ひとでなし、とものはなし

 そうして、十七の少女、アレクシアは家を出て、人でなしになりました。幸いなことに食べ物を探すのに困ることはありません。人里を離れて『哀れな子』の看板は機能しなくなっても、『ディリーフの子』の看板は余程芳しいのでしょう。食べられないというのに、ふらふらと化物は釣られてくるのでした。それをもぎ取って、口に入れるだけの簡単なこと。初めは美味しくなんてなかったのに、そんな生活を続けるうちに彼女は人の食べ物を取り入れずとも生きることができるようになりました。人々の噂を辿り、化物を喰らい、旅を続けます。ただひとつの目的の為に。

「私はディリーフの子です。お父様の居場所はご存知ですか?」

 人として生きた十年と、人でなしとして生きた時。きっと私は貴方が言ったように甘く育ったことでしょう。いつだって人は化物を恐れたし、化物は人を食っていました。彼女はそのどちらの味方にもなれずに化物を食べ、人に石を投げられて。絶望は十の夜に十二分に、悲しみと諦観で味をつけられて。どこに留まることもなく、放浪していた彼女はある日、とある村に辿りつきました。近くの化物の噂を集めるため、宿屋に行きました。

「……アレクシア?」

 あの日、忘れないと誓った人がそこにはいたのです。

「…………、コゼット?」

 人の名前で呼ばれることも、人の名前で呼ぶこともいつ以来でしょう。もはや原初の記憶にほど近い奥底に眠っていた、人として生きた時に何度も呼んだ、その音を唇に乗せます。

「ええ、そう。コゼット! アレクシア、アリーよね、そうよね! 昔から、びっくりするほど変わらないのね、貴女!」

 歌うように目の前の人は言い、駆け寄ってきます。その姿は昔から様変わりしていたけれど、それでも纏う空気というものは変わらないもので。受け入れるために手を広げようとして、アレクシアは固まります。私の身は汚らわしい。彼女は私を忘れて生きていると思っていたし、きっとそれが正しい。なのに、こうして再会してしまった。

「アリー?」

 懐かしい愛称で呼びながら、かつての友が不思議そうに首を傾げます。どうして手を広げてくれないの? と言うように。

「コゼット、私、貴女に手紙を書いたわ。約束通りに」

 その言葉に、コゼットの表情が曇ります。

「届いたわ。ちゃんと。私、返事も書いたのよ。……でも、くしゃくしゃになって戻ってきたの」

 そんなこともあるかもしれない。とアレクシアは納得しました。最初に住んだ村は人々の繋がりが強く、人の身には平和でしたが異質で、まだその事に気付いていない彼女には厳しい場所でしたから。

「アリー、ね、今日はここに泊まるの? それなら、色んなことをお話しましょう。二十年、そう、二十年も経つのよ? 私たち、そんなに長く会っていなかったの」

 はっと正気に戻り、少女は首を横に振りました。彼女と別れてからの二十年で、嫌というほど学んでしまっていたから。

「駄目よ! 私と共にいるところを見られたら、貴女も石を投げられてしまう。……ねえ、コゼット。貴女、家族がいるのでしょう?」

 言葉を重ねるほどに薄く涙が張っていく瞳を見返せず、アレクシアの目線は下がっていきます。結婚を示す装飾品と、緩い独特な衣服を見て、最後の言葉を投げました。

「…………アリー」

「ありがとう、声を掛けてくれて。ありがとう、避けないでいてくれて。貴女は一生、私の友だわ。だから、お腹の子のためにも。私を忘れてね。私は、忘れないから」

「私だって、忘れない。忘れてなんかやるものですか。アレクシア、貴女は私の友だちよ」

 人でなしが最後に人として振舞った夜は、そうして明けていきました。

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