第三十話 旅の醍醐味
パスティア・ラカーナの人々は、比較的早寝早起きの人が多い。電気製品などあるはずもなく、夜は闇に包まれるからだろう。
灯りは火を使ったランプのみだが、そこは獣の人。
ハザンとトプルの兄弟は、夜の遊びが過ぎるタイプで、街にいる時はよく、酒場や賭場へ繰り出していた。そのせいか、二人とも三十路を半ばにして、まだ独り身。
旅の間も、朝メシの匂いが漂ってから、ようやく寝床から這い出して来るあり様だ。
ところが、最近のハザンは、朝の鍛錬に余念がない。俺とハルが、朝のストレッチをはじめる頃には、もう剣を使った
朝の冴えた空気の中、身体から湯気を立ち昇らせながら、剣の軌道をなぞるように繰り返す。どうやら、本気でルルに挑むつもりらしい。
別にルルは『私と付き合いたくば、倒して見せろ!』とか、言ってる訳じゃないんだけどな。
惚れた相手にイイトコ見せたい気持ちは、まぁ、わからんでもない。とりあえず頑張れ!
俺とハルがストレッチと筋トレメニューを終える頃、ナナミとハナが起きて来る。一緒に顔を洗って塩で歯を磨き、朝食の準備をはじめる。
昨夜の残りの雑穀ごはんで、具沢山の雑炊を作る。爺さんが大岩の家から持って来てくれた、さゆりさん特性のピリ辛ピクルスがあるから、あとは小ぶりの芋を
途中で爺さんとロレンが、朝の狩りから戻って来た。手の平サイズのウサギを五羽。シラタマとクロマルを思い出して、ちょっと胸が痛んだ。
ミンミンの街の人は、あまり肉を食わない。目の前に豊かな海の幸が溢れているのだから無理もない。種類の豊富な魚に、貝類や甲殻類、イカやタコ、クラゲに似た生き物も獲れる。
そのため、ナナミは動物の解体をした事がなかった。この旅で、爺さんとハルに手ほどきを受けている。
初めてハルの狩りや、鳥の羽をバリバリと
「昆虫採集すら出来なかったハルが……! 猫の喧嘩を見て、怯えて泣いていたハルが……!!」
うん、ハルくん、ワイルドになっちゃったの。でも、悪くないだろう?
ハルとハナを背中に乗せて、片手で腕立て伏せをするハザンを眺めながら、昨日のイチヂクっぽい果物をペースト状にする。そろそろ賞味期限の近いミルクで延ばして、ミルク寒天を作ろう。
冷たい小川の水と一緒に保冷バッグに入れておけば、午前の休憩の頃には食べごろになるだろう。
「野外料理、楽しいねぇ! 材料がどんどん増えるのが凄いね!」
ナナミが雑炊に、ウサギ肉を入れながら言った。現地調達と、その場のアレンジが旅の醍醐味だよな!
言っているそばから、朝の散歩から帰ったクルミとアンガーから、大葉に似た水辺の葉野菜と酸っぱい茎を渡される。このイタドリに似た酸っぱい茎は、アク抜きして炒め物に使うと、すこぶる雑穀ごはんと相性が良い。
ヒュールーが濃い紫色の、桑の実に似た小さな果実付きの枝を咥えて舞い降りて来た。
おお! 今朝はみんな大漁だな!
二、三日中には、ザバトランガとミョイマー地方の境い目辺りに差し掛かる。ルルの書いてくれた地図はなんとも大雑把なものだったが、空から探せばなんとかなるだろう。『英雄の神殿』は、石造りの半壊した遺跡だ。
入り口は全て、厳重に埋められているらしいが、ぴーさんは、秘密の入り口的なものを使っているのだろうか?
クルミの精神状態は、アンガーのお陰で安定したようだ。先の見えない成り行きの中で、自分を大切に想ってくれる存在は、何よりも心強い。
クルミの場合、
クルミはとても不器用で、踊る以外の事は上手く出来ない自分に、大きなコンプレックスを持っている。
唯一の特技であり、大好きなバレエに打ち込む事で、折り合いをつけて生きて来たのだ。それを手放すのは、俺が色鉛筆を握れなくなるようなものだろう。
『そのままでいい』と言ってくれたアンガーが、王子さまに見えた……とか何とか……。
お、王子さまか……。ハルのヒーローにして、クルミの王子さまか……! アンガー、大忙しだな! 三年は結構長いぞ!
さて、英雄の神殿だが、ルルが言っていた事で、ひとつ気になる話があった。
ここ一年ほどで、すっかり『近寄れない場所』になってしまったのだとか。近寄ろうと一定の範囲に入ると、不快な音が聴こえて来る。鳥肌が立つような、耳鳴りのような音がする。そんな噂が立っているらしい。
これは……!
その奥に向かう途中で、同じような『音の壁』に
英雄の神殿にも、同じものがある。しかもここ一年でその装置が起動した。
俺たちがこのパスティア・ラカーナに飛ばされて来て、一年と二ヶ月。
これは……一体、どういう付合なのだろう。
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