閑話 ハザンの恋

 茜岩谷サラサスーンの面々が、ミンミンの街へ到着してから二週間。そろそろ俺の義手が、仕上がりそうというある日の事。


「ヒロト、ちょっと話があるんだ。今晩、呑みにでも付き合ってくれ」


 ハザンに呼び止められ、声を潜めるようにして持ち掛けられた。見れば、耳をへにょりと倒している。


「どうした? 具合、悪いのか?」

「そうかも知れねぇ。食欲がねぇ」


「診療所行く、ルルに見てもらう」

「いや、それは勘弁してくれ! ルルにあちこち撫でまわされるなんて……! 考えただけで爆発しちまう!」


 言いながら、頭から湯気を吹く勢いで赤くなる。ハザンが照れてる……?? 爆発って、下ネタ的な意味じゃなくて?


 これは……もしや、面白い事になっているのか?


「ルル、惚れた?」

「いやっっ!! 惚れたっつうか、すげぇ良い女だなって思うけど……! 俺なんか相手にされるはずがねぇ……」


 俺から眼を逸らし、俯いて消え入りそうな声を出す。全くもってらしくない。ハザンが尻尾を足の間にしまっているのなんて、初めて見たぞ!


「うぐぐがっ! 素面しらふでこれ以上は無理だ! 呑んでからじゃねぇと、もうひと言足りとも話さねぇからな!!」


 からかわれるとでも思ったのか、言い捨てて、ズンズンと歩いて行ってしまった。


 ハザンとルルかぁ……!


 案外お似合いなんじゃねぇの?



「なぁ、ナナミ。ルルって、今ひとりだよな?」

「恋人がいるかって事? いないんじゃない?」


 夕食の支度をしながら、台所でナナミから情報収集を試みる。


「好きなタイプとか、聞いた事あるか?」

「うーん、ネコ科の男は自分勝手だから嫌とか、言ってた事があるかなぁ」


「そうなのか?」

「さあ?」


 そう言われてみれば、ロレンもアンガーもマイペースだよな。ハザンは狼だから、イケる?


「あ……! 自分より強い男じゃないと嫌って言ってたかも!」


 ルルより強い男? そんなの、どこにいるんだよ!



「なぁに? どうしたの?」


 恋バナの気配を嗅ぎつけたのか、ナナミの声が楽しそうになる。


「このあと、ハザンと呑みに行く約束なんだ」

「へぇー、ほほうー、ふーん」


 意味深に、鼻歌なんぞ歌い出す。


「ハザンに話を聞いてくるから、さりげなくルルの方、頼むよ」

「ふふふ、任せて!」


 さりげなくだぞ?!



 日が暮れるのを待ってから、ハザンの泊まってる宿屋へと向かう。ミンミンは小さな街だが、海産物の取引が盛んなので、商人のための宿屋や飯屋が多くある。


 宿屋の扉を開くと、カランカランと可愛らしい鐘の音が鳴った。客の出入りを知らせる音だ。


 ハザンは昼間と同じくシケた面をして、店の奥で手酌で呑んでいる。店に入ってきた俺に気づき、軽く片手を上げる。


「よぉー、ヒロト。ハルとハナは寝たのか?」

「起きてたよ。まだ宵の口だ」


 もう、割と出来上がってるのな。鼻の頭が赤い。


「ハルもハナも良い子だ。ハルは芯が強くて素直だし、ハナは二日酔いの朝の、ルラの実のスープみてぇだ」


 例えが食いもんかよ! ルラの実のスープは、日本でいうところの『シジミの味噌汁』的なスープだ。二日酔いに効く。


「疲れた胃に染み渡るんだ……」


 そ、そりゃあ何よりだな。


「なぁヒロト、耳なしの求愛行動って、どんなだ?」


 んあ? いきなりだな! うーん、贈り物をしたりするかな? 狼はどうなんだ?


「旨いもん食わしてやりてぇ」


 なるほど。


「喜ぶ事、何でもしてやりてぇ」


 お、おう。


「ルルによく似た子供が欲しい」


 気が早いな!


「教会の子供たちといると聖母さまみたいだし、三節棍を持てば風の神シャンパみたいだ……」


 メロメロじゃねぇか……告白してみろよ。


「なんであんな良い女が独り身なんだ?」


 あー、うん。結構込み入った事情があるんだよなぁ。俺で説明できるか?


「ルルは孤児みなしごだった。深い事情あるらしい。家族作る、怖い、言ってたな」


「なんだよ! なんでそんな哀しい事言うんだよ。誰がそんな、寂しい事言わせるんだよ!」


 おいおい、泣くなよ! あーあ、空きっ腹で呑むから……!


「俺が……俺が家族になってやりてぇ〜!」


 本人に言ってみろって。結構お似合いだと思うぞ。


「あ、でも……。ルルは自分より強い男じゃないと嫌だって言ってたらしい」


 俺の言葉を聞き、ハザンがピタリと泣き止んで、真剣な顔になる。


「ルルに勝てって?」


 勝てるのか?


「腑抜けてる場合じゃねぇな。酒なんか呑んでる暇はねぇ」


 ハザンがツマミの焼き鳥に、獰猛に食らいつく。目に肉食獣の光が戻る。ちなみに、その焼き鳥、俺の!


「女を口説く方法なんざ、わからねえ。正直、ルルに勝てる気はしねぇ。だが……」



 挑む前に逃げる訳にはいかねぇよな!



「ヒロト! 修行するぞ!」


 えっ? 俺が相手すんのかよ! 無理に決まってるだろ! カミューにでも頼めよ!


「よし、カミューは詰所か? 先に行ってるぞ!」


 俺まだ焼き鳥ひと口しか食ってねぇし、注文した酒も出てきてねぇぞ?



 おーい、ここ、俺が払うのかよ!

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