03 セイレーン、姫を怖がる。
魔王とアースが出て行き、姫と一緒に残されたセイレーンは金魚鉢の中にある家の中に身を隠していた。姫の監視として仕事を与えられたのはいいが、目の前にいる彼女はただの姫ではなかった。
「ねぇ、貴方、名前はなんていうの?」
目を輝かせて金魚鉢の中を覗き込む彼女は、魔王に容赦なく平手打ちをかますような少女だった。
「ねぇ、少しお話しましょうよ? 私、誰かと同じ部屋で過ごすのって初めてなの」
彼女は返事をしないセイレーンにしつこいくらい話しかける。何も答えないことに心苦しさを覚えたセイレーンは渋々と水の上から顔を出すと、姫は嬉しそうな顔をする。
「あ、あの……私は監視なので……おしゃべりは他の方としてください……」
それだけを告げてまた金魚鉢の中に戻ろうとするが、黙ったままの彼女を見てハッとした。
彼女は魔王に平手打ちをするような姫だ。そんな彼女に失礼なことを言ってしまえば、金魚鉢を割られてしまうかもしれない。そんな不安が頭の中で過り、恐怖が沸き上がってくる。
「ち、違うんです! 別に姫様と口を利きたくないとかじゃなくて、私、口下手で……」
「……いい」
「ひぃっ!」
怒られる。そう思ったセイレーンが身を小さくして震えていると、意外な言葉が聞こえた。
「声、かわいい……」
「……へ?」
セイレーンが顔を上げると、姫はアイスブルーの瞳をキラキラと輝かせてこちらを見ていた。
「貴方の声、とても可愛いわ! そんな可愛い声なのに、黙っているなんて勿体ないわ!」
「そ、そんな……私なんかとても……セイレーンの中では普通です……」
セイレーンは恥ずかしそうに水面に顔を沈ませると、姫は首を横に振る。
「他のセイレーンなんて知らないわ! 私は貴方の声しか知らないもの! 卑屈になるひつようなんてないわ!」
姫はセイレーンに諭すように言う。
「いい? 世界は誰だって自分が主人公なのよ? たくさんいるセイレーンの中に埋もれていたって、貴方は主人公なんだから!」
姫の言葉に、セイレーンは目を張った。
ただの暴力的な少女だと思っていたセイレーンは彼女からそんな励ましの言葉がでるとは思わなかった。
引っ込み思案で臆病な自分は誰かと話したり、セイレーンの自慢である歌声を誰かに聞かせることすらできなかった。魔王に拾われるまで、セイレーンとして自分の存在意義を考えてしまうほどだった。
そんな自分に素敵な言葉を掛けてくれた姫に感動を覚える。
しかし、そんな感動も長くは続かなかった。
「さぁーて、主人公である私は、魔王の屋敷でも探検しようかしら!」
「へ……?」
本を小脇に抱えて、まるで散歩にでも出かけるかのようにドアノブに手を掛けた彼女に、セイレーンは目を剥いた。
「せっかくの魔王の屋敷だし、探検するのが筋ってものよね!」
「えええええええええええええっ⁉ ダメです!」
金魚鉢から全力で叫ぶセイレーンに、姫は叱られた子どものように唇を尖らせた。
「なんでよ?」
「魔王様も言ってたではありませんか! 姫様は人質ですよ⁉ 部屋から出たら魔王様に怒られてしまいます!」
「別に、魔王に怒られたって私は構わないんだけど?」
「魔王様はあー見えて怒ると怖いんですよ!」
「ええー……」
露骨に残念そうな顔をする姫。その顔はどう見ても諦めた様子はなく、何か考えているようだった。そして、彼女は何か思いついたのか、にやりと笑ってセイレーンを見た。
「え、なんですか? え、ちょっと! やめてください! わぁああああああああああああっ!」
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