ツンツンデレデレ

アガツマ

第1話 ここが学校じゃなければ……!





 僕が彼女と出会ったのはほんの数日前。

 もう一度言おう、数日前。

 なんなら今週の話だ。

 それより前にこいつとの接点はないし、行ってた中学も違えば住んでる地域すら違う。

 出会っていたと言っても、入試の時か説明会の時くらいだろう。

 なのに、だ。

 なんでこいつは俺に抱きついているのだ……!

「えへへぇ〜、心波このはさぁん。抱きしめてぇ〜」

 そう言ってさらに己の体を俺に擦りつけてくる。すると、こいつの女の部分がもろ当たってくるわけで。

 こいつ自慢のザ・爆弾ボディーが丁度胸の当たりにダイレクトアタック。

 場所さえ良ければそのまま押し倒しているが、残念なことにここは学校。マイスクール。ええ、残念です。本当に。

「やめなさい、穂佳ほのか。その男のイカ臭いにおいがうつるわ」

 おっと、心外だ。毎日入念に洗っている。そんなにおいなどするはずがない。……きっと。

「えぇ〜、ならこの想いどこにぶつければいいのぉ〜」

「そこら辺の雑草にでも抱きついてなさい」

 どうやら俺の価値は雑草と同等らしい。


**


 話を戻そう。

 そう、先程から俺に抱きついている女についてだ。

 とは言っても、俺もこいつに関しては名前くらいしか知らない。

 あ、あと何故かこいつが俺にくっついてくることは知っている。理由はしらん。

 3日ほど前、同じ文芸部に入部したのがきっかけで、初めてお話しした。そしたら次の日からこのザマだ。

 ちなみに、さっきから椅子に座って毒を吐きながら読書をしている女――立花流華たちばなりゅうかの妹だ。2人は双子らしい。全く似てないけど。

 姉の方のことは多少は知っている。同じクラスであるから、クラス内自己紹介の時に好きな食べ物くらいは聞いた。

「あはは、今年の新入りは元気がいいな!」

 そんな呑気なことをいう部長。女が男に抱きついているのを元気がいいだけで済ましていいのか。いやまあ、元気ですけど、こっちは。

「ほらほら〜、抱きしめてよぉ〜」

 ナンパオッサンみたいに駄々をこねる立花妹。

「お、おい、やめ、やめろぉ!」

 そして少しづつ下の方に手を伸ばして……。

 ほんとにオッサンみたいだな。

「ちょ、ちょっと立花姉! こいつをやめさせやがれ!」

「あら、伊香立いかだちくん。立花姉なんて呼び方はやめてもらえない?」

 ただのんびりと本を片手に冷たく言う立花姉もとい流華。

「なら、流華! 頼むからこのセクハラオヤジを止めてくれ!」

「下の名前で呼ぶのやめくれない? 仲良いとか思われたら、もう学校来れなくなるもの」

 俺と仲良いというのは不登校の理由になり得るのかよ。

「なら立花!」

「はい! なんですか心波さん!」

「お前じゃねぇ!」

 元気よく答えたのは妹の方。

「そうね……苗字では穂佳と被ってしまうし、とはいえ下の名前を呼ばれるのは癪に障るし……」

 さながら究極の選択みたいに言いやがって。

「あ、そうだわ。そもそもあなたが私を呼ばなければ良いのよ」

 いいアイデア思い付いた!みたいに言わないで貰えます?それってつまるところ俺に話しかけるなって言ってるんですよ?

「あはは、仲良いことはいい事だ」

 この部長は俺らのどこを見ているのだろうか。どこからどう見れば仲良く見れるのか御教授願いたい。

「それじゃ、そろそろ時間だから今日の部活を終わるぞ」

 そう部長が告げたのを合図に、忙しなく帰る準備をしだし、サッと古びた部室から出る。

 壊れかけたドアの鍵を無理やりかけ、お疲れ様でした、と軽く挨拶を済ませて足早に自転車庫へ向かう。

「ど〜して逃げるのよぉ、心波くぅん」

 お前がめんどくさいからだ、なんてこと言えるはずもなく、ただこの言葉を心に封じ込める。いつか言ってやろ。

「お前、家の方向違うから逃げるも何も一緒に帰れないだろ」

「愛があればノープロブレムです!」

 キリッていう効果音が聞こえてきそうなくらいキメ顔で言ってきたが、正直何を言ってるのか理解できない。

「おい、流華。こいつしっかり躾とけ」

 相も変わらず抱きついてきている穂佳の一歩後ろを本を読みながら歩く流華。

 一瞬だけこっちを見て、そしてまた本に目を戻す。

 なんか反応くらいしてもいいのではと思いながら、穂佳を振り払うように小走りで自転車庫へ向かう。

「じゃあな、また明日」

 軽く手を挙げて流れるように言い残しその場を後にする。

「あ……」

 その後の言葉など聞こえるはずがなく――いや、聞こえないように、僕は騒がしい街に姿を消した。

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