第二十七話 新しい左腕

 爺さんが突貫工事で義手を作ってくれた。


 俺が望んだ新しい左腕の役割は、主に支える事。包丁を使う時、スケッチブックを開く時、ベッドから立ち上がる時、トイレに行く時。


 長さと重さが両手でバランスが取れていて、押さえたり引き寄せたり出来れば、あとは右手でどうにかなる。


 これは爺さんのセンスと技術があれば、そう難しいものではなかった。装着部分に負担が集中しないように、肩から吊って膝で固定する優しさ設計だ。


 指は作らなかった。


 細い指先は折れやすいし、固定された形では汎用性が低い。俺に必要な左手は『丈夫で長持ち』。そして『人を傷つけない事』だ。


 子供たちを抱き上げたり、ナナミを抱きしめる時『両手で』『ギューっと』というのは、意外に重要な要素だった。出来なくなってからでないと、分からない事もある。魂の充足感が全然違う。


 爺さんの作ってくれた義手を着けて、ハルとハナを両腕で抱きしめた時には、不覚にも涙腺が緩んだ。


 いつまでも顔を上げずに、二人を抱きしめている俺を見て、爺さんがそっと席を外してくれた。



 さて。汎用タイプの義手で、どうにもならないのは、ラッカ(マンドリンに似た楽器)とスリング・ショットだ。


 他にも色々不便はあるけれど、右手だけでは補い切れない事で、諦めきれなかったのがその二つ。


 爺さんと相談の上、ピックに似た『チュイ』と呼ばれる弾具付きの、アタッチメントを作ってもらった。


 義手でラッカの弦を押さえるのは、さすがに無理なので、弦を逆張りにして右手で押さえる事にしたのだ。弾くだけならば、義手でもなんとかなるだろう。


 力加減になかなか苦労しているし、右手の指が思うように動かない。もどかしいが、初心者になったつもりで気長に練習しようと思っている。


 ひそかに『左利きの弦楽器弾きって格好良いんだよな!』と思っているのは、おそらくパスティア・ラカーナ中で俺ひとりだろう。


 スリング・ショットは、義手に内蔵してもらった。武器を使う状況の緊急性を考えて、膝の固定を外すと、骨組みの内側に仕込んだスリング・ショットが立ち上がるスグレモノだ。発射台が付いていて、七発まで玉が自動で装填される。


 普段使いには若干カジュアルから遠いけれど、これから時間をかけて改善してくれるらしい。


 このスリング・ショットの更に奥には、念願のロケットパンチ内蔵だ。実はロケットでもパンチでもなく、最後の手段として振りかぶって投げる、催涙弾に近い。各種目と鼻に効くスパイス配合だ。


 これは本当に最後の手段で、あとは全力で逃げるしかない場合に使う事になるだろう。そんな事態が起こらない事を、切に願う。


 うん。フラグっぽい発言だな。いや本当に勘弁して欲しい。




▽△▽


 クルミが来たので、久しぶりに『地球出身者秘密会議』を開催した。主な議題はもちろん『ぴーさん』の事。


「えっっ?? 未来? 五百年以上?!!!」

「か、か、かっっ! 感染症って、病気? みんな大丈夫なの?!!」


 目を白黒させて、ハルの額に手をあてる。感染症なのに自分に移るかどうかより、ハルを心配してくれる。優しい子だ。優しくて、迂闊うかつだ。


 クルミ、自分も大切にしないと、ダメなんだぞ!


 クルミはだんだん話が進むにつれて『ほえ〜』とか『ふわぁ〜』としか言わなくなった。さすがに情報過多だったか?


 ところが、ワクチンの存在について説明をはじめると、途端にクルミの目が真剣な色へと変わる。


「ワクチンを打てば、耳なしのままでいられるの?」


「ぴーさんはそう言っていたな。獣化ウイルスにはその年の流行があって、クルミの転移は微妙に流行時期とズレていたらしいな」


 ウイルスには潜伏期間に個人差があるらしく、ハナとナナミの発症時期が異なるのはそのせいだろう。ちなみに去年の流行は、女性しか感染しないタイプらしい。


「今年は、どんなタイプのウイルスが流行するのかな?」

「うーん、ぴーさんに聞いておくべきだったな。すまん」


 クルミはすっかり黙り込んでしまった。


 十二歳という年齢には、あまりに重い決断を迫られている。感染すれば、地球には戻れない。手立てがあったとしても、戻れば待っているのは異形として生きる苦痛と、感染症を撒き散らす危険性。


 ワクチンを打つ事を選べば、パスティア・ラカーナで耳なしとして生きなければならない。


 大人でも答えを出す事など、難しい問題だ。


 だが、選択肢があるとしたら、クルミに告げないわけにもいかない。


「クルミ、まだ時間はある。ゆっくり考えればいい」

「ううん、おじさま。私は耳なしのままでいたい。この足で……この身体でまだまだ踊っていたいの」


 ……クルミは、そう言うだろうとは思っていた。だが、まだ他の可能性があるかも知れない。例えば、潜伏期間を延ばすとか、感染を一時的に防ぐだとか。


 何しろここは、遙か未来の地球と繋がりのある場所なのだ。惑星開発だとか、星間航行だとか、そんな科学力だ。医療の分野でも、俺の想像もできないような進歩があって不思議ではない。


 どちらにしても、ぴーさんの元を訪ねなければいけない。話はそれからだ。


 義手も出来たし、そろそろ出発するか!!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る