8.地獄が迫る

【これまでのあらすじ】

・ジーク・シィングは米印を中心とする国際軍事組織・PRTO派遣軍の兵士であり、アフガニスタン戦線で超重装甲機〈ヘルファイア〉を預かるパイロットである。

・休暇中に偶然出会った少女ジナイーダに茶話に誘われ、ジークは彼女が怨敵〈シャングリラ〉の乗り手であることを知らぬままそれに乗った。箱入り育ちのジナイーダに大きな価値観の溝と不可思議なシンパシーとを同時に感じるジーク。

・そんな折、反政府勢力パシュトゥーニスタンによる奇襲攻撃の報が入る。敵部隊の都市への到達を阻止すべく、ジークは修理中の乗機〈ヘルファイア〉の元へと戻る。


◆   ◆   ◆   ◆


 アフガニスタン東部の状況について、今一度整理しよう。

 

 まず、ジャラーラーバード。パキスタンとの国境近くに位置する川沿いの都市で、PRTO派遣軍のキャンプ・ビッグボードとはほとんど隣り合ったような位置にある。


 そこから北東へとクナル川を遡った先にあるのが、パシュトゥーニスタンが『首都』としているアサダーバードである。彼らの勢力圏の多くは山岳地帯が占めているが、国家を名乗るだけの政治力と人口を保つにはやはり都市の確保が不可欠なのだ。


 両都市の距離は100キロメートル弱と比較的近いが、かつて二都市を結んでいた道路は今や両勢力によって完全に封鎖されており、第一次世界大戦の西部戦線めいた膠着の様相を呈している。クナル川にびっしりと沿う形で広がっていた町や農地も多くが荒れ果て、一部は砂漠化して砂色の無人地帯となっていた。現在もこの緩衝地帯に残っている人々は――政権とパシュトゥーニスタン、どちらの勢力圏にいるかに関わらず――どちらかが攻勢を始め、自分たちの住処が両軍の衝突の舞台になる日に怯えながら毎日を送っている。


 しかし――彼らにとっては不幸なことに、PRTOとアフガニスタン政府が目下の最優先目標としているのが、そのアサダーバードの制圧である。橋頭保であるジャラーラーバード周辺を制圧した今、あとは戦線を北へ漸進させていけば近いうちにアサダーバードも奪取できるというのが上層部の考えであった。

 そしてこれらの目標は実際、着実に達成されつつある。この2年間、PRTOが作戦を行うたびにパシュトゥーニスタンの『領土』はじわじわと削り取られていた。


 それ故に――日に日に首都に迫る敵を前に焦れたパシュトゥーニスタンが、事態が手遅れとなる前に乾坤一擲の強襲作戦に出るのは、ある意味で当然と言えた。



 攻撃は北の方角、街道から外れたところにある山岳地帯で始まった。


「――畜生! 奴ら速いぞ! 何機いる!?」 

「こっちよりは少ないはずだ! ミサイル、発射を揃えろ!」

「横に回られた!? 対応する、援護を!」


 要塞の堡塁めいて無数に設けられた迎撃拠点から、ジャラーラーバード守備隊が錯綜した通信を交わしながら砲火を放つ。


 守備隊の大部分は政府軍の小型機〈マロース〉だが、中には力士めいた体型の3メートル級Mech、PRTOの正式量産機〈ヨコヅナ〉の姿もあった。しかし部隊同士の連携がうまく取れておらず、部隊規模に対して射撃の密度はあまり高くない。


 そして彼らの前方には、パシュトゥーニスタンがロシアから買い上げた新型――〈スヴェジー・スネッグ〉の群れが猛然と迫り来ていた。


 『新雪スヴェジー・スネッグ』の名には不釣り合いな砂色の巨躯を持つこの機体はジェットエンジンと脚部ローラーを装備しており、300km/hを超える巡航が可能である。

 手には大型の手持ち火器――30mm対Mech機関砲と100mm低圧砲を同軸で組み合わせた複合マシンガンである――を持ち、腰には巨大な棍棒かマラカスのような形状の武器を二本懸架していた。


