5.殺戮の先触れ

【これまでのあらすじ】

・舞台は2082年のアフガニスタン。

・ジーク・シィングは国際平和維持組織『PRTO派遣軍』の兵士であり、規格外の大型兵器を駆る特務パイロットとして、ロシアの支援を受けた反政府勢力『パシュトゥーニスタン』とそれに協力する第三組織『シスコーカシア戦線』と戦っている。

・PRTO派遣軍による反攻作戦が始まった。ジークらT-Mech部隊はパキスタン方面から進出し、敵T-Mechの誘引を狙うとともに、超巨大熱核航空機〈キュムロニンバス〉による空爆の誘導を行おうとしていた。


◆   ◆   ◆   ◆

 

 PRTOによる奇襲攻撃と同時刻――洞窟を抉り取って造られた真新しい野戦指揮所の中では、がつがつと咀嚼音が響いていた。


 大皿に山積みにされた塩茹での羊肉を貪るのは狂犬めいて髪を逆立てた男、〈ヴァルハラ〉の搭乗者シャミル・クロフである。

 彼は次々とフォークを肉の塊に突き刺してはニンニクを溶かしたつけ汁に突っ込み、猛然と胃袋の中に送り込んでいた。テーブルの向かい側ではスキンヘッドの巨漢が物静かにコーヒーカップを傾けている。


「出撃前に掻っ込むと、腹が破れたとき助からんぞ」


 巨漢――ゼリムハンが言うと、シャミルはふん、と鼻を鳴らして歯を剥き出しに笑った。この数日、PRTO派遣軍は夜間であってもひっきりなしに砲撃やドローン爆撃を仕掛けていたが、二人とも取り立てて堪えた様子はない。戦場では日常茶飯事だからだ。


「いいだろうがよ。食欲と性欲がねぇ奴は大したことはできねぇ、生き物はみんなそうさ。俺ァ昨日も15人やそこらブッ殺した後、山ほど肉食って女2人とヤッたぜ」

「ジナイーダは一日を水一杯で済ますと訊いた」

「だっから駄目なんだよ、あの雌犬。腹ン中じゃ自分が一番強いと思ってるくせしてペコペコペコペコへりくだってやがる」

「――私はあなたと違って無駄にきゃんきゃん吠えたりしないんですよ」


 突然涼やかな声が背後からかかり、シャミルは食事を中断して首を後ろに向けた。

 野戦指揮所の入口から漆黒の高電導スーツの上からコートを羽織ったジナイーダが、糸のごとく細めた目を吊り上げてシャミルを睨んでいた。その後ろから民生品の服に軍用ベストを羽織ったアリスタルフが続く。


「ケッ。俺の上でケツ振ってキャンキャン啼いてみろよ、雌犬!」

「とても不愉快です。あなたの言動」

「黙れシャミル、刺激するな。――今日は子連れか、アリスタルフリスターシュカ


 ゼリムハンが尋ねると、眼鏡の基地司令は何が可笑しいのか皮肉げに笑った。


「食事中失礼。ちょっとした用事でね。……アフマド・ハーンは今日、まさにこれからビッグボードへの一斉攻撃を仕掛ける気だって話だよ。連絡は?」

「まだだな。だが理解はできる、あの飛行場は敵のアキレス腱だからな。敵T-Mechの復活前にケリを着けたいだろう」

「それはいいんだが――」


 アリスタルフが続けようとした刹那、卓上に置かれた無線機が鳴った。ゼリムハンがパシュトゥーニスタンの参謀本部に送り込んだ連絡要員に繋がっている。ゼリムハンの巨大な手が通信機を掴み上げた。


