3.強襲山岳戦
【これまでのあらすじ】
・ジーク・シィングは米印を中心とする国際軍事組織・PRTO派遣軍の兵士であり、アフガニスタン戦線で超重装甲機〈ヘルファイア〉を預かるパイロットである。
・同国に跋扈する反政府組織「パシュトゥーニスタン」の機甲部隊を殲滅すべく、〈ヘルファイア〉と〈ピースキーパー〉は出撃準備を整えてヒンドゥークシュ山脈へと殴り込んだ。
◆ ◆ ◆ ◆
ヒンドゥークシュ山脈――ヒンドゥークシュとはペルシャ語で「インド人殺し」という意味になる。タジキスタン、アフガニスタン、パキスタンといった国々に跨ったこの峻険な山岳は古来より中央アジアとインドを結ぶ交通の要衝であり、多くのインド人奴隷が過酷な山越えで死んでいったことから上のような名前がつけられたらしい。
そして2082年現在――山脈は依然として危険地帯だが、その「危険」の要因は奴隷商人の時代とは別のところにあった。アフガニスタン及びパキスタンの領土を占拠する武装組織、自称「パシュトゥーニスタン共和国」である。
パシュトゥーニスタンの主張する「首都」はクナル州の州都アサダーバードであるが、戦力の殆どはこの洞穴と渓谷だらけの山の中に潜んでいた。兵士は山中の兵営や農村に潜伏させ、兵器や設備はあちこちでMechに穴を掘らせて作った地下陣地に隠しており、いざ戦闘となれば政府軍の攻撃をあっさりと跳ね除けるほどの堅固さを発揮する。空からは一見
――その天然の要塞へと、切り込むものが二つ。
片方はこの1年半、彼らに辛酸を舐めさせ続けた不屈の怪物〈ヘルファイア〉。
もう片方はパシュトゥーニスタン不倶戴天の敵、米国が差し向けた重火力殲滅機〈ピースキーパー〉であった。
◇
勢力圏の間の無人地帯を抜けて敵地へと押し入る。本来であれば非常に困難な芸当だが、常識外れの突破力を持つT-Mechには造作もないことだった。
(速度は〈ヘル〉の方が速いが、こっちは陸路で奴は空を飛ぶ。実質的な移動力の差はほとんど同じ、か――気に入らない!)
そもそも、自分以外の他人が戦場にいるということ状況自体が気に入らないのだ。援護だの協働だの人間関係だの、煩わしいにも程がある。故意であれ過失であれ、味方が自分の背中を撃たないという保証はない。
それに――僚機が撃破されれば、それはジークの責任となる。〈ヘルファイア〉のタフネスと速力を存分に発揮できるのはコンセプト通りの単独運用であって、余計な僚機の存在は戦力的にも精神的にも足手まといでしかない。
高速で左右に流れていく視界情報をOSと分担して処理しながら、ジークは視界の端に見える地形図を確認し、機体進路を事前に設定したルート通りに合わせた。〈ピースキーパー〉は四本脚を放射状に広げた体勢のまま、低高度を維持してジークの背後から追随している。
今はまだいいが、もう一つ山道を越えれば敵の勢力圏――パシュトゥーニスタン流に言えば「領土」に入る。
「……そこの谷を越えたら敵の勢力圏。気を付けて」
「いつもやっていることだ。――自分の仕事はするが、止まれだのどこそこに行けだの、下らん指示にいちいち従うつもりはないからな。俺はお前らを信用していない」
「私だってそうさ、せいぜい背中に気を付けるんだな」
「もしフレンドリー・ファイアでもやらかしたら、二度と着陸できると思うな!」
ジークの怒りの声と共に〈ヘルファイア〉が更に前傾した姿勢を取り、スラスター推力を更に増大させた。
スペック上の最高速度950km/hは平地でなければ出せないが、道路上しか走れない機体がヒンドゥークシュの山岳地帯で戦果をあげられるはずはない。推力重量比2.75を誇る大推力によって、〈ヘルファイア〉は脚がつきさえすれば垂直の崖を駆け上ることすら可能だった。
