10.知り難きこと陰の如く(3)

【これまでのあらすじ】

・舞台は2082年のアフガニスタン。

・米印主体の平和維持軍『PRTO派遣軍』と反政府勢力『パシュトゥーニスタン』が戦っている。

・パシュトゥーニスタンはロシアから支援を受けている他、別の武装組織『シスコーカシア戦線』からも戦力を借りている。

・主人公ジーク・シィングはPRTO派遣軍の兵士であり、規格外の戦術兵器〈ヘルファイア〉を駆るパイロット。

・パシュトゥーニスタンの攻勢が続く中、PRTOは集まった敵戦力を一挙に殲滅するべく大規模反攻作戦を発動した。合衆国本部から飛来した空中空母の無人機部隊が猛威を振るう中、〈ヘルファイア〉は敵の斥候機〈ティル・ナ・ノーグ〉と対峙する。


◆   ◆   ◆   ◆


「――〈キュムロニンバス〉よりビッグボード、無人攻撃隊の現地到着を確認。T-Mech部隊の方には90機のうち25機を回した。本艦はこのまま上空に待機し、無人機の管制と火力支援を行う」

「ビッグボード了解。危険な任務となるが、よろしく頼む」

「おいおい……君より私の方が500キロは後ろにいるんだぞ、トニー。気楽なものさ」


 キャンプ・ビッグボード基地司令トニー・ゴールディングに対して笑いながら言うと、〈キュムロニンバス〉艦長は自らの椅子に座り直した。

 彼の周囲では十数人の艦橋要員が慌ただしく動き回り、発艦した無人機部隊の管制、本艦護衛を担うビッグボード航空部隊との交信、前線から送られてきた攻撃目標座標の処理といった作業に追われている。

 

 前後長500メートル、全幅1キロメートル超という威容を誇るこの原子力飛行艇は、巨大なイトマキエイのようなその図体に無数の武装を積み込んでいた。


 胴体に格納した90機の無人戦闘機、自衛用のレーザー発振器と防空ミサイルシステム、最大800km先を攻撃可能な垂直発射式の長距離巡航ミサイル――万が一を恐れてこれまで実戦に出ることはなかったが、その自衛力と火力は凄まじい。


「村落付近への攻撃要請は却下しろ、民間人を誤爆したらコトだ。巡航ミサイルの爆撃対象は守備陣地や集積所に絞れ」

「了解。――垂直発射システムVLS、再発射準備よろし」

「VLS攻撃始め。槍の雨を降らせろ」


 艦長が落ち着いた声で命じると、〈キュムロニンバス〉の機体上面に存在するハッチが次々と展開し、中から電信柱のようなサイズの巡航ミサイル弾頭が顔を出した。

 直後、地響きのような振動とともに無数の大型ミサイルが真上に射出。航法システムに従って遥か遠方の戦線へと飛んでいく。速度は900km/h前後といったところ――防空システムの死角になりやすい地表付近を這うように飛び、爆裂する。


「VLS発射完了。対地巡航ミサイルトマホーク、残弾224発です」

「うむ」


 艦長は頷き、蓋つきのマグカップからコーヒーを啜った。

 客観的には安全圏から爆撃するだけの楽な仕事だ。クルーの大部分にとっては初の実戦であるが、今のところは訓練通りに動けている。だが――。


(――勝って兜の緒を締めよ。得体の知れない敵がいると聞いた)


 ゴールディングにはああ言ったが、油断は禁物である。艦長はもう一度索敵画面に目を走らすと、レーダー要員と護衛部隊に周辺警戒を密にするよう重ねて告げた。



 ◇



「――ハハハハハハハッ! 時間切れ、ゲームオーバーだ! 化け物は最後に空爆で死ぬと相場が決まっているんだよ、馬鹿めが!」

 

