9.鉄風雷火(3)

【これまでのあらすじ】

・ジーク・シィングは米印を中心とする国際軍事組織・PRTO派遣軍の兵士であり、アフガニスタン戦線で超重装甲機〈ヘルファイア〉を預かるパイロットである。

・最大稼働による常識外の速度で飛び回る敵機〈シャングリラ〉に防戦一方のジーク。なおも敢然と攻撃を仕掛けるが、敵機を覆う9基の触手状デバイス「テンタクラー・マント」によって逆に押さえ込まれてしまう。

・万事休すと思われたその時、無差別な砲弾の雨が双方へと降り注いだ。


◆   ◆   ◆   ◆


「味方ごとっ……!?」


 降り注ぐ砲弾雨に対してジナイーダはレーザー迎撃を試みた。だが間に合わなかった。

 彼女は格闘戦での損傷を嫌って背部のレーザーユニットをマントの下に畳んでおり、また拘束から逃れようと暴れる〈ヘルファイア〉を抑え込むことに意識を注いでいた――複数の要因が重なって迎撃が遅れ、マント付きの長駆が〈ヘルファイア〉もろとも30mm徹甲榴弾の雨を浴びる。


「この音、サンドバルのガトリングか!」


 数日前に身をもって体験したジークには弾雨の正体がすぐに解った。〈ピースキーパー〉がシャーシ下に装備する〈対戦車缶切りタンクオープナー〉大型ガトリングだ。

 射撃時間はわずか数秒、しかし飛来する弾数は百を遥かに超す。そのうち十数発が〈ヘルファイア〉の複合装甲を手荒くノックし、損傷した装甲に追い打ちをかけたが――残りの大部分は三眼の怪物を縛り上げる〈シャングリラ〉のテンタクラー・マントへと突き刺さり、レールガンを防いだ時と同じ激しい放電を誘発した。


「この放電! 奴のエネルギーは無尽蔵か!?」


 テスラ・コイルのごとく四方へ稲妻を放射する〈シャングリラ〉の姿に、ジークが目を見張る。


「あああ、もうっ……いくら重装甲だからって味方ごと撃ちますか、普通!」


 一方でジナイーダも完全に冷静さを崩し、凄まじいペースで消費されていくコンデンサ蓄電量を全身からの大電流で補填していた。同時に背中のサブアームをマントの隙間から伸ばし、板状のフェイズドアレイ・レーザーをガトリングの飛来方向に向ける。

 瞬時に発振されたグリーンの高出力レーザーの雨が砲弾を一掃したが、既に穴だらけになったテンタクラー・マントは元の駆動出力の大部分を失っており、〈ヘルファイア〉の剛力を抑えつけるだけのパワーをなくしていた。


「縛りが! 緩んだ!? これならッ!」


 この絶好の機会を見逃すジークではない――〈ヘルファイア〉の剛腕が半ば千切れたテンタクラー・マントを振りほどき、バトルアクスをその脳天目掛けて力任せに叩き落とす。


「ちいぃぃッ!」


 しかし〈シャングリラ〉が雷光の如く横薙ぎの斬撃を放ち、出力を増したビームの刃が斧頭のすぐ下を切断。破壊力の要であるバーナーとチェーン・ブレードが脱落し、単なる棒となった長柄だけが虚しく空を切る。


「かああああぁぁッ!」


 ――しかし。三眼の怪物は攻撃の意思を失わず、むしろ一層攻撃性を増した様子で、激しい鬨の声ウォークライと共に未だ空中にある斧頭を右腕で掴んで〈シャングリラ〉に叩き落とした。

 〈シャングリラ〉が咄嗟にテンタクラー・マントを跳ね上げて斧頭の一撃をガードし――ブレードがマントに食い込んだことで電磁装甲システムが作動する。


 閃光と雷鳴とともに、20kgの劣化ウランをも吹き飛ばす大電流がバトルアクスの斧頭に流れ、斧頭に内蔵されたコンデンサが爆発する――同時に弾けた焼夷剤タンクの中身が炙られて一斉に発火、焔の滝となって〈シャングリラ〉に降り注いだ。

 タンク一つ分、先程の飛沫とは比べ物にならない量の焼夷剤を浴びて、既に穴だらけだったテンタクラー・マントが完全に焼失する。


「炎が飛び散って……!? このッ!」


 マントを喪失した以上、守りに入る猶予はない。体を包む炎を振り払おうともせず、マント付きの長躯が真紅に輝くビームの剣で斬りかかる。刀身から飛散した粒子が自身の白いエアロカウルに接触し、火の粉が化繊に触れたようにぽつぽつと穴を空けた。


