第1話:は?ヒロイン上等。
『私は君と甲子園に行きたい。だから、一打席勝負しよっ!』
あまりに現実味のない昨日の光景を
赤毛少女がヤンキーくんに挑戦状を叩きつけた後、周りがキャーキャー騒ぐ中、2人はグラウンドへ移動した。
本当に1打席勝負をするとは思わなかった。それも入学式前に普通はしない。しかし、ヤンキーくんにも考えがあり、この1打席限りにすることを条件に勝負を受けた。2打席目はないぞと、、、、証人は騒ぎを駆けつけた野次馬である千草達だ。しっかりとこの耳で聞いた。「この約束を破ったらお前、退学しろよ」「うん、わかった」と。
厳しい条件かなと思ったりもするが、無理やり勝負に付き合わされたのだから仕方がないとも思った。あのヤンキーくんは野球はできるが、やりたくないんだな、と。
それで、この1打席勝負の行方は……実はまだ決着はついていなかったりする。
「あれってもうほぼ告白じゃん……」
少女漫画かよ、とベットの中で悪態をつく。
入学式の日にちょっとハメ外してユニフォーム姿で登校してきちゃった赤毛少女が、イケメン金髪ヤンキーくんに自分の想いをぶつけるシチュエーションなんて誰が想像しただろうか。
一昔前なら「私を甲子園へ連れて行って」「俺がお前を甲子園へ連れて行ってやるよ」などとお決まりのセリフがあったらしいが、今の流行りは「私達で甲子園へ目指そうよ」である。最近増えた少女漫画野球ものもそんなセリフばっかりだ。だから、それはドラマや少女漫画の中の話だけだと思っていた。
実際、リアルであんな恥ずかしいセリフを、それも大衆の面前で言う少年少女はいない。いてたまるものか。でも、いた。バカがいた。アホの子がいた。
妄想は大概にしてほしい。少女漫画とリアルを一緒にしないでほしい。赤の他人だとしても見ているこっちが恥ずかしくなる。今日、どんな顔して学校へ登校したらいいのだろうと悩むほどに。赤毛少女と同じクラスであることは昨日確認済みで、今日彼女と目線が合ったらなんて声をかけるべきなんだろうかと悩んでいた。ヤバい人と同じクラスになってしまったと悩んでいた。
このまま学校行かずサボろうかとも思った。中学時代と同じく引きこもりでもいいかとも思った。2日目にして学校へ行く気力は無くしつつあった。
でも、凄いなと思った。あの告白を近くで見て鳥肌が立った。身震いした。不完全燃焼だとしても、リアルで誰もしないようなことを赤毛少女はしたのだ。あれが青春というやつなんだろうか。高校生って凄いんだな~とも思った。
それに比べて私は……
「私はあんな風にはなれないかな……」
千草を悩ませて引きこもりになろうとしている理由はもう1つ他にあった。
結局、朝の起きる時間になってもなかなか起きようとしなかったため、鬼のような母親によって強制的に起きるハメになった。鬼ババ、と心の中だけで悪態をついた。
1階のリビングへ降りると父が今朝の情報番組を見ていた。ちょうど、スポーツニュースが流れている。うぅ、今あまり見たくない映像が流れていた。眩しくて直視できない。それは千草がこの世で一番眼球の裏側に焼き付けたい映像であった。
『見事、最後のバッターを空振り三振に仕留めた東雲一蘭投手! 開幕して早くも2勝目です! いや~、我らが姫は絶好調ですねー! 風神の如く雷神の如し圧巻のピッチング! くぅ~シビれるぅ~!!』
『モブ子アナさん、少し落ち着いて。彼女、開幕して1カ月ぐらいは敵無しですからねー。登板数の回転もこの時期は早く、今のうちにチームの貯金を稼いでくれるでしょう』
「あ~ん、やっぱり姫が一番だよ~」
「こら、千草、、、テレビに噛り付くんじゃない。見えないじゃないか」
敬愛する女子プロ選手がテレビに映った途端にこれだ。憧れの選手が登場するとテレビ越しに頬ずりしてしまう悪い癖。熱狂的なファンの禁断症状といったところか。父親からの「テレビに噛り付くな」は果たして比喩だろうか……それは美少女である彼女の名誉を守るためにも皆まで言うまい。
「はあ~、やっぱり姫はカッコいいな~」
現在、パ・リーグで活躍する女性初の女子プロ野球選手として注目を浴びている
新たに4球団発足された内の1チームに入団して以来、今シーズンで5年目になるも、衰えを見せるどころか今が全盛期バリバリといった感じでどのスター選手よりも輝いている。