「一機でも多く減らせ! ここを抜かれたらジャラーラーバードまで一直線だぞ!」


 小隊長機らしき〈ヨコヅナ〉が周囲の味方を鼓舞しつつ、手にした57mm狙撃砲マークスマンガンを射撃する。同時に背負ったランチャーからも対戦車ミサイルを発射。


 なりふり構わぬ一斉砲火――しかし〈スネッグ〉隊は鋭い回避機動で難なく砲火を躱すと、そのまま獲物を狙うハゲワシのごとく散開して尾根の周囲を取り囲んだ。


「囲まれた! ……クソッ、どいつもこいつも情けない! 何が精鋭だ!」


 こちらの攻撃を悠々と掻い潜る敵部隊を前に、隊長機が呪わしげに吐き捨てた。 


 ここを守るPRTOとアフガニスタン政府軍の守備隊も、本来は決して弱兵ではない。受けてきた訓練の質と量、組織としての力は相手よりずっと上のはずだ。


 だが――如何せん、機動力が違う。迂回するも包囲するも相手の思いのままだ。

 どの部隊もこれほどの高速で機動する敵は未経験だった。初めて電撃戦を目の当たりにした1940年のフランス軍めいて、未だ奇襲の衝撃から立ち直りきれていないのだ。


「とにかく統制が戻るまで持ち堪えるしか……」

「この分じゃ全滅が先だぜ! 悠長なこと言ってる場合かよ!」


 別の〈ヨコヅナ〉が背にマウントされた鞘に片手を伸ばし、巨大なマチェットめいた振動ブレード――通称ヨコヅナ・ニンジャソードを抜いた。

 振動素子を鋳込んだ超硬導電セラミックの刃に電流が流れ、振動を始めた刀身が耳をつんざくような高音を鳴らす。同時に頭部の遮光器めいた保護カバーが開き、露わになった複眼状カメラアイがフル稼働を開始、動体視力を強化!


 重厚な見た目に違わぬ装甲を持つ〈ヨコヅナ〉だが、相手の低圧砲の直撃を受ければただでは済まない――故に!


「出会い頭にバンザイ・チャージだ! ぶっ殺せぇ!」


 一機の〈スヴェジー・スネッグ〉が尾根を乗り越えて顔を出した瞬間、そこを目掛けて〈ヨコヅナ〉が肉薄。相手が反応するよりも早く、尾根を転がり落ちるように飛び込む! 


「いぃやぁぁぁッ!」


 すれ違いざま、〈ヨコヅナ〉のニンジャソードが敵機の脚を切り裂く。

 電流と振動を帯びた刀身が〈スネッグ〉の脚部装甲をプラスチックめいて切断し、そのまま内部の骨格フレームにまで達した。致命的な損傷!


 突如として片脚を失った〈スネッグ〉が姿勢を制御しきれず転倒。座席ごと投げ出されたパイロットはコックピット内部で激突死した。制御を失った機体が山肌を転がって滑落していく。

 

「調子乗ってっからそういう目に遭うんだよ! 次は――」


 見事な近接戦の腕前を見せた〈ヨコヅナ〉が素早く起き上がり、状況を確認――真横から迫る巨大な赤い壁が視界の端に入った。


「げっ……」


 うめき声を漏らした次の瞬間、彼は機体と自分自身が軋み潰れる音を聞いた。

 目前にあるのが壁ではなく、くれないに塗られた巨大な自動二輪車モーターサイクルの装甲バンパーだと気付く間もないまま、彼もまた死んだ。

 


「馬鹿野郎が、PRTOの相手は〈ジャハンナム〉がする手筈だろ! ――畜生! 俺が情けないせいで、貴重な〈スヴェジー・スネッグ〉が一機なくなっちまった!」


 たった今〈ヨコヅナ〉を轢殺した深紅のT-Mech、〈ジャハンナム〉のコックピットで声が響いた。


 乗っているのは20代前半ほどの、波打つ黒髪を撫でつけた青年だった。

 パシュトゥーン人らしく口元には顎ひげを生やしているが、その目元は若い猛々しさが宿っている。身体には野戦服の上からモーショントレーサーが装着されていた。搭乗者の動きを増幅して機体に反映する、セミ・マスタースレイブ式の操縦器具である。


