2.山間へ

【これまでのあらすじ】

・ジーク・シィングは米印を中心とする国際軍事組織・PRTO派遣軍の兵士であり、アフガニスタン戦線で超重装甲機〈ヘルファイア〉を預かるパイロットである。

・サムエルらの着任から数日が経った。彼は得意のプロパガンダで士官内のコミュニティに取り入っており、ジーク以外の人間からは部隊長として認められつつあった。

・そんな中、この国でPRTO・政府連合軍と敵対する反政府組織パシュトゥーニスタンが機甲部隊の導入に成功させたという情報が入った。前線に投入されないうちに敵戦力を撃滅すべく、〈ヘルファイア〉と〈ピースキーパー〉に出撃命令が下りる。


◆   ◆   ◆   ◆


 今回の作戦目標は、パシュトゥーニスタンの機甲部隊の位置特定、あるいは殲滅である。

 

 以前〈ヘルファイア〉がペゼンタ飛行場を破壊したことで、PRTOはパシュトゥーニスタンに対して航空優勢を獲得しているが、それで彼等の頭上を自由自在に飛べるようになったわけではない。

 度重なるT-Mechの強襲で数を減らしているとはいえヒンドゥークシュ山脈の各所には未だ無数の対空防衛網やジャミング装置が配置されており、迂闊に偵察無人機を飛ばせばロシア製の対空機銃や近距離地対空ミサイルによって叩き落とされるからだ。

 かといって、防空網を掻い潜れる小型ドローンは航続距離の問題で敵勢力圏の奥まで立ち入れないし、高空を飛ぶ大型高速機は山陰に隠れた偽装陣地を捉え切れない――〈ヘルファイア〉が重宝されることにはそのような背景もあった。

 

 敵機甲師団が見つかったのは戦線から115kmほど奥。数において敵に劣るPRTOとアフガニスタン国軍としては、ここで敵機甲戦力の増強を許せば数年続いているPRTOによる領土奪回の妨げとなる可能性がある。故に、その前にT-Mechによる電撃侵攻を敢行して敵の機甲部隊を未然に撃滅するというのが、作戦の要旨である。


 攻撃の先鋒は重装甲の〈ヘルファイア〉が務め、その後ろから〈ピースキーパー〉が飛行によって追随、適時上空からの火力支援を行う。逆に機甲部隊と交戦してからは、火力に劣る〈ヘルファイア〉は敵部隊の牽制に徹し、接地して砲撃体勢に入った〈ピースキーパー〉が遠距離から砲撃によって敵を殲滅する。


 総括すれば、ジークと〈ヘルファイア〉の役割はサンドバル兄妹の道中の護衛と機甲部隊撃滅のサポートということになる。自分が脇役に追いやられるのはジークとしては気に入らないことだが――客観的な事実としては、厄介な機甲部隊を打ち倒すのに〈ピースキーパー〉の大火力を要とするのは正しい判断だった。


 

「レルゴ、タービンの暖機運転は済んだか!?」

「1番から9番まで完了……10番タービン油温適正、終わりました!」


「装甲モジュールの固定具は一つも外れちゃいないだろうな! 実戦で装甲が外れてみろ、担当者はジークにぶっ殺されるぞ!」

「セルフとマニュアルの両方でチェック済、問題ありません!」

「よし。あとはバトルアクス持ってくりゃ〈ヘル〉の準備は終わりだ。テルミット焼夷剤の充填、忘れるなよ!」


「班長、〈PK〉のガンランチャー、固定レバー引いてもドラム弾倉が出てきません!」

「馬鹿、下にもう一つセーフティがあるって説明しただろ! 先にそっちを外せ!」


「右前脚と左後ろ脚のスラスターの推力同調シミュの数値がおかしいです!」

「そこの二つだけシミュの前提が巡航飛行モードになってるんじゃないのか? 戦闘機動に変更してやり直してみろ! もう時間ないぞ!」


 翌朝、ガレージは修羅場と化していた。人間が増えていないにも関わらず整備すべき機体が新しく増えたのだから当たり前であるが、〈ピースキーパー〉の複雑な構造は、歴戦の整備員たちをも苦戦させていた。


 焦った様子で整備員たちを監督するロックの下に、サムエルとディナが歩き寄ってくる。二人とも普段の制服ではなく、上下が一体となったつなぎの上から防弾ベストを着込んでおり、腰から胸に移されたホルスターには9mm機関拳銃――サムエルは腰にもう一丁提げている。全身にはポーチや予備マガジンが複数取り付けてあり、まさにフル装備といった様相を呈している。


「主任、間に合う?」

「申し訳ありません、出撃予定時刻には間に合いますが、想定より時間が」

「構わんさ。無理を言っていることは承知しているし、来週には新しい人員も合衆国から送られてくる。今日のところは正確さを優先してくれたまえ」

「――まだ手間取ってんのかよ」


 謝罪するロックに対して鷹揚にサムエルが答えると、その背後からチタン装甲の摩擦と人工筋肉の軋み音が混じった重い足音が響き、ジーク・シィングが姿を現す。


 こちらは普段と同じように義肢の上から野戦服を着込んでいるだけだったが、〈ヘルファイア〉のパイロットは操縦中は完全に拘束されるため、操作中に機内に服が引っかかるような事はない。

