10.亜音速域の激闘

【これまでのあらすじ】

・ジーク・シィングは米印を中心とする国際軍事組織・PRTO派遣軍の兵士であり、アフガニスタン戦線で超重装甲機〈ヘルファイア〉を預かるパイロットである。

・ジャラーラーバードへの攻撃を狙う反政府組織パシュトゥーニスタンの機動部隊を阻止すべく、ジークらは機体の修理・改修作業を中断して出撃した。

・不完全ながらも対Mech戦闘向けに調整された機体を活かし、敵の新鋭機〈スヴェジー・スネッグ〉部隊を相手に獅子奮迅の活躍を見せる〈ヘルファイア〉。だがそこに敵エース「トール・ギルザイ」の突撃型T-Mech〈ジャハンナム〉が襲い掛かる。


◆   ◆   ◆   ◆


 ここまで未曽有の快進撃を続けていたパシュトゥーニスタンの快速部隊は、駆け付けた2機のT-Mechによってそれ以上の前進を食い止められていた。


 だが状況は未だ予断を許さない。敵の攻撃目標であるジャラーラーバードとキャンプ・ビッグボードはもはや目と鼻の先であり、たとえ一機でもこの場を抜かれれば文字通り後がないのだ。

 出し抜かれて都市への攻撃を許したとあっては、PRTOと現政府は政治的に著しい被害を受けることになる。所詮は面子の問題と言えばそれまでだが、その威信で保たれている治安もあるのだ。


 ただ――後がないのは敵の快速部隊も同じこと。

 彼らは迅速な迂回・突破・包囲を繰り返し、戦線の薄い箇所を縫うようにして後方へと切り込んできている。最小限の交戦で進んできたと言えば聞こえはいいが、逆に言えば彼らの背後には未だ守備隊戦力の大部分が残っている。攻めあぐねて敵の立て直しを許せばたちまち四面楚歌だ。


 この戦場と化した谷にいる者は例外なく背中に火がついている。敵を殺さねば自分が生き残れない。谷底は逃げ場なき地獄と化していた。

 しかし――ジーク・シィングにとっては、それも普段通りのことだった。



「死ね、悪魔め! 鉄屑になって死ね! 血と臓物にまみれて死ね! 死んでなお地獄で苦しめッ! ――ハイヤアアアアアアアァァァァァッ!」


 超大型自動二輪車モーターサイクルに跨るT-Mech――〈ジャハンナム〉が900km/h付近まで加速し、そのまま人車一体で轢殺攻撃を繰り出した。スパイク付きの装甲バンパーが風切り音を上げて〈ヘルファイア〉に迫る!


「猪が! 上等だ、来い!」


 もはや回避できる距離ではない。ジークは〈ヘルファイア〉の熱核ジェットスラスターを最大出力で噴射、真正面から突進を受けた。


 爆薬と聞き紛うような激突音と共に足元の地面が抉れて爆ぜ、衝撃にジークが呻く。全身のフレームから軋み音。三眼のペイントが描かれた胴体正面の外装カバーがへしゃげ、隙間から砕けたエアロゲル材の破片がこぼれた。

 しかし――何たる頑健さか。三眼の怪物は体勢を半ば崩されながらも衝突に耐えきっていた。超大型掘削ショベルめいた剛腕が車体を掴み、捕らえる!


「〈ジャハンナム〉を受け止める!?」


 トールが驚愕の叫びをあげた。互いに全エンジンをフル稼働させ、二機のT-Mechが押し合いに入る――しかし速度差による運動エネルギーの優位が消失した今、優位は素の出力で勝る〈ヘルファイア〉にあった。


「ぅ……ぉおおおおッ!?」


 勢いを殺された〈ジャハンナム〉の前輪が徐々にウィリー走行めいて持ち上がってゆく。更に三眼の怪物が踏み込み、前輪下に生じた隙間に潜り込むようにして車体に取り付き、更に押す!

