7.怪物、地を駆けて

【これまでのあらすじ】

・ジーク・シィングは米印を中心とする国際軍事組織・PRTO派遣軍の兵士であり、アフガニスタン戦線で超重装甲機〈ヘルファイア〉を預かるパイロットである。

・ジークは新たな上官サムエル・サンドバルと諍いを起こした末、彼とその妹ディナ・サンドバルの駆る四脚砲撃機〈ピースキーパー〉と模擬戦を行うこととなった。

・10km先からレールガンとミサイルの猛射が襲い掛かる中、彼は〈ヘルファイア〉の本領である近接格闘戦を狙って肉薄を試みる。


◆   ◆   ◆   ◆


「――負け犬は地べたを這ってりゃいいものを、猪口才に動き回るな!」


 左右に飛び跳ねながら肉薄してくる〈ヘルファイア〉を油断なく見据えながら、サムエルが自分の操縦桿についた引き金を絞った。


 がぁん、と音がしてシミュレーターの座席が揺れ、視界の手前から奥へと砲弾が飛んでいく。フルチャージ発射によって空になったコンデンサに、〈ヘルファイア〉と同じ熱核エンジンが次の電力を供給し始める。


 〈ピースキーパー〉の胴体を前後に貫く長砲身、その正体は〈VSRG-155〉可変速レールガンであった。艦砲を地上兵器用に転用したこの大型電磁投射砲の最大の特徴は、発射に注ぐ電力量を無段階で増減させることで、名前の通り弾体の発射速度を自在に変更できるという点にある。

 パワフルな給弾システムと大容量コンデンサの組み合わせは戦車砲クラスの砲撃威力を矢継ぎ早に繰り出すことができるばかりか、最大出力フルチャージで撃てば弾速はマッハ15に達し、他のいかなる陸上兵器とも次元違いの破壊力を叩き出すことができた。


 これをミサイルと共に遠距離から一方的に叩き込んで決着をつけるのがサムエルの算段だったが――〈ヘルファイア〉の常識外れの機動性と反応速度は、彼の予想を大幅に上回っていた。少なくとも人が動かすことを前提とした軍事兵器ではあり得ない動き、言うなれば――。


「人をやめた機械の怪物か……!」


 スウォーム・ミサイルによる牽制と目くらましを織り交ぜつつ、砲身が耐えられるギリギリの発射レートで連射を続けながらサムエルが吐き捨てた。


 現状戦いは一方的であり、〈ヘルファイア〉はこちらの攻撃を避けているだけだが――装甲はスウォーム・ミサイルを痛痒にしないばかりかレールガンの最大出力にも耐え、それでいて〈ピースキーパー〉の射撃統制装置FCSをもってしても捉え切れないほどの高速かつ不規則な回避機動を繰り返している。しかもこちらの発射とほぼ同時に回避機動に移るというのだからたまらない。


(回避に移るまでの反応の速さ――BMIブレイン・マシン・インターフェースといったって、ここまで非常識な避け方ができるものか? 脳を機械に直結したところで人間の反応速度はあんなに速くないはずだ。どういうカラクリがある?)


 対人間の戦いには手慣れているサムエルだったが、目の前の相手は明らかに人が操縦する兵器のりもののそれを超えた能力を発揮している――元より手を抜いていたつもりはなかったが、ここに至って彼は己の認識を修正した。ジーク・シィングの戦闘力は侮れないばかりか、こちらを脅かしうる。

 大いに自信過剰のきらいがあるとはいえ、個人的感情を抜きに現状を認識して即座に判断を切り替えられるという点では、確かにサムエルは優秀な指揮官であり戦士だった。


「くそ、あと一撃で落とせるというのに!」

「あんな大口叩いて負けたらカッコ悪いんじゃない」

「ッ――奴が次の一射を生き残れば、操作はお前で機動戦闘。やれるな」

「はいよ。兄貴の尻拭いは慣れてるから」

「余計なことを!」


 操縦手席で手持ち無沙汰にしているディナと遣り取りを交わし、サムエルは手元のタッチパネルからミサイルの発射数を調整し、最後の攻撃をかけた。

 速度の乗った〈ヘルファイア〉であれば1kmの坂道など10秒もかからず踏破できる。次が遠距離から一方的に仕留める最後のチャンスである。


「ミサイル残り60、レールガン30。ガンランチャーを使う!」


 サムエルがタッチパネルを操作すると〈ピースキーパー〉の両腕部ガンランチャーが立ち上がり、その砲口を〈ヘルファイア〉に向けた。

 同時にスウォーム・ミサイルを20発だけ残し、サムエルがスウォーム・ミサイルの一斉射を仕掛ける。そして――〈ヘルファイア〉が高速で蛇行してミサイルを振り切るタイミングに合わせ、腕部砲身からロケット・アシスト榴弾を撃ち出した。