 そして――同じ理由で、基本的に〈ヘルファイア〉の被撃破はそのままパイロットの戦死とイコールなのだ。

 

「お疲れ、中尉」

「おう。……情けないことだな。あんなゴチャゴチャしたマシンが実戦で使えるのか」

「ジーク・シィング、貴様は斧一本で機甲部隊を相手取って勝てるとでも言うつもりか?」

「知れたこと。俺はジーク・シィングで、乗るのは〈ヘルファイア〉だ」

「健常者にも伝わるように言えよ」


 サムエルが嫌味を込めて言い放ったが、ジークは堪えた様子もなくフン、と鼻を鳴らしてみせた。


「答えなんぞこの名前二つで十分だってことだ。――ロック、先に乗るからな」

「ハシゴは?」

「要らん!」


 ロックの了承を得るのと同時に、ジークは台座の上で駐機体制の〈ヘルファイア〉に向かって走り出した。体格からは想像もできない速度まで加速したジークが地を蹴って跳躍、前に突き出した〈ヘルファイア〉の胴体正面装甲を足場にもう一度跳び、一瞬で床から7mの位置にある天板の上まで到達する。


 そのまま厚さ20センチを超える重たい装甲ハッチを片腕であっさり引っ張り開けると、ジークは機内に身を滑りこませ、更に内部に設けられたコックピットブロックに入った。ディナがひゅう、と口笛を吹き、それを見たサムエルが不愉快げに眉を歪める。


 〈ヘルファイア〉のコックピットはパイロットとその他精密機器を収容したカプセル状になっており、それが高強度腕時計の機構部のように胴体内部で浮遊する構造で収まっている。複数の工夫によって極限まで小型効率化された内部機器レイアウトがこのような構造を可能としていた。今となっては見捨てられた機体とはいえ、〈ヘルファイア〉がPRTOの最新工学と精密機械技術の結晶であったという事実に変わりはないのだ。


「機体セルフチェック正常、30mm弾装填済み、ミサイル残弾4発――よし」


 棺桶のように狭いコックピットの中で座席に身を横たえ、ジークは素早くコンソールからハッチを閉めて機体OSを立ち上げた。次に胸椎部のコネクタを開いて座席から伸びるケーブルを突き刺し、ハイドレーション付きのフルフェイスヘルメットを被る。最後に全身をシートベルトで固定し、発進準備が終わった。

 

「あと10分。……奴ら、まだかかってんのか」


 カメラアイだけを動かして隣の〈ピースキーパー〉を見ると、二人がちょうど脚立を使ってシャーシ側面の乗降ハッチから機内に乗り込むのが見えた。どうにか補給と点検が間に合ったらしい。


「アクス持ってきました!」

「荷台に置け! ――〈ヘル〉を運び出すぞ! 冷却装置切れ!」


 核融合炉の冷却装置との接続が解除されると同時に、〈ヘルファイア〉を乗せた台座が牽引車に荷台として繋がれ、開いたシャッターから外へと運び出される。

 〈ヘルファイア〉の大重量は歩くだけで路面を踏み割って地響きを起こし、熱核ジェットを吹かせば爆風で周囲が大惨事になるため、基地内ではもっぱらトランスポーターに乗って移動することとなっていた。

 検問付きのゲートを通って基地から離れ、充分な距離を空けたところで、〈ヘルファイア〉に降車許可が出る。


「音声認識。神経接続、固定装置作動」

『神経接続開始、固定装置作動します』


 機械音声と共に座席の固定具が閉じ、ジークの全身を座席に拘束する。胸椎コネクタが読み取った脳信号の送信先が義肢から〈ヘルファイア〉のOSへと切り替えられ、機械の手足がだらりと力を失った。同時にカメラアイの映像がコンソールのモニターから義眼への直接投影に切り替わり、ジークが〈ヘルファイア〉そのものと一体化する。


 そのまま一歩踏み出して荷台から降りると、130トンを超える巨体がズシンと地面に沈み込んで地響きを立てた。

 荷台に置かれたバトルアクスを取ってリアスカートのラックに懸架し、基地内に戻っていくトランスポーターを見送った後、脚部ローラーを展開して待機。事前に示し合わせたチャンネルで通信回線を開き、〈ピースキーパー〉に繋げる。


「こちら〈ヘルファイア〉準備よし。俺はあとどのくらい待てばいいんだ、ええ?」

「先に発進しろ。〈PK〉は基地内からVTO垂直離陸を行う」

「そいつは結構――出るぞ!」


 ジークが思考でもって熱核ジェットのスロットルを開くと、熱交換器に触れた空気が爆発的に膨張して全身の熱核ジェットスラスターから噴出、スラスター内に配された10基のタービンが高速回転を始め、魔獣の雄叫びのような駆動音を響かせる。


 背後で基地の中から舞い上がる〈ピースキーパー〉の巨体を尻目に、〈ヘルファイア〉はジェットの轟きに乗って山脈の中へと消えた。

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