7.流鏑馬

【これまでのあらすじ】

・舞台は2082年のアフガニスタン。

・ジーク・シィングは国際平和維持組織『PRTO派遣軍』の兵士であり、規格外の大型兵器を駆る特務パイロットとして、ロシアの支援を受けた反政府勢力『パシュトゥーニスタン』とそれに協力する第三組織『シスコーカシア戦線』と戦っている。

・敵の後方を食い破るべく渡河攻撃に臨むジーク達。だがシスコーカシア戦線・パシュトゥーニスタンのT-Mech4機の待ち伏せ攻撃に遭い、挟み撃ちの形に追い込まれる。味方の航空支援の到達までおよそ5分。生き残るにはここを凌ぐほかない。


◆   ◆   ◆   ◆


 真上に昇った太陽の下、連鎖した砲声と共に無数の重金属弾が打ち上げられる。


 敵機〈ティル・ナ・ノーグ〉から何の前触れもなく――照準のための距離計測レーザーや追尾レーダーの照射すらない――飛んでくる砲撃。相手は狩人じみた執拗さでこちらを追いつつ、絶えず対空射撃を繰り出していた。


 〈ピースキーパー〉は不規則な飛行機動で回避しながら砲撃を繰り返すが、状況は有利とは言い難い。何しろ敵機の姿が全く捉えられないのだ。

 〈霧中の影フォグシャドウ〉と名付けられた〈ティル・ナ・ノーグ〉の光学迷彩システムは、周囲空間に滞留させた電磁メタマテリアル粒子を介して内外からの光を回折させ、身を隠す。機体自体に塗布されたレーダー波吸収塗料と相まって、本機は肉眼すら騙し通せる程のステルス性を獲得していた。


 火器が発達した現代戦においては隠掩蔽いんえんぺい――見られず撃たれないように隠れることは、最も基本的な自衛手段である。

 そも、見えない敵は撃てない。広範囲爆撃に巻き込んだところで装甲兵器はそうそう死なない。光学迷彩で姿を隠せる〈ティル・ナ・ノーグ〉の強みはここにある。「見えない」というのはある意味、どんな装甲より強力な防御手段なのだ。

 

「やはり光学迷彩! だが――これほど完璧に!?」

「センサーにもレーダーにも反応なし。ほんとに消えてなくなったみたい」

「そんなわけはない! ともかく距離をとれ!」


 サムエルが指示を出した瞬間、また眼下の虚空でプラズマ発射光が閃く。

 相手は狩人じみた執拗さでこちらを追いつつ、ハイペースで砲撃を撃ち込んできている――直後に飛来した115mmレールガン弾、数は5! 直後に5発ともが空中で弾け、飛ぶ鳥を狙う散弾めいて無数の重金属弾子をバラ撒く! 


 空中で炸裂するという点においては〈アズガルド〉の30mm対空榴霰ABM弾と共通しているが、こちらは更に大口径。更に火薬の燃焼ガスを用いる通常火砲と違って、電磁砲レールガンは電力を注ぎ込んだ分だけ際限なく弾速を増す。弾子一発ごとの破壊力は比ではない!


「こいつ、鬱陶しい……っ」


 ディナが即座に発射地点へ両腕ガンランチャーを応射、そのまま強引な推力操作で機体をバレルロールさせ、辛うじて直撃を回避。避け損ねた弾子が数発着弾し、グレーと青に塗られた〈ピースキーパー〉の装甲プレートを砕く!


 直後、発射炎があった谷底の地面にガンランチャーの152mm多目的榴弾が着弾。谷を黒煙と炎が包み込んだが、敵機は姿を隠したまま。

 透明になって潜んでいるのか、あるいは既に移動したのか――自分たちが無為に弾を使わされているような感覚を覚え、ディナはひとつ舌打ちをした。


「被弾、損傷軽微。こっちのは多分外れた」

「射撃止め、もっと距離を取って高度を上げろ! このままでは支援到達までに〈ヘルファイア〉が落ちるぞ! ……ミサイル!」 


 サムエルが後席から背部ミサイルランチャーを操作。対岸の〈ヘルファイア〉を囲む3機を一斉にロックオンする。

 彼は〈ファイア・ビー〉対レーザー装甲ミサイルを数発まとめて発射し、続けて通常弾頭のスウォーム・ミサイルを連射した。耐久力のある〈ファイア・ビー〉で迎撃レーザーを引き受け、残りを殺到させる腹積もりである。



