8.熱核エンジン爆裂
【これまでのあらすじ】
・ジーク・シィングは米印を中心とする国際軍事組織・PRTO派遣軍の兵士であり、アフガニスタン戦線で超重装甲機〈ヘルファイア〉を預かるパイロットである。
・新たな上官サムエル・サンドバルとのプライドを賭けた模擬戦において、四脚砲撃機〈ピースキーパー〉の猛砲撃を掻い潜って肉薄したジーク。後がなくなったサムエルは隠していた飛行機能を発動させ、勝負をドッグファイトに持ち込まんとする。
◆ ◆ ◆ ◆
〈ピースキーパー〉――その名前とは裏腹に無数の高性能重火器を搭載する本機は、コンセプトこそ違えど〈ヘルファイア〉と同じT-Mechである。すなわち単機での敵陣攻撃を目的としている以上、設計においては敵陣への斬り込みと脱出のための高い機動力が要求された。
その結果、本機に持たされたのが熱核エンジンを用いた限定的な飛行能力である――定点射撃時は周囲に拡散放射している熱核ジェットの排気をまとめて下方に噴射することでホバリングし、そこから推力バランスを変えることで前後左右への空中機動を可能とするのだ。
パイロットが装甲義肢や脳直結操縦といった身体強化をしていない都合上、〈ヘルファイア〉のような激烈な急加速はできないとはいえ、三次元の機動が可能と言う点で〈ピースキーパー〉は〈ヘルファイア〉に対してアドバンテージがあった。
「……距離があるとまた避けられる、低高度で戦うから」
「高高度まで上がって奴がへばるのを待てよ。熱核ジェットに燃料切れはない」
「相手も同じ。我慢比べは御免よ――男らしく戦いなさい」
両腕のガンランチャー内部の装填機構が巨大な砲弾を薬室に装填すると同時に、四脚が生えたシャーシ側面の半球型レーザータレットがゆっくりと動き出す。
〈ピースキーパー〉が地表10mほど――〈ヘルファイア〉の手が届くか届かないかの高度を維持し、戦闘ヘリコプターよろしく空中を滑るように後退しながら両腕の砲口を〈ヘルファイア〉に指向させた。
「……ここまでスウォームが何十発も当たってる。あれだってタンデムHEATなんだから、装甲が痛んでないことはないはず」
「だが奴の反応速度は超人的だ、ガンランチャーを直撃させるには工夫がいるぞ」
「やってみる」
新たにガンランチャーに装填するのは、先ほどサムエルがフェイントに用いた単なる榴弾とは違う、152mm
大口径の砲弾内部には高性能炸薬と金属ライナーが入っており、クリーンヒットすれば〈ヘルファイア〉の重複合装甲にも大打撃を与えうる。ましてや度重なる被弾で損傷した今であれば、装甲を貫いて内部を破壊することさえできるはずだった。
「砲台が宙に浮いてどうしようってんだよ!」
己を鼓舞するようにジークが吼え、アクスを振りかぶって勇猛果敢に襲い掛かる。しかしディナ・サンドバルは慌てた様子もなく操縦スティックとペダルを操って機体を安定させ、そのまま正面からHEAT弾の斉射で迎え撃った。
ジークが斜め上から撃ち下ろされた砲弾を視認、すかさず〈ヘルファイア〉のOSが瞬時に機体を屈ませて対応、三眼の怪物がドリフトしながら滑り込む形で二発の大型弾頭を回避しつつ、〈ピースキーパー〉の下をくぐってその背後を取る。
「真っ二つにしてやるッ!」
「躱した。さすが」
砲撃をやり過ごした〈ヘルファイア〉が跳躍、機械斧を振りかぶって地表ギリギリの高度を維持する敵機の背後から飛び掛かる。聞くだけで致命的な破壊を想起させる音とともに、〈ピースキーパー〉の前にバーナーの明るいオレンジ色の炎と、その中で駆動するチェーンブレードが迫った。
「でも――」
