5.宣戦布告

 全ての挨拶と訓示が終わった後。本部司令棟入り口、二重構造になったドアを開けた瞬間、強い日差しと砂塵の混じった乾いた風が押し寄せる。12月を過ぎて雨季になるまで、この国の気候はずっとこのようなものだった。


「殺風景だが、悪くない場所だな。ミャンマーより湿気が少ないのがいい」

「三日で飽きる。そこの街道を右手に車で1時間進めばジャラーラーバードの中枢部――外国人街まで直通だ。PRTOの所属証明カードは?」

「所属の更新も済んでいる」「これ?」


 サムエルとディナが首から下げた顔写真付きのICカードを見せた。PRTOの構成員、もしくは基地内への立ち入り許可を得ている人間なら誰でも持っている、所属と権限データが組み込まれた所属証明カードである。


「他所から戻ってくる時には検問でカードの提示を要求される。失くすなよ」

「その辺りはミャンマーと同じだな。外出先で気を付ける事は?」

「外国人街は塀と関所で隔離されているし、ドローンで24時間監視されているから安全だ。酒も豚肉も売春婦も外国人街にある。だが外に出るのは止しておけ」


 ジークが手短に伝えると、サムエルが意外そうな顔で「ふぅん」と唸った。


「厳格なイスラームの国だろうに、寛容なことだな」

「塀の中の人間の50%は非ムスリムの外国人。30%はムスリムの外国人。残り20%のほとんどは内部に建つ市役所の職員と富裕層だ。当然、塀の外の住民は良く思っちゃいないが――政府がPRTOとべったりな上に現地警察とドローンが見張ってるんだ、大したことはできない」


 それから指令本部の向かい側の士官用食堂を経由した後、基地の外れの機体格納庫へ向かう。PRTOの軍事基地は同じ規格のブロックを組み合わせて建物を形成しているため、大きさは違っても内装のレイアウトはどこの基地もそう変わらない。相手も基地での隊長勤務の経験者という事で、この時点で新しく教えることはそう多くなかった。

 

「シェルター並みとはいかんだろうが、頑丈そうだな」

「半地下式で空爆にも耐えられる造りだ。入れ」


 特注の大型シャッターの横に据え付けられた出入り用のドアを空けると、コンテナだらけだったガレージ内はだいぶ片付いていた。内部ではSF映画のパワーローダーめいた外見の作業用Mechや作業員が慌ただしく駆けずり回っている。


「ん? ああ、お疲れ様です」


 三人が近づくと、作業進捗を監督していたロックがこちらに気付いて振り返った。


「炉は?」

「冷却装置に繋いだ。営倉入りは免れたか?」

「先延ばしだって言ってたが、おおかた今日の戦果と帳消しだろう」


 ジークが背後の二人へと振り返る。


「――ロック・サイプレス准尉。整備班長」

「技術主任だ」

「どっちだって同じことだろ。機体のことはこいつに聞け」

「サムエル・サンドバルだ。こっちは副官のディナ・サンドバル。似ていないが兄妹だ」

「どうも。見ていきます?」

「お願いしよう。ここにはガレージ設備だけか?」


 サムエルの質問にジークが答えようとすると、それよりも早くロックが口を開いた。


「奥の部屋に訓練用のVRシミュレーターがあります。お二人の分の搬入と設置は済んでるから、好きに使っていただいて結構ですよ」

「あの大がかりな機械をか? 随分早いな」

「〈ヘル〉の装甲交換作業に比べりゃ小包運ぶくらいなもんです。ここの前はどこに?」

「君らと同じ、アバディーンで性能テストさ。その前はミャンマーで戦闘ヘリ中隊を指揮してた」

「お若いのに大したものだ。こちらへ」


 ロックが先頭を代わり、4人で工場見学の列のように一列で歩き出す。途中で〈ヘルファイア〉のバトルアクスを2機がかりで運ぶ作業用Mechとすれ違った。


「今のは?」

「ここででっち上げたバトルアクスですよ。関節用の高トルクモーターだのテルミット溶接機だのと、壊れた装甲ブロックの超硬セラミック層から削り出したブレードを組み合わせた、バーナーつきのチェーンソーみたいな代物です」

