むスポーツ飲料が供給される。
ディナが「ふーん」と素っ気なく返し、こちらもラックを開いてハニーナッツバーとドリンクを取り出した。核融合炉と熱核ジェットエンジンを搭載したT-Mechは無尽蔵といっていい活動時間を誇るが、中の人間はそうもいかないのだ。
「さっきの『
「望み薄だな。奴にスラスターはないようだったが――渡河地点までの移動中、奴は確かに我々を尾行していた。それができる機動力があるということ」
サムエルが〈ピースキーパー〉を操縦しつつ、バイザー視界の脇に表示された地形図を睨んだ。
ビッグボードからの自爆ドローンが殺到すれば、いずれは破れようが――完全な排除には時間が掛かる。待っている時間はない。
「こうして追ってるのも筒抜けかもしれない。その場合、敵の次の手は」
「再度の待ち伏せ、もしくは陽動。何にせよ『待ち』の戦術よ」
「さして準備をする余裕もないはずだな。速攻をかけて突き崩す、合わせろ」
「勝手にやれ」
手短な意思疎通を終え、〈ヘルファイア〉と〈ピースキーパー〉が猛然と山間を駆ける。再び包囲される可能性を警戒し、二機の間には2、3キロメートルの距離が開けてあった。
やがて〈ヘルファイア〉が隘路に入ったその時――左右の尾根上で十数の砲炎!
「砲撃! 小物が複数!」
ジークが叫び、〈ヘルファイア〉の針路を鋭く蛇行させて一斉射撃を回避した。避け切れなかった数発が防弾鋼とアルミ合金の外皮を貫き、内側の重複合装甲に食い止められる。
〈ティル・ナ・ノーグ〉のレールガンではない。装薬を用いた中口径火砲、Mechが遠距離支援に用いる
「……恐ろしく速い上に硬い、聞いた通りの怪物ね」
「撃破は無理だな。Mechの火器じゃ死なねぇよ」
「へ、へ。先進国サマ謹製の化け物ってわけだ」
それを撃ったのは、パシュトゥーニスタンが用いるロシア製Mechではなかった。
PRTOの〈ヨコヅナ〉と同じ3メートル級、蜘蛛の目のような四眼式高性能カメラを持つ中型機。マッシブな輪郭を形作る多面装甲は砂地に溶け込むカーキ色。脚部には狙撃姿勢時に地面に打ち込むアンカーを備える。
手には対戦車ライフルじみた長砲身、
シスコーカシア戦線ゼリムハン派の保有する、イスラエル製輸出向け量産Mech――〈ダビデ〉と呼ばれる機種である。地域紛争の活発化で力を増したゼリムハン派はこの種の武装勢力としては最も大規模なグループであり、このような最新鋭機の配備をも可能としていた。数は2個中隊24機!
「あれはイスラエルの新型機。奴らどういうルートで手に入れた?」
「知ったことか! そこにいるなら殺すまで!」
「それはそうだが!」
機体全高の倍にもなる大身槍を軽々と振り回し、三眼の怪物が吶喊をかける。
同時に背後で〈ピースキーパー〉が尾根上の狙撃隊を捕捉。背部の貨物コンテナじみた大型連装ランチャーからスウォーム・ミサイルが大量に打ち上がり、上空から円弧軌道を描いて襲い掛かる。
着弾すれば壊滅必至、山ごと焼き払わんばかりの大規模火力投射――しかしそれを見計らっていたかのように、稜線の向こうから大量の
起爆位置を精密にコントロールされた砲弾群が次々と弾け、重金属弾子の弾幕を張ってミサイルを破砕。次いで照射された高出力レーザーが撃ち漏らしを墜とす。
「狙撃隊は『三つ目』を追い立てろ。『四つ足』の攻撃は〈アズガルド〉が防ぐ」
「『黒兜』……渡河中の待ち伏せに失敗し、この〈PK〉に空戦で負けたかと思えば、またも雑魚を率いて待ち伏せか? その往生際の悪さ、汚らわしい未練! ここで仕留めてチャラにしてやる! ハハハハハハハハーッ!」
尾根上に現れた〈アズガルド〉の姿を認め、サムエルが青い目を見開いて獰猛に笑った。