 高笑いするサムエルの背後から、ワルキューレの騎行めいて無人機部隊が迫る。

 ゼリムハンの駆る漆黒の対空射撃機――〈アズガルド〉の索敵レーダーは、25機の無人戦闘機がこのクナル川周辺に向かっているのを捕捉していた。無数のロックオン警報が重なって鳴り響く。


(……もう射程圏内に入ったか。かなり高性能の無人機と見える)


 ゼリムハンが瞬時に見当をつけた。

 彼の推測通り――空中空母〈キュムロニンバス〉が発した艦載機、F-1U〈レインドロップ〉は廉価な攻撃ドローンとは訳が違う。12基のハードポイントにミサイルを満載してマッハ2超で巡航する、純正の多用途戦闘機マルチロールファイターなのだ。それがフル武装で25機ともなれば、単純計算でミサイルの数は300!


 警報音が更に激しさを増し、〈アズガルド〉のレーダー画面に敵弾を表す赤マーカーが同時に数十も浮かび上がった。統御システムによって不気味なまでに統率された、無人機部隊のミサイル攻撃。


「多すぎる。――もはやここで粘る意味もないか」


 放たれたのは恐らく大型長射程の空対地ミサイル、〈アズガルド〉なら防げない規模ではない。……〈ピースキーパー〉の横槍がなければ。


(仮に第一波を凌ぎ切っても、残った母機に囲まれて空襲されような)


 ゼリムハンが目元を険しくして算段を立てた。

 〈アズガルド〉――この甲虫めいた漆黒の甲殻に覆われた重飛行T-Mechは、対空射撃に特化したスマート・ガトリングと多連装レーザー・ユニットで武装した防空機である。

 その迎撃能力はさながら空を飛ぶイージス艦といったところだが――イージス艦とて対応不能な数を撃ち込まれたら沈む。弾に限りもある。ほとんど対空兵装を持たない眼下の二機は更に危険だ。


「ここまでだ、撤退する。〈ジャハンナム〉は〈ヴァルハラ〉を牽いて退避を」

「了解ッ! 温存していた防空システムが出てくるはずだ、任せておけッ!」

「頼んだ。〈ティル・ナ・ノーグ〉は残って足止め、できるな・・・・?」

「無論です」


 禿頭の巨漢が語気を強めて訊くと、ターニャはただ無感情にそう答えた。


「任せる。――ポリーナ、俺だ。手筈通りにパシュトゥーニスタンへ連絡、返事はアリスタルフに繋げ。こちらも撤退する、できるだけ急がせろ」


 最後に後方指揮所にいる部下に通信を送ると、ゼリムハンはアクリルカバーに覆われた手元のスイッチを押し込んだ。

 〈アズガルド〉の腰部前後と両肩のジェットエンジン、そのベーン型推力偏向パドルの隙間から一際激しい炎が吹き出し、漆黒の巨体の飛行速度が跳ね上がる。アフターバーナーによる急加速である。


 みるみる減っていく燃料計を横目に見つつ、ゼリムハンは〈ピースキーパー〉に背を向けて全速力で離脱した。背後から放たれたガトリングの火線が機体に交差し、被弾箇所の装甲が破れて燃料が漏れ出す。


「燃料タンクに穴が開いたか。おのれ……!」


 ゼリムハンは〈アズガルド〉を急降下させて更に速度を稼ぎ、緑の果樹畑や日干しレンガ造りの家々のすぐ上を通過した。

 そこから滑らかに再上昇し、撤退する二機の真上について空を睨む――そこに迫る空対地ミサイルの雨!


