第2話:モテないのはメガネのせいじゃない
「竜紀、アンタがモテないのはメガネのせいなんかじゃないわ」
「いきなりなんだよ姉ちゃん」
「メガネでもモテる奴はモテる。モテるメガネとモテないメガネの違いはなんだと思う?」
「顔、性格、身長なんじゃねーの……」
「違うわよ。野球をしているかしていないかの違いよ」
「は?」
「ということで、天文白金学園へ入学して野球部に入るのよ。無名の高校が甲子園で活躍してみなさいよ。メガネの冴えないアンタでもきっとモテるわ」
「マジで言ってんのかよ姉ちゃん!?」
しかし、天文白金学園に野球部はなかった。
あの姉が自分の勤務する高校の野球部とソフト部を間違えるはずもなく、ハメられたと気づいた時は既に遅かった。その件について家に帰って問い詰めるも、「野球部がなければ作ればいいじゃない」と一蹴される。初めからこれを狙っていたような口ぶりで、1年A組に赤坂葵という野球バカがいるそうな、彼女と共に野球部を作れと命じられた。
赤坂葵というのは入学式直前にヤンキーに挑戦状を叩きつけたアホの子だ。姉からの説明でメガネ君の中で名前と顔が一致した。
そして、ヤンキーというのは球磨蒼士。1年F組、同じクラスの男子だ。
だから、げんなりした。
「あ、球磨くんだ! こんな所で会うだなんて偶然だね!」
翌日、朝から1年F組前の廊下は騒々しかった。
例の問題児が現れた。赤毛アホ子が現れた。何が偶然なものか。メガネくんは彼らに巻き込まれないように遠巻きで様子を伺った。
「昨日のあれは絶対レフト線ファールだからね! まだ負けたわけじゃないんだから! 顔洗って待っててね!」
「あ? あれはどう見てもホームランだっただろうが。もうやらねー」
「いやいや、あんな際どいスレスレのレフト線をドヤ顔でホームランって言われましても! どうせ、ブランクで見極めきれず少し焦ったんじゃないの? それを認めるのも怖いんじゃなくて?」
「お前凄いな……。気が変わった。なんなら今から続きするか?」
「あ、今は駄目です。まだ、そんな、昼から求められても心の準備が。私照れて嬉しくて困ります///」
「うざ……」
確かにウザイ。メガネくんは彼に同情した。
あの日、メガネくんも野次馬の1人だった。だから、知っている。2人の決着はまだ着いていないことを。
葵の投げた第1球目が球磨のフルスイングによってレフト線を際どいラインで学園のフェンスを越えていった。ガシャンと嫌な音がしたが、それは置いといて。球磨はホームランを主張、葵はファールを主張したのだ。どちらも互いの主張を譲り切れず、かと言って第2球目を投げることは叶わなかったのだ。持参したボールは1球のみ。ボールはフェンスを飛び越えてしまったために取りに行かないといけないのだが、騒ぎを駆けつけた教員が総出で赤毛アホ子捕獲作戦を実行して、1打席勝負は中途半端な形で終わってしまった。
確かにあれで決着というのは煮えたぎらないよな、とメガネ君は思う。かと言って野球をしたくない奴に無理やりさせるのもどうかと思う。さらに言えば、あまりヤンキーを刺激させて不機嫌にしないでくれませんか、ほんと怖いからヤメテ、、、、と赤毛アホ子に心の中で悪態をついておくことにした。
で、そんな問題児に放課後呼び出されるのであった。全然嬉しくないのは皆まで言うまい。
『メガネくん、至急かつ迅速に1年A組の教室に集合してください。天文白金学園・野球同好会の勧誘ポスターを作りましたので意見をください』
業務連絡のようなラインに気づいたのは駐輪場で自転車に跨った後のこと。めんどくさいから既読スルーして帰ろうかと思ったが、もう一通きた。
『追伸――可愛いマネージャーをゲットしたのでついでに紹介したいんだけどなー。既読スルーして帰っちゃうのかー、じゃ明日紹介するねー。また明日ー笑 ちなみに、私は君のお姉さんと仲良しなんでチクっときまーす笑』
校舎の窓から赤毛アホ子がこちらを笑顔で見下ろし手を振っていた。さよならしていた。
たまらずUターンした。
メガネくんは姉にチクられるのが怖いからUターンした。1年A組の教室へ目指した。自分の動向が筒抜けで心を見透かしたような文面は癪ではあったが、とにかくUターンした。A組の女子たちが何このメガネー邪魔なんですけどー、などと鬱陶しそうにしていたけどもスルーして。
いた。本当に赤毛アホ子ともう1人美少女がいた。ピンクゴールドのゆるふわ系巨乳マネージャーだ。メガネくんの中で何かが弾け飛んだ。
「お、やっと来たね、メガネくん。全力ダッシュで来るだなんて君は男の中の男だねー」
「ぜーぜー、ね、姉ちゃんにチクられたくなかったからな……ぜー、はー……」
「まー、そういうことにしておくね」