 狙いは〈ヘルファイア〉の右肩、胴体との接合部――しかし一歩早くジークが身をそらして腕を引き、刀身は腕の根元を切り落とす代わりに前腕の中ほどを捉えた。

 刀身の姿を成した荷電粒子の嵐が重複合装甲を溶断し、そのまま〈ヘルファイア〉の前腕を斜めにぶっつりと切断する。防弾カバーに装甲モジュールと、それらを支える骨格フレーム、人工筋肉パックにチェーンガンの機構部――腕の中に入っていた部品の一切合財が断面を晒し、人工筋繊維を浸していた電解液が血しぶきの如く飛び散った。


「ちょうど代わりの得物が欲しかったところだッ!」


 斬られた〈ヘルファイア〉が一歩後ずさり――しかし直後に鋭く踏み込んで、切り落とされた右腕に加速を乗せて〈シャングリラ〉の胴体に叩きつける。斜めに切り落とされて槍のように尖った前腕装甲の切り口が白く塗られたエアロカウルを貫き、支持構造を歪めて胴に格納されたコンデンサに損傷を与えた。

 後ろに下がろうとする〈シャングリラ〉に、ジークと〈ヘルファイア〉がなおも猛然と追い縋って殴り掛かる。


「このっ! トチ狂って自棄でも起こしたんですか!? 片腕なくなってるんですから、いい加減に退いてくださいよ! 退いてよ! 退けよッ!!」

「殺すっ、殺してやる……両手足叩き潰して火炙りにしてやる!」


 ヒートアップする感情のままにジナイーダが声を荒げて叫ぶ。対するジークも機械義肢を軋ませながら吼え、胴体の傷を狙って再び右腕でストレートを放つ――しかし〈シャングリラ〉は即座に体勢を立て直すと、突き出された右腕を脚部クローで踏みつけ、そのまま足場にして軽やかに跳躍した。


「私は退けって言ってるでしょうがッ!」


 マント付きの長躯が手足からビーム刃を発振して急降下前転、先ほど〈ピースキーパー〉のレールガンを切り落とした時と同様の縦回転切りを放つ。

 4本の粒子ビーム・ブレードが作り出した破壊の大渦が〈ヘルファイア〉の装甲を深々と抉り、今度こそ右腕を肩ごと切り飛ばした。更に放たれた斬撃が切り離された右腕を滅多斬りに切り刻み、重複合装甲で覆われた〈ヘルファイア〉の腕が鶏肉か何かのように空中でぶつ切りに変えられる。

 

「たかが腕一本でこの俺が怯むなどと、甘ったれた判断を!」


 しかし――ジークは崩れる重量バランスを立て直しながら急旋回、残った左腕で〈シャングリラ〉のマントを掴んで引っ張り、無理矢理にその体勢を崩させた。


「邪魔なんですよ、この左腕!」


 〈シャングリラ〉が即座にその腕にフューザーの光刃を突き刺し、人工筋肉を切断――しかし〈ヘルファイア〉の腕はなおも関節モーターだけで駆動してマント付きの長躯に食らいつき、そのまま力尽くで敵機を引き寄せて飛び膝蹴りを叩き込んだ。


「く……ぅっ!?」

「モーター併載は伊達じゃないッ!」


 焼け落ちたテンタクラー・マントでは打撃を受け止めることもできず、エアロ・カウルがメイスで殴られた板金鎧のように歪む。

 ホバリングを維持できず着地したマント付きの長躯に、〈ヘルファイア〉が左腕部チェーンガンの追撃を撃ち込み――咄嗟に胴体を庇った〈シャングリラ〉の腕に命中、前腕部スラスターを破壊した。


「触手は潰した今、3度は止められないだろう! ……持てよ、ジェットエンジンッ!」


 ジークが全スラスターを緊急出力に入れた。背中で起きた推力の爆発に乗り、怪物が前面装甲を衝角ラムとした捨て身の突撃をかける。

 短距離加速では300km/h程度が精いっぱいだが、それでも100トンを超える機体重量が突っ込めば、単純な運動エネルギーは〈ピースキーパー〉の対T-Mech徹甲弾すら凌ぐ。先程それを受けきったテンタクラー・マントも、もはやない。