「生意気な蚊トンボ共めが。墜ちろ!」


 漆黒の重甲冑がホバリングしたまま両手の武装と背部レーザーユニットを起動し、機体の全火力を一斉に解き放った。


 レーザーユニットとビームライフルが発する緑と深紅の光芒、そしてスマート・ガトリングが撃ち出す対空榴霰ABM弾の爆発が前方空間を塗り潰す。

 更にビーム・ライフルにマウントされたランチャーが開き、防空ミサイルを射出。十を越える飛翔体が無人機群に向かって飛翔した。


 弾頭は近接信管、20キロメートル先まで狙える最新式。狙われた無人機がフレアをばら撒きながら回避機動を取ったが、3機が避け切れず爆発に巻かれて撃墜された。砕けたミサイルの破片や飛行機の残骸が散らばり、燃えながら川や農地に降り注いでいく。


 ――だが、それでも残り22機。焼け石に水である。


 生き残った無人機はそのまま加速して戦場の上空に辿り着くと、さながら獲物の頭上を旋回するハゲワシのごとく散開を始めた。


 2年前、ペゼンタ飛行場が生きていた頃は、この地の空を支配していたのはパシュトゥーニスタンの飛行隊だった。だが今となっては、彼らにPRTOの無人機の跳梁を阻止できる航空戦力はない。諸行無常……。


 ◇


「ハハハハハハーッ! 何がパシュトゥーニスタン共和国だッ! 所詮ゴロツキの寄り合い所帯だって教えてやるよ! ――行け、ディー! 奴らを追い詰めて殺す!」

「『ステルス機』は?」

「〈ヘルファイア〉に押し付けりゃいい。どうせ足止め目的だろう!」

「このクソ野郎!」


 ジークが疵面を歪めて悪態をつき、虚空から矢継ぎ早に飛んできたレールガンの五連射を回避した。紙一重で避け損ねた弾が外殻をもぎ取り、内側の複合装甲が皮膚を剥がれた肉めいて露出する。


 姿を消した〈ティル・ナ・ノーグ〉だけは上空の無人機を一切意に介しておらず、また無人機もこの無貌の四腕機を認識していなかった。ゼリムハンがターニャ一人を置き去りにしたのは、何も派閥対立だけの話ではないのだ。



「……一人じゃヤバい相手かもよ」


 ディナが低い声で言うと、サムエルが鬱陶しげに舌打ちした。


「ち、また無能の尻拭いか――そいつの光学迷彩のタネは解るか?」

「消える前触れに白い霧、恐らく光に作用するチャフの一種。覆った範囲が丸ごと透明になる。……だがそれだと自機も外が見えないはずだ。何かカラクリがある」

「レーダー波や赤外線はないよ。とりあえず撃ってみるか」


 発砲炎が見えた周囲に大雑把に狙いをつけ、ディナが操縦桿のスイッチを押し込んだ。

 〈ピースキーパー〉のシャーシ下で対戦車缶切りタンクオープナーガトリングが巨大昆虫の羽音のごとき発砲音を鳴らし、爆裂する30mm強装弾が涸れた地面を砕いて土砂を舞い上げる。


 風で流れる土煙――その中に一点、不自然な揺らぎが浮かび上がった。


「見えた」「そこだ!」

 

 その揺らぎを目掛け、ディナが残りの搭載兵器を容赦なく叩きつけた。152mmガンランチャーの成形炸薬HEAT弾とスウォーム・ミサイルの猛爆撃が煤けたクレーターを次々と生んでいく。

 空間の揺らぎが低く跳ねるように動いて爆撃を回避――だが、そこに大槍を構えた〈ヘルファイア〉が接近!


「串刺しの滅多切りにしてやるッ!」

 

 〈ヘルファイア〉が背と腰のスラスターが発する爆発的ジェット推力に乗り、暴風めいた連続断頭斬撃を始動した。出力の高まった振動ブレードの槍先が高周波を響かせ、ギロチンの刃のごとく四腕機に迫る! 



