十三 戌亥寺

 朝食を終えると、お祖父さんから験力ついての講義を受けた。


 やっぱり、叔父さんと言っていることが全然違う。


 お祖父さんによると験力は、神仏の加護を得て森羅万象の力を自在に操る能力、と言うことらしい。正直、よく解らなかった。


 他にも色々聞いたが、わたしには難しい事ばかりだ。


 それより、その後やらされた座禅の方が、よっぽど修行をした満足感がある。


 精神を統一し、自分の中にある験力に触れる。


 と言っても、わたしは何となく感じる事はできるけれど、発動まではいかない。


 一緒にやっていた紫織はすっかり飽きて、お祖父さんに何かと話しかけていた。


 お祖父さんはニコニコしながら紫織に応えている、叔父さんに対する態度と全く違う。


 これで修行になっているのだろうか?


 休憩をもらって庭に出ると、叔父さんが古いMTB《マウンテンバイク》を担いで山門を降りようとしていた。


「おじさん」


「あ、朱理。修行は終わったのか?」


「休憩に入ったところ。


 どこかに行くの?」


「ちょっとヤボ用で……」


 言いかけて、叔父さんは口を閉じた。


「この間の事件で借りを作ったヤツがいるんだ。

 コイツを整備に出してから会いに行く」


 本当はわたしに事件を思い出させたくないから誤魔化すつもりだったんだろう。でも、もう隠し事をしないという約束を守ってくれた。


 それにしても、八千代での出来事なのに郡山で借りを作るなんて……


 わたしはふと『天城翔』という名前を思い出した。


 萩原先生の友人を見つけてくれた探偵だ。


「それって、天城って言う探偵じゃない?」


 叔父さんが眼を丸くする。


「何で知ってるんだ?」


「先生のお見舞いに行った時に、名前が出て覚えてたの」


「そうか。天城翔、本名は三瓶茂子なんだけど、腐れ縁で時々力を貸してもらってる」


「それじゃ、お礼言っておいて。先生、友達が生きていて本当に喜んでいたから」


「あぁ、わかった」


 叔父さんは満足そうにほほ笑んだ。先生の事を気にしていたんだろう。


「あのさ……朝ご飯の時、聞けなかったんだけど……」


「お母さんの事か?」


「うん、知ってたの? お母さんが験力を封印した理由」


 叔父さんはわたしをジッと見つめた。


「視せられたのか、あの時の事を?」


「うん……」


「そうか……。あの時、あの夏休み、お母さんの様子がおかしい事には気付いていた。それに、玲菜さんが関わっている事も。

 でも、それ以上は知らないし、知りたいとも思わない」


 叔父さんとお母さんと仲のいい姉弟だから、ちょっと突き放したような言い方が意外だ。


「あれだけが原因じゃないんだよ」


「え?」


「朱理も身をもって知る事になるよ、異能力者がどんな目に遭うか。いや、もう結構知っているはずだ」


 それはそうだけど……


「この自転車は、お母さんが買ってくれたんだ」


「え?」


 いきなり話しが変わって、わたしは戸惑った。


「高校の入学祝いにね。まぁ、正確には、入学祝いにくれたお金で叔父ちゃんが買ったんだけど」


 わたしは計算した。叔父さんは二六歳だから、高校入学は十一年前だ。


「お母さん、専業主婦になってたよね?」


「うん。もっと正確に言えば、お母さんが着服したお父さんのお金で買った。

 それはともかく、ここを出てからも、お母さんは叔父ちゃんを気にしてくれていた。

 験力があっても無くても、お母さんはお母さんだ。叔父ちゃんを育ててくれた、お姉ちゃんなんだ。何があってもそれは変わらない。

 だから、お母さんが知って欲しい事なら聞くし、何も語りたくないなら知らなくていい」


「恨んでないの?」


「どうして?」


 キョトンとした顔をする。


「だって、お母さん、高校を卒業したら、叔父さんを残して家を出たんでしょ?

 淋しくなかったの?」


 叔父さんは悩ましげに眉を寄せた。


「う~ん、そうだなぁ……

 朱理、ここだけの話だぞ」


「うん」


「誰にも言うなよ」


「うん」


「特にお母さんの前では、一切思い出すな」


「うん……」


「本当に出来るか?」


「たぶん……」


「…………………」


 叔父さんは疑わしそうに、わたしの顔を見た。


 そんな顔したって仕方ないじゃないかッ。言わないのはまだしも、思い浮かべるのなんてコントロール出来ないよ。


「まぁ、仕様がないか。

 淋しかったよ。今まで面倒見てくれたお姉ちゃんが居なくなったんだから。

 出て行く時は泣いて嫌がったし、その後も何度も淋しくて泣いた……

 って、何だよその顔は?」


「い、いえ、別に……」


 しまった、感情が顔に出た。


「でも、恨んだ事なんてないな。

 むしろ、今は出て行ってくれて良かったと思ってる」


「何で?」


「だってそうだろ?

 もし、叔父ちゃんのために家に残ったとしたら、お母さんに返しきれない借りが出来ちまう。

 家を出たから、お父さんとも出会ったし、朱理たちも生まれた。

 幸せになれたんだ。

 叔父ちゃんも、お前たちに会えて嬉しかったし……爺さんもそれは一緒だ」


「だから、お母さんが出て行って良かった?」


「ああ、結果オーライって事だな。

 結婚して、子供も出来て、経済的にも困っていない。幸せと言って問題ないだろ?

 その象徴だったんだよ、このバイクは。

 また乗る事になるとは思わなかったけどな。

 それにしても、爺さんが、よく捨てずに取って置いてくれたよ」


 お祖父さんも、叔父さんの思い出を取っておきたかったんじゃないかな?


 わたしは、ある事に気が付いた。


「おじさん、たしか十月生まれだったよね?」


「ああ、今月の十六日だよ」


「もうすくじゃない!」


「この年になると、どうでもいいよ」


 そう言い残すと、叔父さんは自転車を担いで階段を降りていった。


 どうでもいいって言ってたけど、わたしは叔父さんに何かプレゼントをしようと決めた。


 お母さんが、叔父さんを気にかけていたように、叔父さんはいつもわたしを心配してくれている。


 全てが上手く行くなんて事はないのだろうけど、わたしは決して独りじゃない。


 失った友人を取り戻せないとしても、二度と失わないよう全力を尽くそう。


 わたしは修行を再開すべく、本堂に向かった。


                                                                         ―終―

        

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鬼多見奇譚 弐 追憶の幻視 大河原洋 @okawara_hiroshi

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