ふたつ、執着
(バッドエンドif)
「ねえ、俺と一緒に逝こうか」
我が太陽がそう言ったから、俺はただ「いいよ」と頷いた。
夏の盛りのことだ。俺と彼の時があまりにも短い日。昇っていく太陽を恨めしそうに見つめながら、朝なんて来なきゃいいのにと二人で睦みあって囁いた。共有した布団が湿って、不快だと思考の隅にでもちらついてしまうのが嫌だった。
「どうやって死のうか」
大きな猫のように擦り着いて、甘えた声で彼は言う。
「失敗するのは嫌だな」
「一人で遺すなんてことをしたら許さない」
「わかってるよ、馬鹿」
拗ねたように言うのが可愛くて、思わず口付けてしまう。む、と不機嫌そうな顔がゆっくりと緩んでいくのが好きだ。夏の暑さに対抗するようにぴっとりと体をくっつけて、口を開く。
「毒を飲むのは? 毒って言ったら大袈裟だけど、睡眠薬とかさあ」
「それだって死ぬほどの量を手に入れるのは難しいって聞く。それに、俺たち一度だって夜に困ったことがないだろ? 首を吊るのとか、やっぱり定番じゃないか?」
「せーの、って? なんか、一緒に死んでいるって感じがしなくて寂しいような気がする」
「それもそうか」
「刺し合うのは?」
「シンプルに痛そうだし。俺、お前を傷付けるのだけは絶対できそうにない。どちらかが先に逝くようなのはやめておこう」
「そっか。よく考えたら俺も、お前を刺せないよ」
擽ったい言葉を当然のように重ねられるこいつとの関係が何よりも好ましかった。
外の空気を胸いっぱいに吸うのは、思えば一年以上ぶりのことだ。こいつとの生活が染み付いた部屋の空気が一番落ち着くのは言うまでもないことだけれど、新鮮なそれは物珍しい。
「離れるなよ」
潮風に誘われて砂を踏むため前に行こうとしたのを、腕を掴まれ止められる。言葉は強いけれど、瞳はゆらゆらと波を写して揺れている。
「……怖がりだな、これから一緒に逝くのに」
俺を閉じ込めた人は、臆病だ。だからこそあの狭い部屋を選択し、こんな場所に終着してしまうのだろう。そして、止めることを一度もしないで消えることを選ぶ俺も、きっと弱いのだ。
「生まれ変わりなんてしたくないな」
「こういう時には来世は共に〜、って言うもんじゃねえの?」
「……今世が幸せだったから。お前と会えた。お前と過ごせた」
「うわ、甘ったるい」
けらけらと笑いながら岩陰で服を脱いだ。空気を溜め込む場所を自ら手放していく。
「俺もだよ。天国も地獄も、来世も、要らないや。海の底で一緒にいよう」
「……竜宮城に行きたいのかもしれないな」
「かも。お姫様に浮気するなよ」
「お前がいるのに?」
太陽の熱にぬるく温められた海に裸足を浸ける。寄せて返す波に誘われて、沖へ沖へと歩く。二人が切り離されることのないように強く手を握りあって。
「おやすみ、俺の太陽」
「もう二度と昇らないよ、西の海で永遠になろう」
ぱちゃん、と小さすぎる音を立て、もう二度と息を吸う必要なんてない。
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