第2話 揺れる揺れる




 大口高校文芸部。

 部員は、3年生1人、2年生1人、1年生3人という少なめな部活。

 俺ら1年生が3人入ったため、何とか部活を存続できたレベル。

 元々、文芸部というパッとしない部活である上に、うちはこれと言った実績が無いため、本当に興味がある人しか入らない。


 文芸部の活動内容は部誌の発行だけであり、それも年に数回だけなので暇な日も多い。

まあ、これも部員の少なさの原因のひとつなのだが。

 そんな文芸部だが、一応大会的なものは存在する。

 夏に部誌を文芸協会に申し込み、その内容と質で競う大会だ。

 県内でトップ2に入れば、全国総文への出場権を獲得できる。

 ちなみに、学校ごとで部誌の質を競う部誌部門の他に、個人の小説の散文部門、俳句・詩・短歌の韻文部門があり、それぞれランキングが発表される。

 部誌部門の成績がいい学校は、当然その他の部門でも成績がいい場合が多い。

 この大会のことを、全国の文芸部員の中ではコンクールと呼ばれている。

 我が大口高校文芸部は、そのコンクールでの成績があまりよくなく、個人でのランキングでは昨年、部長が韻文部門で第三位になったくらい。

 学校側からもあまり期待されていなく、顧問の先生はいるもののほかの部活も担当している先生で、基本文芸部には来ない。

「んあー?なんだ心波。なんか用か?」

 そもそもの話、今年が最後のコンクールであるはずの部長も、部室にてひたすらイベント周回の任についてる時点で、部員にもあまりやる気がない。

 まあ、俺自身もコンクールで勝ちたいからとかそんな大層な理由があって入部したわけでもないから、どうでもいいのだが。

「先輩、マルチしません?」

 所詮この部活はゲームでマルチするための部活だ。めんどくさいことはやらないでおこう。


**


 立花流華という女は、簡単に言えばぼっちだ。

 クラスで誰かと話すこともせず、ただひたすらに活字を目で追っている。

 どうしたらそんなに読書に集中できるのかを聞いてみたいレベル。

 誰か仲良い友達がいる訳でもなく――というか、こいつが学校始まってから誰かと話してるの見たことないな。

 何も話さず、ただ読書をするという姿勢から、クラスメイトに『ミステリアスな女』認定をされていることは恐らく本人が知ることは無いだろう。

 まあ、そんなミステリアスな女に惹かれて無駄な突撃をする輩も一定数いる訳だが。

 大概の場合、話しかけても返して貰えない。言葉のキャッチボールが成立しないのだ。

 とにかく、教室の端っこで本を読むのが似合う女だ。クラスに1人くらい居るよね。


**


 学校の授業で最も楽しいのは何か。

 その問いに俺は体育と答えよう。決して得意な訳では無いが、体育をしていると気分が晴れるような気がする。これがスポーツの力なのか。

 しかしまあ、1年の最初は基本体力テストであり、なんと今日は1500mの長距離走なのだ。嫌だ。今日ほど体育を嫌ったことは無い。

「あ!心波さぁん!」

 やっべ、みつかった。

 俺を見つけた途端にパァーっと笑顔になって、全速力でこちらに走ってくるオッサンもとい穂佳。

 それはもう、揺れる揺れる。どことは言わんけど。

「おぉ!」

 周りの男どもがその揺れに応対して歓声をあげる。所詮男は胸か。変態しかいねぇな。俺も男だけど。

「心波さんにぃ〜、ダぁ〜イブ」

 急に飛び込んできた穂佳に対応できず、そのままダイブを許してしまう。

「えへへぇ、心波さぁん」

 やめて!周りからの目が痛い!俺このままだとやられるから!

「おい伊香立ぃ、おめぇ反逆者リア充だったんだなぁ?」

 ほら来た。

「ちげぇよ。俺のこの嫌そうな顔みてリア充に見えるか?」

「美少女に抱きつかれて嫌とはなんだ妬ましい!」

 どうすればいいんだ俺は。

「もうぉ、いいじゃないですかぁ。このまま結婚しましょぉよぉ」

 とりあえず黙ってくれないかなこいつ。

 ほら、男どもの顔が怖いから。後ろに黒いもん見えてるから。これ俺絶対長距離走ってる時に足かけられるやつだから。


 その後、集合がかかり、サッと並んで体操をした。

そしていざスタート。

 皆集中して、先生のスタートの笛を待つ。

 めんどくせぇな、と誰かが言った。しかし俺は知っている。こんなこと言うやつほど、スタートしたら本気を出すのだ。

 僕遅いから後ろにいるね、とまた誰かが言った。でも俺は知っている。こういう奴は開始早々にみんなを抜かしてトップ層について行くのだ。

 ピーっと長めに先生の笛がなる。その瞬間周りの人の目が本気になった。

 そして、ついに。

「位置について、よーい」

 ピッ。

 鳴った途端に一斉に皆走りだす。

 

 しかしまあ、スタートしたては色々ぶつかりやすいもので、笛の余韻が綺麗に消えた頃、俺は地面で砂を食べていたのだった。

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