「建造物破壊用か。大きいな」

「〈ヘル〉はもともと機動テスト用の実験機ですから、射撃統制装置FCSは量産3m級の〈ヨコヅナ〉のを移植してるだけなんですよ。照準が機体の速度に追いつかない都合上、射撃兵装は使いづらいようで」

「そうなのか」


 サムエルが大して興味もなさそうに答えた。

 2080年代の戦場というものは、基本的にはFCSの性能と射程距離に物を言わせた射撃戦である。歩兵用ライフルにすら簡易FCSが取り付けられる時代に大斧を振るって格闘戦など、常識で考えれば狂気の沙汰であったし、敢えてそれをする人間の頭の中など彼にとってはどうでもいいことだった。


「ただ出力と装甲、それに推力は天下一品ですよ。駆動部には人工筋肉だけじゃなくて高出力モーターを仕込んでるし、最新式の重複合装甲で全身ガチガチに固めてあります。特に正面は圧延鋼板3メートル分の防御力だ。それを総推力377トンでかっ飛ばすんですから」

「へぇ」

「ほら、あれです」


 4人がトランスポーターに乗ったまま整備にかけられている〈ヘルファイア〉の前で足を止めた。

 成形炸薬弾の直撃を受けたカバーの表面にはメタルジェットによって無数の穴が穿たれ、禍々しい三眼のペイントも一部が剥げて双眼になっていた。核融合炉を格納する機体背部バスルは一部だけ装甲が外され、そこに冷却装置から伸びた無数の太いパイプが繋がっている。


「だいぶ撃たれているようだが」

「薄皮一枚ですよ。装甲はモジュールになってますから、取り換えて防弾カバーの穴を溶接して塞げば元通りです。まぁ明日か明後日には」

「なるほど。まさか武装はさっきの斧だけか?」

「腕の中に小型の30mmチェーンガンを内蔵してます。それと肩部のハードポイントに対戦車ミサイルランチャーかロケットポッドを」

「ほう、それだけか」

「……」


 ロックの流暢な説明を受けるサムエルの後ろで、ジークは黙ったまま内心でふつふつと反感が湧いてくるのを感じていた。


(やはりこいつは俺を見下している)


 目の前の男はどうも、自分の戦果も〈ヘルファイア〉の性能も信じていない――というか、そうした事実を「興味がないこと」として片付けた上で、本音のところで自分を虚仮にしている。仕立ての良いスーツに身を包んだ大手企業のサラリーマンが肉体労働者ブルーカラーに向けるような無意識の上から目線が、目の前の男の言動の節々に宿っているように感じられた。

 

(だが、まだ早い)


 既にジークの怒りは穏便な解決を通り越し、相手に食いかかるタイミングを計る段階にまで進行しつつあった。自分を上から見下す奴は、誰であろうと許しはしない――虎視眈々と機を待つジークの前で、ディナが振り返る。


「……平気? 体調悪いの?」

「別に」

「そう。無理はしないで」

 

 ディナはそれきり興味を無くしたように素っ気なく顔を背け、ジークの前をすたすたと歩きながら会話する兄とロックの方へ視線を戻した。嫌いの反対は好きではなく無関心、と言うが、兄がこちらを見下す一方で、妹の方はジークにも兄にも距離を置きたがっているように思えた。腹は立たないが好きにもならないタイプだな、とジークの中で第一印象が決まる。

 

