9.業火相搏

【これまでのあらすじ】

・ジーク・シィングは米印を中心とする国際軍事組織・PRTO派遣軍の兵士であり、アフガニスタン戦線で超重装甲機〈ヘルファイア〉を預かるパイロットである。

・戦況の巻き返しを狙うパシュトゥーニスタンが発動させた、州都ジャラーラーバードへの電撃侵攻。それを支えるのはロシアから購入した新型機〈スヴェジー・スネッグ〉と、彼らが建造したオリジナルのT-Mech〈ジャハンナム〉であった。

・奇襲攻撃で防衛線を突破した敵部隊だったが、そこに修理・改修を中断して出撃した〈ヘルファイア〉と〈ピースキーパー〉が乱入。戦いの火蓋が切られた。


◆   ◆   ◆   ◆


「――いいかジーク。結論から言うと〈ヘルファイア〉の改修はまだ終わってない」


 数時間前。大急ぎで基地に戻ってきたジークに対して、作業服を着た壮年のカナダ人、技術主任ロック・サイプレス准尉は重々しく言った。彼らの前では〈ヘルファイア〉が整備台の上に立ち、作業員たちに囲まれて応急的な整備を受けている。


 〈シャングリラ〉戦で得られた戦訓から、〈ヘルファイア〉は腕全体を覆っていた防弾鋼カバーをより小型の――前腕部だけを覆うものに換装し、チェーンガンをより強力な電磁加速機関砲マイクロ・レールガンに換装する計画が進んでいた。

 だが現在、ガレージに鎮座する怪物の両腕にはカバーがない。一次装甲であるナノ多結晶スティショバイト複合装甲が剥き出しになっている。レールガンに至っては左腕しか取り付けが終わっていなかった。

 

「エンジンの整備は完璧、内装関連のアップデートも終わらせてある。胴体と脚には対ビーム防御を狙ってエアロゲル断熱材を組み込んだ。後は腕だけだったんだが――」


 バインダーに挟んだ資料を急ぎ気味に捲りつつ、ロックが早口に言った。


「新式カバーの組み立てがまだガワまでしか済んでない。いちおう蓋代わりに取り付けとくが防御力は期待するな。現状ただのアルミ箱だ」

「裏の複合装甲があれば十分だ。マイクロ・レールガンの方は?」

「右はご覧の通りだが、左は取り付けて給弾まで終わらせてある。装弾数は60、散弾と徹甲弾が1:2」

「よし。例の格闘武器はどうなんだ」

「ああ」


 ロックが振り向き、作業用Mechが二人がかりで運んできた大槍を指した。


 全長は実に15m、〈ヘルファイア〉の全高の倍ほどもある。

 大剣めいた巨大な穂先に、ほとんど鉄杭のような石突。赤塗りの柄には管状の『握りグリップ』が通されており、そこに小盾のような護拳がついている。

 構造としては日本の管槍に近いが、もはや展示用のオブジェか戦勝祈願の奉納品のような有様であった。高出力の超重量機である〈ヘルファイア〉でなければまともに振るうことすら困難だろう。


「ニンジャ・ストライク・スピア〈サツガイ〉だ」

「クソみたいな名前だな」

「カッコいいだろ、もう登録申請も済ませた。――前にも伝えたが、こいつは握りにリニアモーターが仕込んである。ここが電磁力でスライドして抜き差しを補助するから片手でも使える」


 渡された仕様書にジークが目を通した。


「重さはバトルアクスとほぼ同じか。見かけの割に軽いな」

「先がブレードとコンデンサだけだからな。刃は〈ヨコヅナ〉のニンジャソードと同じ振動素子を鋳込んだセラミックだ。切断力も段違い、〈ヘル〉の馬鹿力に見合った得物だぜ。――ただ、本当は持ち手に火炎放射なんかを仕込みたかったんだが……」

「まだ終わってないんだろ」

「すまん、現状が精一杯だ。……やれそうか?」

「最善とは言えないが――」


 ジークは頷き、答えた。


「俺はジーク・シィングで、乗るのは〈ヘルファイア〉だ。それで十分だ」



「――貴っ様ァァァァッ!」


 隊列の先頭を無残に突き殺した〈ヘルファイア〉を前に、パシュトゥーニスタンのT-Mech――〈ジャハンナム〉のパイロット、トール・ギルザイは声を限りに叫んだ。通信回線を全周波数で開き、怒りのままにアクセルを開いて突撃を仕掛ける。