新人賞・沢村賞など数多の受賞を総なめにしてきた平成の怪物。男勝りな気迫あるピッチングが爽快で、女性ファンにも人気が凄い。スポンサー契約は勿論のこと、モデル体型ということもありCMに起用されたり、スポーツ雑誌だけでなくファッション雑誌の表紙を飾ることは既にお馴染みである。
マウンドが似合う女性投手ナンバーワン。バッテリーを組みたい女性投手ナンバーワン。お嫁さんにもらってほしい女性投手ナンバーワン。金髪ロングが似合う女性投手ナンバーワン。
だから、幸せのため息が出るほどに千草も東雲選手に強く憧れを抱いた。
「行きたくないけど、行ってきます……」
さて、と。憂鬱な登校の時間。
千草は東雲選手に憧れた。憧れるだけじゃ飽き足らず、お近づきになりたいと思うほどだった。それはファンなら誰もが1度は思うだろう。では、どうやって彼女に近づくか、あわよくばお話しできる機会を得られらるのだろうか、親しくなれるだろうか。
千草の答えは簡単だった。
自分もプロ野球の世界に飛び込めばいい。東雲選手と同じチームに所属してしまえばいいと答えを導き出した。なら、自分も女子プロを目指すのかと問われれば、そうではない。
千草は自他認めるほど運動音痴である。ドジっ子である。どのポジションも適正ではない。限りなくプロとしてスカウトはされることはまず万が一にも可能性はないだろう。分野が違う。だから、彼女は別のアプローチを模索した。
必ずしも野球とは野球をプレイする選手だけのゲームではないだろうと考えた。千草は知っている。マネージャーという存在を。東雲選手の専属マネージャーを。答えはここに導き出された。
東雲選手のスケジュール管理、健康管理を全て担う唯一無二のマネージャーってありじゃないかと。登板した時はマネージャーである自分がマッサージをしてあげて疲れを癒し、休日は彼女のために栄養満点の料理を作ってあげれたらどれほど素敵だろうか、と愚直にも考えた。野球はできないけど、野球のマネージャーなら自分でもできるのでは、、、、と。
だから、千草は己の野望のための下準備として、高校に入ったら野球部のマネージャーをすることを決意した。できれば強豪校で最先端のトレーニング方法やマネジメントを教えてくれる高校を目指すことにした。
しかし、何故か千草は野球部のない、この天文白金学園へ入学してしまった。
入学した理由を思い出すだけで馬鹿らしい。
天文白金学園の正門前で立ち止まり顔を上げた。学園のエンブレムを親の仇でも見るかのような目で睨みつけ、千草は「私はバカなのか」と小さく悪態をついた。
ウェーブのかかったピンクゴールドの髪が風でなびく。この髪の色を東雲選手に褒めてもらうまでにどれだけ遠回りするのだろうか、、、、
ちょっと考えればわかることだった。
ちょっと調べればわかることだった。
本当に私はドジっ子なのだろうか。おっちょこちょいさは赤毛アホ子に引けを取らないレベルだろうか。このキャラはいつまで演じなくちゃいけないのだろうか。
あの河川敷で爽やかにランニングしてた天文白金の選手達がまさか、女子ソフトボール部だっただなんて、勝手に野球部と思い込んでいただなんて、死んでも誰にも言えない。真実は墓場まで持っていくしかない。スカートスパッツなユニフォームが可愛かったからこの高校に決めましたと、あの日の笑顔の自分を殴りたい気持ちである。
ただ、もう過ぎてしまったこどだ。もう少しうじうじして引きこもりたかったが、赤毛アホ子にあんなものを見せられた。
それに、、、
「なにこれ……」
千草は自分の下駄箱に手紙が入っていることに気づいた。ラブレターならまだ動揺しなかっただろう。彼女が想いを寄せているのは雲の上の存在のような姫なのだから。だから、周りの目も気にせず冷めた気持ちで中身を確認した。
『球磨蒼士は東雲一蘭の いとこ である』
オーケー、一度を深呼吸してみよう。落ち着いてみよう。手紙を破り捨てたい気持ちを抑えて冷静になろう。あのヤンキーが姫のいとこ?誰の嫌がらせかは知らない。だけど、嫌がらせで片付けていいものでもない。もし、ここに書かれてあることが事実なら……
だったら……
「アホ子には負けてられない……」
は? ヒロイン上等。
野球部がなければ作ればいい?
まだ赤毛アホ子とヤンキーくんの勝負はついてない?
なら必ず球磨蒼士を野球部に入れてみせる。そして、自分のモノにして東雲一蘭に少しでも近づくんだと……姫路千草は今日からヒロインの座を狙って本気を出す。
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