「――ところで、私の〈ピースキーパー〉はどうなんだ?」

「機体の組み立ては9割方。動力炉は既に予備の第二冷却装置に接続して保管しています。日付が変わる前には腰が落ち着けられそうですよ」

「そいつは結構! 見てもいいかな?」

「どうぞ。あそこです。――ジーク、お前も見ておけ。これから協同する機体なんだからな」


 ロックがひょい、と指さした先には、グレーに塗られた巨体の戦闘機械が安置されていた。


「こいつは……」

 

 無数の開口部が空いた太い四本の脚――関節らしい関節が存在せず、到底すばやく歩けるようには見えない――が放射状に伸びるシャーシの上に胴体が接続された、ダンテの『神曲』に登場する怪物アラクネーを思わせる外見。全高は〈ヘルファイア〉と同じくらいだが、水平方向の大きさは10メートルを優に超えており、こちらの方がずっと大型である。


 次に視線を引きつけるのは、全身に盛り込まれた過剰なまでの重武装。

 胴体の中央からは黒いスリーブに覆われた長大な砲身が前方に伸びていて、背部には巨大なコンテナ型のミサイルランチャーが左右に接続されている。発射口が上を向いた垂直発射式のようだったが、それが事実だとして一体何発のミサイルを積み込むのか想像もつかない。

 腕にあたる部分には関節も指もなく、大口径の短砲身を持った低圧砲らしき武装が胴の両側に接続されていた。それらに加えてシャーシ下部には大型・大口径のガトリングガン、側面には半球状のレーザータレットも見える。

 

「XTM-5 〈ピースキーパー〉だ。型番は4つ後だが、実機が作られたのはこれが2番目ということだ」

「欺瞞に満ちた名前だな。こんなのが〈ヘルファイア〉の後継か」

「後継? いやいや、設計思想から合理化された別物だ」 


 重火器で身を固めた異形の四脚Mechを前にして、サムエルが自信満々に言い切る。その言葉の端にもこちらを見下す雰囲気を感じ、ジークはさらに反感を強めた。


「こいつは複座で、高性能FCSとレーダーによる遠距離攻撃に特化している。兵器に必要なのは過剰なカタログ・スペックではない。先んじて相手を撃つ射程と火力だ。名前通り、これからはこの機体がパシュトゥーン人を皆殺しにしてアフガニスタンに平和をもたらす」

「『これからは』? そいつは俺へのあてつけか? 実際に戦果を出したわけでもないだろうに。――さっきから何なんだ、お前は。ふざけてんのか!?」


 とうとう我慢できなくなり、ジークが口を出して後ろからサムエルの肩を掴んだ。

 サムエルがハッハ、と乾いた笑い声を上げた後――機嫌を損ねたように笑みを消して舌打ちし、ジークの手を外して彼に向き直った。


「ふざけているつもりも、あてつけのつもりもない。被害妄想も大概にしろよ。――貴様の成果が嘘だと言うつもりはないが、ひとつ事実を指摘すると、貴様が英雄になれた全ての根源はそこの機体がワン・アンド・オンリーだった点にあるということだ。今は違う」

「――喧嘩を売っているのか!」


 さっきからずっとちらつかせていたナイフを、躊躇いなく胸に突き立てられたような気分だった。

 ジークが半ば衝動的に距離を詰め、装甲義肢によるボディーブローを打ち込むが――その瞬間サムエルが俊敏に身を躱し、アーヴィングの二の舞を回避した。


「どっちのセリフだ、それは」


 どうやらしびれを切らしたのはジークだけではなかったらしい。まるで仮面を外したかのように、サムエルの顔からすっと表情が抜け落ちる。


「貴様ときたら、これ見よがしな装甲義肢といい、無駄に不良バッド・ボーイぶった態度といい、まるで思春期の少女か精神疾患者のような繊細さだ。自分が優位にいないとマトモに話すこともできないんだな、社会不適合者め」