 衝突で歪んだ〈ヘルファイア〉の三眼と目が合い、トールは根源的な恐怖に戦慄した。このまま車体をひっくり返され、落馬したところを踏み潰される――最悪のビジョンが脳裏をよぎる。実現される前に決着をつけねばならない!


「……まだだぁッ! 〈ジャハンナム〉の赤は死んだ戦士たちの血の赤、そして貴様を焼く業火の赤だ! 我が名誉ナングにかけて貴様を斃す!」 


 〈ジャハンナム〉が傾いたサドルの上に立ち上がった。グラインドローラーの代わりに脚に組み込まれた電磁石ユニットが起動し、機体をサドルに固定する。

 深紅の鎧騎兵が車上から身を乗り出し、バイクのフロントボックスから抜いた2発目の〈カブダ〉を――当たれば重複合装甲をも撃ち抜く無反動砲を――〈ヘルファイア〉の胴体天板に突きつけた。


「余所者は皆死ねばよい! この国を荒らす三つ目の悪魔め、全パシュトゥーン戦士の怒りを受けろッ!」

「――うんざりだ! 同じことを何度も何度も!」


 ジークが吼えた。〈ヘルファイア〉が不意に姿勢を下げて右手一本で車体を支え、左袖の砲口を敵機へ指向する。発射された散弾が〈カブダ〉の弾頭を砕き、次いで高熱の砲弾片に触れた炸薬が発火!


「弾頭に火がついた!? ぬぅっ!」


 トールが発火した〈カブダ〉を咄嗟に投げ捨てる――直後に信管が誤作動し、100kg近い炸薬が誘爆! 至近距離で火球が弾け、超音速の衝撃波がビリビリと機体を揺らした。

 

(……生かしておくものか、決して!)


 オレンジ色の爆炎に照らされながら、ジークは自分自身までが炎に包まれる感覚を覚えた。怒りがそう錯覚させていた。奥底で絶えず煮え滾っている憎悪と怒りが、触れるもの全て焼き尽くす溶岩めいて表層へ流れ出していた。

 この男は心底から自分達の正義を信じている。万が一ビッグボードが落とされ、ジャラーラーバードが再占領されれば、こいつは仲間たちと敵とみなした全てを中央街もろとも叩き壊す。大勢が死ぬか、死ぬより惨めな目に遭うだろう。外国人も現地人も、ともすればあのジナイーダも――そしてその死すら都合よく再編され、勝者の物語の一部となるのだ。かつての自分がそうであったように。


「聞け、革命家気取りのクズ! 俺は独りだ! お前を殺すのはこの俺一人だ! 全パシュトゥーン戦士の怒りとやらがたった一人に・・・・・・敗北する様を、冥土の土産に目に焼き付けろ!」


 三眼の怪物が超巨大バイクの車体を投げ、強引に左へと回頭させた。

 理論武装して正義の執行者を気取る気はない。誰にも理解させる必要はない。ただ惨たらしく痛めつけて殺すだけだ。自分はもはや呑気な文学少年でも無力な戦災孤児でもない。血に飢えた人喰い虎だ。〈ヘルファイア〉の、この最強の暴力装置の唯一の主なのだ! 


(血祭りの手始めに、まずこの男を殺す!)


 ジークが〈ヘルファイア〉を連続でターンさせ、地表を滑るように距離を取る。

 その途中で地面に落ちていた大身槍を拾い上げ――敵機に向き直る間際に握りグリップの電磁射突機構を起動。握りの中で柄がスライドし、大剣めいた穂先がトール目掛けて伸びた!


「おのれ、まだ足掻くかッ! 潔く死ねばいいものを!」


 〈ジャハンナム〉が急発進して突きを躱し、そのまま怪物の周囲を円を描くように走り込む。左腕で操車を続けつつ、背の複合マシンガンを構えて片手撃ちの連射。同軸装備の100mm低圧砲と30mm機関砲が火を噴く! 

