8.知り難きこと陰の如く(1)
【これまでのあらすじ】
・舞台は2082年のアフガニスタン。米印主体の平和維持軍『PRTO派遣軍』が、ロシアの支援を受ける反政府勢力『パシュトゥーニスタン』とそれに協力する第三組織『シスコーカシア戦線』と戦っている。
・主人公ジーク・シィングはPRTO派遣軍の兵士であり、規格外の大型兵器を駆る特務パイロット。
・PRTOの大規模反攻作戦が進む中、渡河中に敵T-Mech4機の待ち伏せに遭ったジーク達。光学迷彩で身を隠す敵機〈ティル・ナ・ノーグ〉に追われながらも、サンドバル兄妹は捨て身の援護射撃を敢行。〈ヴァルハラ〉に痛烈な一撃を浴びせた。
【登場する機体】
・〈ヘルファイア〉…重装甲・大馬力・大推力の重量格闘機。搭乗者はジーク。
・〈ピースキーパー〉…大量の砲門を備える飛行四脚機。搭乗者はサンドバル兄妹。
・〈ジャハンナム〉…巨大二輪車との連携を前提とした小型機。搭乗者はトール。
・〈ヴァルハラ〉…頭部にビーム・ラムを持つ獣型の軽量機。搭乗者はシャミル。
・〈アズガルド〉…防空戦闘に特化した大型飛行機体。搭乗者はゼリムハン。
・〈ティル・ナ・ノーグ〉…光学迷彩機能を持つ四腕の斥候機。搭乗者はターニャ。
◆ ◆ ◆ ◆
「――ギャアアアアアアアッ!?」
川に墜ちた〈ヴァルハラ〉の操縦席にシャミルの絶叫が響いた。衝撃で弾け飛んだコックピット内壁の欠片が当たったか、そのこめかみからは血がどろどろと流れ出している。
重金属弾子の同時着弾によって、〈ヴァルハラ〉の横腹――ぎらついた黒紫に塗られた強化アルミ装甲は巨大なハンマーで殴られたように陥没し、アイスピックで滅多刺しにしたような無数の弾痕が開いていた。
空中で飛び散った弾子の大部分は高熱を帯びて機体内部に侵入し、背のジェットエンジンや左腕翼膜、配線と人工筋肉構造に損傷を与えていた。そればかりか一部はコンデンサや燃料タンクにまで達し、ブスブスと黒煙を燻らせている。
「何が起きやがったァ!?」「シャミル、この馬鹿野郎!」「陣形が崩れたぞッ!」
「今のはサンドバルか!?」「ハッハー! 直撃だ!」「このまま西に渡るわ」
「……狙撃中止、〈ヴァルハラ〉を救援します」
――それを認めた瞬間、その場にいた全てのT-Mechが動き出す。
「〈ピースキーパー〉が捨て身で撃った! なら俺がこいつを殺して活路を開く!」
〈ヘルファイア〉が熱核ジェットを吹かして渡河を再開。巨大槍の穂先がけたたましい音を立てて振動を始める。巨体が川面を割って驀進!
「――やらせんぞ、悪鬼めッ!」
それに呼応し、対岸の〈ジャハンナム〉が超大型二輪車のエンジンを始動。深紅の重騎兵が人車一体で川辺を駆け抜け、〈ヘルファイア〉の妨害にかかる――増設されたサイドカーの連装砲架が旋回し、そこに半分ほど残った400mm
「シャミルは離れて味方と合流しろ。〈ジャハンナム〉は『三つ目』の相手、すぐに〈ティル・ナ・ノーグ〉も来る! ――ち、次から次へと!」
〈ピースキーパー〉がシャミルへ追撃のミサイルを放ったのを視認し、ゼリムハンは舌打ちしつつ〈アズガルド〉を川の上へ進出させた。
敵の空中空母が迫っている以上、防空機である〈アズガルド〉が前衛を張るのは好ましくないが――だからといってシャミルを見殺しにするつもりはない。
「『四つ足』は俺が、タチアナは『三つ目』に当たれ」
「了解。命令を遂行します」
(――抜け抜けと。そもそもお前がしくじっていなければ――あるいは、アリスタルフが手を抜くように言ったのか?)
