第6話:手、繋ぐ?
昔の夢を見た。
「オレ、もう野球やめるわ」
「兄さん。2人で頑張っていこうって決めたばかりじゃない」
そう決めたはずだったんだがな。足がイカれちまった。
「約束守れなくてごめんな」
「だったら私も野球しないわ。兄さんの怪我が治るまでいくらでも待つわよ。別にプロを目指さなくたっていい。兄さんと野球できるならどこでも。だから……だから、そんなこと言わないで……」
父が他界して野球を少し嫌いになった。
母が他の男とどこかへ蒸発して、さらに野球が嫌いになった。
兄妹は過去を乗り越えようと誓ったはずだった。
この試練も乗り越えて『球磨兄妹』の名を天国にいる父の所まで轟かせるぐらい球界で暴れようぜ!と約束したはず。
でも、ひき逃げされた時に悟ってしまった。
ヒーロー気取りで女の子を助けても野球の神様は称賛してやくれない。それどころか怪物と忌み嫌い見捨てたんだ。
「オレがやめてもお前は続けろよ」
「誰が私の球を捕るのよ。兄さんしかいないでしょ……」
妹を泣かせてしまった。
「オレじゃなくても、どこかに探せばいるだろ」
「私は、兄さんとじゃなきゃイヤなのよ……」
妹の差し伸べる手を払いのけてしまった。
「オレも頑張ろうとしたけど、またあんな目に合うってんなら野球やらない方がマシだろ。だから野球なんてどうでもいい……」
苦渋の決断だった。ここではそう言うしかなかった。妹を見放すことが、自分のためでなく妹のためだと信じた。本当にそう思った。
「わかったわよ、このウジ虫が……」
「お、おまっ、兄に向って……っ!??」
「だって、そうじゃない。いつまでも、うじうじうじうじうじうじしてるのだから。それともクソ虫と呼んだ方がいいかしら?」
「………」
何も言い返せなかった。
「もうオオグソクムシの見舞いも来ないし家でも顔みたくないし話しかけもしないわ。旅行も一緒に行かないし勉強も教えてやらないし一緒にテレビも見ないし遊んであげないしお風呂も1人で入れるし兄さんが入ったお湯なら1度抜いて入れ替えてやるし夜怖くてもトイレ1人で行けるしベットも自分のを使うしそれでカワイイ妹と一緒に寝れなくなったこと後悔すればいいのよだからキャッチャーは自分で探すます。なので、どうか二度と野球してくれないでちょうだい。このウジ虫!!」
「………」
それは小6の冬のこと。
○
4月14日土曜日の夕方。
いとこ の三女からこんなラインが来た。
『最近できたスポーツショップに行ってみたい』
東雲姉妹の三女であり、球界女子最強の1人と謳われている。
常勝無敗の王者・琉惺学院の3年エースで二刀流使いで公式戦通算全打席安打の記録ホルダーの持ち主である。
控え目に言ってチート。
自称、スーパーヤサイ人を超えたスーパーヤサイ人だそうだ。
聞いた話では、すでにプロ野球全球団からドラフトの一位指名されているとか。各球団から契約金がどれぐらいだとか話を持ち込まれたり、貢物を送られたり、何かと熱烈なアプローチをされて光葉の争奪戦は1年前から始まっているそうな。
175㎝の恵まれた長身だからこそ、あの身体能力も頷ける。
モデル並みのスタイルというが、東雲の長女に連れられてモデルの仕事で小遣い稼ぎをしたり、スポーツ道具・用品のスポンサーになったり普通の高校生とは次元が違う人生を歩んでいる。
物静かであまり人前ではあまり自己主張が強い性格ではないため、モデルの仕事とかは不安ではあったが、彼女なり上手いことしているそうな。これについては後悔していないのでいいのだろう。
球磨にとって自慢の姉の1人だ。
「手、繋ぐ?」
「もうガキじゃねーよ」
普段と変わらないやり取り。両親がいなくなった兄妹の面倒を一番みている三女の、かかせないやり取りである。
今日はツインテールにしているようで、その金の髪を人差し指でくるくるさせていた。光葉は練習後に一度、自宅に戻りシャワーを浴びたらしい。シャンプーのほのかの香りがする。「におい、どう?」って聞かれて、それは汗のニオイがまだ残っているかどうか聞かれていることだと思い、球磨は「別に」とだけ答えた。もちろん、凄く不満げな顔をされた。
