二話 魔王、模様替えをする。

01 姫、二日目の朝を迎える。

 国のために魔王の下へ連れて来られて二日目の朝、目覚めは驚くほどいいものだった。


 重い瞼をこすりながら姫は身を起こして首を傾げた。


(私、いつベッドに戻ったのかしら?)


 ドレス姿のままベッドに横になっていた姫は髪を引っ張られるような違和感を覚えた。ドレッサーに座り、髪飾りを付けたままだった姫は、絡まった髪を丁寧に解いていく。綺麗に磨かれた鏡面には白銀の髪を梳く自分の姿があった。アイスブルーの瞳は静かに自分を見つめている。


 国の為に売られるような形で魔王の下にやってきたというのに、鏡に映った自分は冷静そのものだった。


 姫は着替えようとクローゼットを開けると、想像以上の数のドレスがしまわれている。普段は選ぶ必要がなかったので、これは目移りしそうだ。


(このドレスって全部アイツの好みなのかしら?)


 その割には種類に偏りがなく置かれている。どちらかというと、どんなものがいいのか分からず適当に用意したというのが正しいのかもしれない。あの男が自分の好みを押し付けるようなこだわりの強い男とは思えなかった。


 ドレスに悩んでいると、背後からぽちゃんと水の音が聞こえた。


「ふわぁ~、姫様、おはようございます~」


 金魚鉢から顔を出したセイレーンが、こちらに手を振っていた。寝ぼけ眼を擦りながらぼんやりとしている目がとても愛らしい。セイレーンは半鳥人か半魚人の二種類がいるらしいが、彼女は魚の尾とトビウオのような透明な羽を持っていた。


「おはよう、セイレーン」


 セイレーンはにっこり笑って手を振り、姫はセイレーンが置かれているテーブルへ足を運ぶ。


「あれ…………これは?」


 テーブルに数冊の本に気付く。昨日はなかったものに首を傾げていると、セイレーンが言った。


「昨日、魔王様が置いていってくれたみたいですよ?」

「え、アイツ寝てる間に来たわけ⁉」


 そういえば、自分はソファで本を読んでいたような気がする。ソファで寝ている自分をセイレーンがベッドまで運べるわけがない。


「女の子が寝てる部屋に勝手に入ってくるなんて、どんな神経してるわけ! 信じられない!」


 憤慨している姫にセイレーンは、「どちらかといえば、姫もわりと規格外な思考をしているのです」と呟いていたが、姫の耳には届いていなかった。


「寝ている人の体に触るなんて! 不潔! 変態! 女の敵! きっとアイツ、寝ている私を見てニマニマしていたに違いないわ! ええ!」


 姫はテーブルの上に置いてある本をひったくるように取った。


「そんな奴が持ってきた本とか、一体どんなものよ! きっと堅苦しい本かエロ本に決まってるわ!」


 文句を言いながら本を開いてページをめくっていく。文字を追っていた目は次第にゆっくりになっていき、次へ、次へとページをめくっていく。


 しかめっ面だった顔が徐々に真剣な表情に変わっていき、じっくりと腰を据えて読みだした。


「ひ、姫様?」


 姫のあまりにも真剣な表情にセイレーンは恐る恐る声をかける。完全に読書に没頭していた姫はハッとして顔を上げた。


「ダメよ、これは着替えなくちゃ! ずっと読んでいちゃうわ!」


 まだ着替えが済んでいない姫はそう言うと、慌ててクローゼットに駆け込む。唸りながらドレスを選んでいた姫は、一旦テーブルまで戻ると金魚鉢を抱えてクローゼットへ移動した。


「ねぇ、セイレーン! どのドレスがいいかしら? 一緒に選びましょう」

「そんなに迷うほどですか?」


 こちらを見上げるセイレーンに姫はにっこり笑った。


「当たり前でしょう! こんなにたくさんあるんだもの! それに、お友達とドレスを選ぶなんて、これ以上に素敵なことはないわ!」



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