2.義肢義眼のパイロット

 ジークが居城とするPRTO派遣軍基地、通称『キャンプ・ビッグボード』は、最前線から数十キロ後方――アフガニスタン北東部、ナンガルハール州にある。


 名前の由来となった長大な滑走路と、それに見合う航空機運用能力を持つビッグボードは国内でも有数の軍事基地であり、パシュトゥーニスタンとの戦線を維持するための要塞の役割を担っていた。

 そして、ジークにとっての重要事項として――T-Mechの核融合炉を稼働状態で保管するための冷却設備や整備ガレージは、アフガニスタンでは同基地にしか存在しない。彼にとっても〈ヘルファイア〉にとってもビッグボードが唯一の巣であった。


「〈ヘルファイア〉より指揮所へ。ジーク・シィング、帰投した」

「……」

「帰投したと言っている!」

「聞こえてるよ! そのまま入ってくればいいだろう!」

「ちっ!」


 殺気だったやり取りを交わしながら、ジークは熱核ジェットの出力を絞って機体を減速させた。そのまま自分たちが使う路面まで踏み割らないように街道を避け、大きく迂回して基地の西門へと回る。


 三眼の怪物が地響きを立てながらゲートの前に着くと、そこには全高3mほど――〈マロース〉のおよそ1.5倍の体躯をもつMechが複数で門を守っていた。PRTOが主力として運用している量産型Mech、通称〈ヨコヅナ〉である。


 貨物トラックと相撲がとれるパワーと小型弾に耐える装甲。小型軽量の〈マロース〉とは異なり、高出力人工筋肉と装甲モジュールをみっちりと詰め込んだ重厚なシルエット。まさにその名に恥じぬ――ネパール系のジークはよく知らないが、日本のスモウ・レスラーのチャンピオンに由来しているらしい――貫禄である。もっとも7m超の体躯を持つ〈ヘルファイア〉とでは大人と子供ほどの差があるが。


「T-Mech試験班、〈ヘルファイア〉のジーク・シィング中尉だ。整備班の迎えは」

「まだです。門だけ開けるので少々お待ちを」


 外部指向性スピーカー越しにジークが門番に呼びかけると、門番の〈ヨコヅナ〉が道を空けるように動いた。その後ろでゲートがガラガラと音を立てて開く。


 それから数分後――門の向こうで大きなクラクションが響き、家一軒を運べそうなサイズの大型牽引自動車トランスポーターがゆっくりと走り出てきた。それがそのまま慎重に反転して、〈ヘルファイア〉の前で停止する。


「――お疲れさん。その装甲の傷、だいぶ撃たれたと見えるな」


 機体の集音マイクがトランスポーターの運転席からのだみ声を拾った。

 ハンドルを握っているのは無精ひげを生やし、階級章を縫い付けた作業服を着たカナダ系の壮年男性だった。〈ヘルファイア〉の技術主任であり、ジークにとって数少ない古馴染みの一人でもあるロック・サイプレスである。


「ロックか。奴らは全員死んだが俺は生きてる、普段通りだ」

「そりゃ結構。まぁ乗れよ」


 ジークが熱交換器――核融合炉と熱核ジェットの間を繋ぐ部品で、通常のエンジンでいう燃焼室にあたる――のアクセスを切り、スラスターを完全に停止させた。

 次にトランスポーターの荷台の上に片足ずつ機体を乗せ、そのまま身を屈めて重心を下げる。するとロックがそのまま車を発進させ、〈ヘルファイア〉を基地内へと運び込んだ。


「いつも上手く台に乗せるもんだな。130トンの化け物を」

「馬鹿にしてんのか。〈ヘル〉は俺の身体も同然だ――文字通りな・・・・・


 多くのMechはモーショントレーサーで中にいる搭乗者の動きをそのまま、あるいは補正をかけて機体自体の動きに反映する。それでもこうした「柔らかい」動きには高い操縦技量を必要とする。

 だが――ジークと〈ヘルファイア〉は少し事情が違う。彼は胸椎に手術で埋め込んだ電極を通じて脳と機体を接続するブレインBマシンMインターフェースIを用いて、脳波による直接制御で機体を操縦していた。彼が戦闘中に発揮する圧倒的な判断速度と機動制御も、偏にこの操縦方式の恩恵であった。