勾配の激しい丘陵にグラインドローラーの深い轍を残しつつ、〈ヘルファイア〉が猛然と尾根を越えて谷の急斜面を滑走、その侵攻を阻むように立ちふさがる山々へと挑みかかる。背部カメラが手近な尾根の上に着陸した〈ピースキーパー〉の姿を捉えたが、知ったことか。好きにやっていろ――ジークが吐き捨てた。
(そろそろか)
尾根上にまばらに設けられた、精巧な偽装がなされた戦闘監視所のあちこちで、ジェット音を聞きつけた敵兵が素早く戦闘配置につく。戦車の姿は今のところない、ロケット弾やミサイルにさえ気を付ければいいだろう。
一年半の間、パシュトゥーニスタン側もまったく進歩がなかったわけではない――彼等はとうの昔にターリバーン時代の軽装備ゲリラによる遊撃戦術から離れ、Mechや装甲車といった機械装備を組織だって運用するようになり、ロシアによる指揮官の教練によって現代的な軍事ノウハウにも精通しつつあった。
特に〈ヘルファイア〉が後方を荒らし回るようになってからは、目に見えて対戦車装備の数が増えている。最近は防御線の縦深も広くなり、ジークは後方であっても対戦車兵器による待ち伏せを受けるようになっていた。
これは逆に言えば、〈ヘルファイア〉一機のために余計な調達コストをかける羽目になっているということだが――何にせよ、油断ならない。
(来る)
機体OSによる被照準アラート。
統制射撃の準備だろう、通信機器にパシュトー語の切迫した声が混じる。今日こそはここで殺すと息巻いているのだ。視線を感じる。戦闘監視所に詰めた敵兵全てが、殺意を込めてジークを見つめていた。
(来る)
尾根のあちこちで発砲炎が光る。
「――来た!」
カメラアイが無数の飛来物を視認。誘導迫撃砲弾と対戦車ミサイル、旧式のRPG。無誘導のロケットは少し進路を変えれば避けられるが、誘導付きのミサイルはそうはいかない。
ジークがOSの導き出した回避機動に身を任せる――迫りくる無誘導弾の群れを
(いつも通り突破速度を最重視、攻撃は装甲で受ける!)
もっとも激しい迎撃を受けるのはこの最初の突破の際であるが、ジークはここで敵とやり合う事は極力避けていた。
――〈ヘルファイア〉の射撃戦能力は弱装弾を使う30mmチェーンガンが2門にミサイルが4発、
谷底に設けられた消波ブロック型のコンクリート製バリケードが目の前に迫る。これで足を止める、あるいは回避先を限定してその先に集中砲撃を叩き込むのが狙いか――あえて直進、スラスター推力を全開にして地面を蹴り、跳び越える。
着地と同時にしゃがみこんだ体勢のままローラーで滑走、スラローム走行と跳躍を織り交ぜたランダムな機動で砲弾を躱し、バリケード帯を越えて谷底から脱出、再び山地に入る。
避け切れない弾が何発か装甲で爆ぜるが、分厚く頑強な複合装甲モジュールがその侵徹を強力に阻んだ。比喩でなく全身が最新式の重装甲で覆われた〈ヘルファイア〉に対して、パシュトゥーニスタンの成形炸薬弾は1、2発では有効打たりえないのだ。
そもそも命中させるまでが至難の業で、しかも命中してもほとんど効果がない――〈ヘルファイア〉が火力不足にも関わらず彼らを圧倒し続けた理由がそこにある。
「お前らじゃ薄皮一枚がせいぜい――後方に砲弾、速い!?」
ジークが反射的に呟いた直後、〈ヘルファイア〉の頭上を極超音速の砲弾が通り抜け、空中で弾殻内部の弾子を投網のようにばら撒いた。
重金属製の殺傷弾子が散弾銃の如く散らばって監視所の一つに着弾し、その進路上にあった全てを掻き消す。艦砲と聞きまごうほどの重々しい砲撃音が数秒遅れで届き、審判の鐘の如く谷あいに反響した。