疑心暗鬼を抱えつつ、ゼリムハンが非侵襲式
漆黒の重対空機が空中で右腕
ガトリング
超高熱の重金属粒子が〈ピースキーパー〉を掠め、被弾箇所の装甲がプラズマ化を起こした。機体表面で小爆発が起き、タイル状の装甲プレートが何箇所か脱落。
「馬鹿めが、焦れて突っ込んできたな!」
傷ついた四脚機の後部座席でサムエルが猛々しく言った。
被弾したが損傷は軽微――ここで日和れば負けだ。
「装甲ミサイルの〈ファイア・ビー〉まで落とされてる。徹甲弾かな」
「ビーム兵器もだ。距離を開けると逆に危ない、巴戦で相手取れ!」
「了解」
〈アズガルド〉が全エンジンからのジェット噴射と共に上昇、大きく
〈ピースキーパー〉はこれに対して四脚のスラスターを一斉に吹かし、腰から上をを180°旋回させつつ敵機の後方斜め下へ滑り込んだ。そのまま両腕152mmガンランチャーを応射!
左右同時発射された砲弾が漆黒の重対空機に向かい――寸前でレーザーに阻止され、爆発。〈アズガルド〉が至近距離からの爆風に煽られ、装甲表面に無数の破片が突き刺さった。
「おのれ……!」
ゼリムハンが眉を顰めた。
重厚な外見を持つ〈アズガルド〉だが、その体積の多くは飛行のための燃料タンクが占めている。岩塊じみた装甲ブロックを纏う〈ヘルファイア〉とは違い、見た目ほどの装甲はないのだ。
「エンジンパワーはこちらが上だ。吊り上げて失速させればいい――
「墜とすよ。その前に」
飛行T-Mech同士が再び向かい合い、互いに有利な位置をとるべく動き出す。
二機の武装は片やヨーロッパの先進コンデンサ技術に支えられたエネルギー兵器、片や発展形とはいえ枯れかけた技術である大口径・多連装の実弾兵器。機体の先進性だけで言えば〈アズガルド〉の方が一歩先を行くだろう。
だが――どちらも当たれば敵機を墜とす威力を持ち、またそれを成せる精度と弾速がある。すなわち今この場においては対等なのだ。
◇
「――主戦場を避けて攻めてくるとは汚い奴ら! やはりキリスト教徒の外国人は性根の腐った悪魔の集まり! 〈カブダ〉の
二機のT-Mechによる壮絶な空中戦を背後に、〈ヘルファイア〉と並走する深紅の重騎兵T-Mech――〈ジャハンナム〉がサイドカーの連装砲架に残った弾を残らず発射した。一発につき100kgの炸薬を内包する400mm
「来ると承知なら、こんな低速弾!」
ジークが吼えた。〈ヘルファイア〉の人工知能型OSが新型
直後、袖口に内蔵する30mmマイクロ・レールガンから榴霰弾を連射。小口径だが電磁砲特有の高初速で放たれた砲弾が豆粒ほどの弾子を円錐状に飛散させ、文字通り
「ちっ、仕留めきれずか……!」
トールが舌打ちして爆砕ボルトでサイドカーを
「覚悟しろ! 首を刎ねてハゲワシの餌にしてやるッ!」
ジークが叫び、全熱核ジェットを緊急出力に入れた。
〈ヘルファイア〉の背後で大気が爆ぜる――直後、三眼の怪物は爆発的瞬発力で100メートルの距離を駆け抜け、一瞬にして〈ジャハンナム〉の目の前に到達していた。巨体に見合わぬ俊敏なる吶喊!
「――ブッ殺してやる(MARCHU TALAI)!」
手元の
「甘いわッ!」
トールの喊声とともに深紅の重騎兵が二輪車ごと機体を傾け、右手で握ったウォーハンマーで穂先を下から打ち払った。同時に左手で車体フロントボックスから新たな〈カブダ〉を抜き、狙いを――。
「俺は!」
しかし〈ヘルファイア〉は乾いた地面を即座に踏みつけ、撥ね上がりかけた穂先を膂力と機体重量で押さえ込んだ。そして!
「――ジーク・シィングだッ!」
そこから強引に二撃目、車体ごと断ち割らんばかりの袈裟斬り!
〈ジャハンナム〉は二輪車を急加速させてこれを回避した。しかし――そこに返す刀の三撃、四撃目、五撃目が襲い来る! ギロチンの乱打のごとき斬撃の暴風、〈カブダ〉による反撃を差し込む暇もなし!
