第二十八話 出立
「おーい、そろそろ出かけるぞ!」
「待って待って! やっぱりハナのパンツもう一、ニ枚持って行く! 大丈夫、畳めば小さくなるから!」
「ハナちゃん、おもらししないもん! パンツそんなにいらないよ!」
「でもホラ! 他の事にも使えるから!」
ハナのパンツ、他に何に使うって言うんだよ。
しかし懐かしい光景だな! ナナミが出かけに玄関先で、バタバタと荷物を増やしていく。東京にいた頃は、ちょっと近所の公園へ出かける時でも、必ず繰り広げられた光景だ。
俺とハルは三つの旅を経験した。ドルンゾ山脈を越えたラーザへの旅、砂漠を横断してミトトを目指した旅。そして、ハナも一緒にトルルザの街を経由して、このミンミンの街への旅。
だがナナミは、その間ほとんどミンミンの街から出なかったらしい。お陰ですれ違う事もなく、この街で再会する事が出来たわけだが、俺は少々意外だった。
『まずはやってみよう〜!』がモットーのナナミが、一年近くも大人しくしているなんて……。
「ヒロくんが『絶対に迎えに行くから諦めるな!』って言ったからだよ。私はヒロくんの執念深さを、信頼しているからね!」
ふふふと、この上なく嬉しそうに笑う。その割には再会第一声は『遅いよバカ! 待ちくたびれたよ!』だったけどな!
今回ぴーさんの招待を受けて、俺たちはザバトランガ地方の
順調に行けば、二週間程度の道のりだ。ぴーさんのマスターである俺は当然行くとして、その他の同行メンバーは、けっこう揉めた。
全員が、断固として行きたがったのだ。
ハルは当然のように自分は行くと思っているし、ハナは置いて行かれないように、気がつくと俺の物入れに潜り込んでいる。ハザンとアンガーは護衛として、絶対に着いて行くと言い張り、ロレンと爺さんは耳なしの遺跡と聞いて目を輝かせた。
俺はひとりで鳥の姿になって、パパっと行って来ようと思ってたなんて、とても言えなくなってしまった。
話し合いの結果、当事者である地球出身者は、全員行く事になった。俺とナナミ、ハル、ハナ、クルミの五人だ。
このメンバーだと、若干戦闘力に不安があるが、あくびとヒュールー(クルミが育てた若い谷大鷲)が居れば何とかなる気がする。
だがーー。
久しぶりにキャラバンの連中と、一緒に旅がしたい。そんな気持ちがむくむくと湧いて来た。爺さんに至っては、俺が意外にしっかりやれているところを見て欲しい。まるで父兄参観で、良いところを見せたい小学生みたいだ。
俺はどうやら、自分の親父に出来なかった親孝行を、爺さんにしたくて仕方ないらしい。
もう、全員で行っちまうか!?
半分ヤケで俺がポロリと言うと、全員が『ヤー!!(肯定・同意)』と非常に良い返事をした。いそいそと
それぞれの後ろ姿を眺めたナナミが、ふふふと笑った。
「ヒロくんたら、愛されちゃって!」
「騒ぎたいだけだろう? でも、みんなイイ奴らなんだ」
「うん、みんな面白い! ハザンはおやびんって感じだし、ロレンはツンデレの王子様みたい。アンガーはぶっきらぼうだけど、びっくりするくらいピュア!」
「爺さんは?」
「カドゥーンさんは……」
ナナミがポッと赤くなる。何いぃぃっ?
「ハイジの『おん爺』みたいだよねぇ。すごく素敵……」
爺さん素敵には俺も激しく同意するが、赤くなるだと……?
「さゆりさんとの出会いの物語……素敵よねぇ」
キャベツが、そんなに素敵か?
「まっ! ヒロくんが一年もかけて私を探してくれた方が、断然素敵だけどね! 知ってる? ミンミンの若い子たちの間で、私たち有名なのよ?」
知らねぇよ! それナナミが話したからだろう?! ……勘弁してくれぇぇ!!
二台の馬車を先導するように、二羽の谷大鷲が空に舞う。見事に大きな翼を広げた若い方は、クルミが
脚が欠けていて、巣から落とされた雛をクルミが拾って育てた。爺さんが義足を作ってくれたので、歩く事にも不自由はないらしい。
俺の義手を作る時、爺さんがやけに手馴れていたのは、ヒュールーの義足を作った経緯があったからなんだな。
ヒュールーの後ろを、フラフラと危なっかしく着いてゆく、翼の短い幼鳥はハルだ。
ハルはこのところ、朝から晩まで鳥の姿で、飛ぶ練習をしている。日暮れにクタクタになって帰って来て、晩メシの最中に居眠りをはじめるあり様だ。
そのハルの練習に、付き合ってくれたのがヒュールーだ。俺とハルほどではないが、何となく意志の疎通が出来る。こちらの思い込みかも知れないが。
面倒見が良いし、風の流れを見る能力は、さすがに本物の大鷲だ。俺も風に対する翼の角度や広げ方、狩りのやり方まで教えてもらった。
獲物に向かって急降下する時の、高揚感がヤバイ。癖になったらちょっと怖いな。
鳥の人になってから、空気や風の感じで、おおよその天気が読めるようになった。飛べばもっとはっきりと判る。湿気や匂い、肌感触が、耳なしだった頃とは全然違うのだ。
今朝の風には、夏の終わりを少し感じる。日暮れあとには、
俺はあくびの背中の上で、二羽の大鷲の飛ぶ空をスケッチブックに切り取っている。切り立った海岸線と、青い、青い空。
青の顔料は値段が張る。ミンミンの街に来てから、ちょっと使い過ぎて家計を圧迫している。だが、この空と海は、描かずにはいられない。
あくびの横を走る馬車では、
ミンミンの街が遠ざかる。目指すは『英雄の神殿』。ぴーさんは今頃、どうしているのだろう。
ふと、ピロピロと稼働音をさせて、銀色玉子に入っていく姿を思い出す。人気のない遺跡の中で、たったひとりで俺を待っているのだろうか。
その様子は、目の前に広がる色鮮やかな夏の景色とは対照的に、ひどく寒々しく、淋しそうに感じた。
全くしょうがねぇな! 今行くから、待ってろよ!!
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