閑話 ハザンの恋
「ヒロト、ちょっと話があるんだ。今晩、呑みにでも付き合ってくれ」
ハザンに呼び止められ、声を潜めるようにして持ち掛けられた。見れば、耳をへにょりと倒している。
「どうした? 具合、悪いのか?」
「そうかも知れねぇ。食欲がねぇ」
「診療所行く、ルルに見てもらう」
「いや、それは勘弁してくれ! ルルにあちこち撫でまわされるなんて……! 考えただけで爆発しちまう!」
言いながら、頭から湯気を吹く勢いで赤くなる。ハザンが照れてる……?? 爆発って、下ネタ的な意味じゃなくて?
これは……もしや、面白い事になっているのか?
「ルル、惚れた?」
「いやっっ!! 惚れたっつうか、すげぇ良い女だなって思うけど……! 俺なんか相手にされるはずがねぇ……」
俺から眼を逸らし、俯いて消え入りそうな声を出す。全くもってらしくない。ハザンが尻尾を足の間にしまっているのなんて、初めて見たぞ!
「うぐぐがっ!
からかわれるとでも思ったのか、言い捨てて、ズンズンと歩いて行ってしまった。
ハザンとルルかぁ……!
案外お似合いなんじゃねぇの?
「なぁ、ナナミ。ルルって、今ひとりだよな?」
「恋人がいるかって事? いないんじゃない?」
夕食の支度をしながら、台所でナナミから情報収集を試みる。
「好きなタイプとか、聞いた事あるか?」
「うーん、ネコ科の男は自分勝手だから嫌とか、言ってた事があるかなぁ」
「そうなのか?」
「さあ?」
そう言われてみれば、ロレンもアンガーもマイペースだよな。ハザンは狼だから、イケる?
「あ……! 自分より強い男じゃないと嫌って言ってたかも!」
ルルより強い男? そんなの、どこにいるんだよ!
「なぁに? どうしたの?」
恋バナの気配を嗅ぎつけたのか、ナナミの声が楽しそうになる。
「このあと、ハザンと呑みに行く約束なんだ」
「へぇー、ほほうー、ふーん」
意味深に、鼻歌なんぞ歌い出す。
「ハザンに話を聞いてくるから、さりげなくルルの方、頼むよ」
「ふふふ、任せて!」
さりげなくだぞ?!
日が暮れるのを待ってから、ハザンの泊まってる宿屋へと向かう。ミンミンは小さな街だが、海産物の取引が盛んなので、商人のための宿屋や飯屋が多くある。
宿屋の扉を開くと、カランカランと可愛らしい鐘の音が鳴った。客の出入りを知らせる音だ。
ハザンは昼間と同じくシケた面をして、店の奥で手酌で呑んでいる。店に入ってきた俺に気づき、軽く片手を上げる。
「よぉー、ヒロト。ハルとハナは寝たのか?」
「起きてたよ。まだ宵の口だ」
もう、割と出来上がってるのな。鼻の頭が赤い。
「ハルもハナも良い子だ。ハルは芯が強くて素直だし、ハナは二日酔いの朝の、ルラの実のスープみてぇだ」
例えが食いもんかよ! ルラの実のスープは、日本でいうところの『シジミの味噌汁』的なスープだ。二日酔いに効く。
「疲れた胃に染み渡るんだ……」
そ、そりゃあ何よりだな。
「なぁヒロト、耳なしの求愛行動って、どんなだ?」
んあ? いきなりだな! うーん、贈り物をしたりするかな? 狼はどうなんだ?
「旨いもん食わしてやりてぇ」
なるほど。
「喜ぶ事、何でもしてやりてぇ」
お、おう。
「ルルによく似た子供が欲しい」
気が早いな!
「教会の子供たちといると聖母さまみたいだし、三節棍を持てば
メロメロじゃねぇか……告白してみろよ。
「なんであんな良い女が独り身なんだ?」
あー、うん。結構込み入った事情があるんだよなぁ。俺で説明できるか?
「ルルは
「なんだよ! なんでそんな哀しい事言うんだよ。誰がそんな、寂しい事言わせるんだよ!」
おいおい、泣くなよ! あーあ、空きっ腹で呑むから……!
「俺が……俺が家族になってやりてぇ〜!」
本人に言ってみろって。結構お似合いだと思うぞ。
「あ、でも……。ルルは自分より強い男じゃないと嫌だって言ってたらしい」
俺の言葉を聞き、ハザンがピタリと泣き止んで、真剣な顔になる。
「ルルに勝てって?」
勝てるのか?
「腑抜けてる場合じゃねぇな。酒なんか呑んでる暇はねぇ」
ハザンがツマミの焼き鳥に、獰猛に食らいつく。目に肉食獣の光が戻る。ちなみに、その焼き鳥、俺の!
「女を口説く方法なんざ、わからねえ。正直、ルルに勝てる気はしねぇ。だが……」
挑む前に逃げる訳にはいかねぇよな!
「ヒロト! 修行するぞ!」
えっ? 俺が相手すんのかよ! 無理に決まってるだろ! カミューにでも頼めよ!
「よし、カミューは詰所か? 先に行ってるぞ!」
俺まだ焼き鳥ひと口しか食ってねぇし、注文した酒も出てきてねぇぞ?
おーい、ここ、俺が払うのかよ!
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