(まるで姿勢が崩れない。本当に人が乗っているのか!?)
トールが戦慄した。
三眼の怪物の動きは単調だったが、同時に恐ろしく強力であった。直撃すれば車体ごと両断されるであろう一撃が、粘り強い体幹から淡々と絶え間なく飛んでくる。その動きは獣じみて凶暴であり、同時に機械めいて正確であった。まるで付け入る隙がない。
だが――〈ジャハンナム〉のすぐ後ろでは、〈ヴァルハラ〉がのたうつようにしながら川の中を移動している。
ここで自分が抜かれれば、あの黒紫の猛獣はたちまち『三つ目』の手にかかるだろう。外国人は嫌いだが、それを放置するのは彼のプライドが許すところではない。
「俺は誇り高きパシュトゥーニスタンの戦士! アフマド・ハーンより〈ジャハンナム〉を賜った復讐の勇者! 負けるものか! 天魔外道、邪悪なる征服者の手先めッ!」
トールは己を鼓舞するように叫んだ。
農村出身の彼はアメリカやインドに行ったことはなく、そこに住む人々のことも知らない。伝聞や広報部の宣伝から作り上げたイメージだけが全てだ。
彼の中では先進国は退廃と破廉恥の渦巻く魔界であり、自分はその侵略から故郷を守る勇者であった。見ようによっては滑稽であろう。だが彼は本気だった。
深紅の重騎兵がバイク側面のフロントボックスに腕を突っ込み、そこから輪状に巻かれた太いワイヤーを引き抜いた。
CNTを織り込んだワイヤーの片端にはフックが取り付けてあり、もう片側は三つに枝分かれして先端に
ボーラと呼ばれる、狩猟用投げ縄の一種に似た形状である。
トールは投げ縄のフックを二輪車の風防に引っ掛け、もう片方を頭上でぶん、と振り回してから投擲した。枝分かれした錘付きワイヤーが錘の重量と遠心力によって広がり、〈ヘルファイア〉の右腕に絡みつく!
「悪人は縄で縛られるものッ! ……行け、シムーン! 奴を引きずり回せッ!」
〈ジャハンナム〉が両手に〈カブダ〉を持ち、車上から飛び降りた。
「投げ縄? ――猪口才なっ!」
ジークが10基の熱核ジェット全てを緊急出力に入れ、超大型バイクと綱引きを始めた。ほとんど真後ろに引っ張られているにも関わらず、三眼の怪物が尚もじりじりと前へ進んでいく。元よりエンジンの推進力は〈ヘルファイア〉の方が上なのだ。
「化け物が……!」
ブルドーザーのごとく強引な前進を続ける怪物の姿にトールが舌を巻いた。
何たる怪力、そして頑丈さか。並のMechが同じ目に遭えば成すすべなく引きずり回されるか、腕が根元からもぎ取られるところだ。だが!
「先祖と兄の名誉のため、俺は悪鬼を討たねばならぬッ! 兄の仇を討たねばならぬッ! おお神よ、どうかご照覧あれッ!」
ジークが舌打ちと共に左腕を向け、飛んで来る砲弾に榴霰弾を撃ち放った。砲弾の片方が不発のまま砕け散る。だが――距離が近すぎる。二発目は間に合わない。
(仕留めた! 胴体に直撃するぞッ!)
トールは命中を確信した。
前は片腕を犠牲に止められたが、今回はそれもできまい。成形炸薬弾の
――戦闘機パイロットだったトールの兄はペゼンタで死んだ。
ペゼンタは初めて『三つ目』の標的となった、パシュトゥーニスタン唯一の飛行場があった場所だ。兄は離陸前の待機中を襲われ、火炎斧の一撃をコックピットに受けて骨も残さず燃え尽きた。その因果が巡って奴自身に報いる、これぞ因果応報……。
「――勝手に
瞬間、〈ヘルファイア〉の左脇腹で火柱が起きた。その正体は火薬カートリッジの爆圧で放出されたテルミット焼夷剤であった。新たに脇腹に増設された火炎放射器がジークの思惟によって作動したのだ。
かつてバトルアクスに組み込んでいた溶接バーナーとは異なり、この装置は完全な攻撃用。粉末アルミニウムと酸化金属をペレット状に成形したものを撃ち放つ――さながら火炎を撃ち出す散弾砲であった。
摂氏2000度超の高温で燃えるテルミット焼夷剤のシャワーが〈カブダ〉の弾頭に食い込み、外殻を焼灼。中の炸薬が発火し、爆裂して轟音と火球を生む!
