天の雷、地に焔 ―砂塵を越え、砲火を越え、進め機甲の怪物―

海雀撃鳥

chapter1 平和は砲火の下に

1.ヒンドゥークシュの獄炎

 西暦2082年9月、アフガニスタン東部。荒涼たるヒンドゥークシュ山脈の一角に、周囲に睨みを効かせる前哨基地があった。


 基地は居住のためのスペースとそれを囲む複数の戦闘監視所からなる。個々の監視所は土嚢と石垣を積み上げた防壁で四方が守られ、天井には偽装のために厚く土が盛られている。この土製のトーチカには無人航空機ドローン避けの妨害電波発生装置に14.5mm機関銃、対戦車ミサイルランチャーが設置されていた。


 こうした見張り台が全部で三つ、尾根の上に設けられており、周囲で村人が怪しい動きを見せたり、万が一谷底にアメリカ軍――PRTO派遣軍という名前に変わりはしたが、実態は米兵とその傀儡になったアジア人たちだ――の車輌が侵入したりすれば、すぐさま各トーチカからの一斉攻撃がそれらを迎撃する手筈になっていた。


 土嚢の前、機関銃の前で手持ち無沙汰に青い空を眺めていたパシュトゥーン人の兵士の後ろから、この前哨基地を預かる上官がコーヒーの入った金属製のコップを手に歩み寄る。二人とも同じデザインの野戦服に身を包んでおり、民兵組織にありがちな雑然とした雰囲気は感じられない。


「どうだ?」

「平和です。前に歯向かった若いのを一人ったんで、村の連中も静かですね」

「気は抜くなよ。最近また前哨基地が潰された。ここもいつまで安全か解らない」


 コーヒーを受け取って気の抜けた返事を返す兵士に向かって、上官はやや眉の間に皺を寄せて釘を刺した。


「例の『三つ目の悪魔』ですか? 去年ペゼンタの飛行場をぶっ壊したって」

「ああ。奴のせいでまた敵の無人機が空をうろつき始めた。ヨーロッパの白人が撤退して自分の国に引きこもったのは良いが、代わりにインドだのマレーシアだのがやってきたんじゃ前と同じだな」

「ここは50キロは後方ですよ」

「ペゼンタは150は後方だった。だから気を抜くなと言ってる」


 彼らが所属するのは自称「パシュトゥーニスタン共和国」。アフガニスタン東部からパキスタン北西部にかけて勢力圏を持つ、パシュトゥーン人によるイスラーム主義国家を自称する武装組織である。


 かつて政権の座から追い落されたターリバーンは、2050年代の世界的な海外治安維持活動の規模縮小に伴ってその勢いを再び盛り返していた。現在では周辺組織を武力で併合、確固たる「領土」を保持した上で、アメリカを始めとした各国から支援を受ける現地のハサン政権と対立を続けている。


「勝てますか」

「とんでもなく頑丈な上に亜音速で突っ走るって話だ。今のところ撃退した例はないが……。なに、俺たちが最初の成功例になるだけのことだ。俺もロシアで訓練を受けた、安心しとけ」


 根拠の薄い、どちらかといえば精神論的な励ましの後、上官は防壁の外に置かれた2メートル半ほどの機械鎧に視線を遣った。

 パシュトゥーニスタンが彼らの支援者であるロシア連邦から購入した、Mech(メック)こと機動装甲Mechanized Armor〈マロース〉である。乗り込む、というより着込むように装着する旧型の小型機で、装甲は薄いが身のこなしが軽く、それでいて他国製Mechと同等の武装を扱える。


「なるほど。ま、とりあえずこの話はここで止めときましょうや。噂をして影が差したらまずい」

「ああ――」


 上官が頷いた次の瞬間、数十キロは離れた山の向こうから、地鳴りのような重低音が響き渡った。それが大型のジェットエンジンが排気を噴き出す音だと気付いた上官が、張り詰めた表情で腰の通信機に手を伸ばす。


「奴らの戦闘機ですか?」

「いや……高度が低い。谷底を走っている――『三つ目』だ!」


 上官がくわ、と目を見開き、通信機を素早く操作して全てのトーチカに指示を出す。


「本部に救援要請! 対戦車装備をありったけ出せ!」

「そんな!?」

「早く砲座へ!」


 そう言い捨てると、上官は防壁から飛び出し、地面に膝をついた〈マロース〉の頭部を後ろに押し倒した。連動して頭部と一体化した胴体ハッチが開き、緩衝材で覆われた機内が露わになる。

