第3話:裏・野球同好会のマシロ先輩

 野球同好会の活動はポスター作りとビラ配りで部員の募集をする所から始まる。


 姫路千草ひめじちぐさにとってビラ配りは憂鬱でしかなかったが己の野望のために頑張ることにした。ただ、初日を終えて手応えは限りなくゼロだった。


 ポスター、チラシ共にメガネくん監修の元、良いものに仕上がった自負がある。デザイン会社への就職するための一つの作品候補に挙げていいぐらいには出来栄えはよかった。しかし、問題の論点が違う。少し考えればわかる。しかし、思っても決して自分の口から出してはいけない。特に赤坂葵あかさかあおいの前で言ってはいけない理由がそこにあることは明らかであった。




 野球をしたい奴らは野球部のある学校に進学している――――――。




 天文白金てんもんしろがね学園は主に学芸に力を入れた学園である。音楽・書道・茶道・演劇・芸術など、コンテストに出場すれば全国レベルと言われる名門校であるがスポーツ高校としては知名度が低く二の次である。せいぜい健康面を考慮して適度に体動かしなさいよと、その程度の認識だ。たまたま強くなってしまった女子ソフト部は例外であるがな。


 誰も今さらこの学校で野球をしたいと思う生徒はそういないものだ。普通の勧誘じゃ生徒は入部してこない。


 だから、昼休みはターゲットを絞って勧誘活動を試みたりもする。




「あ、ポスターが……」




 ほら、こういう悪意のあるイタズラまで起きる。


 葵の強引な勧誘の反発だろうか。それとも球磨蒼士くまそうしの仕業かなとも疑ってしまう。せっかく作って掲示板に貼らせてもらっているポスターが何者かの手によって破られ捨てられていた。こういうのを見ると気持ちが沈む。


 破れた破片を拾って教室までセロハンテープへ取りに行く。いや、葵にコレを見せたくないから職員室で借りようかと回れ右した。




「そこのカワイイお嬢さんや、ちょいとお待ちなさいな」


「は、はい……」




 千草は胡散臭い占い師に絡まれたように呼び止められた。


 振り返るとやはり胡散臭い生徒がいた。足がスラっと長くてキレイでスカートをはいていることから女子生徒とはわかる。腕を組み強調される胸。千草に負けないぐらいボリュームはあるからよほどのことがない限りは女子生徒である。しかし顔のパーツがカエルだった。ド☆ドンキとかで売ってそうな動物の被り物をかぶった変人がそこにいた。


 少女漫画でしか高校生活を知らない千草はこう思った。高校生って凄いなぁと。




「職員室にセロハン取りに行こうとしてるのかい? だったら、生徒会室の方が近かったりする。ついてきたまえ」


「え、えと、はい……」




 有無を言わぬ芯のこもった声。被り物している割にはくぐもっておらずナチュラルに聞こえた。


 千草の性格上、ノーと言えずついて行くことにした。面倒ごとに巻き込まれるのは嫌いなタイプであるが、高校生活で自分を変えると決めたからなのか、あまりに非日常な光景が目の前の生徒から感じ取ったからなのか、興味本位でついて行くことにした。


 それに、カエル顔の生徒は生徒会室に案内するみたいだ。人気のいない不良達のたまり場に誘導されるわけでもなさそうだと思いついて行くことにした。




「生徒会室はここだお。ちょっと外で待っていてくれたまえ」


「は、はい!」




 本当に生徒会室まであっという間だった。角を曲がればそこだった。


 カエル顔の生徒はノックもせずに中に入っていく所を驚きさえするも、カエルの人は生徒会のメンバーなのだということはなんとなく読めた。


 中からこんなやり取りさえ聞こえた。




「ましろ……いえ、生徒会長……また変な恰好して校内ブラついてたんですか? わたくし、言いましたよね? 生徒会のイメージをぶち壊すようなことはしてくれるなと。なのに貴女って人は……っ!!」


「まーまー、副会長、一旦落ち着きましょうよ。この人はこの人なりに、お堅い生徒会のイメージを少しでも和らげようとして、生徒さんとの交流を深めるための粋な計らいをしてくださってるんですよ、きっと。そうですよね、生徒会長?」


「ん? これはボクの趣味だお!」


「よーし、そこになおれ! 今日こそ、そのふざけた顔面を剥ぎ取ってやりますわ!」


「あだだ、よすんだキミ! これはボクの一部だ! ボクのプリティーな目ん玉だ!? もが、腹を殴られた!? くそっ、油断した!! 怯んだ隙にボクの顔面をはぎ取ろうって算段か!! だがしかし無駄だぜ副会長! 考えが甘いな幼馴染の女ぁ!! ボクのアイデンティティはちょっとやそっとじゃ崩せやしないのさ!!」


「くっ、バカの顔面を剥ぎ取ったつもりだったのにバカな!? もう1枚装着していたというのですか!?」


「これぞまさしく『脱皮』というやつだぜ!!」


「ブッコロ……っ!!」


「あのー生徒会長~。外にお客さん待たせてるんですよね?」




 なんて、生徒会室から聞こえてきた。




「なに、これ……」




 というか、セロハンテープ……




「あのー、セロハンテープを借りに来た生徒さんですよね?」


「あ、は、はい……」


「ごめんなさいね。今、生徒会長は取り込み中でして」


「はあ……というか、あのカエルが生徒会長、なんですか?」


「う、うん。ちょっと変人だけど、でも、良い人よ。きっと……」


「………」




 千草の中で入学式の時に壇上に立って挨拶していた生徒会長のイメージが今ここで崩れるのであった。やっぱり高校生って凄いな~……


 とりあえずセロハンテープをゲットした。








 〇








 去年の夏―――――。




 有栖茉白ありすましろはリトルシニアの県大会決勝戦を観に来ていた。妹が出場する試合であり、なかなか姉である自分を試合に呼んでくれなかった妹が「最後だと思うから来てもいいよ」と許可をもらって観に行った試合である。茉白はとても大いに喜んで、幼馴染と応援しに行くとことにした。妹はそんな姉を苦笑いで見ていた。