「……」


 ターニャが息を軽く吸い、止めた。〈ティル・ナ・ノーグ〉の構えが張り詰めた。


 不用意な勢い任せに見えてその実、〈ヘルファイア〉の姿勢にはいつでも前後左右への急加速に移れるだけのマージンが設けられている。不用意な跳躍回避やレールガンの射撃を行えば、即座に対応されて狩られるだろう。


(敵機のパイロットはよほどの勤勉家か、負けず嫌いか、狂人)


 色を失った白黒の視界の中、ターニャはそう分析した。


 ジークからすれば自分は初対面だろうが、彼女と〈ティル・ナ・ノーグ〉は数ヶ月前から――シスコーカシア戦線が本格的に動き出す前から、『三つ目〈ヘルファイア〉』の戦闘を観測し続けていた。


 〈シャングリラ〉と戦う以前の〈ヘルファイア〉はさほど見るべき相手ではなかった。シャミルあたりとさほど変わらぬ大味な戦技だった。もしジナイーダが最初から殺す気でかかっていれば、初撃で決着していただろう。


 だが――今ターニャの眼前に立つ怪物は、以前より格段に力をつけている。

 操縦技術の更なる研鑽、同格以上を殺すべく練り上げた戦術、技量ではどうにもならぬ性能差を埋めるための機体改修。あの日ジナイーダに向けて爆発させた殺意は、単なる負け犬の遠吠えではなかった。


 今の〈ヘルファイア〉は人機一体の怪物であり、ある種の達人である。

 甘えた立ち回りは通用すまい――全て捌き、躱し、技量の差で競り勝つよりほかない。


「ッシャアアアアァァァァァッ!」

「…………来い」


 大音響の振動音とともに、大槍の斬撃嵐が幾度となく揺らぎを切り刻む。――だが手応えはなく、穂先は空を切るばかり。


 一方の〈ティル・ナ・ノーグ〉は襲い来る斬撃を流麗に捌き、その度に両手足の振動クローでコンパクトな反撃を叩き込んでいた。帯電振動する三本爪が次々とブラッドレッドの外殻を裂き、致命的ではないが無視できぬ損傷を与え続ける。


 それはワンミスが死に繋がる綱渡りじみた防戦であった。だがターニャは一切の動揺なく、じりじりと下がりながら完璧な捌きパリングを続けている。まさに鋼の精神!


「暖簾に腕押し、糠に釘――こいつは本当に人間か!?」


 連続攻撃の終わり際、〈ヘルファイア〉がゴゥン、と風切り音を立てて大身槍を振り回し、右手を引いて左手を突き出す。見栄を切るような大仰な動きが腕部レールガンの射撃姿勢へと帰結し、そのまま左腕袖部の砲口が火を噴いた。


 敵機への命中を期待しない、あくまで牽制のための射撃――だが撃ち出された砲弾は〈ティル・ナ・ノーグ〉に直撃し、空間の揺らぎの中から硬質な着弾音を響かせた。


(……当たった? 今のが?)


 撃っておきながら、ジークは思わず違和感を覚えた。ボクシングチャンピオンがラッキーパンチ一発でKOされるのを見たような気分だった。先程の連撃を捌き切った反射神経の持ち主にしては、あまりにも不用心な……。


 違和感の正体を掴むべく、〈ヘルファイア〉が更に電磁機関砲を横薙ぎに連射。

 単純に見れば先程よりずっと避け辛いはずの掃射だが、〈ティル・ナ・ノーグ〉は機敏に姿勢を下げてこれを回避。無数の極超音速弾が揺らぎを素通りして後方へと抜けていった。


 〈ティル・ナ・ノーグ〉が即座に反撃。メタマテリアルの霧の中から四腕が飛び出し、鉤爪が円弧を描いて三眼の怪物を襲う。

 〈ヘルファイア〉は引き戻した槍の穂先をかざし、大剣じみた槍身の腹でこれを受けた。

 そのまま槍身の陰から再度発砲。――今度は素通りせず、再び着弾音が響く。



(偶然じゃない。槍の陰からの射撃に対して妙に動きが悪くなる)


 僅か一呼吸ほどの時間的余裕の中、ジークが思考をフル駆動させた。その間にも脳髄に繋がった〈ヘルファイア〉のOSが絶えず周辺情報の解析と駆動系の最適化を行い、次の爆発的な動作に備える。