「――空中の『四つ足』は主砲を撃てない。前に装甲ミサイルを見せたのは失敗だったな……今日の弾薬ベルトは徹甲弾入りだ」


 しかし対岸上空のゼリムハンが当然のようにこれを察知、即座に対応に入った。

 〈アズガルド〉が背部レーザーユニットを展開。同時に右腕の大型ガトリングが猛烈な発射炎と共に30mm砲弾を連射。ゼリムハンの言葉通り、弾幕には空中炸裂して破片を振り撒く対空榴霰ABM弾の他、焼夷徹甲弾が一定の割合で混ぜられていた。


 短い連射の直後、時限信管が作動してABM弾が炸裂。一瞬にしてアズガルドの前方に黒雲めいた殺傷破片空間が生じた。ミサイル群がそこに突っ込み、大部分がバラバラに破砕――なおも突き進む〈ファイア・ビー〉も徹甲弾に弾体を撃ち抜かれ、軌道を狂わされて失速していく。

 運よく破壊を免れたミサイルも何発かあったが、〈アズガルド〉の背部ユニットから放たれた高出力レーザーが無慈悲にもそれらを焼き切った。鉄壁の対空防御!



「〈ファイア・ビー〉を撃ち墜とすか! このままでは支援できん――おのれ、『ステルス機』をけしかけてこの〈PK〉を空に追い立て、そのまま封殺しようという魂胆! ゴロツキ風情が味な真似を!」


 サムエルが憎々しげに悪態をついた。

 敵に圧力をかけて〈ヘルファイア〉への攻撃を妨害するには、接地してレールガンで射撃する他ない。だが〈ティル・ナ・ノーグ〉に追われている現状、再び着陸して砲撃姿勢に移るのは危険すぎる。どうするか――。


「……アラートなしで弾が飛んで来るの、何をどうやってんだろ」

「今はそんなことはどうでも――」


 サムエルが言いかけ、やめた。

 情報こそが勝利の鍵だ。位置、性能、動向。目の前のステルス機はそれらを隠すことで優位を得ている。時間はあまりないが――神秘的なイメージで作られた虚像ではなく、確かな情報から敵の真実の姿を導き出さねばならない。

 

「確かに気になるな。敵からのレーダー照射はないのか?」

「相変わらず。こっちが探知できてないとか?」

「……考えにくい。〈PK〉の電子機器アビオニクスは最新型だ。何かしら照射されれば逆探知できるはず……まさか、アナログな光学照準とでも?」


 サムエルが何かに思い至ったように指を鳴らし、前席へと身を乗り出した。


「敵の狙いは正確か? お前の感覚でいい」

「は? ……うーん」


 ディナが兄の意図を察しきれず聞き返した。

 同時に下方でプラズマ発射光。彼女はどう答えたものか考えながら手足だけを迷いなく動かし、灰青の四脚機体に急旋回と高度変更を織り交ぜた回避機動をとらせた。当たれば撃墜不可避の散弾射撃が機体の下を通過していく。


 確かに――よく目を凝らしてみると、精度に僅かな偏りがあるような気がする。

 レーダーと連携した射撃であれば、常にこちらの未来位置を予測して当たるように撃ってくるはずだ。だが〈ティル・ナ・ノーグ〉の照準は水平方向の動きには異様な正確さで追従してくる一方、上昇や降下を挟むと途端に精度が落ちるようだった。


「レーダー射撃にしては癖があるっていうか……ゲリラが目算で小火器ライフル撃ってくる感じに近いかも。それにしては正確だけど」

「ふむ。発射間隔は?」

「10秒から15秒くらいかな。立て続けに3発から5発、点射バーストで撃ってくる」

「5発撃ち切らせれば10秒は猶予ができるということか……解った」


 サムエルが頷き、続けた。


「『ステルス機』を撃破するのは無理だ。だが、要は支援到達まで〈ヘルファイア〉を持たせればいい。――対空射撃の合間を縫って、空中からレールガンを撃つ」

「マジで言ってる?」


 ディナが片眉を跳ね上げて確認をとった。アフガニスタンへの着任初日、サムエルとジークの諍いを発端に行われた模擬戦において、〈ピースキーパー〉は飛行状態からのレールガン射撃を試み――見事〈ヘルファイア〉を撃破せしめたが、反動で転覆して墜落した。現実で、しかもこの高度で同じことになれば兄妹もろとも命はあるまい。


「前は咄嗟のことで、しかもフルチャージだった。……〈PK〉の推力偏向パドルは後方30°まで動くから、機首を敵に真っ直ぐ向けた状態を0°として……同じだけレールガンの仰角を取って機体を前傾させればベクトルが揃う。コンデンサのチャージ率を落として撃てば反動はかなり相殺できるはずだ」