 黄昏町エスペラント VS 七森ブルース 




 有栖妹は七森ブルースのチームで、一番ショート。とても優秀な選手だったと聞いている。チームも全国を狙える将来有望な選手が多い中の一番ショートだ。茉白は誇らしかった。それで妹から聞かされていたのは親友のエースも凄腕で自慢していたことを思い出す。赤髪で帽子の下からポニーテールがはみ出していて笑顔がキラキラしている女の子が印象的だった。美少女好きな茉白にとってどストライクだったがために、有栖妹は姉に親友の紹介を躊躇っていたともいう。


 1回の表。守備の回。妹の親友は圧巻のピッチングで三者連続三振にしてみせた。会場が湧く。何、あのピッチング? サブマリン?? クロスファイヤーだ!! と茉白には聞きなれない単語が客席のあちこちから聞こえてきた。何かは知らないけど凄いことが起こっていることだけはわかった。隣にいる幼馴染が説明してくれなかったら終始ぽかん状態だっただろう。


 幼馴染曰く、全国を狙えるんじゃないかと期待できるピッチャーなのは確かだそうだ。


 だから、なお一層気合を入れて応援しなきゃと思った。周囲のボルテージも初回からマックスに近かった。皆が彼らに期待していた。お兄ちゃん頑張れ!と。お姉ちゃんファイト!と無邪気な子供達の応援が沢山聞こえてきた。


 だから、妹たちは最後まで戦ったんだろう。




『1番、ショート。有栖燕ありすつばめ




「ツバメちゃんー! かっ飛ばせー!!」


「いけー有栖ー!! 初回から狙っていけー!!」


「相手のピッチャーがどれだけバケモンでもお前なら打てるぞー!!」


「打て打て有栖!! お前が打たなきゃ誰が打つーーー!!」




 本当に凄かった。父兄たちも自前のメガホンを激しく叩いて応援していた。きっと妹なら打ってくれる。チャンスを作ってくれると信じた。


 相手ピッチャーはこちらのエースと同じく女の子だった。今は野球も女子が男子よりも活躍する時代だそうだ。長身黒髪のキレイな女の子だった。この声援の中、プレッシャーも屁でもないかのように澄ました顔をよく覚えている。あの冷たい目も覚えている。球がもの凄く早いことも覚えている。


 名前は忘れもしない。


 球磨雪那。絶対に忘れるものか……




 3 - 0




 試合結果だけを見れば僅差で黄昏町エスペラントの勝利。お互いのエースによる投手戦といえば美談であったろうが。あれが美談? みんな最後までよく頑張った? ふざけるな! そんなことぬかす輩は茉白が黙っていなかった。


 しかし、試合終了してもなお、何が起きたのか茉白は理解するのに時間がかかった。ただ、茫然と立ち尽くす。最終バッターになった妹の身に何が起きたかも理解できないまま。


 赤髪の少女は糸の切れた人形のように一塁ベースの上でへたり込んでしまっていた。現実を直視できなかったみたいだ。


 グランドが慌ただしくなっていく。チームメイトが、監督が、審判が心配して妹に駆け寄っていく。チームメイトの何人かが球磨雪那にぶちギレた。乱闘騒ぎにまで発展しそうな険悪な雰囲気が漂う。父兄の怒号と呼べるブーイングが観客席から、憎むべき少女に向かってメガホンさえ投げつけた。


 そして、サイレンが聞こえる。試合終了を告げるかのように、遠くの方から、幼馴染が呼んてくれた救急車のサイレンが……


 妹は、有栖燕は試合直後に病院へ搬送された。










 〇









 あれから半年以上過ぎた。


 茉白はに会ったら聞きたいことがあった。


 例の一度破られて修繕されたポスターが貼ってある掲示板前で待ち伏せをして、問い詰めてやろうと思ったことがある。




「『4月18日(水)放課後16:30~理科室にて野球同好会のメンバー紹介&初ミーティング開始』って書いてあるけど、キミはこれ行くのかい?」




 聞きたかったのはそうじゃないんだけどな、と茉白は思う。


 返答も予測されていたものだった。




「誰が行くかよ……」


「そうかい、それは残念だ」




 心の底から残念に思う。




「つーか、誰?」


「ん? ボク? ボクは裏・野球同好会のメンバーの1人、マシロ先輩だぜ。お見知りおきたまえよ、球磨雪那のお兄さん」


「………」




 球磨蒼士も予想外の名前を出されて。一瞬、呼吸をするのを忘れてしまった。




「葵ちゃんはさー、当事者なのに、よーくあんな笑顔でキミに野球しようなんて言えたもんだよねー。親友があんな目にあったというのに……あの笑顔がたまらなく恐ろしいぜ」


「お前……」




 執念だよね~、とカエル顔の先輩は笑う。




「ボクなんか、ずっとキミ達兄妹に復讐したいと思ってるのに……なーんちゃって」




 ケロケロと真っ白いカエルは笑っていた。

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