「カミカゼ!? 正気ですかッ!?」


 ジナイーダの怒号と共に〈シャングリラ〉が不安定な姿勢からフューザーの粒子砲を連射、既に被弾痕だらけの〈ヘルファイア〉の正面装甲を真紅の雷撃が乱れ打つ。

 しかし三眼の怪物の突撃は止まらない。酷使されて金属疲労を起こしたエンジンの推力偏向パドルが次々と弾け飛んでいくが、些事だった。いくら後で困ると言ったところで、今ここで勝たなければその「後」が来ないのだ。


「ブッ殺してやる(MARCHU TALAI)!」


 〈シャングリラ〉の瞬発力をもってしても、離陸する時間的猶予は既になかった。マントが半分以上破られた現状では、縛り付けて突撃を止めることも、機体を支えて衝撃を和らげることもできない。


「嘘……!」


 ジナイーダの視界一杯に〈ヘルファイア〉の三眼が迫り、凶悪な運動エネルギーを抱えた楔形の前面装甲がシャングリラに突き刺さる――。




 ――直前、突如側面から飛んできた剛弾が〈ヘルファイア〉を打ち、その巨体を衝突寸前で横に吹き飛ばした。


「何ィィッ!?」


 急速に傾いていくコックピットの中で、ジークが叫ぶ。


 飛んできたのは重金属製の徹甲弾ではなく、単なる柔らかい鋼鉄の塊だったが、〈ピースキーパー〉のフルチャージ射撃に匹敵するエネルギーが込められていた。鋭くはないが重い一撃が〈ヘルファイア〉の左肩部装甲を崩壊させ、腕部と胴体を繋ぐ関節と骨格のフレームを圧し折っていたのだ。


 被弾の衝撃で三眼の怪物が大きく体勢を崩し――両腕が潰れた状態では立て直しようもなく、速度が乗り切った状態で地面に突っ込んだ。


 〈シャングリラ〉に叩きつけられるはずだった運動エネルギーが〈ヘルファイア〉自身に襲い掛かり、コックピットの緩衝機構が限界を迎えて破損。支持架で支えられて宙に浮いた状態だったコックピットブロックが機体内壁に衝突し、衝撃が中のジークを襲う。


「ぃっ……ぐあぁぁあッ!」


 右の義手が歪んだ固定具に挟み込まれ、骨にねじ込まれた義手を人体と繋ぐ金具が強く引っ張られて激痛が走った。同時にテスト走行中の転倒事故――目と両手足を喪った時の記憶がフラッシュバックし、ジークの顔が引きつる。


「ッ……レール、ガン、か? ――サンドバル!?」

「テメェの目は節穴か馬鹿野郎! 敵の新手だってことが何故解らん!」


 思わず、といった様子でジークがサムエルを責めると、すぐさま回線の向こうで余裕を失くしたサムエルが口汚く怒鳴り声を返した。


「ディー、射撃地点見えたか!?」

「解んない、肉眼でもレーダーでも赤外線IRセンサーでも何も……!」

「ステルス機とでも言うつもりか!? どこに隠れている!?」


 〈ピースキーパー〉が回避機動をとりつつ、サムエルとディナの4つの目で索敵に入るが、センサーでもカメラ映像でも敵影一つ見つけることができなかった。まるで何もない空間に突如弾が出現したかのような狙撃――ここに来ての新たな脅威の出現に、サムエルが冷や汗を流す。


「クソ――アフガニスタンは化け物の巣窟か! 撤退する!」

「彼を置いて?」

「ガトリングがもうじき弾切れだ、帰れなくなるぞ! ……連中に殺す気がないならどのみち奴は助かるし、そうでなければどのみち助からん! レールガンで狙われているし、それ以前にあのマント付き……が……」


 サムエルの言葉が途中で勢いを失い、止まる。

 何故なら――〈ヘルファイア〉を仕留める絶好の機会であるにも関わらず、〈シャングリラ〉が倒れた三眼の怪物を他所にフューザーをホルスターに収めて宙へと浮かび上がったからだった。


「逃げた? いや、見逃した?」

「多分ね。こっちを撃破する気はないってことでしょ。……手加減できる余裕があるんだよ」


 そして同様に、恐らくいつでも撃てるだろうにも関わらず、〈ヘルファイア〉の左肩を砕いた砲撃の次弾もいつまで経っても飛んでこない。敵側が圧倒的有利を放棄して攻撃を切り上げた、としか思えない状況である。

 

(敵がこちらを捨て置いて去っていく)


 こちらは相手と刺し違える覚悟だったのに――相手は自分を捨て置いて去っていった。あのマント付きにとってジーク・シィングと〈ヘルファイア〉は「殺す必要もない相手」でしかなかったのだ。