「私がヘマしたら死ぬよね、それ」

「お前なら上手くやるだろう。……次の対空射撃を躱した後、機首をまっすぐ敵集団に向けろ。合図したら機体を30°前傾して推力方向を維持、次の合図でスラスター全開だ。引き金は俺が引く」

「最初に30°前傾、次にスラスター全開ね。――了解」


 サムエルが手元のパネルを操作すると、〈ピースキーパー〉の胴体を貫く155mm可変速レールガンの長砲身が首をもたげた。同時に地上――〈ピースキーパー〉のちょうど真下でラピッド・レールガンの発射光が閃く。


「やっば……」「真下か!?」


 早速の想定外。こちらの高度変更に対応すべく、〈ティル・ナ・ノーグ〉もまた動いていた。真下からの射撃なら弾道や距離の誤認といった問題を最小限にできる。

 ディナが有無を言わさず操縦桿を掴み、灰青の大蜘蛛を前後左右に激しく揺さぶった。〈ヘルファイア〉には及ばないが、それでも80トンを超える巨体が熱核ジェットの推力任せに宙を駆け回る!


「1。2。3……4……っ!」


 避け損ねた弾子が装甲を打つ耳障りな音を聞きつつ、またそれらが隙間から飛び込んでエンジンを破壊しないことを祈りながら、サンドバル兄妹が全力の回避機動を続ける。そして――最後に飛来した5発目を、またも豪快なバレルロールで回避!


「……5。避けた」

「よし、行け!」


 6発目が飛んでくる気配はない。サムエルの推測が正しければ10秒ほどは自由に動けるはずだ。〈ピースキーパー〉が機首を川の対岸、〈ヘルファイア〉を囲む三機へと向け、真っ直ぐ加速しつつ距離を詰めていく。


「機首下げ!」

「はい」 


 ディナが姿勢指示器を見ながら操縦桿を前に押し出し、ただ一度の操作で機首をぴったり30°下げた。〈ピースキーパー〉がさらに前傾姿勢へと移り――それに伴って、斜め上を向いていた可変速レールガンの砲口が真っ直ぐ敵機を睨む。


「ジャスト30°」

「針路そのまま、エンジン開け!」

「はい」


 前席でディナの左腕がコレクティブレバーを一杯に引き下げた。シャーシに2基、各脚部に1基ずつ組み込まれた熱核ジェットが緊急出力に入り、定格外の推力で強引な機動を無理矢理支える。


 異様な速度で突っ込んでくる〈ピースキーパー〉に気付いたか、〈アズガルド〉が右腕のガトリングをこちらに向けた。


 ――馬鹿め。今さら遅い!


 サムエルがレールガンのトリガーに指をかけ、息を止めて狙いをつけた。

 次の対空射撃が来るまでもう数秒。敵機との距離およそ4000メートル。弾種は榴霰弾。今の今まで自分達を苦しめた弾を使い、敵に一泡吹かせる。


 標的自体はどれでもいい。

 〈ピースキーパー〉は遊兵ではないと知らしめればいい。

 だがサムエルは盲撃ちをするつもりなどなかった。どうせ撃つなら直撃を狙う。

 当てやすい相手――動きが直線的で、頭に血が上っている相手に狙いを定める!


「――!」


 ギタリと口角を獰猛に吊り上げ、サムエルは一瞬の機を見て引き金を引いた。



「ヒャーハハハハハ! どうしたよ、『三つ目』! 足場が悪けりゃ何にもできねぇのかァ!? この程度に手こずるジナイーダも大したこたねぇな!」


 死に物狂いで抵抗する〈ヘルファイア〉の頭上を通過飛行しつつ、シャミル・クロフは哄笑した。背部ジェットエンジンの稼働に伴い、〈ヴァルハラ〉のコンデンサ――ヨーロッパ製のアビサル・キャパシタには十分な電力が蓄えられつつある。


 対岸の〈ジャハンナム〉と上空の〈アズガルド〉がそれぞれマシンガンとビーム・ライフルの連射を浴びせかけているが、三眼の怪物に損害らしい損害を与えた様子はない。

 やはり、あの超重装甲を打ち破るには〈ヴァルハラ〉の頭部ビーム・ラムが必要だ。十数基もの粒子ビーム刃を収束させた衝角ラムの一撃は、コンクリートダムの壁面すらも打ち破る。