にやにやする赤毛アホ子。チラチラっとこちらの様子を伺ってくるゆるふわ美少女がいる手前、あまり強く反論できなかった。
机を二つくっつけて向かい合わせで座っている美少女2人。勧誘ポスターの案をルーズリーフにあれこれ書いてあるのが見て取れた。
「それよりもさ、その辺からテキトーに椅子拝借して座りなよ。チーちゃん紹介したいからさー」
「え、あ、うん……」
「ん? 椅子はどれでもいいよ? 遠慮しないで」
「………」
女子多めの他クラスなのだ。こっちの気持ちも知らないで……
「さ、座ったね。じゃ、改めまして! 天文白金野球同好会に新たな仲間が加わりました! マネージャーのチーちゃんです!」
「ひ、姫路千草です……その、よろしく、ね」
ぎこちない笑顔がまたメガネくんの中で何かが爆発した。
「チーちゃんはこう見えて絵がうまいんだよ」
「趣味で、プロ野球選手の似顔絵やマスコットキャラを描いたりするから……あまり、人に見せれるものじゃないけどね」
「で、でも、凄く上手い……っ!!」
「あ、ありがと……」
メガネくんの語彙力低下中。チーちゃん若干引き気味中。
「で、こっちの眼鏡がメガネくんね、チーちゃん」
「おい」
「く、黒瀬竜紀くんだよね? 葵ちゃんから聞いてるよ。なんでも黒瀬先生の弟さんだとか……?」
「でも顔は全然似てないよねー。うむうむ、野球の神様は残酷なことをなさる」
「それはほっとけよ……」
ちょっと心外だ。
鼻筋あたり姉弟そっくりなのに、とは反論しなかった。
「それでね、メガネくん。君をお呼びだてしたのは他でもなく、野球同好会の部員を増やすために我々は一つの作戦として勧誘ポスターやチラシを作ろうかと思っていて、男子である君の意見も欲しかったんだ」
「なるほど、そういうこと……」
「で、私とチーちゃんそれぞれポスター案を考えてみたんだけど、ちょっとどっちがいいか見てくれない」
「う、うん」
メガネくんはふと気づいた。
高校生活も悪くない、こんな日常回も悪くないと、、、
今思えば中学時代、女子とこうして話をする機会なんてあまりなかった。学校の行事で少し、文化祭の準備で少し喋れたら良い方だった。灰色の青春送っていた。それに地元のヤンキーは怖かった。
しかし、今この瞬間はどうだ。女子2人に男子1人でリア充満喫してるんじゃね?
結論から言えば、ヤンキーは嫌いだが野球同好会に入って良かったなと思った。
赤坂葵には意中の相手がいるけど、姫路千草はどうなんだろう、もしかしたらワンチャンラノベ的お決まり展開に発展するんじゃないか、と心を躍らせた。
葵から渡されたのは2つのルーズリーフ。
カラフルなマジックペンで書かれたラフ案ともいえる簡単なデザインだった。うん、2人の個性が良く反映されたポスターを作成していた。
『君と甲子園を行くために私は何だったってするよ! カモン球磨くん! 愛ラブ球磨くん!』
これ、赤坂葵:作
でかでかのハートマークと主張が強すぎるキャッチコピーがカラフルに書かれていた。愛の重たいポスターだ。
ま、まあ、予想できた事案だ。
『天文白金に新たなる風を! ゼロから甲子園を目指す野球同好会! 今なら君も即戦力!』
これ、姫路千草:作。
キャッチコピーはそれっぽく、球児たちが甲子園を目指そうとイラストも上手く描けていた。ただ、残念に思うのがヤンキーらしき球児が主役で自分っぽいメガネが端っこの方で見切れていたのが非常に残念だった。
さらに観察して見ていくと、下の方にこっそり小さく不要な一文を発見した。
『さらに、球磨蒼士と名の付く人物の弱点情報を持ってきた人はポジション・スタメン順位要相談可』
メガネくんでも予想できなかった事案だ。
「ひ、姫路さんも、その……あのヤンキーのことが好きだったりするの?」
たまらず聞いてしまった。
「えぇー、そうなのチーちゃん!?」
「ち、違うの、これは……こ、甲子園に出場するのって、やっぱり強い選手がいてくれた方がいいから。別に、球磨くんのことが好きとかそういうのじゃなくて……」
「ふー、よかったー。びっくりしたよー。チーちゃんが球磨くんのこと好きだったらどうしようかってハラハラしたよー。ふひー」
「う、うん、本当にそういうつもりで書いたんじゃないからね……」
「あははー、だよねー」
「あはは、うん……………今はね……」
「「………」」
やっぱりメガネくんはラノベ主人公になれないのかもしれない。淡い恋心はあっけなく消し飛んだ。
だからこそ、なおさら甲子園行ってアイツよりモテてやる、とやる気を出すことになるのだが。今は、この二人のポスターの修正案を考えてまとめるのがメガネくんの役割である。
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