 男の名はトール・ギルザイ。彼は己が乗機を加速させると、山上に残るもう一機へと襲い掛かった。

 

 〈ジャハンナム〉――この『地獄』の名を持つくれないの重騎兵は〈ヘルファイア〉同様の突撃機体であるが、そのサイズは前後長14メートルと更に大きい。技術力の問題でこれ以上の小型化が不可能だったためだ。


 その構造はごく単純で、改修した〈スヴェジー・スネッグ〉を重装甲のシャーシに無数の高推力ジェットエンジンを組み合わせた超大型バイクに跨らせただけである。

 バイクはロシア製の航法装置と人工知能を搭載しており、ある程度の自律走行をも可能とする。人型部分はほとんど単なる制御ユニットにすぎず、T-Mechとしての主だった機能はほぼ全て乗車の方に集約されていた。


 BMIもなければ核融合炉も持たない、取り立てて目新しいテクノロジーのない機体。しかしそれ故に堅実で、無理がない。

 肝心の戦闘力も通常戦力相手であれば易々と蹂躙、仮にPRTOの『三つ目』を相手取っても互角に渡り合えるレベルとの目算である。

 そして――その目算は、今日のこの日に事実となるのだ! このトール・ギルザイの武功と共に!


「土地の死守、血の復讐! 俺の名誉ナングにかけて! アフマド・ハーン万歳! パシュトゥーニスタン万歳ッ! 進め〈ジャハンナム〉ッ! ハイヤアァァァ――ッ!」


 なおも続く山上からの射撃を強引に突っ切った後、〈ジャハンナム〉は車上で立ち上がって複合型マシンガンを片手持ちで構えた。通常型より短く切り詰められた機関砲がけたたましく火を噴く。


 〈ヨコヅナ〉が火線から逃れようと横に転がるが、紅の重騎兵は巧みな操車でそれを追尾。進路上の設備や歩兵を文字通り轢き潰しながら肉薄し――回避直後で動けない敵Mechに突進、またも轢殺! 


「弱兵、弱兵、弱兵ィィィッ!」


 昂揚しきった叫び声と共に、トール・ギルザイが機体を操る。

 紅の重騎兵が猛スピードで直進と反転を繰り返し、スチームローラーめいた巨大な車輪で進路上の全てを踏み潰す。文字通りの蹂躙!


「見たか! 貴様らなぞ弾を使うまでもない! ペゼンタで死んだ兄の不名誉は、弟の俺が必ず雪ぐッ!」

 

 完全に沈黙した陣地を出て山肌を駆け下りると、トールは機体針路を再び南のジャラーラーバードへと向けた。その後ろから後続の〈スネッグ〉が次々続き、陣地内の残敵を蹴散らしていった。


「トール、初陣で飛ばしすぎるな。ジャラーラーバードの前にガス欠を起こすぞ」

「承知しています、隊長ッ!」


 ヘルメットのスピーカーから流れてくる声に返事を返しつつ、トールは横目で燃料計を確認した。〈ジャハンナム〉は内蔵タンクに加えて増槽プロペラントタンクを二つ搭載しており、燃料は余裕をもって確保されている。


 彼らの目的はジャラーラーバード中央区、そしてキャンプ・ビッグボードへの直接攻撃であった。

 PRTO・政府連合軍の要であるこの場所に電撃戦を仕掛け、敵戦力に痛打を与えて戦の主導権を取り戻す。〈ジャハンナム〉と36機の〈スヴェジー・スネッグ〉で構成された快速部隊はその尖兵だ。敵を置き去りにして本拠地を叩く。


 ただし――奇襲のアドバンテージを失えば、彼らは37機のMech部隊にすぎない。敵の守備隊がショックから立ち直って組織的な抵抗を始めれば、たちまち壊滅的な被害を負って攻勢は頓挫するだろう。故にこの作戦ではスピードが命となる。絶えず動き続けるのだ。


(奴らも自分たちがしてきた手口で襲われるとは思うまい。これぞ因果応報よ!)


