02 魔王、精霊王と謁見する。



 精霊王のお膝元であり、魔界の中心都市であるセフィロト。魔王は精霊王が住まうケテル城にいた。


「報告はこれで以上です」


 魔王が報告を済ませ、資料から顔を上げる。長テーブルに互いに顔を突き合わせて座っている者たちは、皆人間ではない。もちろん、人間の姿に近しい者もいるが、この中で生粋の人間は魔王くらいだ。


 魔王は視線を一番奥に座る精霊王に向けた。


 太陽のようなプラチナブロンドの髪はまっすぐ下まで伸びていて、床につきそうなほど長い。


 髪と同じ色の睫毛に縁どられた瞳は閉じられているが、瞼の下には夜の色をした瞳があることを魔王は知っている。瞳を閉じて動かない彼は、肌が雪のように白いこともあって、一流の彫刻家に彫らせた彫像のようだ。精霊である彼に性別は存在しないが、女性であれ男性であれ、誰もが羨む美しさが備わっていた。


 精霊王は、ゆっくり目を開ける。ネイビーブルーの瞳が姿を現し、魔王に向けられる。


 緊張感に包まれる空気の中、精霊王はにっこり笑った。


「ごっめーんっ! 全然聞いてなかった! あははははははっ!」


 飛び抜けて明るい声が会議室中に通り、誰もが頭を抱えた。


 魔王も「またか」と嘆息を漏らした。


「精霊王、私はとても大事な話をしているのですが……?」

「だって、流星の。お前の報告は事前に配られた資料をそのまま読んでるんだもんっ! 聞いてる意味ないでしょ?」


 一瞬、イラっとしたが、魔王はその感情を押し殺した。相手は精霊王だ。魔界やアステールだけでなく、各国で彼の庇護の下で安心して生活をしているところもある。魔王も彼の力添えのおかげで今の地位に落ち着いている。


「えーっと確か、アステールのエーテル問題だったっけ?」


 彼は改めて今回の議題を口にする。


 アステールでは昔から質の良いエーテルが豊富に採れていたが、忽然と取れなくなってしまった。その理由はエーテルの肥大化だった。肥えすぎたエーテルのせいで、一つ一つ質に偏りが出てしまい採れる量が激減したのだ。


「全く、ふざけた話だ」


 精霊王は資料をテーブルへ放り、彼の眉間に皺が深く刻み込まれた。


「アステールであったエーテルの肥大化。それは初代星詠みの魔法使い、アルタイルが危惧していたものだ。その肥大化を防ぎつつ、我や精霊たちにエーテルを献上するのがアステール国王の役目…………それを……」


 どんと鈍い音が室内に響く。


「我が初代国王に与えた崇高な役目を他国に譲り渡すとは……我は絶対に許さぁあああああああんっ!」


 まるで駄々っ子のように机をべちべちと叩く精霊王を横目で見ながら、魔王はため息を漏らした。表向きではエーテルが採れにくくなってしまったのが原因としているが、そちらが本音だった。


 アステールの姫君が隣国に嫁ぐ。しかし、姫が嫁いでしまった場合、アステールには、ほかに世継ぎがいないのだ。そこで隣国と合併し、その権限を隣国に譲り渡すつもりだったのだ。それも、精霊王に話を通さず、ついこの間、結果だけを伝えにきたというのだから呆れた話だ。


「アステールとの盟約を破棄しようとした理由はそれだけじゃないでしょう?」

「当たり前だ。エーテルが採れないのも事実。採れたとしても、肥えたものばかりだ。あんな劇物、とてもじゃないが食えたものじゃないわっ! それに見よ、この姿を!」


 ぴしっと指さした先にはタンポポの綿毛のように浮かぶ毛玉があった。それも精霊王の顔よりも大きい。まるでクッションのような大きさに、ちょこんと三角の耳が立っていた。そして、タヌキのような太い尻尾に短く小さな足がちょろっと毛玉から出ていた。それは三匹いて、精霊王の周りを漂っている。


「にー」


 猫に似たその生き物を精霊王は泣きながら抱きしめた。


「おぉ、マイエンジェルッ! こんなだらしのない姿になってしまって!」

「にー」

「みー」

「ちー」


 精霊王の腕に抱えられた生物は、精霊王の眷族だった。元々は精霊王の戦車、もといチャリオットを引く猫のような聖獣だ。


 精霊王は彼らに頬ずりをしながら泣き喚いた。


「肥大化したエーテルを食べたばかりに、こんな丸々となってしまって……これではまるでクッションではないか! このままでは鞍がつけられない!」

「まあ、馬力が出そうなフォルムじゃないですね……」


 魔王の下へやってきた聖獣は、膝に乗って落ち着き始めた。魔王はその丸い体を撫でていると、精霊王は続ける。


「これではアステールの精霊が生活習慣病で死んでしまう! これ以上、あのハゲにアステールを任せておけん! それにどこぞの馬の骨かも分からん国に任せるなど、言語道断だ!」

「それには激しく同意です」


 魔王だけでなく、他の魔族たちも大きく頷いた。

 精霊王はコバルトブルーの瞳を鋭く光らせ、魔王に言った


「よいか、流星の魔法使い……いや、魔法王。お前にその称号を与えたのは、お前が信頼における人間であり、我が与えたその二つ名にふさわしき者だからだ。お前が星詠みで見たアステールの未来を良い形で回収することを願うぞ」

「仰せのままに」


 魔王はそういうと恭しく頭を垂れた。



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