「アングロサクソンってのはどいつもこいつも、世界の教師を気取って!」

「俺もディーもヒスパニックだ。実力でこの地位まで上がってきた」


 今度は顔面を狙って拳を打ち込むと、サムエルは素早く身を屈めてそれを回避、逆にジークの顔に肘打ちを入れ、そのまま腕を取って素早く関節を極めて見せた。

 少し習った程度でできる動きではない――兵学校で教官が行うデモンストレーションのような鮮やかな動き。


「貴様は他人が怖いから、そうやって無軌道な攻撃に走るんだよ。自分が優位に立っていないと怖くて話もできないんだ。強がっているだけで性根の臆病なネパール野郎のエジキエル・シィング君!」

「もう勝ったつもりかよッ!」


 ジークが言い放つと同時に、アームロックを駆けられた右腕が油圧ショベルのような無慈悲さで駆動して拘束を振り払い、そのまま返す刀で相手の襟首を掴む。サムエルの表情が驚愕に染まった――無理もない。極められた腕をそのまま伸ばしてアームロックを外すなど、本来人間には絶対に不可能な外し方だ。


「関節技を外した!?」

「あのとき俺が本気なら、アーヴィングは今頃死体袋ボディバッグだッ!」


 ジークが片腕だけでサムエルの180cmを超える体躯を軽々と持ち上げ、顔面に強烈なヘッドバッドをぶちかましてロックたちの方へ無造作に投げ飛ばした。サムエルが咄嗟に受け身を取ってコンクリート床への激突を避ける。


「俺に土を付けたな……!」

「――ヒスパニックならサンディエゴのバーガーショップでポテトでも揚げていろ! 稼ぎがない貧乏人の生まれだから・・・・・・・・・・・・・・・お前はこんなところに出稼ぎに来てるんだろうが! 先進国に生まれたってだけでエリート面で粋がりやがって!」


 そこにジークが吐いた暴言はほとんど反射的に出たものだったが、図らずも相手のコンプレックスを直撃したようだった。


「ふ、ふふ……ハハハハハハハハッ! ……言ったな、この野郎」


 サムエルが気が触れたような高笑いを上げながら立ち上がった次の瞬間、端正な顔から表情が全て抜け落ち、代わりに冷え切った鋼鉄のような殺気が浮かぶ。こちらを射殺さんばかりに見開かれた青い瞳は、先ほどまでのオーバーアクション気味な態度は全て仮面だったと言わんばかりの凄然とした冷徹さを湛えていた。


「貴様ときたら、まともな議論の仕方も知らないようだ。士官学校は出ているはずだが、生まれつき知能が低いのか? それとも親の教育がなっていないのかな?」

「その言葉、そっくりそのままお前に――」

「なっていないのだろうなぁ! どんな親か顔を見てみたいよ。――ああ、いや」


 そこで一度言葉を切ると、サムエルは挑発の意図をたっぷりと込めた笑みを浮かべて肩を竦めた。


「戦争で死んだんだったな、貴様の親は。国王派の反政府勢力に殺されたと聞いたぞ。――まぁネパール共産党政権の毛沢東主義者マオイスト自体が自由の敵、悪の枢軸だ。殺されたということは、貴様の親も相当ロクでもないことをやっていたんだろう、ええ?」


 渾身の悪意を込めてサムエルが言い放った。ジークの顔から表情が抜け落ちる。


「何の仕事をしていたのか知らないが、ただでさえネパール人のくせに息子にエジキエルなんて名前を付けるんだ、相当可愛がられていたんじゃないのか? 預言者君。それとも天使ちゃんかな? ハッハッハッハ!」


 ジークは何も言い返さず、ただ無表情でチタンで覆われた拳を握りしめた。それを後ろで見ていたロックが血相を変えて辺りを見回し――近くに停めてあった無人の作業用Mechに目を付ける。


「人民から搾り取った金で育ててもらったはいいが、親が死んだから敵のPRTOに身売りして、あげく手足も目も失くして最前線に行きつき、そこでさえ嫌われ者なのが今の貴様だ! このポンコツ以外に自分を保証してくれるものがないから、そうやって他人を攻撃して自尊心を保つしかないんだよな? 自分が惨めなのを解っているからそうやってぎゃあぎゃあ喚くんだ!」

