04 魔王、お使いを出す。
「これでよし……」
一通り仕事を済ませた魔王は、凝り固まった肩を回した。
アステールの所有権を得て、兄弟子達の力を借りてようやく移住計画が始まろうとしていた。
アステール国民の移住先は、この魔王の屋敷があるコクマーから東の領地。精霊王が魔王の師、ナジェドに与えた土地であり、現在は兄弟子が管理している。ギリギリ人間界に位置している言わば辺境である。まだまだ開拓が必要な土地であるため、人手を欲していた。
実のところ、アステールの領地はそれほど大きくない。隣国が十の領地を抱えているとすれば、アステールは三つほどだ。
魔王の計画は、建物ごと人々を新領地へ転移させる。力自慢の魔族達を雇って開拓し、なんとか国民を移住できるだけの土地は確保した。山から流れる川を使えば他国との流通に船が使えるだろう。
ちなみに隣国からアステールの所有権について抗議があったが、精霊王と魔界の族長達が黙らせた。そもそも人が住めない土地になるのだ。与えるだけ相手に不利益が生じてしまう。隣国も星詠みをただの占い程度にしか思っていないのだろう。実に嘆かわしいことだ。
「あとはこれをセイレーンに渡すだけ…」
一通の封筒を持って魔王は部屋を出る。セイレーンは姫と一緒に書斎にいるだろう。
最近、セイレーンは監視という役目を忘れて姫と対等な友人関係を築いていた。そのおかげもあって、姫も大人しく屋敷の中で過ごしている。
「おい、入るぞ」
書斎のドアを開けると、半ば本に埋もれるような形で本を読む姫と積まれた本をいそいそ片付けるセイレーンがいた。
(このままだと、書斎の本を全て読破される勢いだな)
「あら、魔王。どうしたの?」
姫が本から顔を上げ、小さく首を傾げた。
「セイレーンに用があったんだ」
「私ですか?」
まさか自分に用があるとは思っていなかったのだろう。
魔王の下まで飛んできたセイレーンに、魔王は一通の封筒を差し出した。
「暇をやるからこれを持って実家に帰って欲しい」
それを聞いてセイレーンだけでなく、姫も顔を青くする。
「まさか、クビですか⁉」
「うそでしょ⁉ あなた私から唯一の友人を奪う気⁉」
互いに抱きしめ合う二人に、魔王は呆れてため息を漏らした。
「違う違う。セイレーンの族長に用事があるんだ。これを族長に渡して返事をもらってきて欲しい。郵便配達より、同族に頼んだ方が早く済むしな」
セイレーンはあからさまにホッとした顔をして、封筒を受け取った。
「あなたがいなくなると寂しいわ……」
「姫様、私もです! 早く帰ってきますね!」
セイレーンはそう言うと、小さなつむじ風を起こして姿を消した。
彼女を見送る姫の背には哀愁が漂っており、それが少し意外に感じる。もっと明るく見送るものかと思っていた。
「何よ?」
魔王の視線に気付いた姫がムスッとした顔を向ける。その不機嫌な子どものような表情に魔王は笑みをこぼした。
「いや、案外セイレーンを気に入ってたんだなと思っただけだ」
「そりゃ、数少ないお友達だもの。当たり前でしょ!」
「ああ。お前、友達がいなさそうだもんな……っと」
飛んできたクッションを片手で受け止め、ふくれっ面の姫を見やる。
「失礼ね! こんな身分じゃなかったら友達たくさん作れたわよ!」
「そーですか。まあ、セイレーンが戻るまで一週間もかからない。大人しく本でも読んでいてくれ」
「監視は?」
「前にも言っただろう? セイレーン以外にも監視の目はある。屋敷内であれば、自由に過ごしてくれ」
魔王は姫に背を向けながらあくびを一つする。
「オレは休む。アースにも用事を頼んでいるから、もし用があれば部屋を訪ねて来てくれ」
そう言い残し、魔王は自室へ戻った。
両手を叩くとマントがひとりでに離れ、ポールハンガーにかけられた。そして、命じてもないのに奥から蒸しタオルが飛んでくる。どうやら、これで顔を拭けということらしい。
この部屋には精霊王お手製の家具が並んでおり、甲斐甲斐しく魔王の身の周りの世話をしてくれる。魔王が休むことを分かっているらしく、カーテンを閉め、ラベンダーのアロマが焚かれた。そして、魔王がベッドに横になると手袋が飛んできて、全身を指圧してくれる。
(ベッドで寝るのはいつぶりだ……?)
ぼんやりと考えるうちに、魔王は静かに瞼を閉じるのだった。
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