 彼はそこに踊り込んでゴーグル型のヘッド・マウント・ディスプレイを装着しそのまま電源を入れた。すぐさま乗降ハッチが自動的に閉鎖され、モノアイ型のカメラアイが動き始める。


 兵士が据置式の対戦車ミサイル発射機についたのを横目に確認すると、上官は足元に置かれたMech用多目的ランチャーを拾い上げた。装填されていた無誘導のロケット弾を抜き、代わりに誘導装置付きの対戦車ミサイルを砲口に差し込む。


 あまり経済的余裕のないパシュトゥーニスタンでは、高価な誘導弾頭はそう頻繁に使えるものではない――彼の命令はそのまま、彼らが『三つ目』の脅威を重く見ていることの証明であった。


 同じように装填されたランチャーを持った〈マロース〉や、数合わせの旧式RPG(携行式対戦車ロケット発射機)を持った歩兵が尾根に集結する中、狭苦しい機内の空間で上官がぎりり、と歯を食いしばる。


 ――次の瞬間、山陰の向こうから爆風を伴ってそれ・・が来た。


「なるほど――確かに、三つ目だ!」


 全高7.2メートル、戦闘重量137トン。〈マロース〉の3倍以上にもなる巨躯を、乾いた血のごとき赤褐色の装甲でよろった超大型Mech。これほどのサイズを持つMechはどの国の規格にも存在しない。

 そして――それは900km/hを超える速度で谷底を駆け抜け、陣地帯へと迫ってきていた。暴走する装甲列車の進路上に立たされたような戦慄が走る。


 環太平洋条約機構(PRTO)アフガニスタン方面軍所属、 戦術級機動装甲T-MechXTM-1〈ヘルファイア〉。それが「三つ目」の真の名前であったが、パシュトゥーニスタンの兵士たちはそれを知らない。


「あれが三つ目の悪魔」

「飛行場を焼き払った怪物……!」


 狂ったように爆走する怪物を目の当たりにして、守備隊の誰かが呟いた。

 彼らの〈マロース〉もそうだがMechというのは概ね人型である――だが遠くに見ゆる〈ヘルファイア〉の姿は異形そのものだ。頭部がなく、両腕は異様に大きい。前方に張り出した楔型の胴体装甲には巨大な三眼のペイントが施されている。背中と巨大な腰背部リアスカートユニットには合計10基のジェットスラスターが配され、怪物に常識外れの加速力を与えていた。


「三段攻撃、弾を惜しむな! 奴のせいで流れた血の量に比べりゃ芥子粒だ!」


 射撃手たちが防御陣地の掩蔽や地形に身を隠して伏射体勢をとった。それを認めた〈ヘルファイア〉も更なる加速をかけ、ジェットエンジンの轟音と共に路面を砕きながら守備隊に迫る。

 よく見ればその装甲のあちこちに既に真新しい被弾痕が空いており、〈ヘルファイア〉が既にどこかで戦闘をした後だと解ったが――怪物の動きには一切迷いがない。連戦でも勝てると踏んでいるのだ。ついで・・・で殺されてたまるか、という思考が上官の脳裏をよぎった。


「撃てぇ!」


 彼の号令と共に、対戦車ミサイルやロケット弾が数発同時に投射され、尾根の下の巨体へと降り注いだ。恐るべき速さで反応した〈ヘルファイア〉がスラスターの噴射方向を変え、急速かつ鋭角に進路を変えて迫る敵弾を回避する。しかし――。


「次、第二波! 面で捉えろ!」

 

 次いで放たれた第二陣の射撃が、避けた先の着地地点に殺到。〈ヘルファイア〉が即座に機体を切り返して躱そうとするが、敢えて投網の如く間隔を空けて放たれた弾幕を避け切ることはできなかった。

 当たれば一撃で戦車をも屠る成形炸薬弾の同時着弾、谷底に無数の火球が弾ける。上る黒煙が三つ目の怪物を包み、撃破を確信した上官の口元が笑みの形に歪んだ。


 ――しかし炎と煙の中から平然と飛び出してきた〈ヘルファイア〉の姿を認め、その笑みが即座に引き攣る。


「ば、化け物……!」


 射手の一人が悲鳴じみた声を上げる前で〈ヘルファイア〉が跳躍し、そのまま峻険な山岳を階段か何かのように駆け上がっていく。


「狼狽えるな! 次で倒せる!」


 必殺の集中砲火を耐えられた以上、もはや残された猶予は数秒しかない。ジェットスラスターの爆発的推力に乗って暴走する三眼の怪物に向けて、最後の第三陣がありったけの対戦車武装を撃ち出した。


 迫るロケット弾を前に〈ヘルファイア〉が僅かに身を屈め――スラスターのジェット噴流を下方に向け、再度跳躍!

