12.〈ヴァルハラ〉と〈アズガルド〉(2)

【これまでのあらすじ】

・反政府組織パシュトゥーニスタンの都市攻撃を阻止すべく出撃したジーク・シィング。敵のT-Mech〈ジャハンナム〉を追い詰めた彼の前に乱入したのは、傭兵として紛争に参入する武装組織・シスコーカシア戦線のT-Mech、〈ヴァルハラ〉と〈アズガルド〉のコンビだった。

・超大威力の頭部ビーム・ラムを持つ〈ヴァルハラ〉は重装甲の〈ヘルファイア〉に、対空弾幕射撃に特化した〈アズガルド〉はミサイルが主武装の〈ピースキーパー〉に対してそれぞれ有利である。被弾した〈ピースキーパー〉が反撃のため一時後退する中、ジークは1対2の苦しい戦いを強いられる。


◆   ◆   ◆   ◆



「――というわけで援護はできない、しばらくは自力で耐えろ。死ぬにしても腕の一本くらいは道連れにしてみせろよ」

「この大口叩きの役立たず! そのまま一生すっこんでろ!」


 サムエルからの通信に怒鳴り声を叩き返し、ジークは熱核ジェットエンジンのスロットルを上げた。〈ヘルファイア〉の背に4基、リアスカートに6基搭載されたスラスターが核融合炉の熱で加熱されたジェット噴流を吐き出す。


 兵器には設計があり、設計には意味がある。敵機のビーム・ラムは総出力こそ凄まじいが、結局は近接兵器。威力を維持したまま長く伸ばせないからこのような突撃重視の設計になっているのだ。ならば脚を奪えばよい――三眼の怪物が激しいスラローム走行で〈ヴァルハラ〉に接近、その勢いのまま下段の薙ぎ払いを放つ!


「地べたに這いつくばれ!」

「あっぶねぇだろうがよッ!」


 大剣めいた穂先が振動と電熱を纏い、グラインダーめいた高音と共に弧を描いて地表を薙いだ。〈ヴァルハラ〉は二本脚で立ったまま後方に跳躍してこれを回避、同時に両掌から伸びるビーム刃をX字に振り抜く!

 糸のごとく収束した粒子ビームが〈ヘルファイア〉の胴を切り裂き、三眼が描かれた外装カバーに二条の赤熱した線が走った――しかし傷は〈シャングリラ〉戦で負ったものより浅い。敵機の出力差自体もそうだが、装甲に挟んだ断熱材エアロゲルが被害を和らげていた。


「エアロゲルも気休めくらいにはなる……かッ!」


 ジークが踏み込みつつ握り部グリップのリニアモーター機構で大槍を引き戻し、そのまま空中の〈ヴァルハラ〉に向けた。敵機の着地際を狙って電磁射突を放ち、胴を貫く構え――だがシャミルもそれを読んでおり、空中で前腕の翼膜を広げて制動をかける。


「伸び縮みすんだろ、その槍! だが〈ヴァルハラ〉のスピードを追えるかよ!」


 〈ヴァルハラ〉の背部ジェットエンジンが猛烈な排気流を生成し、板を平行に並べたようなベーン型偏向パドルがその推力ベクトルを調整。更に電磁整流装置プラズマ・アクチュエータと翼膜が空力を生む。黒紫の猛獣が曲芸めいた滑空軌道で〈ヘルファイア〉の側面へ回り込んだ。


「ヒャーハハハ! 速さが違ぇんだよ――あ?」


 勝利を確信した高笑いの直後、シャミルが違和感に目を見開く。三眼の怪物は突きを放つことなく構えを解除し、左腕のマイクロ・レールガンをこちらに向けていた。

 すなわち、突きの構えは回避機動を誘発するためのフェイント。本命はその後に続くレールガンの超高初速弾!