 ◇


 三眼の怪物を乗せたトランスポーターがゆっくりと基地内を進んでいく。

 極厚の装甲で隔離された〈ヘルファイア〉のコックピットの中で、ジークはあちこちから注がれる視線を感じていた。基地内を移動するときはいつもそうだ。視線の主は移動中の人員であったり、窓から偶々〈ヘルファイア〉の姿を視認した後方要員であったり、歩哨中の兵士であったりした。


「わ、わ、わ。何ですか、あれ。化け物みたいにでかい」


 300mほど離れたところで、アサルトライフルを携え真新しい軍服に身を包んだ歩哨が、近くの壮年の兵士の方を向く。訊かれた壮年兵士は疫病神でも見た様に顔をしかめると、〈ヘルファイア〉に背を向けてから声を抑えて話し出した。


「ここの秘密兵器だ。ちょくちょく単騎で山の向こう側に突っ込んでいく。被弾して帰ってくることも多いし、ドンパチやってんだろうな。戦車2、3台ぶんの重さがあるからああして車で運ぶんだとよ」

「単騎で……? 凄ぇじゃないっすか、英雄だ!」

「とんでもない、頭のイカれた『人喰い虎』だ。……両手足にごつい鎧をつけた野郎を見たら、それがジーク・シィングだ。目を合わせず何も言わず離れろ。みんなそうしてる。じゃなきゃ何の因縁つけられて半殺しにされるか解んねぇ」

「……」

 

 新兵がもう一度輸送車の上の〈ヘルファイア〉を見た。嫌悪、敬遠、警戒――彼の視線にはそういった感情が込められていて、機体のカメラと集音マイクで一部始終を聞いていたジークをひどく苛立たせた。


 ◇


 ビッグボード基地の建築物は四角い積み木を積んだような――というか、実際にブロックを積むようにして建てられている――簡素な建物が大半だが、〈ヘルファイア〉の整備ガレージは例外だった。保全に手間がかかる熱核融合炉を運用する都合上、建物は砲爆弾の直撃にも耐えられる頑強なシェルターとして作られている。


 ガレージ正面に設けられたT-Mechの機体を収容するための超大型シャッターがモーター音と共に開き、そこへトランスポーターが進入。そのままガレージ内に設けられた定位置まで〈ヘルファイア〉を運び――運転席からの操作で荷台を切り離す。このまま荷台の上で点検と整備を行い、また次の出撃時に車体を繋いで運び出すのだ。


「ふぅ、お疲れさん。もう降りていいぜ――」

「……ロック、こいつはどういうことだ」


 ロックが車を停めて一息つこうとした瞬間、ガレージの中を見たジークが冷ややかに言った。

 彼の視線の先では、今朝出撃した時にはなかったものが――雑然と積まれた大量の貨物コンテナがあった。広々としていたガレージの内部空間は、今や半分近くをコンテナの山に占拠されていた。ロックが痛いところを突かれたように顔をしかめる。


「――出撃中にガレージの模様替えなんぞしやがって、〈ヘルファイア〉の核エンジンを何だと思ってる!? スラスターを止めたらすぐ冷却装置に繋がなきゃ、ラジエーターがイカれて融合炉のヘリカルコイルがぶっ壊れるだろうが!」


 ジークが機内から怒鳴った。〈ヘルファイア〉に無限の航続距離スタミナを与える熱核融合炉だが、その扱いは非常にデリケートである。

 熱核ジェットを吹かしている間は排気を介して放熱できるが、エンジンを止めて駐機している時はそうもいかない。放っておけば数十分で機体がオーバーヒートを起こし、安全装置が核融合反応自体を停止させてしまう。

 一度そうなれば専用の始動施設以外では再点火できないため、基地では外付けの冷却装置に繋いで反応停止寸前の状態を維持することで保管していた。


 こうした事情から――速やかに機体を冷却装置に繋げるように、原則T-Mechが出撃しているあいだガレージは別の作業を入れてはならない。ならないのだが――現にガレージ内には見知らぬコンテナが大量に、それこそついさっき・・・・・まで搬入作業をしていましたとばかりに雑然と積まれていた。本来あってはならない作業のダブルブッキングである。