 同時にミサイル爆撃を抜けてきた〈スヴェジー・スネッグ〉が二機、それぞれマシンガンを乱射しつつジークの背後から接近。

 三機のパシュトゥーニスタン機が十字砲火を組み、獲物を狙うサメのごとく〈ヘルファイア〉の周囲を旋回する。三機とも空いた手には棍棒めいた大型無反動砲を握っていた。

 

(浅知恵を。……雑魚はともかく、あのバイク野郎は一撃じゃ無理だ)

 

 ジークが全周囲を警戒しつつ分析した。普段なら装甲を頼りに強行突破をかけるところだが、今回は機体が万全ではない。それにあのトール・ギルザイ――視野狭窄の石頭らしいが、油断ならぬ強敵である。


 どうするか――思考を巡らせるジークの背後で、四脚の機影が浮上した。



「こんな雑魚相手に何をチンタラやっている! ……やれ、ディー!」

「はいよ」


 ディナが操縦桿の引き金を引くと同時に、現れた四脚の機体――尾根上に直接乗り込んできた〈ピースキーパー〉が、全身に封じ込められた重火器を解放した。 


 標的は生き残りの〈スネッグ〉24機と〈ジャハンナム〉、その全て。背部ミサイルに加えて腕部ガンランチャー、シャーシ下の大口径ガトリング〈対戦車缶切りタンク・オープナー〉を加えた射撃。一見すると大雑把にバラ撒かれているように見える砲弾群はその実、FCSによってスズメバチの群れのごとく統制されている。


「ちょろちょろと鬱陶しい鼠共め、スウォーム・ミサイルの前には静止したカモも同じよ! 貴様らの人生は俺の戦果スコアとなって消費されるのだ! ハッハハハハハ!」


 一機の〈スネッグ〉が殺到するスウォーム・ミサイルを辛うじて回避――直後、反転してきたミサイルがその背部に着弾。腰部リアスカートのジェットエンジンを破壊されて谷底の涸れ川ワジへと転がり落ちていく。同時に別の一機が胴体に152mmガンランチャーの重砲弾を受けて倒れる。大口径ガトリングの火線に脚を薙がれて引き倒された機体もいた。


 谷ごと焼き払わんばかりの猛烈な爆撃に晒され、〈スネッグ〉部隊がそれぞれ誘導妨害装置ジャマーや煙幕を展開しつつ回避運動を始める。同時にマシンガンの砲口を空に向け、浮遊する〈ピースキーパー〉へと応射。

 ディナが慣れた手つきで操縦桿を倒し、対空砲火が届く前に機体を尾根の陰に隠した。ぐるりと尾根を回り込み、また別の位置で浮上して火力投射を再開する。


「お前らは出口をふさぐ手筈だろうが。ノコノコ出てきやがって」

「愚鈍な奴め。後ろの平地は味方の機甲部隊が塞いでいるし、前でも守備隊が立て直している。彼奴きゃつらは既に袋の鼠よ」


 サムエルが挑発的に言った。


「雑魚は全部〈PK〉が仕留める。貴様はデカブツの尻でも追いかけるんだな!」

「こっちはこっちでやるから好きにやって。よろしく」

「高慢ちきの根性曲がりが。――覚えておけよ、その言葉!」


 敵の足並みが乱れた隙をつき、ジークが機体を加速させて包囲を脱する。

 怪物が真っ直ぐ走っただけで、周囲を旋回していた〈スヴェジー・スネッグ〉はあっさりと引き離された。300km/hで走る高速機といえど〈ヘルファイア〉はその3倍は出せる。推進力が桁違いなのだ。

 しかし――同等の速度を出せる〈ジャハンナム〉だけは別だった。


「逃がさんぞ、卑怯者ッ!」


 自らも速度を上げた紅の重騎兵が三眼の怪物に追い付き、左手に持ち換えたマシンガンから連射を浴びせかける。砕け散った砲弾片の一つが外部視察カメラの一つを破壊。ジークが舌打ちし、装甲内に格納されていたサブカメラを展開する。