155mmレールガン用に設計された専用の榴霰弾――空中で炸裂して破片をまき散らす、18世紀に発明されて一度廃れた古い砲弾である。空中で拡散した弾子はあっという間に失速し、着弾時には運動エネルギーをすっかり失ってしまうため、陣地に籠った相手や装甲目標を撃ち抜けなかったのだ。
しかし、火薬力の限界を遥かに上回る速度で飛翔体を投射できるレールガンで撃つとなれば話は変わる。極超音速で放たれた一発一発の弾子は失速してもなお十分な運動エネルギーを保持し続け、多少の装甲や防壁であればそのまま撃ち抜いて内部を焼尽・破壊するのだ。
「サンドバルか、余計な真似を!」
「この程度の相手なら出力5割の散弾でも十分だな。データ記録もしている」
その一撃を鏑矢として、ジークの後方――敵迎撃火点の射程外に構えた〈ピースキーパー〉が、〈ヘルファイア〉を狙う発砲炎を目印にして、その身に満載された重火器群を一斉に解き放った。背部ランチャーから高追尾・長射程のスウォーム・ミサイルがスズメバチの群れの如く発射され、両腕と胴部の3門の巨砲が矢継ぎ早に砲弾を撃ち放つ。
「しかもこいつのFCSは、目標を40まで同時追尾できる――
高性能のFCSによって並列統制されたスウォーム・ミサイルとガンランチャー、可変速レールガンによる一斉射撃。〈ピースキーパー〉はたった一機で敵部隊を凌駕する密度の弾幕を実現していた。激烈な運動エネルギーを携えた榴霰弾の嵐が一撃で監視所を消し去り、たっぷりと炸薬が詰まったガンランチャーの榴弾が移動中の歩兵を吹き飛ばし、乱舞するスウォーム・ミサイルが敵の砲座を寸分違わず爆破していく。
――隊長! 隊長! おい、指揮所……ぎゃああっ!
――敵の砲兵隊か!?
――違う、あの四つ足だ! この攻撃は奴一機によるものだ! 撃ち返せ!
――たった一機でこの規模の砲撃!? PRTOめ、パシュトゥーン独立がそんなに憎いか!
統制を失った敵のうちいくつかが遠くに見える四脚の異形に向けて手持ちの火器で攻撃を試みるが、そのほとんどは着弾前に射程限界を迎えて手前に落下するか、〈ピースキーパー〉のレーザー迎撃装置にシーカーを焼かれて明後日の方向に飛んでいった。即座にレールガンによる反撃が飛来、反撃した陣地が片っ端から粉砕される。
それからも一方的なアウトレンジ攻撃は続き、ものの数分も立たないうちにパシュトゥーニスタンの防衛線は廃墟へと変わった――たった一機のT-Mechに、防衛拠点一つが真正面から打ち負かされたのだ。
「ハハハハハハハ! これがアメリカのやり方よ! ……次、行け」
「はいよ」
サムエルが下卑た高笑いを挙げた後、急に冷めたような顔に戻ってディナに命じる。こうした芝居がかったオーバーな態度をとるのは、サムエルにとって一種の精神安定のためのルーティーンであり、ディナもそれをよく知っていた。
〈ピースキーパー〉が再び浮上、既に敵防衛線の内部に斬り込んでいる〈ヘルファイア〉に追随して前進する。こうして敵を射程外から迅速に処理し、生まれた無人地帯を通過して敵陣深くに切り込むのが〈ピースキーパー〉が想定する戦闘だった。
「射撃支援とはな。恩でも着せてるつもりか、サンドバル!?」
「勘違いするな。貴様は――」
「――どのみち掃除しなきゃ通れないの」
「お前には言ってない!」
「私もサンドバル。……兄貴、掃射」
「解っている!」
ディナが大して応えた様子もなく、操縦桿とコレクティブ・レバーを握ったまま平然と言った。その後ろでサムエルが自分の操縦桿のトリガーを使い、シャーシ下部の30mmガトリングを起動する。
一瞬の空転の後、秒間50発のペースで投射されるのは、強装の徹甲焼夷榴弾――同じ30mmでも〈ヘルファイア〉のチェーンガンとは威力が段違いで、一発一発が〈マロース〉の主武装の対Mechライフルに匹敵する。
