第5話:Eなんていらない
なんか、ちっこいのにエラそうな女性にそう言われた。自称、ハイスクールティーチャーだとか。
その高校は甲子園出場常連校らしく、誠か嘘かとある女子選手が出場してから常勝無敗の高校になったそうな。日本人なら誰もが知っているそうな。
その情報を元にソニア=ネイサンは海を渡り日本へやってきた。
アメリカには数多のピッチャーは沢山いる。これからも強者といくらでも戦えるだろう。だが、異国で特定のピッチャーと対戦するとなると、ソニアがアメリカに身を置いた場合、そのドリームマッチが次何年後に叶うかなんてわかったものではない。
ソニアは雪那と対戦したことが一度だけある。だからこそリベンジを望んだ。
U-15の世界大会でアメリカは日本に勝利した。だが、気持ちでは誰もが負けたと感じたかもしれない。日本の先発ピッチャーと二番手は、良くも悪くもこの大会レベルだった。未来のメジャーリーガー候補と謳われるソニア達と戦えるレベルの者たちであり、ただソニア達の方がほんの少しだけ実力が上だっただけの話にすぎなかった。彼らの投げる球を打てない道理はなかった。
しかし、あの少女だけは話が違った。
ゲームは終盤、残りの3回に登板したピッチャーが雪那だった。
打席に立ったソニアを含めた9名は誰一人として少女の球を捉えることができなかった。文字通りの意味でバットにボールが当たらない。ただの一球ですらバットにかすりさえしなかったのだ。空振り三振。見逃し三振……
日本にあんな早い球を投げるピッチャーがいることに衝撃を受けた。未来のメジャーリーガー候補選手の中にも早い球を投げる者はいるが、皆が全球ストレートで三振になることは初めてのことだった。
未だに思う。何故、あんな恐ろしく早い球を投げるピッチャーが三番手だったのかソニア達にわからない。誰がどう見ても少女が日本のエースだと思った。出し惜しみされたのか、我々を甘く見られていたのか、と予想もすれど日本チームの真意はわからなかった。あとにして分かったことは、良くも悪くもこの大会で少女が登板したのはあの3回だけとのことだった。
その3回、少女が登板してからアメリカチームに追加点を取ることはできず、逆に少女の圧巻のピッチングに触発された日本チームが勢いを増しアメリカチームを苦しめ追い込んだ。それは事実、球磨雪那という選手のたった3回の投球でアメリカチームに屈辱とプライドを傷つけたということだろう。
誰かは言った。「あの少女が3回だけの登板で本当によかった。4回目があれば我々は立ち直れなかっただろう」と……
ソニアはあの時のことを忘れはしない。
球磨雪那という存在を知ってしまった。あれが少女の全力でもないことと、冷めきっている目をして自分たちを見ていたことを忘れてはならなかった。
あの目は自分たちを好敵手として見ていないのだから。
だから、ソニアは海を渡って日本へやってきた。己のプライドのために、雪那にソニア=ネイサンという好敵手がいることを証明するためにリベンジを誓った。
「たのモー! セツナ・クマはいますカー! ワンオンマッチ・プリーズ! ワンオンマッチ・プリーズ!」
さて。
遠路はるばる海を渡って日本へやってきたソニアは、我慢できず常勝無敗の王者・琉惺学院へ訪れた。そして、お昼休みであるであろう今を好機と雪那に挑戦状を叩きつけるのであった。
他校とのトラブル云々の話は一旦置いといて。
ソニアはジャパニーズ・コミックのよくある好敵手ライバルの登場シーンを演出した。そして、一打席勝負をもちかけ、強い奴が他校にいる、自分という存在を相手に知らせ、次戦う舞台は試合で的な流れに持っていこうとした。
しかし、自分の思い通りにならないのが世の中である。
「なんや、あれ? 雪那、なんかおもろいのん来とるでー」
「雪那様。いかがなされますか?」
「キャハハっ、逆らう奴はいつものようにキルキルベイベー! キルキルベイベー!」
校舎の屋上でランチを取る女子グループがいた。
皆まで言わずも、雪那のグループである。両手に花な雪那以外は、それぞれ各々が好きな場所でくつろいでいた。狂的な歌を口ずさみフォークに弁当のおかずをぶっ刺し口に運ぶ者がいたり、金網のフェンスから下をのぞき込み招かれざる客を面白半分眺めている者がいたり、雪那に弁当のおかずを「あーん」してあげる者がいたり。
やりたい放題、ここ屋上は彼女たちの独占状態であった。
「美少女かしら?」
美少女以外は興味なし。と言っているようにも聞こえた。
「はい、雪那様お好みのとびきりの金髪外国人でございます」
「貧乳かしら?」
「いえ、目測ですがE以上はありそうです」
「ふーん……」
それを聞いてしまった雪那はつまらなさそうに、右側の美少女からおかずを「あーん」してもらう。それを味わい吟味し優越感に浸ること1分。