「――そこだ!」


 機体が交差する瞬間、ジークが冷徹にレールガンを放った。フレームの損傷した左腕では強反動を抑えきれず、僅かに砲口が暴れる。だがこの至近距離ではさしたる問題はない。

 マッハ10を超える重金属弾が〈ヴァルハラ〉の横腹を貫き、強烈な衝撃がその空中姿勢を崩した。猛獣がぐらりと身をよじるようにして着地する。そこに〈ヘルファイア〉が肉薄!


「やっべ……!」

「豚に真珠、猫に小判! 乗り手の頭は鈍いと見た!」


 三眼の怪物がローラー走行で短く加速し、その勢いのまま重い前蹴りを放った。

 〈ヘルファイア〉は基本的に熱核ジェットとグラインドローラーで走る。その方が速いからだ。だがジェットスラスターの補助こそあれ、130トン超の機体を跳躍させる脚力自体も並大抵のMechの比ではない。

 分厚い装甲に覆われた脚が鉄球クレーンのごとく〈ヴァルハラ〉の横腹を強打。ぎらついた黒紫に塗られた装甲が陥没し、四つ足で立っていた猛獣が横倒しに蹴り飛ばされた。衝撃で中のタンクでも破けたのか、レールガンが空けた破孔から燃料とおぼしき半透明の液体が漏れ出した。


「燃料漏れか、核動力じゃないな――ビーム兵器のサンプルだ、ガレージまで引き摺って腑分けしてやる!」


 ジークが大槍をスライドさせて柄を長く持ち、大上段に構えて姿勢を縮める。彼はそのまま跳躍して唐竹割の斬撃を放ち、ビーム・ラムの射程外から〈ヴァルハラ〉を両断せんとした――だが寸前、背後の高台でマズルフラッシュ!


(……後ろの対空機がフリー! 射撃が来る!)


 〈ヘルファイア〉が追撃を断念して屈んだまま反転、前面装甲でゼリムハンの〈アズガルド〉が放ったガトリング弾を受けた。

 無数の空中炸裂弾子が三眼の怪物に食い込んだが、戦車砲の集中砲火すら阻む重複合装甲の前には小口径弾の破片など蚊ほどのダメージにもならない――しかしその隙に背後で〈ヴァルハラ〉が復帰! 


「よくもやりやがったな、テメェッ! ハラワタ見せろやァァ――ッ!」


 燃料タンクの穴は既に自動防漏セルフシーリング機構が塞いでいる。シャミルの怒号と共に黒紫の猛獣が地を蹴り、バネ仕掛けの玩具じみた挙動で上体を仰け反らせて跳び掛かった。その頭部に再びビーム・ラムの赤光!


「背後――ちっ!」


 ジークが背を向けたまま電磁機構を作動させ、咄嗟に大槍を後方へと撃ち出す。

 鉄杭めいた石突が〈ヴァルハラ〉の胴を突き揺らし、正中線へのヘッドバットを阻んだ――だが完全には阻止しきれず、左に逸れたビーム・ラムが〈ヘルファイア〉の左肩から二の腕までを深々と抉る!

 異常熱量に晒された複合装甲が一瞬にして融解、肩関節付近のCNT人工筋肉が熱変性してパワーダウンを起こす。無視できぬ損害――だがもし阻止に失敗していれば、今の一撃は背部核融合炉ユニットに直撃していただろう。そうなれば炉を覆う隔壁もヘリカル・コイルの電磁遮蔽も意味をなさず即死だった。彼は死が己の片脚に縋り付き、そして舌打ちと共に離れていったのを感じた。


「――がァアアアアアアァァァァッッッ!」


 ジークが半矢の虎のごとく壮絶な絶叫を上げる。悲鳴ではなく、怒りと殺意の叫びだった。〈ヘルファイア〉が再び急反転し、大槍の握り部グリップを覆う小盾を〈ヴァルハラ〉に叩きつけて殴り飛ばす。

 互いの装甲の傷が視認できるほどの近距離で、二機のT-Mechが相対――直後、今度は〈ヘルファイア〉が熱核ジェットスラスターを噴射、距離を詰める!