先程〈ピースキーパー〉と空戦をしてみせた漆黒の重甲冑は、今度は尾根上に接地して完全な迎撃体勢に入っている。故に――〈ヘルファイア〉の攻撃圏内である。
「地上にいるうちに始末しろ、ジーク・シィング!」
「言われるまでもない!」
着陸した〈ピースキーパー〉が地面に脚部アンカーを打ち込む前方、〈ヘルファイア〉が急斜面を駆け上がって〈アズガルド〉に迫る。
「集中射撃、照準は各中隊長機に倣え。データリンク」
「了解」「了解」「了解」「了解」
狙撃隊の〈ダビデ〉各機がデータリンク越しに味方の射線を共有した。
空中にレーザーサイトを思わせる赤い線が2本浮かび、突き進む怪物の前で交差。これが各中隊長機の射線である――そこに他の機体も照準を集中させ、瞬く間に24本の射線が一点で合わさった。
「発射!」「発射!」
巨大な
「――この程度の砲撃で! 〈ヘルファイア〉が斃れると思ったかッ!」
しかし三眼の怪物は敢えて回避機動をとらず、敵弾を受けながら突進を続けた。
17世紀の衝撃重騎兵めいた蛮勇だが、そこには冷静な打算の裏付けがある。ここまでの連戦でブラッドレッドの外殻はあちこち破損しているが、守りの要たる重複合装甲は依然として鉄壁を維持していた。
故に――全弾非貫通! 狙撃隊が二射目を放つより速く、〈ヘルファイア〉が〈アズガルド〉の目の前に到達する!
「死にやがれッ!」
ジークが凄絶な怒声を上げ、右腕の槍を引き絞った。
「……!」
〈アズガルド〉が全身のジェットエンジンを噴射、その場で離陸しつつ飛び退る。
遅い。速度が乗った今ならば、飛び掛かって串刺しにしてやれる――〈ヘルファイア〉もまた熱核ジェットを吹かして跳躍をかけた、その時であった。
「――行けよ、シャミル!」
「応ッ!」
――尾根の向こう、〈アズガルド〉の背後で待機していた〈ヴァルハラ〉が飛び出し、そのまま〈アズガルド〉と入れ違いにジークへ突撃した。
その腰には簡易的な筒状のエンジンユニットが二つ取り付けられ、損傷した背部ジェットエンジンの推力と発電性能を補っている。急拵えだが不足はない。
「流石ゼリムだ――待ってたぜ、この時をよォッ! ビーム・ラム最大出力だッ!」
前腕翼膜を畳んで低姿勢で走る黒紫の猛獣、その頭部を覆うテーパー・リーマー型の兜が展開し、発生した無数のビーム刃が頭部正面に収束。コンクリートダムの堤体すら破壊する巨大な
目標は宙にある〈ヘルファイア〉の胴体、その正中線!
「狙いは俺か、スナイパーも『黒兜』もその囮! ――ちぃぃっ!」
このままでは死ぬ。ジークは瞬時に悟って機体を捻り、その姿勢から槍を放った。
その槍先を支点とし、〈ヘルファイア〉が熱核ジェットを緊急出力で噴射――槍先で地面を抉りながら強引に跳躍軌道を変え、ビーム・ラムの直撃を辛うじて回避! 二機のT-Mechが至近距離ですれ違う!
「棒高跳びで避けたァッ!?」
「落ち着け、シャミル。……距離を取って次に備えろ」
四本の脚で急制動をかける〈ヴァルハラ〉の眼前、三眼の怪物が地面を踏み砕いて降り立つ。直後、腰部エンジンの一基がくぐもった爆発音を立て、黒煙を上げて停止した。
後方カメラで確認すると、リアスカートの端に赤熱した傷痕――敵機のビーム兵器が掠めたか。ジークはひとつ舌打ちし、地面に突き刺さった槍を引き抜いた。
「……雑兵が! 俺を追い詰めた気でいるなら大間違いだ!」
ジークが指向性マイク越しに
「狩るのは俺で、お前達が獲物だ! ――虎穴に入って虎を討つ!」
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