時刻は午後7時。2人は待ち合わせ場所に集合して、目的のスポーツ店へ訪れた。海外のブランド店らしい。名前はあんまり聞かないがな。ただ、建物はとても大きく東京ドーム3個分だとか。
「学校は慣れた?」
「まぁな」
「友達はできた?」
「まだだな」
「彼女は?」
「いねーよ」
「そ。よかった」
「よくねーよ」
この店、ナイキンとかミゾノとかのブランド商品は一切置いていないらしい。
マイナーなブランドの下剋上をテーマにしているだけに、よくわからないブランドが多い印象だ。寄せ集めの烏合の衆。それはまさしく、天文白金の野球同好会みたいだなと球磨は思った。
別にどうでもいいけど。
そんな彼の心境などしらず、姉の光葉は珍しいスポーツ用品を物色しながら、弟に彼女がいないことを聞けたので安堵していたりする。
「この前、
「は? 誰が?」
話題は3日前の珍事件。光葉も弟だからか饒舌になる。
「ソニア=ネイサンって子。雪那にリベンジしたくてアメリカから転校してきたんだって」
「それで?」
「お昼休みだったから私が相手した」
「まぁ、それが正しい判断だよ。つーか、学校問題にならなかったのかよ」
「だから、私と勝負してその事実をもみ消した」
「ちょっと何言ってるのかわからねー」
この三女はチートだから、いつものことだと球磨は適当に流した。
「どうせあのチビの差し金だろ」
「伊織さん、制御できなかったみたい」
「あっそ」
「とにかく、ソニアと勝負した。日が暮れるまでずっと」
「そいつは雪那より惨いことしたな」
「うん。格上の実力を見せてあげた」
「ご愁傷様だ」
「そして、ソニアの師匠になった」
「弟子作るなよ」
「センスの塊みたいないいバッターだよ」
「で、師匠は弟子の才ある芽を摘んだってわけか?」
「それは違う。ソニアのバッティングの癖を把握しただけ」
「一緒だよ。もうそいつはミツバ姉の球は打てねーよ」
「今のままだとね」
次に公式戦で光葉と勝負してもソニアは白金学園の戦力にならないだろう。
球磨は従姉のチートぶりをよく知っているからそう言えるのであった。
東雲光葉は打者の癖をピッチングから読み取り、打たせて取るピッチングを極めている。打者の癖を完全に把握したとなれば、どこのコースをどの順番で突いていけば、敢えてピッチャーフライにして討ち取ることも朝飯前でやってのけるのだ。
それは東雲光葉だからできる芸当。故にチート。
だから、ソニアは光葉と勝負し過ぎてもうヒットを打つ可能性は限りなくゼロになった。
もし、光葉に癖を把握されても尚、打つことができるのは進化し続ける者だけだ。
「でも、あの子はきっと強くなる」
「そか」
「心配?」
「は?なんで俺が」
「蒼くんもそのうち野球同好会へ入る予定だから」
「勝手に入る予定にするな」
「そう。でも、私は最後の大会、蒼くんとも対決したい」
「ミツバ姉に言われてもしねーって」
「うん。そうだったね……」
光葉は対戦しないと言われてしょんぼりした。
「で、この店の品物は種類は豊富だわ価格も安いそこそこ良品質。何か買っていくか?」
「まだ検討中。蒼くんは何か欲しいものある? グラブいる?」
「いらねー」
球磨はあの日に野球しないと誓った。
たとえ長女の頼みでも、たとえ次女に望まれても、たとえ三女にどれだけお願いされても、こればかりは意地でも決意は動かせない。
もう、自分に野球をする資格はない。
あの日を境に妹の人生を最悪なものに変えてしまい、彼女を取り巻く環境を激変させ、犠牲者をも出した自分に今さら野球をすることは許されないはずだ。
ただ、光葉の存在は大きかった。
「蒼くん、バットもいらない?」
「バットもだ」
「スカウターは?」
「なんでそんなオモチャがあるんだか」
「蒼くんの選手能力は53万……だと……っ!?」
「お、おう……」
「流石だね」
「信じるな、信じるな」
「まだ、見て回ってもいい?」
「まぁ、いつも世話になってるしな。どことなりと」
「ありがと」
こちらこそ、いつもありがとな……と球磨は心の中でつぶやいた。
ちなみに、光葉の選手能力は520万だった。
故障だと信じたい。チートぇ。
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