ディナが小さく目を見開き、咄嗟に操縦桿を手前に引きつつコレクティブ・レバーで各ジェットスラスターの推力を上げた。
全長15メートル近い巨体が旋回しながら急浮上、猛スピードで迫る斧頭を躱し、そのまま突撃する〈ヘルファイア〉の頭上を飛び越えて逆に背後を取り直してみせた。ちょうど先程ジークが見せたドリフト機動を上下逆にして再現した形である。
「操縦は兄さんより上手よ、私。――そこ」
「一言多い!」
ディナが操縦桿の引き金を絞ると、〈ピースキーパー〉の高機能FCSが素早く照準を修正し、こちらに背を向けた〈ヘルファイア〉のスラスター目掛けてガンランチャーの第二射を仕掛ける。
同時にスウォーム・ミサイルとシャーシ下の大型30mmガトリング砲――大型で強装の徹甲焼夷榴弾を使う、通称「
「後ろから2発――〈ヘルファイア〉に死角はない!」
しかし――肉眼で液晶を見て視野を得ている二人と違い、全身に仕込んだカメラアイからの情報を直接脳に回しているジークに視覚的な空白は存在しなかった。
〈ヘルファイア〉が敢えて振り返らず横っ飛びに跳躍し、ロケットモーターの尾を曳いて飛んできた砲弾を回避。そのまま複雑なカーブとステップを組み合わせた回避機動に映り、それぞれ直線と曲線の軌道で襲ってくる30mm弾とミサイルを掻い潜る。
(飛んでいる間は胴体の砲は撃てないと見た――あの威力なら反動も相当のはず、無理もない)
先程の砲撃をこの距離で放たれたら〈ヘルファイア〉でも避け切れないにも関わらず、相手にその気配はない――そのことからジークはそう分析した。
しかし〈ピースキーパー〉はそれまでの定点狙撃とは打って変わって、空中をふらふらと不規則に飛び回りつつ大火力を押し付ける能動的な戦闘スタイルへと切り替えている。ガンランチャーの砲撃とガトリングの火線、そしてミサイルの爆撃――たとえレールガンが使えずとも、敵機は依然〈ヘルファイア〉を殺しきるだけの火力を保持していた。
「短期決戦にしたいところだがっ!」
ジークがアクスを持っていない方の腕を〈ピースキーパー〉に向けると、アームカバー状の装甲構造に格納されたチェーンガンから無数の30mm弾をばら撒く。
しかし〈ピースキーパー〉の大型ガトリングと異なり、〈ヘルファイア〉のチェーンガンは弱装小反動の30×113mm弾を使う機関砲――装甲目標に対する攻撃力だけを問題にするのであれば、今ここにある双方の武装の中で、相対的に最も貧弱だった。
そして一方の〈ピースキーパー〉は、〈ヘルファイア〉のような偏執的重装甲ではないものの、機体を覆う軽量複合装甲によって並以上の防御力は確保している。30mm弾のうち何発かはグレーに塗られた装甲に食い込んで炸裂したものの、それが装甲の向こう側に届かない以上は何の意味もなかった。
「くそったれ、この豆鉄砲め! ミサイル!」
ジークが悪態をつきながらロックオンを終えたミサイルランチャーに発射信号を送ると、両肩の2連装ランチャーが白煙を噴き、左右同時に発射された対戦車ミサイルがランチャー横のレーザー照準装置の誘導に沿って敵機に向かう。
AGM-65〈ハリケーンアロー〉。スウォーム・ミサイルほどの追尾性もガンランチャーの大口径HEAT弾ほどの激烈な威力もないが、大型の弾頭は〈ピースキーパー〉の装甲を破壊するためには必要な十分な威力を持つ。
「馬鹿め、〈PK〉にミサイルが効くものかよ!」
――しかし、撃ち放たれた2発のミサイルは直後に大きく軌道を変え、くるくると迷走しながら飛んでいった。
車体側面のタレットが照射したレーザー光線が