「敵の奇襲かな。タッチの差だ」

「――ゼリム、敵の奇襲だ! パキスタン方面からT-Mech二機が突っ込んできた!」


 通信機の向こうで、連絡要員がアリスタルフの言葉を反復した。シャミルが舌打ちして机を殴りつけ、椅子を蹴り倒すようにして立ち上がる。


「ちっくしょう! 何でこっちが攻める時に限って都合よく直ってやがんだ!」

「無理もないでしょう、PRTOの方が工業力は高いんです」

「少し静かにしろ。……それで、アフマド・ハーンは? 攻撃を強行するのか? 対処に回るのか?」

「わ、解らねぇ……いや待て! 情報部の奴が駆け込んできた。バカでかい機影がアラビア海から飛んできてるって……」

「バカでかい機影って何だ、爆撃機か何かか?」


 相手方が確認のために沈黙――十数秒後に再び口を開いた。


「……違う、もっともっとデカい。幅1kmはあるってよ!」

「1km? 誤報だろう。羽の生えた空母でも飛んできたのか」

「先方はそうは思ってねぇらしい! 今から緊急会議やるってよ!」


 現実離れした報告を聞き、ゼリムハンが怪訝げに眉を顰める。――その横でアリスタルフが感心したように頷き、ジナイーダが表情を緊迫させた。


「本当なら〈キュムロニンバス〉だ。PRTOの超巨大熱核航空機……」

「公開されているスペック上では、爆装した無人戦闘機を90は格納できるはずです。本体にも巡航ミサイルが山ほど――比喩でなく羽が生えた空母ですよ」

「そんなものまで持ってるのか、奴ら」


 ゼリムハンが沈思黙考に入った。

 彼の乗機〈アズガルド〉は防空能力に長けているが、その範囲は比較的近距離・低高度に限られる。ドローンやミサイルの類ならまだしも、成層圏を飛行する超大型機を撃ち落とすなどまったく無理だ。

 自分と味方を生き残らせるためにはどう立ち回るべきか――顔を上げると、アリスタルフは余裕を崩さず、むしろますます機嫌を良くしていた。


「何がおかしい、リスターシュカ」

「海上から攻撃を繰り出されては、パシュトゥーニスタンの地対空ミサイルSAMでは届くまい。しかもこちらの防空網は連日のドローン攻撃で疲弊している……これは絶好のチャンスだ。彼らにとっても、我々・・にとってもね」


 アリスタルフがにやりと口角を吊り上げ、大仰な身振り手振りを交えて言った。それを見たシャミルが気分を害したように舌打ちする。


「だーかーら、どういう意味だって聞いてんだろが。ハッキリ言えや」

「ふ、ふ。戦略兵器は向こうの専売特許じゃないってことさ。……ジナイーダ、〈シャングリラ〉の上昇性能はどのくらいだ?」

「40秒あれば20000メートルは上れますけど」

「なら、もう少し勿体つけよう。――ゼリム、敵の爆撃が始まって少し経ったら先方に伝えてくれ。現在猛威を振るう未知・・航空機・・・について我らシスコーカシア戦線に対抗手段あり、とね」


 眼鏡の奥の双眸をジナイーダへと向け、アリスタルフは意味深に告げた。


「どこへ行く」

「今回は私も戦働きといくよ。先に出撃したタチアナを誘導しなくては――ジナイーダはしばらく待機してくれ」



 パシュトゥーニスタンの勢力圏はアフガニスタンとパキスタンに跨って存在しているが、意外にもパキスタン側で目立った戦闘が起きたことはほとんどない。

 アフマド・ハーンは西側への領土拡張を志向する一方、反対のパキスタンとは極力均衡を保とうとしていた。不用意な二正面作戦への突入を防ぐためだ。故に――奇襲的に行われたT-Mechの朝駆けは、彼らにとって少なからず不意打ちとなった。



 『炎の蜂』隊の攻撃ヘリが放ったロケット弾の爆発が山上の道路を潰し、機銃掃射が稜線上を薙ぎ払う。侵入者の存在を周囲に伝える役目を負った見張り台は既に、アウトレンジからの対戦車ミサイルで残らず吹き飛ばされていた。


 そうして警備網に空いた間隙から切り込んだのは、赤黒の怪物と灰青の大蜘蛛――〈ヘルファイア〉と〈ピースキーパー〉である。


「――データによれば、この先にドローンの防空網制圧SEAD攻撃から生き残った対空陣地が2つ。山一つを防空要塞にした奴だ。放置すれば〈キュムロ〉の攻撃の妨げとなる」


 ジェット音を上げて山間を滑走する〈ピースキーパー〉の中でサムエルが言った。

 その目前では〈ヘルファイア〉が上り坂――というより「壁」や「崖」と形容されるべき急勾配の只中を、怪物が地獄から這い上がるがごとく驀進していた。機体重量の数倍にもなるエンジン推力に物を言わせて駆け上がっているのだ。


「誘導しているレーダーを潰せば防空ミサイルは意味をなさない、行き掛けに潰すぞ。この手の陣地は貴様の得手だろう、仕事をくれてやる」

「黙れ。行くぞ!」


 二機のT-Mechが別々の方向に動いた。〈ヘルファイア〉は標的たる山間陣地へと突撃、〈ピースキーパー〉は地表ギリギリを飛行して手近な尾根に着陸し、レールガンによる砲撃支援を行う腹積もりだ。


「……レーダー波を感知。距離3500メートル」

「尾根に機体を隠しつつ射撃位置に移動。砲撃操作は私がする、周囲警戒を。……データリンクに敵レーダーの位置を表示した」

「確認した。潰す」


 脚部のグラインドローラーで山肌を抉り取りながら怪物が走る。

 前方の山地で十に迫る数のマズルフラッシュ。直後に雨のごとき弾幕が〈ヘルファイア〉へと降り注ぐ――対空機関砲の水平射撃だ――が、複合装甲とエアロゲル充填外殻からなる二重装甲が受け止め、これを無効化。


「豆鉄砲め。この俺を倒すには程遠い……」


 ジークが前進しつつ、逆に熱源へロックオンを仕掛ける。直後、背後から尾根を越えて〈ピースキーパー〉のレールガンが飛来――データリンクによる間接照準射撃が立て続けに着弾し、対空砲を排除した。


「着弾したか?」

「効力射!」


 〈ヘルファイア〉が尾根上に上がる。前方に移動式の対空レーダー車を複数確認。山上の地面を均して作った設置場所に停車し、車体同士をケーブルで繋いでいた。周囲には警護であろう対戦車装備の〈マロース〉が数機と、その3倍近い数の生身の兵士。


「見つけた。尾根上に一列だ」

「何割まで減らせる?」

「無論、ゼロだ!」


 ジークが宣言した。 

 三眼の怪物が突進しながら左腕の内蔵式マイクロ・レールガンを構え、榴散弾を連射。マッハ10超の速度で重金属弾子が飛び散る。もっとも近い一両が周辺の歩兵ごと散弾嵐に巻き込まれ、瞬く間に炎上!


 散らばる残骸の横を抜ける――またも前方よりミサイルの発射炎。複数の飛来物。


「ちっ!」


 ジークはひとつ舌打ちし、針路を尾根から左方向へ切った。怪物が爆発的な加速でミサイルを躱し、その勢いのまま尾根から外れて岸下へと身を投げる。


 操縦ミスか? 否――〈ヘルファイア〉はほぼ垂直な岸壁に両脚を押し付け、そのままスラスター推力だけで滑走。敵部隊の脇を抜けて二両目のレーダー車の真横についていた。その右手に握る大身槍に高圧電流が流れ、刃渡り5メートルにも及ぶ穂先が超高速で振動を始める。


 崖下から響くグラインダーめいた振動音――それに敵が気付いた時には、既に遅かった。


「脚が着くなら空も飛べるぞ、この〈ヘルファイア〉は!」


 〈ヘルファイア〉は崖壁をジャンプ台代わりに跳んで尾根上に復帰し、そのまま空中で大身槍を投擲した。

 刃渡り5mにもなる大剣めいた穂先がレーダー車に突き刺さり、迸る高圧電流が内部機器を不可逆的に破壊する。たちまち車体各部で火災が発生し、爆ぜたタンクから燃える軽油が飛び散った。


った、二両目ッ!」


 〈ヘルファイア〉が地面を踏み砕いて着地、同時に両腕を左右の敵部隊に向けた。

 次の瞬間、怪物が二方向へ狂ったように散弾嵐を投射――敵兵がたちまち血と挽肉と化して地面に散らばる。


 酸鼻を極める光景の中――ジークは燃え盛る車両に突き刺さった槍を悠々と掴むと、そのまま車体を蹴り飛ばして強引に引き抜いた。レーダー車の残骸が燃えながら山肌を転がり落ちていく。


「――せいぜい念仏でも唱えろ。血祭りだ、お前らッ!」


 血と肉片と火の海の中から、怪物の三つ目がパシュトゥーニスタン兵を睨んだ。


 残った敵兵の一部はレーダーを放棄して尾根から転がり落ちるように逃げ出し、一部は悲壮な覚悟を決めて徹底抗戦の構えをとった。しかし彼らは有効な――ビーム兵器にせよ、〈カブダ〉超大型擲弾にせよ――〈ヘルファイア〉の装甲を貫通可能な武器を一つも持っていない。


 数分もしないうちにレーダー車は一両残らず燃え尽き、逃げなかった者は死んだ。

 これからこの地で引き起こされるであろう破壊と殺戮の規模に比べれば、ほんの先触れのような被害であった。

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