 

「まだやる気かよォ!?」

戦鬼いくさおにめが。援護、もう一度だ」


 高台の〈アズガルド〉が追撃を阻止しようとガトリング、ミサイルで猛烈な弾幕を張る――しかしジークは大剣めいた穂先を盾代わりに翳してスラスターを最小限庇うと、そのまま激しいスラローム走行で接近を続けた。

 鋼鉄の暴風雨じみた〈アズガルド〉の弾幕にはその実、自機の重装甲を貫く威力はない。先程の被弾でそれが確信できた。すなわち真に警戒すべきは〈ヴァルハラ〉のビーム・ラムただ一つ! 


「殺してやる! 『マント付き』といいお前といい、この俺を! このジーク・シィングを虚仮にしやがって! 殺してやるッ!」

「ボケが! ヤケになって暴れたって無駄なんだよォッ!」


 二本脚で立っていた〈ヴァルハラ〉が再度四足歩行に戻り、〈ヘルファイア〉の肉弾攻撃を迎撃する体勢をとった。頭部を覆う十字楔状の『兜』にコンデンサからエネルギーが送られ、荷電粒子の光が灯る――コックピット内でエネルギー残量を警告するビープ音が鳴ったが、彼はそれを振り切った。相手は既に死に体、胴体にもう一撃当てればそれで済むのだ。


「ちょろちょろ蛇行すりゃ当たらねぇと思ったか! ビーム・ラムは連装のフューザーなんだぜ……こういう真似もできんだよォ!」

 

 シャミルが敵機の気迫に負けじと吼えると同時に、〈ヴァルハラ〉の『兜』に並ぶビーム・フューザーの砲口が外側に開いた。

 次の瞬間、その一つ一つが深紅の粒子ビームを放射して、至近散弾射撃めいて前方空間に面制圧を仕掛ける。敵機の接近を拒絶するための、牽制と目くらましを兼ねた攻撃――しかし〈ヘルファイア〉は一切の回避行動をとらず、敢えて拡散ビームの火中に正面から突っ込む。


「突っ込ん……嘘だろ!? 馬鹿か!?」

「馬鹿め! 拡散バラ撃ちで〈ヘル〉の装甲が抜けるかッ!」


 赤い光線が〈ヘルファイア〉の装甲を焼き、重金属粒子流が外装カバーを剥ぎ取る。だが衝角として収束しているならともかく、一発一発が別々に着弾するのであれば――〈アズガルド〉の弾幕と同様、一度や二度の着弾で〈ヘルファイア〉の装甲防御を崩すことはできない。


「チィーッ! クソがっ!」

「馬鹿の一つ覚え!」


 〈ヴァルハラ〉がビーム・ラムを再び収束させ、特大のビーム刃を発振して迎撃に移る。しかし一瞬早く電磁力で射出された大槍の穂先がその腹下に滑り込んだ。

 超大型掘削ショベルめいた〈ヘルファイア〉の右腕の中で人工筋肉とモーターが唸りを上げる――ジークはそのまま片腕で槍身を撥ね上げ、敵機の上体を大きく仰け反らせた。

 直後に怪物が身を沈め、スラスター推力を下方に向けて跳躍。岩塊のごとき右脚を空中で折り曲げ、最も頑強な膝部装甲を前に突き出す!


