第三十三話 地下施設

「マスター……」


 ぴーさんはしばらく黙って、少し離れた場所でホバリングしていた。フラフラと揺れる様子は頼りなく、ようやく絞り出すように、俺を呼んだ。


「ああ。来たぞ。どうする?」

「着いて来て下さい」


「ヒロト、そいつ、チキュウの言葉しか話せないのか? 俺も行くぞ」


 ハザンが俺を後ろに庇って立ち、気配を探るように目を細めてぴーさんを見据える。


「こいつ、生き物じゃねえのかよ……。なんで動いたり喋ったりするんだ?」


 ハザンにそれを説明するのは、なかなか骨が折れる。


「危険、ない。心配、しない。チキュウの話、して来る。ここで待つ」


「ぼくも行く。ぴーさんと話したい」


 ハルがむくりと起き上がった。


「私も行く。ちゃんと話を聞きたい」


 クルミが寝転がったまま、手を挙げる。なんだ、二人とも、起きてたのか。


「ナナミ、ぴーさん来たぞ。一緒に行くか?」

 

 隣で寝ているナナミに声をかけると、こちらはガチ寝だった。ハナがユキヒョウ姿でゴロゴロと喉を鳴らしながら、ナナミの胸のあたりをフミフミしている。


 辺りに薄く漂っていた緊迫感が、見事に霧散した。


「ナナミ、ナナミ」


 もう一度声をかけ、肩を軽く揺する。


 ナナミはパチリと目を開くと、ハナを胸に抱えたまま、くるりと前転して臨戦態勢となった。既に獣化がはじまっている。


 子供を連れた獣の恐ろしさは、俺の腕を持って行った白虎とのやり取りで、嫌というほど味わった。


 自分の嫁に『フーッッ!!』と本気で威嚇されるのは、なかなか凹む事態だ。だがしかし、俺の嫁カッコイイ。惚れ直す。


「ナナミ、寝ぼけんな! ほら、ぴーさん来たぞ」


 ユキヒョウ姿となったナナミが、若干気恥ずかしそうに尻尾を左右にブンブンと降る。ナナミの前足の間で、ハナが目をパチクリと見開いている。


「一緒に行くだろう? 早く服来て来いよ」


 ナナミの背中に二人分の服を乗せると、ハナの首の後ろを咥えてテントへと歩いて行った。あの、キューッと手足を縮めて咥えられるハナ、めちゃくちゃ可愛いんだよな! 俺も今度、鳥の姿で鷲掴みにしてみよう。


 ……いや、巣に運ばれる餌っぽくなるなきっと。



「ぴーさんお待たせ! さ、行こう!」


「あの……マスターだけで……いえ、なんでもありません」


 蚊の鳴くようなぴーさんの呟きが、近くにいた俺とハルには聞こえた。


(ねぇお父さん、ぴーさんって、機械っぽくないよね)


 ハルがクスクスと笑いながら、そっと耳打ちしてきた。


 うん、お父さんもそう思うぞ!


 

 ぴーさんに着いて、崩れた神殿の中へ入って行く。真っ暗な建物内にクルミがビビっていたら、ぴーさんが上から明るいライトで照らしてくれた。


 ぴーさんに会ってから、少し文明の利器の味を思い出してしまった。俺の『自分だけズルしちゃってごめんなさい』病が、シクシクと痛みだす。我ながら、もう少し楽に生きたい。


 爺さんが言っていた通り、すぐに行き止まりになった。入り口らしき場所は、念入りに石が積まれている。


 ぴーさんが何かする前に、入り口の脇に下り階段が現れた。ウィーンという動作音が、なんだか懐かしい感じだ。続いて階段が明るく照らされる。照明が点いたようだ。


「ふふ、なんか夜がこんなに明るいの、久しぶりね」


 ナナミが早速降りようとするのを止めて、俺、ハル、ハナを抱いたクルミ、ナナミの順で長い階段を降りる。


 そこには絵に描いたような、近未来な光景が広がっていた。


 継ぎ目のないメタリックな壁に、斜めに切れ込みの入った金属のドアがいくつも並び、照明器具ではなく、壁や天井全体が柔らかく発光している。


 地下施設なのに、ゆるやかな空気が流れがある。空調も生きているんだな。


「わぁー!! 宇宙船の中みたい!」


 SFチックな内装に、ハルが歓声を上げた。


「ハルくん、その通りですよ。ここは、地球からの移民船の内部です。は宇宙船のサポート端末です」


「ぴーさん、しゅごいね!! エライんだね!」


 ハナが目をキラキラさせて、感嘆の声を上げる。なんだかよくわからんが、ぴーさんが凄いと思っているらしい。


「なんだ、もうAIのふりはヤメか?」

「……そのまま突き当たりまで、奥に進んで下さい」


 俺の質問には応えずに、ぴーさん……ドローンはスイっと先に行ってしまった。


 そして、突き当たりの部屋で俺たちを待っていたのは――。


 黒い耳と、見事に長い尻尾を持った『黒猫の英雄』その人だった。

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