 巨体が重量に見合わぬ身軽さで砲弾の真上をすり抜け、そのまま一番近くにいた上官の〈マロース〉の眼前に着地した。衝撃が地面を揺らし、周囲の何人かがその場にへたり込んだ。


「今のをっ……!?」


 度肝を抜かれた様子の上官の前で〈ヘルファイア〉が腰背部に手を伸ばし、リアスカートに懸架された武装を抜く。


 それは軍事兵器が持つには不釣り合いな長柄の大型斧――バトルアクスであった。

 ただしその斧頭に刃はついておらず、代わりにチェーンで繋がったナノ多結晶スティショバイトのブレードがずらりと並んでいる。モーター駆動のチェーンソーとテルミットバーナーを組み合わせた、残虐なる溶断破砕兵装であった。


 重装甲に覆われた剛腕がバトルアクスを振りかぶると、刃のチェーンソーがおぞましい回転音を上げ、その隙間から金属酸化反応が生み出すオレンジ色の炎が零れた。受ければ〈マロース〉の軽装甲など紙も同じに焼き裂かれるだろう。


「な」


 上官が死を悟った。判断が間違っていたわけではない。凄まじい相手だと認識はしていたからこそ、自分たちが持ち得る対装甲火力を全てぶつけた。その上で通じなかったというだけの話だ。

 だが――全力を尽くして撃破どころか足止めにもならないというのなら、自分たちの戦術も訓練も、武器を取って立ち上がったことすらも――全て無駄に終わったようなものではないか。んぬるかな


「神よ――」


 その言葉を最期に、〈マロース〉の胴体を巨大な斧頭が打ち据えた。高トルクモーターによって駆動するチェーンブレードが装甲板を一瞬で削り取り――そのまま内側にあった人体を食い破り、背面装甲をも引き裂いて反対側へと抜けた。


 機体ごと両断された上官が地面に中身を撒き散らすのを目の当たりにして、慄いた周囲の兵士たちが反射的に〈ヘルファイア〉へと視線を向ける。

 重厚堅固たる装甲で全身を覆う怪物――その三眼が無感情な殺意とともに居並ぶ敵兵を睨んだ。



「――血祭りにあげてやる!」


 散発的な抵抗、もしくは形振り構わぬ逃走を始めた敵を、胴体の三つ目――ではなく、その上の胴体天板に置かれたカメラアイを通して眺めながら、ジーク・シィング中尉は吐き捨てた。


「……ああもう、また勝手に仕掛けやがったな! 何でいつもいつも僕が言う反対をやろうとするんだ、君は! ここは軍隊で、指揮官は僕なんだぞ!」

「黙れ、無線手! 偉ぶるだけの役立たず! やれると思うからやっているんだ、首吊って死ねこのクソッタレ!」


 通信機越しの指示に罵声を返し、ジークが猛然と強襲を仕掛ける。

 〈ヘルファイア〉が縦横無尽にバトルアクスを振るい、歩兵も〈マロース〉も土嚢も一切合切まとめてチェーンブレードの回転の中に巻き込んでいく。人間の体液や脂肪組織とMechの人工筋肉パックから漏れ出た電解液が綯い交ぜになって飛び散り、ブレードにべっとりとへばりついて汚していった。


(血脂で刃が鈍る、ということはないが……気分は悪い!)


 アクスの持ち手に設けられたバーナーのトリガーを握ると、チェーンの両側に空いた無数の噴射口からテルミット反応による高温の火炎が噴き出し、刃に付着した血脂を一瞬で消し飛ばした。


 積載量のほぼ全てを装甲に割く〈ヘルファイア〉の武装は3種類のみ。

建造物破壊用の超大型バトルアクス。腕部に内蔵する30ミリチェーンガン2門。両肩部に搭載する箱型ランチャーから撃ち出す対戦車ミサイル4発。

 ただし現在チェーンガンは弾切れ寸前、ミサイルは全て撃ち尽くしている。バトルアクスもモーター自体は機体からの電力供給で動くが、内部のテルミット焼夷剤は底をつきかけている。この前哨基地の存在に気付く少し前、30kmほど離れた場所で物資集積所を一つ、守備部隊ごと焼き払ってきたからだ。