「――狙い撃ちしていいのは自分だけというわけか、如何にもあの男らしい!」
この手の誘導弾の迎撃を目的としたレーザー
核融合炉を搭載するT-Mechなら可能だろうが――少なくともジークの〈ヘルファイア〉には、そのような装備は積まれていなかった。
何にせよ、〈ピースキーパー〉の性能は何となく掴めてきた。火力は圧倒的、機動力は〈ヘルファイア〉には劣るがそれでも破格の域。
飛行できるのだから装甲はそう厚くないだろうが、長射程の武装と誘導弾に対するレーザー迎撃が単純な装甲厚以上にその攻略を困難にしている――(あのいけ好かない男が調子づくのも当然か)とジークは内心で吐き捨てた。
「FCSの性能さえあれば、もっとマシな武器も持てたものを!」
ギリリと歯軋りを響かせるジークの視界の中で、ロックオンカーソルが揺れ動く。〈ヘルファイア〉のFCSはどう足掻いても最高時速40km/hがせいぜいの〈ヨコヅナ〉への搭載を前提としたものであり、速すぎる機体速度に対して照準速度がまったく追い付かない状態にあった。
〈ヘルファイア〉が猛砲火を掻い潜って突撃し、すれ違いざまに業火を噴き出すバトルアクスを振るうことを繰り返すが、その度に〈ピースキーパー〉は巧みな回避機動で〈ヘルファイア〉の斬撃をひらりと回避し、逆に死角に回って一撃を狙ってくる。
避け切れず被弾するのが先か向こうの弾切れが先かという話だが、小型と言えど純正の対戦車弾頭の直撃を数十回と受けたことにより、〈ヘルファイア〉の装甲もいい加減限界が近づいていた。ここにガンランチャーの直撃を受ければ装甲に穴が空くか、あるいは衝撃で周辺の支持構造ごと脱落してしまいかねない。
(このままじゃ削り切られる。相手が低高度を保っているうちに――仕掛ける!)
ジークが捨て身の攻撃に出る決意を固めた瞬間、ちょうど眼前で〈ピースキーパー〉が停止。サムエルが残ったスウォーム・ミサイルを斉射し、同時にディナが空中で姿勢を安定させてガンランチャーの狙いを定め始める。
投網のように隙間なく展開された弾幕――しかしジークは避けようともせず、真っ向からその只中に突入した。炸裂したミサイルから噴き出す金属噴流が全身に突き刺さり、装甲の損傷度合いが更に増していくが、形振り構わない直進によって二機の距離が急速にゼロに近づいていく。
「……迂闊」
ディナが操縦桿の引き金を引き、腕部ガンランチャーを左右同時発射、必殺の大口径砲弾を撃ち放つ。それと同時に距離を離すべくコレクティブ・レバーを引き、推力を全開にして機体高度を急速に引き上げた。
「低空にいるのが、こっちの付け目ッ!」
〈ヘルファイア〉がまたも一切の回避機動をとらないまま直進を続け、アクスを持っていない左腕を盾にして2発の152mm砲弾を受け止めた。大きく重いHEAT弾の直撃を二発同時に受けたことで、さんざん盾代わりに酷使されてきた腕部装甲がとうとう限界を迎える。
左腕のカバーの中にタイル状に並べられた複合装甲ブロックが支持構造ごとぼろりと脱落。パッケージングされた人工筋肉とチェーンガンの機構部が一部露出したが、構ってはいられなかった。一度勝負をかけると決めたからには、中途半端で止めるわけにはいかないのだ。
「――
片腕の鎧が剥がれた〈ヘルファイア〉が熱核ジェット噴射の勢いのまま高く高く跳躍、アクスを振りかぶって〈ピースキーパー〉に迫る――。
「残念、間に合った」
――しかし、チェーンブレードが届くよりもほんの少し早く、〈ピースキーパー〉は安全高度に辿り着いていた。振り下ろされた斧頭が敵を捉えることなく空を切り、〈ヘルファイア〉が空中で大きく体勢を崩す。