 その事実を受け止めたジークの頭が一瞬真っ白になり、次の瞬間怒りと屈辱感で燃え上がった。


「――そんなに! そんなに俺が哀れかよ! 俺には殺すほどの価値も脅威もないというのか! どこまでもどこまでも、どこまでも俺を馬鹿にして!」


 右腕を失い、左腕が肩を撃たれてだらりと垂れ下がった痛々しい状態の機体を無理やり立ち上がらせると、ジークは外部指向性スピーカーの音量を最大にして遠ざかる〈シャングリラ〉に向けた。


「死に化粧をして待っていろ、マント付き!」 


 ずきずきと痛む右腕もそのままに、喉が張り裂けんばかりの勢いでジークが咆哮する。傷ついた体で天を仰ぎ、大音声を張り上げるジークと〈ヘルファイア〉の姿は、まさしく咆哮する怪物そのものに映った。


「このジーク・シィングを生かしたこと、必ず後悔させてやる! 地獄の果てまで追い詰めて、その首落とすからなァァァァァッ!」


 大気を震わすような大音声を浴びせられ、〈シャングリラ〉が空中で振り返った。そのまま右手のフューザーからビーム刃を発振、騎士の剣礼サリューの形に構え、応える。


 機械仕掛けの独眼がジークを見つめる。――望むところだ、と言われた気がした。

 直後、マント付きの長躯が粒子ブレードを振り払って刀身を解き、フューザーを腿のホルスターに収める。開いていた頭部装甲が閉まって剥き出しのモノアイを再び装甲板の向こう側へ隠した。


 そのまま〈シャングリラ〉がくるりと背中を見せ、極彩色のスラスター光の尾を引いて飛び去る。放電音とソニックブームの混じった独特の飛行音――その身を覆っていた黒いマントはほとんどが焼失し、飛行姿勢にも些かのふらつきが見られたが、それでも光の尾を曳いて飛ぶ長躯に追いつけるものは、この場のどこにもありはしなかった。

 

 バリア放電によって整流された空気の中を飛行するマント付きの長躯はそのまま十数キロ距離をとったあと降下し、その身を谷合へと隠して姿を消した。


 ――虚しい静寂がアフガニスタンの山間に戻り、張り詰めていた戦場の雰囲気が一気に弛緩する。


「遺憾だが武装を消耗したし、機体の損傷も酷い。撤退に移るぞ。Bの6から戻る」

「異議なし」

「聞こえたな、〈ヘルファイア〉。これ以上続ける気なら一人で死んでろ」

「……俺だって、そこまで、無謀じゃない……」


 〈ピースキーパー〉の言葉を無視し、ジークが〈ヘルファイア〉を歩かせて傷ついた左腕のマニュピレーターを動かし、足元に落ちた黒いゴムシート状の人工筋肉の塊――焼け残って千切れたテンタクラー・マントの破片を掴み上げた。

 ほとんど端切れのような残骸では解析しても得られる情報はたかが知れているが、それでも何の手土産も無いよりはマシなはずだ。


「……Aの34地点から戻れ。このあいだ前哨基地を潰したばかりだからまだ手薄なはずだ。……雑魚に逃げ隠れしなきゃならないってのは屈辱だが」

「生きていれば次が来る。皆いつか死ぬけど、多分それは今日じゃないよ」

「その通りだ。俺もこんなところで死ぬつもりはない。戻るぞ」

「ああ」


 もはや言い争う気力もなく、サムエルとジークが頷き合った。


 ◇


 右腕を落とされてバランスを取れない〈ヘルファイア〉では普段通りの最高速度は出せないため、往路とは違って〈ピースキーパー〉が〈ヘルファイア〉に合わせて速度を落とし、上空からレーダーを使って周囲を監視しながら敵を進むこととなった。


 敗走というほかない、惨めな姿――この結果を受けたパシュトゥーニスタンは調子づくだろう。自分たちを1年半苦しめ続けた三眼の怪物を、遂に撃退することができたのだと。

 それでなくとも相手陣営がT-Mechを使い始めたということは、これまでこちらがやってきたように、こちらの後方基地――ビッグボードが襲撃される可能性すらあるのだ。


 アフガニスタンにおけるPRTO・現政府とロシア・パシュトゥーニスタンのパワーバランスは、新たな闖入者の手によって崩されようとしている――この場にいる三人の誰もが、それを確信していた。

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