 しかしながら、そのことに対してジークに然程の焦りはなかった。〈ヘルファイア〉の重量と推力――最高時速950km/hで疾走する130トン超の巨体はそれ自体が凶器であり、武器弾薬がなくとも人を殺す手段には事欠かないのだ。

 

「死にな!」


 ジークの怒り狂った咆哮と共に、〈ヘルファイア〉が脚部ローラーを再展開。全10基のスラスターの稼働率を最大まで引き上げる。

 インテークから吸い込まれた外気が背部に搭載されたパワーパック――その正体は、遮蔽材で覆われたヘリカル・コイル式マイクロ核融合炉である――へと送り込まれ、高温高圧の爆風となってスラスターから噴出。

 1950年代に計画放棄された原子力エンジンを実用レベルで再開発した、無放射能式の高推力熱核ジェット――全身に10基配されたエンジンの総推力は、宇宙航空機スペース・プレーンのメインエンジンにも匹敵した。


 「噴射」というより「爆裂」といった方が正確なほどの勢いで噴き出す排気エグゾーストが、三眼の怪物を前方の敵集団目掛けて射出する。


 亜音速まで加速した大質量の機体が敵兵を撥ね飛ばし、スラスター排気が運悪く尾根の上に出ていた兵士に全身火傷と内臓破裂を負わせた。勇敢にも脚を止めてミサイルの次弾を放とうとしていた一機の〈マロース〉が〈ヘルファイア〉と正面衝突し、ダンプカーに轢かれた磁器人形のように四肢が弾け飛ぶ。

 自機がただ真っ直ぐ走っただけで引き起こされた惨状を背部サブカメラから確認し、ジークがふん、と鼻を鳴らした。


「装甲と馬力が違うんだよ! 全員轢き殺してやる――!」


 巨大な砲弾と化した〈ヘルファイア〉が前哨基地を囲む監視所の一つに体当たりを仕掛ける。相応に頑丈だったはずの土嚢と石の壁が砂の城のように砕け、据え付けられていた機関銃やミサイル発射機、それらを操作していた敵兵を〈ヘルファイア〉の脚部がグシャグシャに踏み潰した。


 そのまま基地内の居住スペースに突入し、中の兵舎として使われている小屋や積み上げられた物資、尾根に出ていなかった人員を目掛けて突撃。

 ――轢殺。粉砕。轢殺。粉砕。粉砕。粉砕。粉砕! 怪物が進路上の全てを破壊しながら走り、反対側まで一直線に駆け抜ける!


(基地の出来がいい。訓練されてる奴がいる)


 その一瞬の通過の間、物資置き場と兵舎、見張り台がそれぞれ意味のある位置に配置されているのが見えた。ノウハウがある者が建てたに違いない。

 パシュトゥーニスタンの「士官」は中国やロシアに訓練を受けているらしいが、ここを作った連中もそういう手合いだろう。大国というのは、どいつもこいつも余所の内ゲバに首を突っ込みたがるものだ――ジークが内心で憎々しげに吐き捨てる。


(この規模なら対戦車装備はさっきので打ち止め。増援が来る前に)


 〈ヘルファイア〉が吹き飛ばされずに残った物資の山へと腕を伸ばす。直後、その袖部に空いたチェーンガンの砲口から30×113ミリ弾が立て続けに飛び出し、炸裂して破片と焼夷剤をバラ撒いた。

 たちまち穴の開いた燃料缶から炎が広がり、それが弾薬類に引火してボンッボンッと断続的な破裂音を立て始める。


「皆殺しに拘るな! 人よりも物資の破壊を優先しろ!」

「解ってんだよそんな事! 戦闘中に余計な口を叩くな、気が散るんだよ!」


 思わず、と言った調子で指示を出したオペレーターを怒鳴りつけた後、ジークは機体を二つ目の監視所にぶつけて壁を破砕し、中にあった通信機や機関銃座を踏み壊した。中にいた兵士が這う這うの体でトーチカから逃げ出し、直後に後ろからチェーンガンで撃たれて吹き飛ぶ。四肢が千切れ飛んで宙を舞った。