「――ぶっ殺してやる(MARCHU TALAI)!」

「ゥげほォっ!?」


 130トン超の重量を乗せた飛び膝蹴り――先程の前蹴りと比べてもなお重く鋭い一撃を叩き込まれ、決して小さくはない〈ヴァルハラ〉の機体が一瞬宙に浮き上がった。強烈、という言葉すら陳腐に感じるほどの衝撃に襲われ、シャミルが肺から空気を押し出されて咳き込む。


「がほ、げほっ……ンの野郎!」


 彼はそれでも何とか機体を立て直して翼膜を広げると、ビーム・ラムを使った滑翔突進を敢行せんとした。しかし間髪入れずに〈ヘルファイア〉が大槍を振り抜き、穂先の腹を叩きつけて阻止。そのまま手元の電磁機構で槍を引き戻し、柄を短く持って果敢に近距離戦を挑む。


「コイツ正気か!? こっちにはビーム・ラムがあるってのに! ……クッソ、充電が追い付かねぇ! バッテリーが上がっちまう!」

「敵は近接戦に慣れていない、スルスル動いて躱すわけでもない、邪魔くさい触手もない! 一発芸に寄り掛かったチンピラ風情が!」


 〈ヴァルハラ〉がもんどり打って着地、なおも荷電粒子の衝角を生やした頭部を滅茶苦茶に振り乱して反撃を試みる――しかし直前に至近距離からマイクロ・レールガンの砲撃が差し込まれ、被弾の衝撃が黒紫の猛獣を硬直させて動きを封じた。

 それと同時に、もはや反動制御も儘ならぬほど損傷した〈ヘルファイア〉の左腕が後ろに弾かれる。だがジークはその動きに敢えて逆らわず腰を回して右手を加速、素早くコンパクトな片手突きを繰り出す! 


「うぉわあっ!?」


 シャミルが叫び声を上げて操縦桿を捻り、咄嗟に〈ヴァルハラ〉を跳躍させて刺突を躱した。〈ヘルファイア〉が槍を引き戻し、地面を踏み砕いて更に肉薄。


「二段目!」


 その体勢から即座に大槍の電磁射突機構を発動。槍を右手の中でスライドさせ、より高速でもう一度突き出す!

 予備動作なしノーモーション、かつ不意打ち気味に繰り出された二段目の突きは避けられず、帯電振動する超硬セラミックの刃が猛獣の前肢を切り裂いて内部に電撃を浴びせた。被弾アラートと同時に二度目の残エネルギー量警告。シャミルのこめかみを冷汗が流れる。


「動きが良くなってやがる? いや、丁寧になってんのか!? いっぺん発電を待たねぇと……! ゼリム!」


 シャミルは機体を二足姿勢に切り替え、一旦ビーム・ラムを停止させて距離を取ろうとした――だが〈ヴァルハラ〉がバックステップを踏む寸前に〈ヘルファイア〉が踏み込んで袈裟懸けに斬りかかり、強引に至近距離を維持。なおも打ち合いが続く。


(奴の動力は燃料あぶらを燃やすジェットエンジン、発電タービンの性能もたかが知れてる。ビーム兵器が電力を食う以上、どれだけ高回転で回そうが消費電力の方が大きくなるはず――つまり弱点は持久力。息切れに追い込んで仕留める)


 獣じみた狂暴さで攻めかかる傍ら、ジークが冷徹に算段をつけた。

 彼はここに至って〈ジャハンナム〉と〈スヴェジー・スネッグ〉への追撃を完全に諦めた。もはやこの場は目の前の一機さえ殺せればそれでよい。目標を一つに絞ったことが彼に更なる鋭さを与えていた。


 ただし狙い通り敵にエネルギー切れを起こさせるためには、文字通り息をつかせず攻め続ける必要がある。相手が限界を迎えるのが早いか、自分がヘマをして死ぬのが早いかの勝負だ。当たれば一撃死もあり得るビーム・ラムを振り回す〈ヴァルハラ〉にそれを挑むのは、並大抵の度胸と技量では不可能であろう。

 だが――自分はジーク・シィングであり、乗るのは〈ヘルファイア〉だ。恐怖を知らぬ怪物なのだ。できるはずだ。


 荒れ狂う闘争心に身を任せ、三眼の怪物が烈火のごとく大身槍を打ち振るう。風が砂を巻き込んで唸る。乾ききった空は既に黄昏へと移りつつあり、沈みかけた太陽が残骸と化した兵器群を区別なく照らし出していた。

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