8.鉄風雷火(2)

【これまでのあらすじ】

・ジーク・シィングは米印を中心とする国際軍事組織・PRTO派遣軍の兵士であり、アフガニスタン戦線で超重装甲機〈ヘルファイア〉を預かるパイロットである。

・圧倒的性能を持つジナイーダの乗機〈シャングリラ〉に対して、持てる全てを駆使して食い下がるジークと〈ヘルファイア〉。徐々に削られていく状況に焦れたジナイーダは機体を最大稼働状態へ移行させ、更なる猛攻を仕掛ける。


◆   ◆   ◆   ◆


 背後から繰り出されたビームの斬撃は、それまでとは段違いに鋭かった。


あれ・・は、まずい……ッ!)


 反転している時間はない。ジークが咄嗟にバトルアクスを手前に抱き込み、敵機に背を向けたまま俊敏な足運びで半身はんみの姿勢をとる――直後、その両脇をビーム・フューザーの刃が上から下に通り抜け、地面に焼け爛れた二本の溝を作った。


 ジークがバトルアクスを横薙ぎに振るうが、マント付きの長躯は垂直に飛び上がってそれを躱した。直後に脚部フューザーからもサーベル状のビーム刃を展開、そのまま宙返りと共に唐竹割の斬撃を叩きつける。


「く――」


 予想外の角度から放たれた斬撃を〈ヘルファイア〉が横っ飛びに回避。ビーム刃が放つ高熱が装甲の表面を炙り、飛散粒子がブラッドレッドに塗られた外殻部にぽつぽつと穴をあけた。


「かあぁぁぁあっ!」

「遅い!」


 ジークが反撃しようとバトルアクスを振り抜く。〈シャングリラ〉は両肩のマントを翼のように振るい、その反動とスラスター推力で後ろに飛び退いて駆動するチェーンブレードと飛び散る焼夷剤の飛沫を回避した。そのまま地表すれすれを鋭角な機動で飛行し、一瞬にしてジークの死角に回り込む。

 

「出鱈目な! なんでパイロットは平気なんだ!?」


 ジークはもっぱら緊急回避として使う、スラスターの急噴射による短距離ダッシュ――格下ばかりの戦場では、連続で、しかも攻撃的に使うことはほとんどなかったし、まして使われる側に立つとは考えもしなかった。


 〈ヘルファイア〉もスラスターを緊急出力に入れて急加速、敵機の斬撃の間をぎりぎりですり抜ける。しかし、なお――〈シャングリラ〉は稲妻の如く宙を駆け、あっさりと三眼の怪物を追い越してその移動先に回り込む。


「全開のビームフューザー、防げるものなら防げッ!」


 ジナイーダの怒号と共に〈シャングリラ〉が暴れ狂う。

 空から踏みつけるような動きで袈裟懸けの斬撃、次いでバックスピンキックの要領で胴薙ぎ。それも躱されると今度は回転の軸を横から縦に変え、両手両脚の刃で前転斬り――9基の触手テンタクルを靡かせ、空中で舞い踊るが如く4本の光刃を振るうマント付きの長躯の姿はいっそ優雅ですらあったが、同時に近寄るもの全てを焼き切る荒々しい危険を孕んでいた。


(奇怪な……奴にとって手足は手足じゃないんだ、ビーム砲がくっついた折れ曲がるスラスターでしかない! 本当に人間か!?)


 ジークが咄嗟にバトルアクスを逆さに持ち替えて重心を手元に移し、石突で襲い掛かる相手の手元や足先を打ち払ってビームの剣戟をいなす――それを認めた〈シャングリラ〉がまたも飛び退いて距離を取り、今度は空中で広げた両肩のテンタクラー・マントを大きくしならせる。


 テルミットに焼かれた1本を除いて左右5本、幅広の巨大な触手――その先端がまっすぐ自機に向いているのを視認した〈ヘルファイア〉のOSが踵部ローラーの回転機構をロック、機体に防御姿勢をとらせた。


「――ビームばかりに気を取られては!」


 次の瞬間、引き絞られた5本の触手が一斉に解き放たれ、急激に伸びた先端が鞭の如く〈ヘルファイア〉を打ち据えた。

 ドォン、という強烈な衝撃音と共に三眼の怪物の体勢が揺らぎ、踵部のグラインドローラーが地面を抉る。コックピットの中でジークの義肢と固定具が擦れ合い、固定ボルトの打ち込まれた骨に鈍い痛みが走った。


「――ぐぅぅっ!」

「もらったっ!」


 その隙を見逃すことなくジナイーダが再び距離を詰め、裂帛の気合と共にフューザーの一撃を飛ばす。〈ヘルファイア〉が体勢を崩したまま咄嗟にサイドステップを踏んで回避を試みる――しかし半歩分間に合わず、突き出された粒子ビームの刃が右の二の腕を捉えた。


 僅かに掠めただけ、一瞬の接触だったにも関わらず、荒れ狂う高温粒子は装甲を貫いて内部に達した。焼かれた人工筋肉の一部が機能を停止し、動きが鈍った右腕がジークの視界にアラートを出す。

 