「聞け! 俺の名はトール・ギルザイ! 貴様がぺゼンタで殺したスピン・ギルザイの弟だ! 貴様はパシュトゥーニスタンの独立の誇りに泥を塗ったばかりか、立ち上がった義の戦士たちを殺したッ!」


 バイクのフロントボックスが開き、左右両側から突き出した棒状の柄を〈ジャハンナム〉のマニュピレーターが掴む。それを感知した車体側のAIが走行を自動操縦オートパイロットに切り替え、疾走する車体のバランスを維持した。


「アフマド・ハーンの言葉通り、お前たちはこの国を我が物顔でのし歩く侵略者よ! 売国奴のハサン共の政権と癒着し、この国をアメリカとインドの植民地にしようとしているのだ! この戦いの正義は我々にある!」


 左手で引き抜いたのは近接格闘用のウォーハンマー、そして右手には――〈スヴェジー・スネッグ〉が腰につけているのと同じ、巨大なマラカスのような形状の兵装。


 彼らが〈拳骨カブダ〉と名付けたその正体は、超大型の400mm成形炸薬HEAT弾を飛ばす、第二次世界大戦のパンツァー・ファウストに近似した簡易無反動砲である。


「そしてお前は人でなしの悪魔だ! 俺から兄を奪い、俺の母から息子を奪った。だから俺はパシュトゥーンの掟に従い、お前を断罪する! 一族になすりつけられた不名誉は、血の復讐でもって晴らさねばならない! だからここで死ねェ――ッ!」


 トールが叫び、〈カブダ〉を打ち放った。

 持ち手の内部で推進薬が発火し、巨大な成型炸薬を内蔵した弾頭を射出。弾頭が空中で安定翼を展開し、三眼の怪物を目掛けて猛然と飛翔する。


「――遅い」


 だが、〈ヘルファイア〉が敵弾を前に止まっているはずもなし。ジークは機体背部とリアスカートの熱核ジェットを一斉噴射し、爆発的加速で砲弾を躱した。

 当たれば複合装甲すら打ち破る大口径弾は尾根の向こうに落ち、炸裂して土砂を舞い上げた。それで終わりだった。


「なんとッ!?」


 目を剥くトールの眼前で、大槍の穂先が震え、唸る。


「御託は済んだかよ。スポークスマン」

「何ッ?」


 目の前の機体のスピーカーから地獄の底から響くような声が発せられたのを聴き、トールは一瞬呆気にとられた。

 むろん人が乗る機械兵器であることは知っていたが、彼の中で『三つ目』は悪魔や猛獣と同類の存在であり、言葉を喋る姿など想像もしていなかったからだ。


「受け売りのような台詞を長々とほざいて、挙句の果てに断罪だと? お前は所詮、薄汚い匪賊の一匹に過ぎない。絶望して死ね」

「誰が死ぬってんだ!」

「――お前だ! 俺が殺してやるッ!」


 言うが早いか〈ヘルファイア〉が加速し、そのまま脚力とスラスター推力でもって跳躍。走ってくる〈ジャハンナム〉に敢えて正面から飛び掛かる。

 不意を衝くような空中殺法、胴体を狙った横薙ぎの斬撃。


 だが――どうしたことか? 明らかに跳躍が早い。二機間の距離が遠すぎる。


「馬鹿めが! 遠いぞ、間合いが!」


 トールがほくそ笑み、敵の着地際に突進を合わせるべく速度を緩めた。彼とて伊達に高速機を任されているわけではない。距離感覚は正確だ。

 このまま槍を振ったところで穂先は〈ジャハンナム〉を掠めもしないだろう。だがもはや攻撃を中断できるタイミングではない。慣れない武器で距離を見誤ったのか知らないが、むざむざ見逃してやる理由も――。


「シャアアアアァァッ!」

 

 瞬間、大槍の握り部分グリップに備わったリニアモーターが作動。

 そこを起点に槍が前方にスライドし、槍のリーチが1.5倍近く延伸――〈ジャハンナム〉が射程圏に入った瞬間、三眼の怪物がその剛腕を振り抜く!


