第3話 心づもりが必要なのです。色々と。




 立花穂佳たちばなほのかという女は放っておけない。

 ウザイくらいくっついてきても、何故か嫌いにはなれない。

 そういう微妙な距離を保つのが上手い、そんな女の子だ。


 ついでに言うと、穂佳は運動が得意なようだ。長距離走で、人より空気抵抗があるはずなのにトップを独走している。

 いや、むしろ流線型だから人より少ないのか……?

 ちなみに、のっぺり型代表の流華りゅうかは後ろから2番目くらいで必死に走っている。


**


「心波さぁん!」

 放課後。

 新鮮味のある部室への道を進んでいると、下駄箱の辺りで捕まってしまった。

「ちょっと! なんで無視するんですか!」

 知らんぷりをしていると、プクッと頬を膨らませて抗議してきた。いや、だってめんどくさいんだもん。

 彼女は確かにウザさを感じさせない距離感を理解している女だ。しかし、めんどくさい女でもある。

 あと、不用意にくっつかれるとこちらとしても困る。心づもりが必要なのです。色々と。

「今日は、心波さんにお願いがあるんです!」

「お願い?」

「はい! 実は……」

 そう言って、一息おく。

 そんなに緊張するお願いなのだろうか、こっちも少しドキドキしてしまう。


「勉強を教えて欲しいんです!」


 大きな声で、ハキハキと。周りにいた人が全員振り向くくらい。

 言い終えた彼女は、耳まで真っ赤に染め、周辺にはさながら告白した後のような緊張感が漂っていた。

「お、おう」

 それに俺はあまりに普遍的に答える。本音は、恥ずかしいから早くここから離れたい。

「と、とりあえず、部室行こうぜ?」

「え、あ、はい」

 そう言ってそそくさとその場を後にする。すると、周りで立ち止まっていた人達もバラバラと散らばっていく。


「で、どういう意味なんだ」

「そのままの意味ですよぉ」

 そもそも、なぜ俺に聞いてくるのか、こいつは俺の残念な頭を知らないのか、とか様々な疑問が湧いてくるが、ここはひとまずそんなことは置いといて。

「わたし、絶望的に勉強が出来ないんですよ!」

 そうきりだした穂佳はさらに続ける。

「それに、もうすぐ中間テストじゃないですかぁ。高校初めてのテストなんで、いい点数取りたいんですよ!」

 大口高校は県内では有数の進学校だ。いやまあ、生徒からは自称進学校なんて言われているが。

 そのため、中間考査も結構難しい。赤点を取る人も多いみたいだ。

 それに、もうそろそろテスト一週間前に入り、部活が出来なくなる。

 そこからは部活なんかやってないで勉強に集中しやがれっていう教師からのメッセージだ。

 ちなみに、テストで赤点を取ると、もれなく補習がついてくる。彼女が危惧するのもおかしくない。

 しかしまあ、なぜ俺なのだろうか。

 俺は特別成績が言いわけじゃなく、むしろ悪い方。

 入学直後に行われたテストでは、英語は赤点ギリギリを低空飛行していた。

 社会と理科は悪いわけでは無かったが、特別自慢できるほどの点数では無い。唯一誇れるとすれば国語ぐらい。

 教えろと言われて出来そうな科目は社会と理科と国語くらいだ。

 しかし、社会と理科は高校になって現代社会と化学基礎というなんともめんどくさいものに進化したし、国語に至っては、古典と現代文に別れやがった。

 授業を聞いている限りはついていけているが、正直中間考査でどうなるか俺も分からない。

 なので、教えるほどの余裕が無い。

「すまんな、俺もそんな自信がな――」

「大丈夫です! わたしよりは上ですから!」

 遮らないで?あとそんな自信満々で自分を見下さないで?

「いや、だから、俺もそんな頭良くないし」

「わたしよりはマシでしょ!」

 言い切りやがった。

 こいつの点数を知らないからよく分からないが、この言い分だと彼女の点数が絶望的なのは本当の事なのだろう。

 ここまで言われればもう認めるしかないのかね。

 教えるということは自分自身も理解を深められるという利点がある。俺がそんなによく教えられるとは思わないが、物は試しだ。

「分かった。教えてやるよ」

「本当ですか!」

 にぱっと笑顔になり、勢いよく抱きつく穂佳。

 だから、そんな突然抱きつかないでもらいたい、こちらも押さえるの大変なの。


「じゃあ、明日から放課後、わたしの家に来てくださいね!」


「え?」

「は?」

 不意な彼女の言葉に、二方向から声が漏れだした。

 ひとつは俺。もうひとつは姉。

 当たり前だが、穂佳の家、それ即ち流華の家でもあり、穂佳が俺を家に招くということは流華にも関係のあることなのだ。

「ちょっと、穂佳! どうしてこんなやつ家に連れ込むの!」

 姉である流華は、断固拒否の様子。

「えぇー。いいじゃん」

 こちらとしても女子の家には行きたくない。そういうイベントはもう少し後でお願いします。

「部屋で二人っきりで勉強して、ふとした時に手が重なり、そのままベッドインとかぁ」

「あ゛?」

 体をくねくねしながら変なことを言う妹に対して、この世の終わりみたいな声で返事をする姉。

 何だこの姉妹。

「いいじゃん! 心波さん来たってお姉ちゃんに影響ないじゃん!」

「いやよ。だってこの変態がJKの家なんかに来たら、興奮して家がイカ臭くなってしまうじゃない」

 誰が変態か。俺は一般男子高生並だ。ちょっと胸に興味があるだけの。

 にしても、こいつらほんとに双子なのかってくらい差がある。

「伊香立くん。気持ち悪いから胸ばかり凝視しないでもらえる?」

 ごめんなさい。

 それ以上言ったらコロスと言わんばかりに鋭い目線を向けてくる流華さん。

 心の底からごめんなさい。


 色々あって、結局は穂佳が折れ、学校で放課後勉強を教えることになった。

 あの後の流華は恐ろしく、背筋が凍った。NGワード、その存在を改めて理解。

「お姉ちゃん、あそこまでかたくなにならなくてもいいのに」

 ふくれっ面の穂佳。あの場に居にくくなり、部室からでて中庭のベンチに座り込んでいる。

「まあ、別に勉強場所くらいどこでもいいんじゃね」

「でもぉ。家だったらいちゃつけたじゃないですかぁ」

 俺はいちゃつきたくないから学校で良かった。

「んじゃ、そろそろ時間だし、帰るぞ」

 日はとっくに沈みかけて、世界を紅に染めている。

 部室へ帰る道。

 そして、穂佳は小走りで俺を追い越し、こちらを振り返る。

 そして、少し腰を曲げ。


「明日から、よろしくお願いしますね」


 紅の夕日と、それに照らされる彼女の頬。ほんの少しのあざとさと、それを上回る床しさ。

 心を平然に保つのが難しく、彼女のその魅惑的な笑顔におちてしまいそうで、そんな危機感が心の奥を循環する。

 立花穂佳は、とてもめんどくさい女だ。しかし、人との距離感を掴むのが上手い。


そして、なんとも心を動かす、そんな女なのだ。

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