「……まだだッ! 俺はジーク・シィングだ!」


 運動性の勝負では分が悪いと見て、ジークがアクスを左手に持ち替え、一旦仕切り直すべくスラスターから熱風を噴射して加速、敵機の背後にすり抜けた。即座に背後から飛んできた鋭い連続突きを背部カメラの視界から見切り、激しいスラローム走行でもって紙一重で躱す。


 ――相手は勝負を決めに来た。


 これまでの敵機の動きは、全て一撃必殺狙いのピンポイント攻撃――手にしたビーム兵器の威力に信頼を置いた、攻撃回数を最小限に抑える立ち回りだった。

 それが今や打って変わった攻撃的な機動で〈ヘルファイア〉の周囲を飛び回り、暴風のごとき連撃を繰り出してくる。自機より一回り大きい敵機が冗談のような速さで荒れ狂う様は事実上の脅威もさることながら、精神的にも強烈な威圧感をジークに与えていた。


 ――機体の機動性だけの話ではない。


 コックピットの中はあらゆる物理法則から解放された異次元空間ではないのだ。機体が動けばパイロットも遠心力や慣性の影響を受けるし、それで意識や視界を失うこともある。非人間的なGへの耐性を持ち、かつどんな状況下でも機体を完璧に操縦できる練度のパイロットでないと、あのような激しい操縦は不可能である。

 それにしても理論上の話で、実際にこんなことができる人間がいるとは信じ難いが――事実、目の前にいるのだ。


 先ほど撃破した機甲部隊の残骸、黒煙を上げる擱座車輌の間をトップスピードで疾走する〈ヘルファイア〉――遅れて加速をかけてきた〈シャングリラ〉が、難なくそれに追い付く。


「そうはいかないんですよ! 逃げようったってさぁ!」


 マント付きの長躯が右脚の粒子ブレードを長く伸ばしつつ回し蹴りを繰り出し、前方20メートルほどを一撃で薙ぎ払う。

 ジークが咄嗟に機体を横滑りさせたが避け切れず、音速を超える勢いで迫った真紅の光刃が肩部の先端を掠めた。既に空になっていた〈ハリケーンアロー〉対戦車ミサイルの箱型ランチャーが、切り離された基部もろともガラガラと地面に転がる。


「ちぃっ……」


 状況が格闘戦CQBから格闘戦dog fightに移行しても、機動性の劣位はそのままジークを苦しめていた。


 愛機が加速力でもスピードでも負けているという事実に舌打ちしつつ、ジークが〈ヘルファイア〉の針路を急激に変え、擱座して炎上する一輌の装甲車――〈マロース〉の輸送を目的としたもので、前後に長い大型の車体を持つ――をひったくるように拾い上げた。

 そのまま機体を急停止させつつその場で旋回、もうもうと火と煙を上げる装甲車に遠心力と機体の運動エネルギーを乗せ、追ってきた敵機目掛けて投擲する。


「そんな悪足掻き!」


 〈シャングリラ〉がマントを翻しながら袈裟に回転切りを放つ。振り抜かれた光刃は投げつけられた装甲車を紙の如く引き裂き、そのまま三等分に切断した。

 そのままの勢いでジナイーダがテンタクラー・マントを振るい、残骸を打ち払った瞬間――残骸の影から肉薄した〈ヘルファイア〉が爆発的な加速で距離を詰め、バトルアクスを上段に構えて斬りかかった。


「――くたばりやがれッ!」

「浅はかな! 逃がさないと言った!」


 加速を目一杯に乗せた唐竹割の一撃を前に――〈シャングリラ〉はあえて動かず、左右肩部のテンタクラー・マントを前方へ指向させて放射状に広げた。帯状の触手が風切り音を立て、巨大な蛸の触腕を思わせる俊敏さで三眼の怪物に食らい付く。


「ち……っくしょう! この触手!」


 〈ヘルファイア〉の両腕と片脚、そしてバトルアクスの長柄にも〈シャングリラ〉の触手が巻きつき、アクスを振りかぶった体勢のままその動きを封じこめる。同時に本体が地面に降りて背部のテンタクラー・マント3基と両脚のクローを地面に突き刺し、更に両手足のパルス・エンジンを噴射して〈ヘルファイア〉の推進力を抑え込んだ。


「このテンタクラー・マントが絡みつけば、如何な怪物といっても!」


 先ほどの組み合いとほとんど同じ構図――ただし文字通りの手数の差によって、状況は〈ヘルファイア〉に不利だった。ほぼ身動きを封じられた〈ヘルファイア〉に対して、〈シャングリラ〉は両腕を使える。


「やっと捕まえた。次は両腕を落とすッ!」

「クソッ――まだだ、まだ〈ヘルファイア〉は動くッ! お前を殺して俺は生きるんだ! こんなところでは! 俺はッ!」


 相手は〈ピースキーパー〉の武器だけを狙っていた。さっきから腕や肩ばかり狙ってきたことを鑑みれば、恐らく〈ヘルファイア〉も撃破するつもりはないのだろう――しかし敵の慈悲を当てにして諦めるという選択肢は、ジーク・シィングにとって屈辱この上ないものだった。


 文字通り手も足も出せない状況の中、〈シャングリラ〉が〈ヘルファイア〉の腕を目がけてフューザーからビーム刃を伸ばす――。




「……やっと動きが止まったな! ハハハハハハハッ!」


 次の瞬間――蠅の羽音のような騒音と共に、砲弾のスコールが降り注いだ。


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