攻撃は失敗、万事休す――否、ここまでが予定通りだ。
「悪いけど……」
「――回避だッ!」
「え?」
ディナが再び反転して砲撃を仕掛けしようとした瞬間、後ろのサムエルがジークの意図に気付いて怒鳴り声をあげた。その前方すぐ下、空中でアクスを空振りした〈ヘルファイア〉が、その慣性とスラスター推力を合わせてまたも急激に反転する。
「この距離なら、どうだッ!」
先程の一撃の意図は〈ピースキーパー〉に斬撃を当てる事ではなく、重心制御とフェイントにあった。両肩のランチャーが白煙を噴き、残った二発の《ハリケーンアロー》対戦車ミサイルが飛び出す。
〈ピースキーパー〉のレーザータレットはレーザー照射でシーカーを焼いて追尾性能を潰し、同時に熱でミサイルの表面強度を弱らせて空気抵抗による自損を引き起こす仕組みになっており、かなりの遠距離からでもこれを無効化できる。
逆に言えば――ごく至近からの発射であれば、多少狙いをずらす程度の効果しかない。巨大なバトルアクスを布石とした、至近距離まで距離を詰めてからのミサイル攻撃こそがジークの真の狙いだった。
落ちていく〈ヘルファイア〉の目の前で、両肩から放たれた2発のミサイルが表面をレーザーで炙られながら直進を続け、〈ピースキーパー〉の左前脚へと到達した。
起爆と共に発生した金属噴流と高温のガスが装甲に穴を空けて内部フレームを歪め、経路が乱れて行き場を失くしたジェット排気によって内部構造が自壊。脚部そのものが爆裂する。
「被弾。墜落」
「立て直せ!」
「今やって……わっ」
バランスを取り直す間もなく、3本脚になった〈ピースキーパー〉がグラリと姿勢を崩して高度を落とし――そこに加速をかけた〈ヘルファイア〉のタックルが炸裂、これを墜落させた。シャーシ下部のガトリングガンが機体と地面に挟まれて潰れ、銃身がぐにゃりと歪んで破損する。
「推力だけで飛んでいるなら、立て直しは易くないはず!」
〈ヘルファイア〉が膂力と機体重量に物を言わせて〈ピースキーパー〉に取り付き、レールガンの死角へと入り込む。懐に入り込まれた〈ピースキーパー〉が即座に距離を取り直そうとして、残った三本の脚から排気を吹かして再浮上を試みた。
「後退を――」
「遅い!」
しかし機体が浮き上がるより一瞬早く〈ヘルファイア〉が左脚を振り上げ、〈ピースキーパー〉の残った右前脚を踏み潰した。またも噴出口を塞がれて行き場を失ったスラスターの高圧排気が逆流し、フレームが歪んで装甲板が弾け飛ぶ。
そうして敵機を地面に縫い留めた三眼の怪物がバトルアクスを振り下ろし、右腕ガンランチャーを付け根から切断。そのまま返す刀で至近距離から腕部チェーンガンを浴びせ、背部ミサイルランチャーを破壊。ものの数秒で〈ピースキーパー〉はレールガンと左腕部ガンランチャー以外の武装を喪失した。
「覚悟しろよ……兄妹もろとも首を刎ねてハゲワシの餌にしてやるッ!」
〈ヘルファイア〉が再びアクスを両手で握り直し、轟音を上げるチェーンブレードを横薙ぎに叩きつけた。あと数秒もすれば装甲に切り込みが生じ、そこから高温のテルミット焼夷剤が吹き込んで内部を焼き尽くしてしまうだろう。
「駄目だこりゃ。ビクとも動かない」
装甲がセラミックの屑と融解したスラグに変わっていく様子をカメラ越しに眺めつつ、ディナが無気力な表情で操縦桿をガチャガチャと動かす。
〈ピースキーパー〉とて決して非力な機体ではないが、駆動出力と推進力を異常発達させた重装機体が相手では抵抗も儘ならない。スウォーム・ミサイルと右腕ガンランチャーは沈黙、胴体中央のレールガンは近すぎて砲撃不可能。左腕は辛うじて無事だが、レールガンの長い砲身がつっかえて胴体を旋回できず、〈ヘルファイア〉に砲口を向けることができない状況にあった。