 間違いなく原因は大身槍、その穂先たる振動セラミックブレード。〈ヨコヅナ〉のニンジャソードにも使われるこの材質は通電によって振動し、帯電に伴う熱と電磁場、そして人間の可聴域外にまで及ぶ高周波を発する。


 このうち熱と電磁波についてはチャフ雲――〈ティル・ナ・ノーグ〉自身が発するメタマテリアル粒子によって遮蔽されていることが解っている。すなわち――。


「音の反響……奴はソナーで物を見るのか!」


 ジークが得心がいったように呟き――それから〈ピースキーパー〉に通信を繋いだ。


 ◇


(……二度も被弾した。あの大型の振動ブレード、威力以上に視界が塞がれる)


 色を失った白黒の――比喩ではなく――視界の中で、ターニャは無感情に分析した。


 眼前に立つ〈ヘルファイア〉の大身槍、その刃渡り5メートルに及ぶ穂先は、〈ティル・ナ・ノーグ〉には夜道の対向ヘッドライトじみて煌々と輝いて見えていた。機体が一種の眩惑グレア現象を起こしているのだ。


 ジークの推測通り――ステルス中の〈ティル・ナ・ノーグ〉が索敵に用いているのは、超音波による反響定位エコーロケーション装置であった。潜水艦のアクティブソナーのように超音波を発し、その反響を合成して3Dの映像として出力する。

 距離があれば粒子スクリーンを一部解放してカメラアイを使うが、より完全なステルス性を求める場合は今のように音だけで物を見ていた。


 音波を用いた索敵は水中においては古くから利用されているが、陸上で使用されることはほぼない。大気中の音波は光やレーダー波に比べて遅すぎるからだ。だがそれ故に逆探知されて接近を察知される心配も少ない。


 自機を不可視とする電磁メタマテリアルのスクリーンと、逆探知不能なアクティブソナー索敵の複合――それが〈霧中の影フォグシャドウ〉システムの全貌であった。しかし今はそれが裏目に出ていた。



「――仕組みが解ればやりようもある! 死ねッ!」


 〈ヘルファイア〉が一足に踏み込み、片手持ちの槍の短打にマイクロ・レールガンの連射を織り交ぜて攻めかかる。

 高周波を響かせて乱舞する穂先、その陰から矢継ぎ早の重金属徹甲弾――〈ティル・ナ・ノーグ〉は敏捷はしこくしなやかな挙動でこれを受け、弾き、躱す! 


(『三つ目』の動きが変わった。……ソナーを掴まれた?)


 ターニャは光学迷彩を解除して勝負に出るべきか考えたが、止めた。頭上から『四つ足〈ピースキーパー〉』がこちらを狙っており、また空には無人機の群れが旋回している。彼女はあくまでも当初の方針、防御からの反撃を貫くことを決めた。


 〈ティル・ナ・ノーグ〉が右上腕の鉤爪で大槍の斬撃を弾き、そのまま身を躱した。直後、その目と鼻の先をマイクロ・レールガンの砲弾が通り抜ける。


「外した!?」

「来ると解れば――避けようも、ある」

「ちっ!」


 無貌の四腕機がレールガンを応射。だが〈ヘルファイア〉も稲妻めいた連続加速でこれを躱し、ターニャの移動先を潰すように踏み込み、斬りかかる!


 二度目の大身槍の斬撃。〈ティル・ナ・ノーグ〉の振動クローが弧を描き、弾く。

 115mmラピッド・レールガンの反撃。〈ヘルファイア〉が片脚のグラインドローラーを停止し、回避しつつ旋回して足払いを繰り出す。四腕機が前に跳ぶ。

 怪物が腕部レールガンで対空迎撃を狙う。〈ティル・ナ・ノーグ〉は空中で身を捻って躱す。そのまま敵機の腕に手をつき、闘牛士めいて背後に飛び越える。


 〈ヘルファイア〉が再び急旋回、着地際を刈る三度目の斬撃。〈ティル・ナ・ノーグ〉がその場で倒れて左半身を地につけ、脇に抱えたラピッド・レールガンを発砲。

 〈ヘルファイア〉が急激な蛇行機動で砲弾を躱す。〈ティル・ナ・ノーグ〉が左腕二本で機体を支え、倒れた体勢から回し蹴りを放つ。〈ヘルファイア〉は左腕を立てて受ける。アルミ合金の外殻カバーが圧し曲がる音。

