05 魔王、姫を真面目に監禁する。

「え? あの姫さん脱走したんすか?」

「あの女、信じられん……今度こそ監禁した」


 疲れ切った顔で魔王は屋敷に戻ってきたアースにこれまでの惨事を伝えた。


 あの姫を部屋に戻した後、扉に鍵を掛けた。セイレーンがいるから鍵の必要なんてないだろうと思っていた自分がバカだった。初めから鍵さえ掛けてしまえば、彼女は部屋から抜け出せないだろう。


 しかし、それも浅はかな考えだった。


 よりによって、彼女はカーテンやシーツを繋げて窓から逃げたしたのだ。おまけにセイレーンも一緒だ。


 彼女を大慌てで捕まえに行った時、『金魚鉢を抱えて降りるなんて、なかなかスリリングな経験だったわ』と飄々と言っていた。


「おまけに、窓も鍵を閉めたら今度はピッキングだ。しかも、開けやがった! 誰だ、姫にそんな技術を教え込んだ奴は! というか、アイツは姫なのか⁉」

「アンタが姫だって言ったんでしょ?」

「昔の姫は本当に可愛かったんだよ!」


 今、彼女の部屋には厳重に結界を張り、外に出られないようにした。当初の計画では軟禁程度にとどめようとしたが、監禁せざるえない状況に追い込まれるとは思いもしなかった。


 さすがの彼女も魔法を破るほどの力はなく、大人しくしているようだった。しかし、次にドアを開けた時、彼女が何をしでかすか分からない恐怖がある。


「しかし、よく脱走したのが分かりましたね?」

「中庭にはお喋りがたくさんいるからな……」


 セイレーンが役に立たない今、頼りになるのは中庭にいる草花の会話だった。魔王は草木の言葉を聞くこともできた。動けない彼らにとっておしゃべりは唯一の娯楽だ。常に話題を探しており、姫の脱走を楽しそうに話していた。


「便利っすねぇ、その耳」

「そんなことない。アイツらの声が喧しくてしょうがない……それに」


 魔王が暗い顔をしてため息を漏らした。


「アイツらの笑い声が聞こえる度に、また姫が何かやらかしたんじゃないかって……気が気でない……執務に集中もできない……」


 頭を抱える魔王にアースはにやりと笑う。


「それなら、オレがセイレーンの代わりに監視しましょうか?」

「絶対にダメだ。お前には任せられない」

「なんでです? もしかして、他の男が姫さんの近くにいるのが耐えられないとか?」


 にやにやと笑いながら魔王の反応を見ているアースに、魔王は呆れてため息をついた。


「お前、カーテンを繋いで窓から逃げたり、魔族を人質に取って自分を監禁する相手に自由を要求するような女を相手したいか? あと、女として好みか?」

「全力でお断りしたいです」


 想像以上のお転婆を発揮させて見せた彼女を娶る隣国の王子が憐れに思えてくる。正直、政略結婚とはいえ、押し付けられたのではないかと思うほどだ。


「まったく……人質を取るのも楽ではないな……あのお転婆、黙らせる方法はないか……」

「惚れさせて手玉にするとか?」

「俺がそんな器用なことができると思うか? そもそも、あんなじゃじゃ馬お断りだ」


 彼女は屋敷を出歩く権利と本を欲しがっていた。彼女がアースから本を死守したのはきっと読書が好きなのだろう。あの一冊が読み終わるまでにどうにか手を打たなければ、今後も脱走を図るだろう。あの姫ならそのうち魔法を打ち破りそうな気もする。


 魔王は机に広げていた屋敷の見取り図に目を落す。書斎と彼女の部屋までは距離があり、姫の部屋を移してもいいくらいだ。


「早めに手を打っておくか……」


 魔王はそう呟いて席を立つと、アースが首を傾げる。


「どちらへ?」

「彼女に本を持っていく。読む本がないと騒がれても困るからな。すぐに戻る」


 アースは魔王が執務室を出て行く姿を見送り、やれやれと息をついた。


「ホント、甲斐甲斐しいこと……」



 ◇



 魔王は数冊の本を手にして、姫の部屋に足を運んだ。彼女の部屋の前までくると、深呼吸をしてからノックをする。


「姫、少し用事があって参りました」


 何度かノックをするが中から返事がない。魔王は顔をしかめた後、ハッとする。


(まさか、アイツ!)


 魔法で完全に監禁したと思ったが、それすらもすり抜けて脱走したのではないかと、嫌な予感が頭の中を過った。魔王は慌てて魔法を解いて乱暴にドアを開けた。


「姫……⁉」


 魔王が部屋に入ると、すぐに彼女の姿を探した。部屋の窓は全てしまっており、特に異常はない。しかし、彼女だけの姿が見えない。


 天蓋付きのベッドはカーテンが開いており、テーブルの上にはセイレーンの金魚鉢が置いてある。こちらに背を向けた形で置かれたソファに、ドレスの裾が見えた。


 魔王はソファを覗き込むと、横になって寝ている彼女がいた。彼女の足元には本が落ちており、読んでいる途中で寝てしまったのだろう。


「何だよ、もう……」


 悪態をつきながらも彼女が寝ている姿を見て安心した魔王は、彼女を抱きかかえてベッドまで運ぶ。


 姫をベッドに寝かせると、そのまま彼女の寝顔を見つめる。楽しい夢でも見ているのか、その表情は微笑んでいるようにも見える。


「どう見ても……国の為に人質にされた女の寝顔じゃねぇな」


 彼女をこの屋敷に連れてくると決めた魔王は、彼女に軽蔑される覚悟だった。きっと泣いて目を腫らすだろう。口を開くどころか顔も見たくないと拒絶されるだろう。そう思っていた。


 殴られる。そのくらいは想像できた。しかし、彼女は魔王らしくなってから出直してこいと啖呵を切ってきた。さらには部屋から脱走するという嬉しくもないオマケ付きだ。


 あんな可憐な少女だったのに、この四年で凄まじい成長ぶりだった。

 ふと、彼女と出会った夜のことを思い出す。


『私、まだ夢を見ていたいの』


 そう、無邪気に言っていた彼女の姿を寝ている彼女と重ねた。彼女の白銀の髪を撫で、悲し気な目で見下ろす。


「どうか、良い夢を……」

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