「俺が規則を忘れてバカやったと思うか? まず降りろ。事情はそれから話す」

「ちっ。……音声認識、神経接続解除」

『神経接続解除、了解――完了。固定を解除します』


 電子音声とともにジークの脳髄と機体コンピュータとの接続が切れ、同時に彼の手足を鉄枷めいて拘束していた固定具が開く。――その手足はチタン合金の装甲板に覆われていた。


 ジークが座席から伸びて己の胸椎に突き刺さっていたケーブルを引き抜き、鉄兜めいた重防護ヘルメットを外す。

 両眼窩に嵌め込まれた球形機械の中で、複眼状に配置された高画素カメラが起動。左右のサイバネ義眼が棺桶のごとく狭いコックピット内を映し出した。


(ロックがこんな馬鹿な真似をする訳がない……だとしたら……)


 ジークが怒り狂った様子で胴体天板に設けられたハッチに手を当て、そのまま下からこじ開ける。

 幸い今回は問題が起きなかったが、もし戦闘でエンジンや排熱関連の部品を破壊されていれば状況はよりシビアになっていただろう。そもそも、このような予定のダブル・ブッキング自体あってはならないことだ。

 

 分厚い装甲ハッチを開いて機体の上に出ると、ジークはそのまま何の躊躇いもなく7メートル近い高さから飛び降りた。着地と同時に両脚からガギンと金属が擦れ合う音が響く。

 

「――それで、出撃中に搬入作業をやらせた馬鹿はどこの誰だ!?」


 そうしてロックに詰め寄るジークの外見は――一言で言えば、異様だった。


 短く切り揃えられた黒髪、インド・ネパール系に特有の色の濃い肌。

 しかし顔にはナイフで刺されたような傷痕が無数に残っており、眼窩には疑似的な瞳孔再現機能をもったサイバネ義眼が収まっている。

 そして――かつて両手両足があった場所には、武骨な装甲で覆われた機械義肢が接続されていた。カーキ色の野戦服の下では人工筋線維を束ねたアシストスーツが義肢同士を繋ぎ、強化外骨格めいて胴体を覆っている。もはや生身の部位より機械の割合の方が多いほどだった。


 これらの人工器官はかつて事故で失った身体機能の補填に加えて、ジークに人間離れした膂力と脚力を与える装備として機能している。ただ――野戦服の上からでも浮き出て見える無骨な装甲は、いかにも威圧的で暴力的な印象を放っていた。


「解ってるとは思うが、隊長のアーヴィングだよ。こっちも急な話で参ったんだ。これでも何かありゃ対応できるように気を付けて作業してたんだぜ」


 空腹の人喰い虎のごときジークの気迫にたじたじになりながら、ロックが迷惑そうな表情でそう答えた。


「なんか輸送機が予定より早まったとかで、少佐が今すぐ運び込めってうるさくてよ。出撃のすぐ後くらいに聞いた話だったから、てっきりお前も聞いてるもんだと思ってたが……」

「あの野郎、いい加減な仕事をしやがって!」


 事情を聴き、ジークは先の戦闘中に黙らせた無線手――一応は彼の上官である、T-Mech試験部隊の隊長アーヴィング・パーシング少佐への怒りを露わにした。彼が自分を嫌っているのはもとより承知の上だが――こんな真似をして、あまつさえ嫌がらせのために業務連絡をわざと怠るとは! 


「文句言いに行くのかよ?」

「あの野郎をぶん殴ってくる」


 沸々と湧き上がる怒りに身を任せて司令本部へと歩き出すジークに、ロックが背後から声をかけた。


「ガレージの外ならどこで何しようが勝手だが、また営倉入りにはならないようにしろよ」

「お前には関係のない話だ!」


 そのまま司令本部がある建物までずかずかと歩いていくジークを見送り、ロックがひとつ溜息をつく。


「――あの調子だと、また・・隊長が新しくなるって話も聞いてないらしいな。アーヴィングの野郎、五体満足で異動できるといいが」


 ぼそりと漏れた呟きは、ジークの耳には入らなかった。

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