 素早く戦線を突破し、無防備な後方深くへと切り込み、相手が浮足立っている間に決着をつける。皮肉なことに、これは彼らにさんざん煮え湯を呑ませた怨敵、『三つ目』こと〈ヘルファイア〉の常套戦術でもあった。


 あの怪物が初めて現れた日――アレは信じられないほど戦線深くまで侵入し、秘匿されていたぺゼンタ飛行場を見つけ出すと、そのまま殴りこんで暴れに暴れた。

 その結果、たった一日で飛行場はその機能を完全に喪失し、パシュトゥーニスタンは長年かけて積み上げた航空機の運用能力を失ったのである。戦闘機乗りだったトールの兄もその時に死に、彼は復讐の戦士となった。


(しかし今回は俺たちが狩人、奴らが獲物! 何と心地のいいことだろう!)


 

 復讐の機会にトールは血が沸き立つような感覚を覚えた。

 今の自分には力がある。我が物顔で居座る侵略者と、それにおもねる卑怯者たち。それらを地獄に叩き落とす力が! 

 彼は家族と故郷を愛する純朴な青年であり、それ故にパシュトゥーニスタンの掲げる正義を疑いなく信じていた。悪く言えば単純であった。


「――アズラク1より全機、突破に成功。こっちから後方に抜けられる」

「いいぞ。アズラク小隊はそのまま突破口を確保、他は雑魚に構わず前進しろ」


 やがて一小隊が戦線の突破に成功し、散開していた部隊が再度集中を始める。

 陣地帯にはまだ少なくない数の敵が残っているが、問題はない。〈スヴェジー・スネッグ〉の快速に追い付けはしないし、じきに後詰めの味方もやって来る手筈だ。


「行けるぞ、順調だ! パシュトゥーニスタン建国以来の快挙だッ!」


 トールは味方に追い付くべく〈ジャハンナム〉のスロットルを開いた。後部のジェットスラスターが一層激しく排気を噴き出し、トレーラーめいた超大型の車体がみるみるうちに加速していく。


天国フーリーから見ていてくれ、兄貴)


 突破戦を生き残った33機の〈スヴェジー・スネッグ〉と〈ジャハンナム〉は一つの尾根の手前に集結し、更なる前進に備えて足並みを揃えた。

 ここを越えれば小休止はない。ガンベリ砂漠を突っ切って、敵軍に占拠された街ジャラーラーバードまでノンストップだ。もはやトールたちを止めるものは何もない。


「全機前進せよ。〈ジャハンナム〉は引き続き随伴、火消しを頼む」

「了解!」


 〈スネッグ〉部隊が短い休止を切り上げ、互いに間隔を開けてフォーメーションを組み直した。計33基のジェットエンジンが駆動を始め、一団が尾根を越えるべく動きだす。

 トールは自らも機体のエンジンを再始動させながら、高揚と達成感をもってその様を見つめていた。


(俺たちの土地は、俺たちの手で解放する。我が物顔の外国人をみんな叩き出して、綺麗にするんだ! そして――)



 その直後、巨大なグラインダーが鋼板を削るような凄絶な破壊音がその場に響き渡り、トールの思考を遮った。


 咄嗟に音の方向を見ると――一本の角が尾根の向こう側から突き出し、今まさに尾根を越えようとしていた〈スヴェジー・スネッグ〉の胴体を貫いていた。

 砂色の機体が串刺し刑にされた罪人めいて高々と掲げられ、そのまま無造作に投げ落とされる。栄光の一歩目を果たすことなく、先頭を進んでいたパイロットは機体と共に谷底へと落ちた。


「投げられた? 5メートルの大型機が? ……あれは! 奴はッ!?」


 ほとんど絶句したトールの視界に、先頭機を突き殺した敵の全容が映る。逆に向こう側から尾根を越えてきたのだ。


 巨大な一本角の正体は、槍であった。

 穂先だけで4メートル、柄も合わせれば10メートルを優に超える規格外の大身槍である。それを持つのは、岩塊のごとき装甲に身を包んだ首無しの二脚機――その胴には搭乗者の憤怒を表すがごとき、禍々しい三つ目のペイント!


「――貴っ様ァァァァッ!」


 叫ぶトールの目の前で、『三つ目』――〈ヘルファイア〉が大槍を上段に構える。

 熱核ジェットエンジンの咆哮がその場に轟き、彼の絶叫を掻き消した。

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