「ぅおおおおッ!?」


 迫る刃渡り5mの振動ブレードを前に、彼は咄嗟に機体を倒してバイクの車体側面に身を隠した。大剣めいた穂先がその直上を通過! グラインダーめいた振動音がトールの耳元に響く!


 間合いを偽装してからの奇襲――トールは慄いた。判断が遅れれば機体を両断されていたかもしれない。


「クソッ、卑怯者め! ……何!?」


 追撃に対応すべく機体を反転させると、怪物はもはやトールの方を見ていなかった。敢えて〈ジャハンナム〉を無視してそのまま斜面を滑り降り、後続の〈スネッグ〉部隊に狙いを移したのだ。


「ぬぅああああぁぁぁッ! 俺を無視したなッ!」


 トールが血相を変えてバイクを反転させ、それを追う。

 まんまと手玉にとられた形だった。自分には刺し違えてでも『三つ目』を殺す理由があるが、相手はそうではない。お前など相手にする価値もない、と指をさされて嘲笑されたような不快感が込み上げた。


「隊長、三つ目の悪魔は俺が押さえます! その隙にジャラーラーバードへ!」

「却下だ、お前一人では危険すぎる。各小隊は囲んで〈拳骨カブダ〉をぶつけろ! 当たれば倒せる、こちらが有利だ!」


 トールの言葉を遮り、〈スヴェジー・スネッグ〉部隊の隊長が叫んだ。

 32機の砂色の機体が腰の〈カブダ〉対装甲弾に手を伸ばし、統制のとれた動きで〈ヘルファイア〉の針路を塞ぎに動き出す。


 〈カブダ〉は破壊力こそ飛び抜けて高いが、無誘導故に精度と射程はあまり長くない。そのため集団で取り囲んで相手の逃げ場を封じ、一斉砲火で仕留める算段だ。


 しかし――その時、包囲機動に入った〈スヴェジー・スネッグ〉十数機のコックピット内のけたたましい電子音が鳴り響く。

 

「……アラートか?」「ロックオン!」「奴が?」


 音の正体が被照準ロックオン警報であり、不可視の測距レーザーを自分たちに当てているのが目の前の怪物であることは彼らにも解っていた。高性能なFCSにのみ可能な、複数の動目標に対する同時照準だ。


 しかし――何のために? 

 『三つ目』がこれほど高度な火器管制を行ったという記録はないし、そもそも活かす手段もないはずだ。〈ヘルファイア〉の射撃兵装は小型の腕部機関砲と外付けの対戦車ミサイルがせいぜい、しかも今はミサイルすら装備していない。


 ならば、この同時照準の意図は何だ? 撃つ武装もないのに?


 彼らの多くが違和感を抱いたその直後――上空から降ってきた80mmスウォーム・ミサイルの雨が彼らを直撃した。


 

 尾根の南側、大立ち回りを始めた〈ヘルファイア〉の後方数キロメートルで、無機質なグレーに塗装された異形の四脚機体が低空飛行で待機していた。機体の周囲にはミサイル発射に伴う白煙の残滓が薄くたなびいている。


 エンジンを内蔵する四本脚、シャーシ下部にガトリング砲。砲塔めいた首無しの胴の両脇に短砲身のガンランチャー、中心には155mm可変速レールガン。

 そして、背中にコンテナ型の垂直発射式ミサイルランチャーが2基――その装弾数は前回から左右30発ずつ拡張されており、合計180連装! 

 熱核ジェットによる飛行能力を持った、PRTOの遠距離砲戦型T-Mech〈ピースキーパー〉。乗っているのは無論、T-Mech特務小隊の隊長サムエル・サンドバルとその妹ディナ・サンドバルである。


「ええ、増援は必要ありません。守備隊は持ち場を離れず、指揮系統の回復と敵の第二波への備えに尽力願います。……了解、通信終了アウト。――役立たずのクズ共が。ここまで切り込まれておいて落とせたのは3機だけだとよ」