「……もう一度、言ってみろ」

「何度でも言ってやる!」


 サムエルが更に語気を強めた。


「弱者死すべしというのがこの世の真理だ! 貴様の親は死んで当然のゴミで、そのゴミとゴミが交尾して生まれたゴミがお前だ! このアジアの内戦国生まれの身体障碍者め、俺がバーガーショップなら貴様は道端の物乞いがお似合いだ! 残飯でも食って泣いて喜んでろ!」

「――ッ!」


 相手のデリケートな部分をナイフで滅多刺しにするが如き暴言を受けて、白と黒の二色だったジークの両目が一瞬にして真っ黒に染まる――視野と動体視力を最大化すべく、義眼に内蔵された全ての高画素カメラとセンサーが一斉に起動したためだ。


「よくも死人を虚仮にしたな!」

「だったらどうした! 親が死んだ自分は周りの人間より偉いとでも思っているんだろう、貴様は!」

「その減らず口!」


 義肢の人間離れした馬力をフルに用い、文字通り目の色を変えたジークが〈ヘルファイア〉よろしく砲弾の如くサムエルに掴み掛かる。


「――粋がってんじゃねぇぞ、ガキが! 死ね!」


 サムエルはそれをバックステップでひらりと躱すと、熟練の作業工のような素早く正確な動きで腰の後ろ側に手を伸ばし――バックサイドホルスターに収まった小型銃を引き抜いた。


(マシンピストル――!)


 ジークの両手足はチタン合金の装甲、胴体は強靭な人工筋肉スーツで覆われているが、サムエルが持つのはパイロットが護身用に持つ機関拳銃。フルオート射撃であれば1秒で弾倉一つ分、20発の9mm拳銃弾を吐き出して濃密な弾幕を張る。


 防ぎきれないと反射的に判断したジークは、コンクリートの床を蹴って低く跳躍。射線を躱して死角から飛び掛かった。サムエルもそれに反応して体を捻り、冷徹な殺意を込めて銃口をジークの頭部に向ける。


「そこまでよ」

「この大馬鹿どもがぁっ!」


 しかし次の瞬間、ディナが意外な俊敏さで後ろからサムエルの腕に取り付き、そのまま後ろに捻り上げてマシンピストルを取り上げた。同時にロックが操る一機の作業用Mechが間一髪で背後からジークに取り付き、その両腕を左右から油圧駆動アームで挟み込んで捕らえる。


「離せディー。社会に適合できん人間に生きる価値はない。殺処分した方がリソースの有効活用になる、進化論だろう!」

「はいはいはいはい」

「止めるなッ! 遊び半分で人をここまで、こんな人間がこの世にいることを許してたまるか! 今すぐ首捩じ切って殺してやる!」

「何で今日会ったばかりの相手とこんな事になるんだよ! ――オーカ先生はやりすぎだろ、この馬鹿力!」


 拘束されたジークが叫ぶと同時に両義手の出力リミッターが外れ、ミシミシと音を立てながらアームが少しずつ押し広げられていく。人間が重機に力で張り合うという尋常ではない光景を見て、ロックが冷や汗を流してここにはいない義手の製作者を責め――せめて抑えられているうちにと、二人の説得を試みる。


「あんた方! 言っていい事と悪いことがあるでしょうが! 敵と味方の区別をつけなさいよ!」

「こんな奴が味方であってたまるか! 親を侮辱した! 死んだ親をだ! 今すぐこいつの首を刎ねて野晒しにしなきゃ、墓前に合わせる顔がない!」


 激昂するジークが機械仕掛けの瞳孔を開いたまま咆哮するが、ロックは一歩も引かずにジークを睨み返すと、毅然とした態度のまま口を開いた。


「それで銃殺刑になったら、それこそ合わせる顔がないだろ! ――少佐も素手ならともかく銃を出したら戦争でしょうが! 初日に部下を撃ち殺すつもりですか!」

「技術主任。まさか私が本当に撃つつもりだったとでも? 相手が大分興奮していたから、頭を冷やそうとしてやったまでだ――それに上官は状況次第で部下を銃殺する権利があるし、正当防衛という考えもある」