「ぐうっ……!」
「馬鹿なぁぁッ! 武装が!? 増えているッ!?」
両者の間で発生した高性能爆薬100kg分の衝撃波により、〈ヘルファイア〉が後ろに仰け反ってよろめいた。〈ジャハンナム〉に至っては踏ん張ることすらできず、爆風に煽られて仰向けに倒れる!
「クソが! 5回きりの火炎放射を、よくも!」
ジークが悪態をついて持ち手のリニア機構で槍を引き、そのまま槍を持った右手首を回転させて穂先でワイヤーを断ち切った。綱を切られた巨大二輪車が、廃屋を踏み潰しながら走り去っていく様が後方カメラに映る。
「終わりだ、ドン・キホーテ野郎! 死ね!」
ジークは槍を水平に構え直すと、そのまま全速力で吶喊を仕掛けた。
あのバイクは恐らく自律運転、あと10秒もすれば戻ってくるだろう。だが〈ヘルファイア〉の速力は最大950km/h、リニア機構による電磁加速を加えれば突きの速度は音速を超える。3秒もあれば殺すには十分!
だが、その時――白く光る霧が虚空から湧き出して〈ジャハンナム〉を包み、そして一瞬にして消えた。……〈ジャハンナム〉の姿と共に。
「何!?」
否、消えているのはそればかりではない。その背後で川から這い上がっていた〈ヴァルハラ〉も、その周りに散らばっていた廃屋の瓦礫も――一定範囲の何もかもが、画像編集ソフトで切り抜いたように風景から消失していた。だが当然、ここは現実の世界である!
「馬鹿なっ……映像処理の異常か!?」
ジークは半ば混乱しながらも突撃を敢行し、〈ジャハンナム〉のいた位置へ槍を放った。
――直後、
同時に前方至近距離でごく小さな放電――〈ピースキーパー〉と幾度も模擬戦をしたジークには、それがレールガン発射の前兆だと解った。危険!
「何だっ、てんだよッ!」
〈ヘルファイア〉が咄嗟に槍を手放してスラスターを吹かし、短いショルダータックルを放って眼前の何かを突き飛ばす。
着地した
〈シャングリラ〉や〈アズガルド〉と同じ10m級、〈ヘルファイア〉の1.5倍にも及ぶ長躯。ネコ科動物めいた低姿勢から右の二腕でレールガンを保持し、手首の
「〈ヘル〉の肩を撃ったステルス機! ――この視覚欺瞞はお前の仕業か!」
ジークが憤怒に顔を歪めて地面の巨大槍を蹴り上げ、再び握った。〈ヘルファイア〉の胴に描かれた三つ目のペイントが眼前の四腕機を睨む。
「…………」
一方の四腕機――〈ティル・ナ・ノーグ〉のターニャは特に何の感情も抱かないまま、目の前の敵機をいかに相手取るかを考えていた。
(接近戦。実戦でやったことはない)
救援は間に合った。が、仕方ないとはいえ些か拙速な対応であった。
〈ティル・ナ・ノーグ〉は散布した霧状の
故に粒子の散布範囲を広げれば、自機のみならず周辺空間を隠すことも可能であった。彼女は川を渡ってすぐ〈ヘルファイア〉に接近し、光学迷彩のスクリーンを作って〈ジャハンナム〉と〈ヴァルハラ〉の離脱時間を稼いだのだ。
だが――それは〈ヘルファイア〉の
〈ティル・ナ・ノーグ〉の武装はレールガンの他は両手足の振動クローのみ、それにしても本来は登攀用の補助装備であり、T-Mech同士の白兵戦を想定したものではない。大物同士の取っ組み合いに特化した今の〈ヘルファイア〉と白兵戦を演じるのは、到底ベストな選択とは言いがたいだろう。
「だが、勝つ」
棺桶のようなコックピットの中で、両義手両義足の少女は無感情に呟いた。
シスコーカシア戦線の一番手はジナイーダと〈シャングリラ〉だが、二番手は自分と〈ティル・ナ・ノーグ〉だ。少々不利でもやってみせる。それだけの話だ。
敵がいる。命令がある。故に戦い、勝つ。
彼女の思考回路はどこまでもシンプルで、それ故にどこまでも迷いがなかった。
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