 いかにも自信とリーダーシップに溢れた声色で守備隊に通信を行った後、サムエルは〈ピースキーパー〉の後部座席で苛立たしげに舌打ちした。


「無線で説教を始める愚か者の敵に、それに言い返す愚か者の部下。まるで三文芝居の役者だな。奴は帰ったら減給処分にしてやる」

「いいね。ついでに後ろのうるさいのも減給になんないかしら」


 サムエルの前で操縦桿を握るディナがどうでもよさそうに答えた。

 彼女のバイザー上に映し出された地形図には、〈ヘルファイア〉から共有された射撃諸元――敵の位置・速度・方向のリアルタイムな情報――が戦術データリンクを通じて共有されていた。改修時に新たに追加された機能だ。


「茶化すな、ディー」

「ふん。……『マント付き』はいないみたい」

「いるならとっくに出てきているはずだ、修理中かもな。……パシュトゥーニスタンの連中は、持久戦に痺れを切らして新型Mechで機動戦を仕掛けたが、俺達が出てくるとは思っていない。その迂闊さがこちらの付け目よ」


 状況を一言で要約し、サムエルが続けた。


「アサダーバードかモスクワか、どこから来たのか知らないが――テロリストは排除され、この国はアメリカナイズされる。そして俺は更なる地位を得る。それが明白なる運命マニフェスト・ディスティニーだ。奴らに解らせてやる!」

「固い事はいいよ、死んでもらうだけ」


 ディナはまったく普段通りの調子で呟くと、射撃位置を変えるべくコレクティブ・レバーを引いて機体を上昇させた。


 ◇


「――ぶっ殺してやる(MARCHU TALAI)!」


 スウォーム・ミサイルの爆煙が晴れるより早く、〈ヘルファイア〉が大槍を真っ直ぐ構えて敵部隊に突撃チャージを敢行する。

 大剣めいた振動ブレードの穂先、130トンに及ぶ機体重量、亜音速域に達した走行速度――大槍が激烈な破壊力を纏い、三眼の怪物は驀進する暴力と化した。


「は、走れない! 誰か! 助けて! たすけ――」


 必殺の重質量攻撃が運悪くエンジンに被弾して立ち往生していた〈スヴェジー・スネッグ〉を捉え、振動する槍先が敵機を上下に引き裂いた。衝撃で千切れたパーツが乾いた地面に飛び散る。


 ジークがそのまま針路をやや左に取り、敵集団を斜めに突っ切ろうと動いた――だがそこに爆撃を逃れた〈スネッグ〉5機が割り込み、一撃必殺を狙って襲い来る。



(さすがに精鋭、動きがいい)


 ジークは直感的にそう感じた。

 普段相手にしている敵の守備隊より明らかに錬度が高い。あの砂色の機体もT-Mechとは比べるべくもないが、〈マロース〉などより遥かに高性能なマシンだ。〈ヨコヅナ〉では荷が重いだろう。

 その上、あの棍棒型の小型無反動砲。見るからに急造だが、明らかに〈ヘルファイア〉を想定している。装甲任せの不用意な突撃は危険だ。ならば――。


「反応速度で競り勝つ! お前らで改修の成果を試してやるよ!」

 

 胸椎コネクタに接続されたケーブルを通じ、ジークは脳信号を機体OSに伝達した。熱核ジェットエンジンが緊急出力に入り、推力を生み出すコンプレッサーと過給機が定格を超えた出力で動き始める。


(正面に3。外側から2。……正面、射撃が来る!)


 前方で敵機が無反動砲を発射。機体が飛来物を感知、回避ルートを提示した。

 ジークが一瞬の思考でそれを承認。〈ヘルファイア〉が急旋回から再びスラスターを吹かし、稲妻めいた鋭角の機動で大型弾頭を回避しつつ肉薄する。大推力のモンスターマシンとブレインBマシンMインターフェイスIの合わせ技、人機一体の戦術機動!