 

 〈ヘルファイア〉が強引に四度目の斬撃を放つ。〈ティル・ナ・ノーグ〉が明後日の方向にレールガンを放ち、強反動を利用して側転。唐竹割の一撃が地面を断ち割り、振動クローの反撃が逆に〈ヘルファイア〉の腕を裂く。


「そこ、だッ!」


 五度目の斬撃はなかった。〈ヘルファイア〉は不意に跳び退ると、そのまま槍先を〈ティル・ナ・ノーグ〉の方へとまっすぐ突きつけた。無貌の四腕機がその場で構え、突きへの防御体勢をとる。


 だが――槍が電磁力でスライドすることはなく、突きは飛んでこなかった。

 ただ切っ先だけが〈ティル・ナ・ノーグ〉を向いていた。まるで――他者に何かを指して見せるがごとく。


「……これは」


 気付いたターニャが回避行動に移るより早く、音速の15倍の速度で飛来した対T-Mech徹甲弾が〈ティル・ナ・ノーグ〉の腕を千切り取った。


 約260メガジュール、長門型戦艦の主砲に匹敵する砲弾のエネルギーは、〈ティル・ナ・ノーグ〉の長躯を薙ぎ倒すには十分すぎた。強烈な衝撃が光学迷彩システムを一時的にダウンさせ、メタマテリアルの霧に隠れていた銀色の機体が露わとなる。


 倒れ伏した無貌の四腕機の頭上――弾け飛んだ右上腕の残骸がくるくると舞いながら吹き飛び、100メートルほど離れた地面に落ちた。



 ◇



「――すごい、本当に当たった」

「ふん、まさしく猟犬だな。骨でもくれてやるか」


 砲撃の出所は4キロメートルほど離れた尾根上、そこに着陸した〈ピースキーパー〉であった。胴体を貫く155mm可変速レールガンの砲口からは、気化物質の混じった水蒸気が薄く棚引いている。


 〈ヘルファイア〉による二度目の短打連撃、その目的は撃破にあらず。全ては敵機の位置を特定し、移動を封じ、索敵範囲外からの〈ピースキーパー〉の狙撃へと繋げるプロセスであった。


「……『四つ足』の狙撃。足止めされていたのは私の方だったか――」 

  

 ターニャが誰にともなく呟いた。

 〈ティル・ナ・ノーグ〉は吹っ飛ばされて仰向けに倒れたまま。そこへ〈ヘルファイア〉が爆発的瞬発力で肉薄、下段に構えた大槍を渾身の力で振るう!


「ブッ殺してやる(MARCHU TALAI)――!」

「でも、まだ死ぬ気はない」


 渾身のフルスイングが無貌の四腕機を捉える寸前、ターニャは素早く上体を起こし、縮めた脚部関節をバネ仕掛けのごとく解放した。


 〈ティル・ナ・ノーグ〉が仰向けから一瞬で後転跳躍に移り、横薙ぎの斬撃を飛び越えて回避。超巨大グラインダーじみた騒音を立てる振動ブレードの穂先が足元を通り抜ける。

 更に、そこから――ターニャが着地と同時に上体を伏せ、横合いから飛来した対T-Mech徹甲弾の真下をすり抜けた。二機の最大の一撃が、共に空を切る!


「こいつ!?」

「何とッ!?」


 それはまさに神業であった。彼女は二方向から仕掛けられた攻撃の軌道を瞬時に読み取り、針の穴を通すような回避機動を実行してみせたのだ。

 柔軟かつ俊敏な機体、BMIによる反応速度、そして――何より、パイロットの卓越した戦闘センスあっての芸当であった。

 

「ふ――ぅ」


 ターニャが細く、長い息を吐く。〈ティル・ナ・ノーグ〉が極端な前傾姿勢のまま〈ヘルファイア〉に肉薄し、そのまま縮めた脚部関節をもう一度解放した。


(回し蹴りが、来るッ!)