今も下からは「勝負してくだサーイ!」とソニアの声が聞こえるのだがスルーして。
しびれを切らした関西弁を喋る少女がもう一度聞いた。
「で、どうすんのや? アレと勝負するんか?」
「しないわよ。だって、勝負してもつまらなさそうでしょ」
「ウチはけっこう面白いと思ってんけどなー」
雪那にブッコロされる金髪外人美少女とかレアやん、と関西弁の少女は悪い顔する。それも見たことある顔なら尚更だ。遠路はるばる海を渡ってきた美少女なんてレアでしかなかった。
「まぁ、どの道タイミングが悪かったわね。どうしても位置的に姉さんに先を越されて獲物を横取りされるもの」
「あーそれな。やっぱり東雲先輩の目の届かない放課後、2軍のグランドで遊ぶのが一番ええよなー」
「えーキルキルベイベーしないのー!?」
自分、命拾いしたなー……と関西弁の少女は笑う。
確かに、下をもう一度覗くと金髪外国人の隣によく見知った先輩がいた。野球部の先輩が道場破りを捕まえていた。
この学校で知らない者はいない。
金髪外国人はそのまま先輩に連行されどこかへ行ってしまった。
これは笑える。
「Eなんていらないわ。今、私が一番欲してるのはA以下の子よ、ソニア=ネイサン」
「一度も下見てないのに名前当てよった。エスパーか、自分」
「あら、ある程度予測できるじゃない。私のこと知っても尚勝負しかける金髪外人巨乳美少女。そして、どこかで聞いたことのある声。遠路はるばる海を渡ってやってきたであろうEカップの美少女は、私が顔と名前を覚えているかぎり彼女ぐらいよ」
「なんちゅう読みや」
ソニアの誤算。それは自分のバストがEカップだということ。
雪那のお眼鏡にかなわず相手にされなかった。
〇
ソニア=ネイサンは連行された。
道場破りをしようと雪那の名前を呼び続けていたら、金髪美少女に連行された。自分も金髪美少女という自負が無きにしも非ずだが、彼女はなんというか自分とは違いオーラがあった。
「忠告。雪那と非公式で勝負するのは避けた方がいい」
ここは学校から1キロ離れたところにあるグラウンド。住宅地の中にひっそりとたたずむ市民グラウンドと呼ばれるところだろう。勝手に入って怒られるんじゃないかと思ったソニアだが、先ほど自分が何をしようとしていたのかすっかり忘れてしまっている。肝心なところの記憶は抜けているようだ。
ちなみに、ここは秘密の練習場として琉惺学院の生徒である彼女が顔パスで利用しているグラウンドである。だから、怒られるような問題は普通起きない。
お互い自己紹介もおいおい、本題に入っていた。
「ソニアはどこの学校の子?」
「ワタシは天文白金ハイスクールの転校生デース」
実はソニア、転校生という響きに憧れていた。だから、留学生とは言わなかった。
「
「ユーは知っているのですカー?」
「うん。弟のいる学校」
「オォッー、ユーのブラザーがいるのですかカー! これはちゃんと挨拶しないとデース!」
「うん。とても世話のかかる子。でも、とても強くてカッコイイ。仲良くしてやってね?」
「勿論デース!」
全然本題に入っていなかった。だが、雑談もそこそこにして。
「ソニア。話は戻すけど、雪那は今とても反抗期。本当は喧嘩売らない方がいい。だから、非公式でどうしても戦いというなら、私と勝負しよ」
「ユ、ユーとですカー? ホワイ??」
「うん。私に勝ったら雪那と勝負しても大丈夫だと思うから」
「ンー?? チョット待ってくだサーイ。ユーに勝てたらどうしてセツナと勝負しても大丈夫って言えるんデスカー? 日本語ムズかしいデース」
「だって……」
そう言って、琉惺学院の少女はグラウンドに作られたマウンドまで移動した。制服のままだが、グローブをいつの間にか装着して左手でボールを転がし遊んでいた。
気づいた時にはバッターボックスにはバットが転がっていた。
「私があの学校のエースで最強だから」
だから、最強に勝てたら雪那にも勝てるということだ。
静かで住宅街の喧騒もそよ風によって運んで聞こえていたグランドの空気が一瞬にして張り詰めた。未来のメジャーリーガー候補の1人と呼ばれたソニアならわかる。王者の威圧感を肌で感じた。というか、空気がピリピリし過ぎて、心なしか目の錯覚なのか、そよ風のせいだろうけど少女の金色の髪の先っちょが少しほど逆立っているようにも見えた。
「私ならいくらでも相手にしてあげる。好きなだけ、心ゆくまで勝負しよ」
「オーマイガー……」
琉惺学院を常勝無敗の高校に導いた最強のエース・
このあと、ソニア=ネイサンは日が暮れるまで強制的に勝負をさせられ…何度も、何度もボロカスに負けた。
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