 サムエルが身じろぎしてディナに拘束を解かせ、それから何事もなかったかのように人好きのする笑みを浮かべた。

 ――実際のところ「撃つつもりはなかった」というのは大嘘で、ジークに弾倉一つ分の9mm弾を喰らわせるつもりだったのが、相手にそれを証明する手立てはない。最終的に自分が得をするなら詭弁も嘘も使うというのがサムエルの人生哲学だった。


「装甲で覆われた戦闘用義手で殴り掛かろうというのであれば、銃を抜くには十分だろう? 私は被害者だと思うのだが? 思うにそいつは頭に機械を埋め込んだせいで精神に異常を来たしているんじゃないかな? 今すぐ病院に――」

「サムエル・サンドバル! 言っていい事と悪い事があるってのは、あんたに向けても言ってんですよ!」

「……それで?」


 真正面から弾劾されたサムエルが僅かに目元を不快げに歪め、笑みを消して腕を組んだ。ロックがジークを解放し、奥の部屋へと続くドアを指さす。


「シミュレーターを二つ起動すれば、お互いを敵にして演習ができます。そんなに自信がお有りなら、Mechの腕で勝敗を決めてもらえばいい。それでお互い血の気を発散してきなさい。銃だの装甲義手だの持ち出して殺し合うよりよっぽど健全だ、そうでしょうが?」

「ふざけるな、そんなお遊びで!」

「さほど意味があるとも思えないが?」

「大の大人が二人も揃って言葉を話せないケダモノか! ハナからみみっちいプライドの対立でしょうが! そこを慮った上でこうして穏便な方法を提示しているのだからして、さっさと行きなさいよ!」


 ロックがMechのアームで二人の背中をどん、と押し、奥の部屋へと追い払う。固唾を飲んで見守っていた他の整備員たちが、話がまとまり始めたのを察して作業に戻り始めた。


「まぁいいだろう。間に入ってもらえてよかったな、エジキエル君。出撃帰りで疲れているというのなら日を改めてやっても構わんが? 私は寛大だからな。アメリカ人らしくフェアプレーをしてやろう」

「黙れ、ヒスパニック! ――ロック! 今のところはお前の顔を立ててやるが、俺がこんなもので納得したと思うなよ! 来い!」


 ジークとサムエルが張り合うように並んでシミュレーター室へと向かい、若干呆れ顔のディナがそれに続く。

 自分の勝利を一切疑っていないサムエルの横顔を見て、ジークの闘争心は炎の如く掻き立てられた。――会ったその日にここまで敵対心を剥き出しにしてきた相手は初めてだが、どのみち遅かれ早かれこうなっていたのだ。気に食わない相手を追い出す機会は、早ければ早いほどいい。


 ただ、ひとつ確かな事として――ジークは傷ついていた。


 半ば勢いで出たものだろうが、サムエルが突き立てた言葉のナイフは、ジークの心の本質を強かに抉っていた。彼にとって己の自尊心を満たすことができるのは、事実自分と〈ヘルファイア〉だけだったからだ。

 初対面の男に自分の内面をずばり言い当てられたということ自体が――自分がその程度に単純な人間でしかないと言われているようで――彼の神経を酷く逆撫でしていた。


(シミュレーター室にはロックたちも入ってこないはずだ。……いいさ、宣言通り機体で叩きのめして――それから改めて、このいけ好かない野郎を殴り殺してやる)


 敵意と共に硬く握り込んだ拳からは、装甲が擦れる硬質な金属音が響いた。

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