 最後に残った監視所に視線を遣った瞬間、その陰から同じく最後の一機となった〈マロース〉が半身を乗り出し、残ったランチャーからミサイルを撃ち放つ姿が視界に映る。


「猪口才な! お前も一刀両断にしてやるッ!」


 〈ヘルファイア〉がスラスターを吹かして急加速をかけ、発射されたミサイルを紙一重で躱しながら距離を詰めると同時にバーナーを起動。摂氏2000度超の業火を噴き出すバトルアクスを〈マロース〉にぶつけ、そのままトーチカの壁を破壊して中に叩き込んだ。


 モーショントレーサーを用いたマスター・スレイブ操縦方式を採用する〈マロース〉は、中のパイロットの動きがそのまま機体に反映される。一撃を喰らった〈マロース〉は後ろの空間が斬撃の勢いを逃がしたせいで即死できず、数秒のあいだ火達磨でばたばたと暴れた後、ばたりと手足を投げ出して停止した。

 周りにいた兵士も一瞬でテルミット焼夷剤の高熱によって目鼻と肺の中を焼かれ、次いで発火した服の火を消そうと地面を転がり、そのまま動かなくなった。最後に熱で歪んだトーチカの桁材が自身の重量に耐えきれなくなり、冷めたスフレのようにぺしゃりと潰れる。


「……敵全滅、当方損害なし。焼夷剤ゼロ。ミサイルゼロ。30ミリ残り12発」


 相手のいない状況報告を口に出して言った後、無数の煙を上げる土山と化したトーチカの残骸からアクスを引き抜き、腰部後ろのリアスカートにある固定具にマウントした。


 ともあれ、〈ヘルファイア〉による蹂躙はほんの10分ほどの出来事だったが、パシュトゥーニスタンの前哨基地は構造物が残らず薙ぎ倒されて更地へと変わっていた。軍隊の戦いというより、怪獣かハリケーンの襲撃でも受けたかのようだった。


「終わった。今度こそ帰投する」

「……」


 だんまりを貫くことに決めたらしいオペレーターを無視して、ジークは再び谷底の道に降りた。

 あれこれ喚いてから不貞腐れて黙り込むくらいなら最初から黙っていろ、と苛立ちを覚えつつ、視界上に表示された地形図を確認。進路を南西にとって基地への帰路につく。ここは前線から50キロメートル分け入った敵地の真っただ中だが、〈ヘルファイア〉の速度と装甲ならば散歩道程度の場所でしかなかった。


 単独での戦線突破、及び敵の後方拠点攻撃。それを可能にする一騎当千の高性能機がT-Mechであり、その第一試作機が〈ヘルファイア〉である。

 本機による敵後方拠点への強襲はおよそ1年半に渡って続いており、その被害もパシュトゥーニスタンの軍事戦略自体に影響を与えるほど大きくなっていた。


 当然、パシュトゥーニスタン側も絶えず本機の撃破を試みており、対〈ヘルファイア〉作戦が既に何度も実施されているのだが――桁外れの装甲防御力と捕捉すら困難な機動力を持つ三眼の怪物は、今のところその全てを返り討ちにしていた。



 西暦2082年。現代の国際秩序は斜陽を迎えつつあった。

 少子高齢化に伴う人口・経済規模の縮小によって影響力を削がれた各先進国は次々と海外軍事派遣を縮小し、それぞれのやり方で衰退を押し留めようと動いている。


 ヨーロッパ諸国は新たな政治経済同盟であるEBU(欧州・ブリテン共同体)を結成。軍事的には完全に海外から手を引き、同盟ぐるみで孤立主義を貫いている。


 ロシア、中国はそれまで通りの国家主義的手法で自国の権益を保とうとしている。しかし両国とも国内に無数の世情不安を抱えており、空中分解していく飛行機を修理しながら無理やり飛ばし続けるような状態が続いていた。


 そしてアメリカ・インド・日本・韓国を中核とした環太平洋圏周辺の国々は統合軍事組織であるPRTO(環太平洋条約機構)派遣軍を設立し、海外軍事派遣の全てを委託することで国内世論の反発を避けつつ影響力を維持しようと試みていた。元手が同じ税金でも、戦う主体とその相手が共に第三者であれば民衆は無関心になるからだ。


 だが――これら先進国の試みを嘲笑うかのように、世界各地の秩序には綻びが生まれ、雌伏の時が戦乱の火種を燃え上がらせつつあった。これより舞台となるアフガニスタンも、そうした国の一つである。


 停滞と平和の終わり。

 誰もが日々の生活にしがみつきながら、新しい時代が――野心と戦争の時代が迫りつつあるのを感じていた。

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