「諦めるんじゃない! ……この俺が! 社会のゴミに後れを取るなど! あってたまるものかよッ!」
すっかり諦めた、というより大して勝敗に興味のない様子の妹を後部座席のサムエルが叱責し、タッチパネルを操作して機体の操作権を
それから普段は使わない砲塔旋回レバーを傾けてアクスが食い込んだままの上半身を無理やり旋回させると、胴部レールガンの長砲身が〈ヘルファイア〉の胴体にぶつかってがつんと鈍い音を立てた。
「何やっても遅いんだよ! ミャンマー上がりか何だか、この俺と〈ヘルファイア〉に盾突こうなぞ! 殺してやる! 殺してやる! 殺してやるッ!」
ジークが悪鬼じみた形相で叫ぶと同時に、アクスのチェーンブレードが恐ろしげな音を立てて〈ピースキーパー〉の胴体に噛み付いた。
装甲板が削り砕かれる音。そして直後――ブレードと組み合わさったバーナーから放出されたテルミット焼夷剤がその中に吹き込み、鋼をも熔かす高熱の奔流が機内を跳ねまわった。
「やった! ……!?」
ジークの口元がギタリと笑みの形に歪み、次の瞬間それが消え去る。
シミュレーターの不具合ではない。高熱の火炎に晒されて火器管制用レーダーといくつかの配線はダウンしており、現にサンドバル兄妹の視界には無数の警告が表示されている。
しかし――それにも関わらず、鋼鉄の大蜘蛛は未だ稼働を続けていた。
「炎が入ったのに……まだ死なない!? 胴体は無人のガンポッドだってのか!?」
「知能の低い奴め、バイタルパートは
サムエルがこめかみから冷や汗を流しながらも、口元を笑みの形に歪める。
〈ピースキーパー〉がバトルアクスの一撃を受けても機能停止しないのは、コックピットと核融合炉ユニットが胴部ではなくその下、脚部の付け根となるシャーシ部分に配置されているからだった。胴体のレールガンユニットも隔壁で仕切られて搭載されているため、右腕部からの斬撃と火炎で即座に機能が死ぬ危険性は少ない。
機体構造を熟知するサムエルはそれをよく知っていて――勝ちを拾う試みを続けていたのだ。
「〈PK〉のダメコンは伊達じゃないッ!!」
サムエルがスラスターの推力配分を大きく変え、アクロバティックに機体を捻る。異常な負荷がかかった右脚の基部がみしり、と嫌な音を立てて歪んだ。
どう考えても無理な動きだったが、それによって無事だった左腕ガンランチャーの砲口が本来の可動範囲以上に揺動、踏みつけられた自分自身の右前脚に届く――その瞬間を見逃さず、サムエルは引き金を引いた。
発射された大口径榴弾が踏みつけられた右前脚に食い込み、直後に炸裂して脚部のフレームを完全に破壊――半壊しながらも自由の身になった〈ピースキーパー〉が、すぐさまシャーシ部のスラスターと後ろ脚の2本だけで再浮上する。
「自分を撃った!? ……トカゲか、お前はっ!」
ジークが即座にバトルアクスを下段に構え、スラスターを緊急出力まで引き上げて強引な突撃を仕掛ける。
「パイロットが下なら、そこを焼き切ってやるッ!」
目標は〈ピースキーパー〉のシャーシ、下から掬い上げるようなストロークで機体速度を乗せた一撃を狙う。彼我の距離は先程からほんの数メートルしか離れていない。〈ヘルファイア〉なら瞬く間に詰めてしまえる距離、すぐにもう一度アクスを叩きつけてお終いだ。
しかし――その新たに生まれた数メートルは、ジークにとっては深刻な隙、〈ピースキーパー〉にとっては重大な猶予となった。何故なら――。
「ひっくり返るよ」