 

 弾尾のロケットモーターから煙を吹きながら飛んだ2発の砲弾。ロケット推進による補助があるとはいえ、比較的低速で撃ち出された大型の砲弾はレールガンほどの弾速を持たず、大リーガーの剛速球と子どものキャッチボールほどの速度差がある。


 しかし、発射に伴って発生する巨大な発射炎の瞬きは、レールガンから噴き出すプラズマの輝きにも劣らない。それを誤認したジークと〈ヘルファイア〉のOSは、それまでと同じように飛翔体の回避のために横っ飛びに跳躍した――してしまった。


 その迂闊な跳躍の着地点を、〈ピースキーパー〉の主砲レールガンが狙う。

 

(弾速が遅い! 両腕の短砲身か!? 目的は!? ――フェイント!)


 弾尾から白煙の尾を引いて低速で迫ってくる2発の砲弾を見て、ジークは判断ミスに気付いた。背後に着弾した榴弾の爆発を横目に咄嗟に空中で機体を捻り、進行方向に背を向ける。

 同時に耳元で小さく警報音が鳴り、OSが敵のFCSに捕捉されたことを告げた。


「かかった! 照準よし、チャージ最大!」


 距離1150メートル、レールガンは装填・充電ともに完了。砲身の先端は既に〈ヘルファイア〉の予想着地点へ。引き金は既に引かれ、演算が終わり次第発砲される。

 演算完了までコンマ3、2、1――ゼロ。


「潰れろ、サイボーグ! お前の存在が目障りだ!」

「――〈ヘルファイア〉は死なないッ!」

 

 別々の場所で二人の男が発した声が重なる。〈ピースキーパー〉の砲口から激しいプラズマの光が迸ると同時に、〈ヘルファイア〉の全スラスターが一斉に高温高圧の排気エグゾーストを噴き出した。


 慣性を推力で打ち消せば、空中で機体は急減速し、その結果として着地点もずれる。結果――おぞましい衝撃音と共に飛んできた極超音速の砲弾は、何もない空間を貫いて飛び去っていった。一瞬遅れて〈ヘルファイア〉の巨体がズドン、と重々しい地響きを立てて着地する。

 パイロットの経験、熱核スラスターの推力、脳直結操縦による反応速度、ほとんど脊髄反射に近い刹那の判断を拾って最適な機体制御を行うOSの性能。それら全てが結びついて初めて実現可能な、神業といってもいい会心の機動マニューバだった。


「あれも避けるのか――!?」

「もう目と鼻の先ぃッ!」


 ジークが機体のマニュピレータを腰部後方にマウントされたバトルアクスに伸ばす。柄を掴むと同時に自動的に固定具が外れて斧頭モーターの回転が始まり、凶暴な駆動音を響かせた。

 長柄の斧を抱え込むように構えた機械の怪物が、獲物に襲い掛かる肉食恐竜のごとく〈ピースキーパー〉が陣取る山上へと突進する。


「ちぃ――ガンランチャーを預ける。やれ、ディー!」

「たかがシミュレーションで熱くなりすぎでしょ。いいけど」


 サムエルがタッチパネルから武装の使用権限をディナの前部座席に移譲すると同時に、ディナが右手に操縦スティックを握ったまま、左手で脇のコレクティブ・レバーを操作してエンジン出力を引き上げ、発電タービンを回すことにのみ用いていたジェット排気の経路を切り替える。


「……離陸テイクオフ


 次の瞬間、〈ピースキーパー〉の四脚とシャーシの底から〈ヘルファイア〉のスラスターと同質の高圧排気が噴き出し――推力が機体にかかる重力を振り切り、グレーの巨体が急激に浮き上がる。


「――飛んだ! 砲台が!?」


 兵装を山と積んだ〈ピースキーパー〉の巨体がヘリコプターかティルトジェットよろしく垂直に離陸する姿を見て、ジークは目を剥いた――あの要塞じみた図体が宙に浮かぶなど、完全に想像の範囲外だったからだ。


 その目の前で――その身に最新技術の粋を詰め込んだ四つ足の異形は機械的な無表情を浮かべて〈ヘルファイア〉を見下ろすと、そのまま両腕のガンランチャーの砲口を突き付けた。

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