「フルチャージ。――落ちろ!」


 すれ違いざまに〈ヘルファイア〉が左腕を向ける。

 かつては機体速度に追い付けず不規則に揺れていたロックオンカーソルは、今や急激な機動にも完全に追随していた。そして――左の袖口から覗くのはチェーンガンではない。電磁力で砲弾を加速投射する、強力無比なるマイクロ・レールガンである。


 砲口の奥にプラズマの輝きを視認し、狙われた〈スネッグ〉が両腕でガードを構えようとした。だが、それで終わりだった。

 桁違いの超高初速で弾き出された徹甲弾が正面装甲を撃ち抜き、高温の弾片が胴体内部のコンデンサに着火。砂色の機体が上体を篝火めいて燃やしながら倒れる。


(ひとつ)


 返す刀で右脇の一機に大身槍を向け、グリップのリニアモーターを起動。予備動作なしで放たれた電磁射突が〈スヴェジー・スネッグ〉を貫く。


(ふたつ)


 敵機に刺さったままの大槍を強引に振り抜き、胴体を切断。そのまま左半身のスラスターを噴射し、高速で一回転して周囲を薙ぎ払う。

 3機目が反応する間もなく暴風めいた斬撃に巻き込まれ、膝下を刈られて転倒――その背中をレールガンが立て続けに撃ち抜き、止めを刺した。


(三つ。残りは背後)


 〈ヘルファイア〉の背部カメラを通じ、ジークは〈カブダ〉を両手に向かってくる4機目、5機目へと意識を向けた。

 背を向けたままスラスターを吹かして横っ飛びに跳躍、空中で反転。レールガンの弾種を散弾に変更、着地と同時に弾幕を張る。発射された2発の大型弾頭のうち片方は外れ、もう片方を空中で飛散した弾子が撃墜した。


 目の前の二機が発射筒を放り捨て、残る一本の〈カブダ〉を構える――その一瞬の隙を衝いて槍突撃を仕掛け、4機目を粉砕。


(四つ)


 機体を即座に切り返し、敵機を中心に渦を巻くような迂回軌道で5機目へと肉薄。

 敵機が翻弄されながらも〈カブダ〉を持つ腕を怪物に向けたが、〈ヘルファイア〉はその腕を逆に掴んで捻り上げると、そのまま片手で背負い投げを決めた。地面に叩きつけられた〈スヴェジー・スネッグ〉が真っ二つに圧し折れ、沈黙する。


「五つ、次ッ!」

 

 瞬く間に5機を仕留めたジークだったが、当然これで終わる気はない。敵はまだ20機以上いるのだ。全て殺す。

 〈ヘルファイア〉が再び突撃をかけようと低姿勢を取った――が、その暇はなかった。丘上から追い付いてきた深紅重騎兵、〈ジャハンナム〉がジークを阻止すべく猛然と襲ってきたからだ。


「よくもアズラク小隊の勇士たちを! お前には血も涙もないのか!」

「今の雑魚共が勇士だと? パシュトゥーニスタンは腰抜けの集まりか。笑わせるのも大概にしろ!」


 〈ヘルファイア〉が再び手の中で大槍を伸ばし、胴薙ぎの一撃を狙う――しかし!

 

「二度は通じんぞ! アフターバーナーッ!」


 トールは退こうとせず、ウォーハンマーを構えたまま〈ジャハンナム〉を突っ込ませた。バイクのジェットエンジンの中で噴射炎に燃料が再度吹き付けられ、深紅の車体が暴走車じみた勢いで勾配を駆け下りる。

 大槍の穂先が描く攻撃半径、その内側に〈ジャハンナム〉が入り込み――鎚頭の根元で赤塗りの槍柄を受け止め、防ぐ! そのままバイクごと体当たりを強行!


「防がれた? ち……!」


 ギリリ、と歯を噛み締めるジークの表情には、己の迂闊さへの苛立ちがあった。

 敵部隊が精鋭揃いなのだから、大型機を任せられたこの男はその中でも一番の選りすぐりに違いない。似たような動きを繰り返せば対応されるのが当たり前だ。薙がずに突くか、せめてレールガンの牽制を挟むべき場面であった。


 相手を愚か者と侮ったか? 無意識に突撃の勢いに臆したか? 自分は新しい道具を使いこなしたつもりで、逆に使われていなかったか? 

 いずれにせよ過ぎた時間は巻き戻らない。〈ヘルファイア〉が大槍から手を放し、腰を落として突進を待ち構える!

 

「死んで地獄ジャハンナムの責め苦を受けろ、『三つ目』ェェェッ!」

「絵空事! ――業火ヘルファイアに焼かれるのは、お前の方だ!」

 

 残忍に照り付ける太陽の下、互いに咆哮めいたエンジン音を響かせ、地獄の名を持つT-Mech同士が激突した。

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