「勝てばいいんだよ、勝てば!」
――ほんの少し距離が開いたことで機体を旋回させる隙間が生まれ、レールガンの砲口を〈ヘルファイア〉に向けることができたからだった。
「っ……上ッ等だァァァァッ!」
ジークが一瞬怯みかけるが、完全に攻撃態勢に入っている〈ヘルファイア〉にもはや回避の猶予はなく、残された選択肢は吶喊ただ一つ。
アクスのチェーンブレードが〈ピースキーパー〉のシャーシを下から直撃した直後、サムエルがあらゆる警告を無視して空中でレールガンの発射を敢行。空中でテルミットバーナーの炎とレールガンのプラズマが入り混じる。
ほとんど顔を突き合わせるような距離で放たれたレールガンの砲撃は胴体を完璧に捉え――既に損傷していた複合装甲をあっさりと貫き、その後ろに配置されたコックピットブロックに拘束された
シミュレーターが「OS機能停止」「搭乗者死亡」「核融合炉制御不能」のアラートを3つ同時にジークの視界に表示する――3つとも字面通り致命的な被害だった。
しかしながら、不安定な姿勢で射撃を敢行した〈ピースキーパー〉の方もただでは済まなかった。
本来は接地した脚部に吸収されるべき反動に襲われ、機体は激しく乱回転しながら数メートルも後ろに吹き飛び、最終的に上下が逆さまになった状態で地面と再会した。そのシャーシ底部にはアクスの一撃による煤塗れの傷痕がばっくりと口を開けており、内部でテルミットの火炎が燃え盛っている。
搭乗者死亡、機体擱座――ジークの〈ヘルファイア〉と同じく、〈ピースキーパー〉が恒久的な戦闘不能に追い込まれたことは明らかだった。
「相討ち! この俺が!? ――くそったれ!」
全身の固定具が自動的に外れると同時に、ジークは脊椎ユニットから引き抜いた神経接続ケーブルを無造作に放り投げ、怒鳴り声を上げて固定具を叩いた。
「……ふん」
「引き分けね。ちょっとフラフラする」
一方、隣の部屋でもサムエルが憮然とした表情でヘルメットを外し、シートベルトを外して不機嫌に足を組んでいた。
前部座席ではディナが同じようにヘルメットを脱いで髪を解くと、気分が悪そうに座席に凭れ掛かっている。射撃反動による乱回転の際、シミュレーターの疑似コックピットが同期して激しく回転したことで、三半規管を狂わされたようだった。
「レールガンだぞ、こちらの方が早いに決まっている!」
「どっちが早かろうと両方やられたんだから同じでしょ。敵地なら死んでる」
「奴は俺達を、出稼ぎの貧乏人呼ばわりした!」
「実際その通りだろ。プライド高いんだから」
ディナはどこ吹く風で軍服の上を脱いで座席に凭れ、「ふぅ」と息をついた。上半身がノースリーブのインナーのみになったことで、首から肩にかけて彫られたトライバル・タトゥーが露出する。
「魚は陸には揚がれないし、鳥は手で物を持てないの。お金持ってたっていつかは死ぬよ」
「陸に揚がって手を得たのが人間という生き物だ。そういう何もかも諦めたような態度が人を腐らせる! ……休んでるか?」
「いいよ、兄貴とあの人を二人きりにしたら、30分後にどっちか死んでそうだし。……脱がなきゃよかった」
サムエルが座席から立ち上がり、アームに掴まれて宙に浮いたラグビーボール型の疑似コックピットから飛び降りた。まだ腹の虫が収まりきらない様子でずかずかと部屋から出ていく兄を見て、ディナが呆れたように上着を羽織ってそれに続く。
引き分け。どちらの面子も完全には潰れず、そして完全には保たれない――それがこの模擬戦の結果だった。
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