曳光弾の火線が空中の〈ピースキーパー〉と地面を繋ぎ、爆裂した砲弾が超音速の破片と焼夷剤を周囲に撒き散らした。火線が地面を薙ぐたびに、残っていた敵兵や機材が炎と土煙の向こうに消えていく。
「レールガンとスウォームは温存、ガンランチャーとガトリングで支援する」
「必要ない。せいぜい墜とされないよう注意しておくんだな。〈ヘル〉に人間を収容するスペースはない、墜ちても助けないぞ」
「要らない心配よ」
〈ピースキーパー〉が〈ヘルファイア〉の後ろにつき、敵の対空兵器に捕まらないよう谷間を低高度を保ちつつ飛行する。暴力的な推力をスラスターの偏向パドルと手足の動きで捻じ伏せて疾走する〈ヘルファイア〉とは対照的に、その挙動は見えないレールの上を滑っているかのように滑らかだった。ジークが内心で舌を巻く。
「峡谷にでもぶつけて墜落するかと思ってたが」
「ディーがそんなヘマをするか。――針路両側に敵兵! 対戦車チーム、RPG!」
サムエルが警告した直後、〈ヘルファイア〉を囲む岩場のあちこちでRPGを担いだ敵兵が立ち上がり、〈ヘルファイア〉に向かって射撃体勢を取った。ジークが「また対戦車弾か!」と悪態をついて腕部の30mmチェーンガンを射撃する後ろで、〈ピースキーパー〉が進路を維持したまま両前脚を開いて射角を確保、腕部ガンランチャーを地上に向ける。
「速度そのまま! ガトリングで地面に鋤き込む!」
「了解」
「――ミャンマー同様、焼き殺して
サムエルがタッチパネルを操作しつつ操縦桿の引き金を絞ると、〈ピースキーパー〉のシャーシ下部に搭載された大型ガトリングの多砲身が高速回転を始め、ブゥゥゥゥゥ、という巨大な蝿の羽音のような発砲音を響かせた。同時に左右のガンランチャーが交互に火を噴き、高性能炸薬が詰まった榴弾を次々と真下に送り込んでいく。
敵兵の悲鳴が爆炎に呑まれる。統制射撃の直前に頭上から火力を叩きつけられ、パシュトゥーニスタンの対装甲部隊は退避する暇もなく岩場ごと粉砕されていった。RPG-7――1961年に開発された旧式の対戦車無反動砲が、持ち主と共に宙を舞う。
「そんな骨董品で何をするつもりだ! 引っ込んでろ!」
同時に〈ヘルファイア〉も岩石を踏み砕きながら岩場に乱入。すれ違いざまに逃げる敵兵の一人に機体マニュピレータを叩きつけて殺し、そのまま歪にへし折れた死体を掴み取って近くの別集団に投擲。まとめてチェーンガンで薙ぎ払い、そのまま離脱と同時にスラスターの
原始的この上ない戦い方だったが、どうであれ敵が死ねばそれでいい。激しい反撃で完全に散り散りになった敵部隊を尻目に、2機のT-Mechは前進を再開した。
「機銃にしちゃちょいと大仰だが、ガトリングの使い勝手も悪くないな。さて――あまり無駄弾を使わせるなよ、役立たず」
「必要ないと言った! 撃ってるのはお前だろうが!」
「貴様の殲滅がトロくさいから、我々が撃たざるを得ないんだろうが。頭悪いのか? ――そろそろ発見地点に近づく。いつ機甲部隊と当たってもいいようにしておけよ。貴様が蜂の巣にされても私は一向に構わんが」
「こっちのセリフだ!」
「喧嘩してる暇あるの?」
罵倒の応酬をディナに止められ、二人が沈黙したまま機体操作に集中する。
連携らしい連携もなく、二機がそれぞれスタンド・プレーをしただけだったが、装甲と機動力に優れる〈ヘルファイア〉が敵の攻撃を集め、それによって判明した敵の所在を〈ピースキーパー〉が大火力で掃討するというコンビネーションは結果として上手くいっていた。
ただでさえ単騎での戦線突破が可能なT-Mechを、2機同時投入――これを止められる存在など、現時点でこの世のどこにも存在しない。
――ように、思われた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます