3.ステップトリーダー
【これまでのあらすじ】
・部隊は2082年のアフガニスタン。
・ジーク・シィングは国際平和維持組織『PRTO派遣軍』の兵士であり、規格外の大型兵器を駆る特務パイロットとして、ロシアの支援を受けた反政府勢力『パシュトゥーニスタン』とそれに協力する第三組織『シスコーカシア戦線』と戦っている。
・相手が敵だと知らないまま、シスコーカシア戦線の虎の子ジナイーダと知り合ったジーク。だが折悪くパシュトゥーニスタンとの決戦が近づいており、二人は再び敵として相見えようとしていた。
◆ ◆ ◆ ◆
二日が過ぎた。
アフガニスタン東部のPRTO派遣軍基地キャンプ・ビッグボードでは粥をひっくり返したような騒ぎが続いていた。基地の仇名の由来ともなった大型滑走路では
今回の大増員でやってきた陸軍の将兵は多くが前線へと輸送され、基地の過密状態は徐々に解消されつつあったが、ピリピリとした雰囲気は変わらず基地を覆っていた。
「作戦を説明する。現在でも続いているパシュトゥーニスタンの攻勢を破砕するため、T-Mechでパキスタン側から奇襲をかける」
その会議室、ビッグボードの基地司令トニー・ゴールディング中将が重々しく言った。実年齢以上に深く皺が刻まれた表情と猛禽めいた双眸は、心なしか普段より険しく見える。脇には眼鏡をかけたインド系の幕僚クリシュナが控え、忙しげに資料を取りまとめていた。
「ジャラーラーバードへの侵攻は防いだが、大増員をしてもなお手が足りん。先に交戦した敵T-Mechの目撃情報もチラホラと出てきた……このまま守勢に回っていれば敵の突破を許しかねん。だからお前達の東からの奇襲で相手に衝撃を与え、同期して南からも攻め上がる」
「相手の後方連絡線を破壊できればそれもよし、駄目でも敵のT-Mechを引き付けりゃ通常戦力同士の殴り合いで押し勝てるって訳ですか。だがパキスタン側ってのは……」
「何か問題でもあるの?」
ジークが地図を見て短く思案した。装甲で覆われた指先がコンコンと机を叩く。
「山越えと渡河になるんだよ。まず国境のスレイマン山脈を北上して、そのままクナル川を渡らなきゃならない。今はまだ乾季だから渡河自体は楽だが――川沿いの農地を突っ切ることになる。熱核ジェットの爆風は民家の一つ二つくらい藁の家みたいに吹っ飛ばすぞ」
「敵の村だろう」
「軽々しくそういう事を言う奴は出世できんぞ、サンドバル少佐」
ゴールディングが厳粛な声色で言った。横のクリシュナが追従して頷く。
「ジーク中尉の言うことは正しいです。これまで一年半に渡る〈ヘルファイア〉の作戦行動でも、渡河に伴う現地市民感情への影響を鑑みてクナル川以東から進出したことはありませんでした。ですが、だからこそ奇襲になり得ます」
「無論、渡河地点は二次被害が最小限で済む場所を選ぶ。当然移動ルートは制限されるが……今回は航空支援のサポートをつける。孤立無援にはならない」
「了解しました。して、航空支援は何を使うのですか? 戦闘機か戦闘ヘリか」
「戦闘ヘリは戦線突破時の支援に使う。それ以降の航空支援については――〈
突如出てきたその単語を聞いて、三人が目を見開いて顔を見合わせた。
「……あの化け物が?」
「アメリカから直接?」
〈キュムロニンバス〉――2070年代初期、PRTOの実力を内外に示すためのフラッグシップとしてアメリカが建造した超大型兵器である。多額の予算を注ぎ込んだが故にただの一度もアメリカ領内から出たことがないが――高い金をかけただけのことはあり、PRTO派遣軍の航空戦力としては間違いなく最高峰の能力を有する。それが前線に出張ってくるというのは即ち、PRTOが真の意味で本気になったことを意味していた。
「上層部も形振り構うのを止めたということだ。何にせよ使える物は使う、T-Mech以下の雑魚は全て〈キュムロ〉の爆撃の雨が焼き払うだろう。誘導はデータリンクを使って〈ピースキーパー〉が行え」
「了解。お任せください」
「……大勢死ぬだろうな」
何気のない調子で出たジークの言葉に、ゴールディングが怪訝げに眉をひそめた。
「まさかお前の口からそういう言葉が出るとは思わなかったが……別に村や都市を爆撃するわけではない。だいいち民族自決とほざいて武力に物を言わせる連中だ。大きな顔をさせたら無関係な国民がどうなるか、お前が知らんはずがあるまい」
「嫌がってる風に聞こえましたかね。――そういう耳触りのいい大義名分はどうでもいい。俺はジーク・シィングで、乗るのは〈ヘルファイア〉だ。邪魔者は殺す、目障りな奴も殺す。全て殺す。全て」
ジークが鬼の形相で呟き、胸中で燃え滾る怒りをエコーチェンバーめいて反響増幅させていった――闘争心を駆動させる燃料とすべく。
「ならその意気を戦場で証明して見せろ。……T-Mech特務小隊は〈キュムロニンバス〉と協働、本隊に先行して敵後方への強襲攻撃を敢行せよ。出てくる敵は全て叩き潰せ!」
「了解いたしました!」「了解」「……了解」
ゴールディングが鋭く宣言すると、三人がそれぞれの形で敬礼を返した。
◇
「――どうも。ジナイーダ・ナイジョノフ、ただいま帰投しました」
「よく戻ったね。タチアナも君が帰るのをずっと楽しみにしていたんだよ」
アフガニスタン北東部、ワハーン回廊――雪に閉ざされた山中の地下基地の駐機ガレージ。タジキスタン経由で戻ってきたジナイーダを、基地司令アリスタルフ・アルハノフはにこやかに笑って出迎えた。いつも通り、彼の脇には黒ケープ姿のターニャが無表情で控えている。
「親が子供の気持ちを勝手に代弁するものじゃありませんよ」
「はは、ちょっとした社交辞令さ。で、羽は伸ばせたかね」
「抜け抜けと。……ええ、とても。今までで一番太陽の光に当たれました」
ジナイーダはアイロニックに肩を竦めると、後ろでまとめた純白の長髪を解いた。アリスタルフがくつくつと笑って眼鏡を直し、ガレージで作業をしながらチラチラとこちらを伺っていた中年の女整備員を呼びつける。
「ご機嫌よう、マルーシャさん。整備班の皆さんにもお土産買ってきましたよ」
「……ああ、どうもありがとうよ」
にこやかに笑って話しかけると、彼女は明らかに迷惑そうな反応を返した。ジナイーダは困ったような笑顔のまま、それ以上追求しようとはしなかった。
「……それで、アレが例の
「その通り。これなるは我々シスコーカシア戦線の最終兵装――〈シャングリラ〉の存在意義はこいつの運用にこそある」
「なるほど。――大きな蝙蝠傘みたい」
ジナイーダが素直な感想を述べた。
二人の眼前に鎮座しているのは、肩と背中から黒い幅広の触手を生やした白黒の10m級Mech〈シャングリラ〉。そして――その手前の台座に水平に載せられた、黒くねじれた槍状機械であった。
槍は機体の全高より更に5mほど長く、西洋の馬上槍を思わせる細長い円錐形をしていた。表面には〈シャングリラ〉本体のテンタクラー・マントと同じ
「格納形態だとそう見えるかもしれないな。――マルーシャ、使い方については君から後で説明しておきたまえ」
「了解です」
「よろしくお願いします。……ところでこの蝙蝠傘、〈ピュアリフィケイター〉が名前でいいんですか? ちょっと長いというか大袈裟というか、私の感性に合わない名前です」
ジナイーダが尋ねると、アリスタルフは「妙なところにこだわるな」と言わんばかりの表情で顎に折り曲げた指を当てた。
「特に決めていない。が、そうだな――」
数秒の思案の後、彼は妙案を思いついたように人差し指を立てた。その身体が出す熱紋が狂信めいた恍惚の形に揺らいだのがジナイーダには解った。
「――〈ケラウノス〉」
アリスタルフがそう口に出した。
「ギリシャの主神ゼウスの雷霆から名前をとって、〈ケラウノス〉というのはどうだろう。一度放てば世界を焼き尽くす雷、
「ますます大袈裟です。……私は世界を燃やす気はありませんよ。北コーカサスの独立運動成功、私がご一緒するのはそこまでです」
「解っているとも。物の例えさ」
もっとも今の国際社会においては、その二つに然程の違いはなかろうが――アリスタルフは胸中でそう嘯くと、眼前で眠るマント付きの長躯に挑戦的な視線を遣った。
「恐らく次はPRTOの逆襲が始まる。パシュトゥーニスタン側がこれほど大掛かりな攻勢をしている以上、もはや小規模な局地戦ではすむまい。だがね――君を乗せ〈ケラウノス〉を手にした〈シャングリラ〉に敵はない。何が出てこようが一刀両断にしてくれると、私は期待しているよ」
「……ま、頑張りますよ。ええ、頑張りますとも」
ジナイーダは何かから目を逸らすように言うと、〈シャングリラ〉に背を向けて小さく溜め息をついた。
「いちおう確認しますけど、『三つ目』と『四つ足』は撃破せず、でいいんですよね」
「まだ、ね。だが万が一〈シャングリラ〉が撃破される危険があるなら止むを得ない」
アリスタルフは少し不思議そうに答えた後、隣のターニャの方を向いた。
「タチアナ、お前もだ。もしジナイーダが追い詰められたら――奴らを殺せ」
「かしこまりました」
「…………!」
彼らに背を向けたまま、ジナイーダが閉じていた紅と黒の目を苛立ちに見開いた。
同時にCNTで編まれた黒い高電導スーツに覆われた身体の表面で小さなコロナ放電が発生、うっすらと光を放つ――ガレージの照明に紛れるほどの薄い光であり、意識を向けるとすぐさま収まったが、彼女は戦慄して密かに自らの手を見つめた。弱いとはいえ自らの意思に反して放電が起きるなど、初めての事態である。
(――電流のコントロールが乱れている?)
彼女の体質――その体に封じ込められた莫大な電気エネルギーを制御するものは、偏に彼女自身の理性に他ならない。文学的な表現に余裕ぶった態度、全ては対人紛争を理性の範囲内で済ませるために作り上げた安全装置である。故に、例えば……もし何もかも投げ捨てて激昂した時、それがどれほどの事態になるか自分にも想像がつかないのだ。なのに――。
(殺すと聞かされて、抑えが効かなくなるほど動揺したと? ……嘘。きっと何かの間違いよ)
ジナイーダは自らにそう言い聞かせた。
あらゆる危害を受け付けない彼女にとっては、己の身体こそが常に最大の敵であった。アリスタルフの協力は自分の体質を理解する上で少なからず役に立ったが、肝心要の動作原理だけは未だに謎のまま。しかもアリスタルフはその点については特に関心を示していない。
だが彼女にとって最も重要な問題は、自分が一体何者か、
この力が統制を失うか、自分が理性で力を制御するのを止めてしまえば――自分はたちまち怪物へと成り果てるだろう。それが何よりも恐ろしいことだった。
「どうした?」
「いえ。……少しくたびれて」
「おや、休みが明けたばかりなのにかい?」
「何もしないのも疲れるから、たまには休まないと(De temps en temps il faut se reposer de ne rien faire.)」
「何だい、それ。とにかく大事な体なんだ、コンディションには気を付け給えよ」
アリスタルフが曖昧に笑いながら言った。ジナイーダの誤魔化しに気付いた様子はない。彼は状況や情勢を読む才能こそ凄まじいが――一方で人の心を読むことに欠けるというか、理論武装をしてメリットを提示すれば人は靡くと思っているところがある。ジナイーダは嘆息した。
「今日はもう部屋で休むといい。……タチアナ、付き添え」
「かしこまりました。……お姉様、お手を」
「ありがと。――では、失礼します。基地司令閣下」
黒ケープの隙間から差し出されたクロム色の三指義手を握り、ジナイーダはターニャと連れたってその場を去った。
(理性を強く持たないと。……我思う故に我あり、信じられるのは自分の理性だけ)
その足取りは普段よりもやや早く、不吉な兆候から遠ざかろうとしているようであったが、それを理解してくれる者は誰もいない。
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