 彼は一頭の野獣であり、その人格は野生の掟によって統括されていた。

 といってもどこかの村で徴兵されたわけではない――父はシスコーカシア戦線の傭兵で、今のシャミルと同じ19の頃に戦死した。母は父がどこぞで引っ掛けた女だったらしいが、詳しくは知らない。何にせよ、物心ついた頃にはシャミルは傭兵部隊の手伝いをしていた。


 雄の価値は殺した人数、喰った肉と酒の量、犯して孕ませた女の数で決まる。――ゼリムハンの弟分だった父はいつもそのように豪語していたらしい。シャミルもそれは正しいことだと感じた。


 幸い、シャミルには戦闘に関しては父を上回る才があった。

 アリスタルフから〈アズガルド〉と〈ヴァルハラ〉を受領した際、派閥内では〈ヴァルハラ〉を誰が使うか議論があったが――本機の特性にもっと適合したのは、脳波制御BMI操縦に向いた野性的直感と、被弾を恐れず敵に飛び掛かる凶暴性を持つ彼だった。

 これはつまり、自分は父や他の奴らより優れた雄であるということだ。先進国の『エリート兵士』をT-Mechの暴威で叩き殺し、食いたいだけ肉を食い、抱きたくなった女はその日のうちに犯す。なんと気分の良いことだろう。


「シャミル、格闘戦は厳禁だ。一撃離脱に徹しろ。動きを止めて〈ジャハンナム〉の超大型擲弾〈カブダ〉を当てればそれでいい」

「甘ちゃんのジナイーダと一緒にされちゃ困るぜ、ゼリムハン・バスタエフ! 〈ヴァルハラ〉のことは俺が一番よく知ってんだ、二度も遅れはとりゃしねぇ!」


 だが、その栄光に拭えぬ染みをつけた者がいた。

 一人は〈ヴァルハラ〉を壊したPRTOの『三つ目』、もう一人は――ジナイーダだ。


 初めて会った日、容貌を気に入って誘ったらすげなく断られた。それで無理矢理寝床に引きずり込んで犯そうとしたら――腕を掴んだ瞬間に放電を浴びせられ、数分間起き上がれず地面に這いつくばる羽目になった。

 押しに弱い上品ぶった女だと思っていたら、あの強烈な拒絶。こちらを見下ろす冷たい赤黒の目。あの屈辱を忘れた事はない。


 ジナイーダが手こずった『三つ目』を殺すことはシャミル自身の雪辱であると同時に、あの生意気な女を服従させるための儀式である。ゼリムハンの指示でもそこだけは譲れない。


「ヒャーオオオオオオオォォ――ッ!」


 故に――シャミルは〈ヴァルハラ〉を反転させてジェットエンジンを吹かし、奇声とともに頭部ビーム・ラムを起動させた。

 十字楔型の兜に並んだ無数の溶断装置ビーム・フューザーから高熱粒子の刃が一斉に展張・収束し、頭部に深紅の衝角を形成。同時に背部のジェットエンジンが排気を噴き出し、機体が再び炎の矢と化す! 一撃必殺の滑空突撃!


 〈ヘルファイア〉が咄嗟にマイクロ・レールガンの防御砲火を放つが、ビーム・ラムの超高熱が砲弾を焼き潰し、防御。

 それを見て、もはや阻止は不可能と悟ったか――三眼の怪物は形振り構わずスラスターを吹かして跳躍、見苦しくさえある動きで突撃を躱した。着地と同時に怪物の脚が川底の泥に沈み込み、怪物の姿勢がぐらりと揺らぐ。一撃を打ち込む絶好の機会!


「避けたつもりが、こっちの付け目ェ!」

「――シャミル、待て!」「おのれ〈ヴァルハラ〉の! 抜け駆けは許さんぞ!」

「待たねえッ!」


 そこでシャミルは操縦桿を引き、ビーム・ラムを展開したまま空中で二足形態へと変形、急反転! ゼリムハンの命令に背いた格闘攻撃――だが着地直後の〈ヘルファイア〉はもはや回避もままならない!


「〈ヴァルハラ〉は最強のビーム・ラムを持ったT-Mechだ! その〈ヴァルハラ〉を操る力を持った俺は、他の誰よりも力ある男だ! 死ねよァアァァァァッ!」


 シャミルが全精神を〈ヘルファイア〉に集中させた。黒紫の猛獣が大きく身を仰け反らせ、当たれば即死のビーム・ラムを叩きつけんとジャンピングヘッドバットを仕掛ける。狙いは胴体天板――。


 ――瞬間、空中から放たれた155mm榴霰弾が〈ヴァルハラ〉の横腹を捉え、無数の重金属弾子が機内を貫いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る