 復活した視界に敵機がバイク後部から空の燃料タンクを投棄する様が映った。使い切って空になった増槽を切り離したのだ。


「射線が通らない? ……この野郎!」

「確かに凄まじいマシンだが、右には飛び道具が無いと見たッ!」


 〈ヘルファイア〉が振り払おうとスラローム走行をかけると、トールも卓越した操車技術でそれに追随。マイクロ・レールガンが無い右手側へのポジショニングを保ち、挑発するようにマシンガンを撃ち続ける。

 走る〈ヘルファイア〉と追う〈ジャハンナム〉。規格外の怪物機同士が地響きを立てて激しく機動し、互いに有利な位置を取らんと谷間たにあいを駆け回る。


「通常エンジンの割によくも動く。だが――乗り手の反応はどうだ!?」


 不意に三眼の怪物が速度を落とし、相手の追い越しオーバーシュートを誘って背後を取った。左腕レールガンの射線を確保し、車体後部に残るもう一つの増加燃料タンクを狙う。


「甘い、甘い、甘いッ!」


 これに対して〈ジャハンナム〉は車体をほぼ水平まで傾け、鋭いドリフト・ターンで砲撃を回避。そのまま大回りの円い軌跡を描き、〈ヘルファイア〉の後方へとバイクを滑らせる。


「ちぃぃっ!」


 ジークはこれに機体を反転させて対応し、マイクロ・レールガンを振り向き様に連射。横一文字に放たれた徹甲弾が〈ジャハンナム〉の胴を打って胸部増加装甲を破壊、更なる攻撃を阻止した。

 二機が再び正対――怪物が大身槍を水平に構え、全スラスターを噴射。セラミックブレードの穂先が振動を始め、耳を劈くような高音が響く!

 

「そのふざけた・・・・街宣車ごと串刺しにしてやる!」


 ジークの咆哮とともに〈ヘルファイア〉が必殺の槍突撃を仕掛けた。亜音速まで加速した巨体による、角竜ケラトプスの突撃のごとき轢殺突進。〈ジャハンナム〉もまた前進で応え、二機の距離が瞬く間に縮まる。


「シャアアァァァァッ!」


 〈ヘルファイア〉が勢いを乗せた突きを繰り出すと同時に電磁射突機構を作動、加速した槍先が紅の重騎兵を襲う――直前、〈ジャハンナム〉がドリフトをかけた!


「学習能力のない奴め、余所者の槍でこの俺が死ぬものかッ!」


 そのまま慣性で浮いた後輪をスイングして180度ターン――そして着地と同時に前輪をスイング、更に180度ターン! モトクロスではロック・ウォークと呼ばれる操車技術だが、前後長14mの超大型車で行うのは並大抵の芸当ではない!

 〈ジャハンナム〉が瞬く間に車体を二馬身分横にずらし、突進を回避。逆に怪物の背後につく! 

 

「く……っ」


 〈ヘルファイア〉が急停止、二本足で地面を抉りながら反転。右手一本で慣性をねじ伏せ、片手突きを外した体勢から強引に横薙ぎの斬擊を放つ。

 人工筋肉・モーター併載の筋骨構造による高出力のなせる技だが――その動作は明らかに大仰で、どうみても苦し紛れのそれだった。


(メッキが剥げたな。見苦しい姿よ!)


 〈ジャハンナム〉が正面から加速し、大槍の攻撃半径の内側へと飛び込んだ。次いで超大型バイクのハンドルから両手を離し、右手でウォーハンマー、左手で〈カブダ〉の柄をそれぞれ握る。

 トールは先程同様に鎚頭で槍の柄を抑え込み、すれ違いざまにカウンターの一射を叩き込む算段をつけた。卓越した度胸と距離感覚が要求される離れ業だが、自分にとっては朝飯前だ。


「俺は――」


 怪物が腕を振り抜く。大剣じみた穂先が弧を描く。

 予測通りの大振り。トールが内心で嘲笑う。左の〈カブダ〉を三眼の怪物の下腹へ向け、同時にウォーハンマーの鎚頭を構えて赤塗りの柄を受け止める――寸前!


「――ジーク・シィングだ! ぶっ殺してやる(MARCHU TALAI)!」


 電磁射突機構が再度作動し、槍を手元側・・・へ急激にスライドさせた。

 戻ってきた刃渡り5mの振動ブレードが〈ジャハンナム〉を捉え、斬撃軌道上の全て――ウォーハンマー、それを持つ右腕、右肩、頭部――全てを両断する!


「馬鹿なァァァッ!?」


 上半身の半分近くを切り飛ばされた〈ジャハンナム〉がバランスを崩し、赤熱した切断面を晒してサドル上に倒れ込む。

 だが――ジークは上半身を完全に両断するつもりでいたが、果たせなかった。傷は深いが即死ではない。残った〈ジャハンナム〉の左腕が最期の力を振り絞るがごとく動き、棍棒めいた大型弾頭を撃ち放つ!


「ちっ……!」


 回避は不可能。ジークが機体の左腕を盾として構え、飛翔した大型弾を受ける。

 直後、耳を聾するがごとき爆音と閃光。首無しと化した〈ジャハンナム〉を乗せた大型バイクが通り抜ける横で、〈ヘルファイア〉がオレンジ色の火球に包まれた。


 ◇


「……おのれ、なんてこった! 勝負を焦ったのは俺の方か!」


 トールがコンソールを殴りつけ、自分自身を叱責した。〈ジャハンナム〉のコクピットは改造元の〈スヴェジー・スネッグ〉と同様、腰部中央に位置している。それ故にトール自身は恐ろしい振動槍の一撃を免れていた。


 だが命の代償は決して軽くない。〈ジャハンナム〉は頭部と右腕を喪失していた。辛うじて〈カブダ〉の発射こそ敢行できたが、もはや戦闘はおろか車体の操作もままならない。コンソールにはロシア語で無数のエラーが表示されている。


 どうにか左肩に残るサブカメラを起動し、彼は後方の〈ヘルファイア〉を見た。

 ――爆発で発生した大量の黒煙を熱核ジェットの排気イグゾーストで吹き散らし、そこから現れた怪物の姿を見た。


「人工筋肉断裂、関節フレーム損傷――直す箇所が増えちまっただろうがよ」


 ジークが〈ヘルファイア〉の左腕を動かすと、引っ掛かったような感触と共にギギギ、と異音が鳴った。

 〈カブダ〉の大型弾頭が発生させた金属噴流メタルジェットは左腕を貫通しており、また100kg近い炸薬の爆圧が肘関節を圧し曲げていた。だが――内蔵レールガンの発射回路も、大槍を持つ右腕もまだ生きている。手負いの〈ジャハンナム〉を仕留めるには十分であった。


「トール、もういい。作戦は中止だ、撤退する!」


 〈ピースキーパー〉の爆撃を掻い潜りながら部隊長が叫ぶ。だが既にトールの背後からは再加速した〈ヘルファイア〉が迫ってきていた。


「振り切れるのか!? アフターバーナーを――」


 追ってくる剥き出しの殺意から逃れるべく、トールが速度を上げようとアフターバーナーをかける――次の瞬間、車体後部で無慈悲な火の手が上がった。

 後方から撃ちかけられた散弾がエンジン内部に飛び込み、損傷した燃料パイプから出火したのだ。次いで隣の増槽が破壊され、漏れた燃料に引火して火勢が更に増す。


「あまり時間を取らせるなよ。お前の他にも大勢いるんだ……!」

「くぅぅあああッ! 畜生! 畜生! 畜生!」

 

 トールが咄嗟に増槽をパージし、それ以上の延焼を防いだ。だが推進力を減じた紅の重騎兵に、もはや怪物を振り切る力はない。後ろから好き放題に撃たれ続け、また一つエンジンが破損! 炎の向こうから〈ヘルファイア〉が迫る!


ったァァ――ッ!」


 もはや敵機は青息吐息で足を引きずる獣に等しい。後は一思いに息の根を止めるのみ。ジークが壮絶な咆哮を上げ、背後から〈ジャハンナム〉を突き殺さんと右手の大槍を振りかぶった。


(……ッ!?)


 しかし、直後――三眼の怪物が攻撃を中断し、減速して再び距離を空けた。


 今さら相手に情が湧いた、というわけではない。

 ただ――ジーク本人にも説明しがたい事だが――「一旦待つべきだ」という不快な、しかし疑いようのない直感が彼の首筋を粟立たせていた。その一瞬の思惟を〈ヘルファイア〉のOSが拾い、攻撃を中断させたのだ。

 それが動物的な潜在意識の警告だったのか、それとも機体OSが直結ケーブル越しに送りつけてきた予測演算なのか、判別をつけている時間はない。


 ただ、確かなのは――その一瞬の減速がなければ、横合いから飛んできた徹甲弾が〈ヘルファイア〉を直撃していたであろう、という点だった。


「砲撃だと?」


 驚愕するジークの眼前をソニックブームを帯びた砲弾が通過し、軌道上の岩石を豆腐のように貫いて山肌に突き刺さった。凄まじい着弾音とともに土砂が爆ぜた数秒後、集音マイクが発砲音を拾う。


(弾から音まで約3秒。砲の位置は1km前後――『マント付き』の影にいた奴か!)


 ジークが〈ジャハンナム〉への追撃を完全に諦め、敵の次弾を警戒して回避機動に移る。同時に敵弾の飛来方向へとカメラを向けたが、ただ殺風景な山肌が見えるばかりだった。〈シャングリラ〉戦の際、最後の最後で〈ヘルファイア〉を阻止した射撃と同じ手口だ。


「新手だ! 北の方角、距離は最低でも1km。正確な位置は不明!」

「こちらからは敵影が確認できない。この丘陵ではレーダーもアテにならん」

「守備隊いるでしょ、北なら」

「解っている。――〈ピースキーパー〉より守備隊司令部へ。高初速砲装備の敵が潜んでいる、捜索を……」


 何かに遮られたように、サムエルの言葉が途中で止まった。


「……新手が更に2機!? 突破された!? 何故もっと早く言わない!」


 サムエルが怒鳴り声を上げたのとほぼ同時に――新たな敵機が尾根を飛び越え、〈ジャハンナム〉を庇うようにジークの前方に割って入った。


 サイズは7m級。機体色はぎらついた黒紫色。

 低姿勢の四足歩行をとる細身の体躯。前肢の手首付近からは後ろ側に骨格フレームが延びており、間には軟質の翼膜が張られている。背には〈シャングリラ〉同様のベーン型パドルを持つジェットスラスター。後部ではCNT筋線維で形成されたワイヤー状の尻尾が揺れる。肉食獣と翼竜を足して2で割ったような、奇妙ながら生物的なフォルムだった。

 そして、もう一つ目を引く点として――低い位置にある頭部には、テーパーリーマーめいた十字楔型の『兜』が被せられている。単なる防護用やエアロカウルにしては余りに巨大であり、何らかの油断ならぬ機能を秘めているのは想像に難くない。


「……滅茶苦茶だ。デカいのが2機も3機も、どうなっている!?」


 ジークは槍を素振りして握りグリップの位置を直すと、油断なく尾根の南側に回って距離を取り、乱入者をまっすぐ見据えて腕部レールガンを構えた。


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