 反射的に身構えたジークの前で、〈ティル・ナ・ノーグ〉が伸び上がりつつ機体を捻った。多関節の脚部がしなって三日月めいた円弧を描く。


 直後――放たれた〈ティル・ナ・ノーグ〉渾身の上段回し蹴りが、〈ヘルファイア〉の左肩を強かに打ち据えた。爪先の振動クローが外殻を破壊し、内部の複合装甲にまで到達。防御構造を文字通り突き砕く!


「うおおおぉぉぉっ!?」


 大振りの直後で重心が寄っていたところに強打を受け、〈ヘルファイア〉が――132トンの超重量機が――姿勢を崩して片膝を突いた。地響きと共に涸れた大地がひび割れ、足元の地面が沈み込む。 

 

「……油断大敵」


 自分にか、相手にか。ターニャはぼそりと呟き、そのまま全力で後ろに跳んだ。再展開されたメタマテリアルの霧が無貌の四腕機を覆い隠す。


 ここで欲を出して攻め掛かれば、〈ヘルファイア〉もまた起き上がって反撃を狙ってこよう。刺し違えてでも倒すべき場面ならば躊躇はしないが――今回、アリスタルフからそこまでしろとは言われていない。


 無貌の四腕機はそれ以上の追撃を行わず、飛蝗ひこうのごとく連続で跳躍して山間の奥へと逃げて行った。〈ピースキーパー〉がそれを追って榴霰弾を立て続けに撃ち込んだが、その砲撃が〈ティル・ナ・ノーグ〉を捉えることはなかった。


 ◇


「……野郎ォォォォ――ッ! 畜生がッ!」


 硝煙と燃えた燃料の匂いが漂う中、激昂したジークが大槍を地面に叩きつけた。振動する穂先が掘削重機めいて地面を掘り起こし、土砂を巻き上げる。


「馬鹿めが、貴様のミスだぞ」

「手も足も出せなかった側が言うことじゃないよ」

「ふん」


 再離陸した〈ピースキーパー〉の中で、ディナに窘められたサムエルが鼻を鳴らした。悪態をつきながらもその手は機体のタッチパネルを高速で操作し、無人機群に攻撃指示を出しつつ、受け取った敵の位置を地形図上に出して整理し続けている。

 

「ディナの言う通りだ――どうする、追うのか!?」

「相手は透明だ、逃げに徹されてはどうにもできん。……『獣型』と『バイク乗り』を追って止めを刺すぞ。ディー!」

「ほい」


 言うが早いか、〈ピースキーパー〉が北西に針路をとった。それを見たジークも〈ヘルファイア〉を加速させ、僚機を追うように走り出す。


 南の戦線では未だPRTO・アフガニスタン政府連合軍とパシュトゥーニスタンの交戦が続いているようだった。

 敵も相当の戦力を集めてはいるが、空中空母〈キュムロニンバス〉の参戦、それに虎の子のT-Mechがジークらに掛かり切りになっていたことを考えると、戦況はかなり連合軍の有利に傾いているはずだ。順当に進めばこのまま勝てるだろう。


 だが――先程の待ち伏せの中に『マント付き〈シャングリラ〉』はいなかった。

 唯一〈ヘルファイア〉と〈ピースキーパー〉に勝利した実績のある機体であり、そのうえ既に修理が終わっていてもおかしくない頃合いであるというのに――不穏である。


(とにかく今は……一刻も早く、一機でも数を減らす)


 焦燥感にも似た感情と共に、950km/hの猛スピードで〈ヘルファイア〉が走る。

 早朝の攻撃開始から既に6時間が経過し、太陽は真上に上りつつあった。

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