第十九話 第二の罪
五百年の間に起きた事は、ぴーさんは多くを語らなかった。
ただ、言葉と文化が混ざり合い、地球人としての意識が薄くなるのは早かったと言う。人間というカテゴリから外れてしまった人たちが、逃げ出した先で作った世界なのだ。
お互いの傷は、自分の傷だった。仲間意識は強くなるだろう。そして、助け合わなければ、生き残れない厳しい環境でもあった。
皮肉な事に、世代を重ねるごとに獣化ウイルスに対抗出来る子供が生まれるようになった。
二足歩行や獣人の姿を取れる世代が多くなる頃には、地球人のための開拓は放棄される。
人々は独自の言葉と文化を育て、パスティア・ラカーナの地に根を張り、地球の事を忘れ、逞しく暮らしはじめる。
残ったのは、獣の姿を晒す事への忌避感と、様々な獣の人であっても、ひとつの種だという意識。宿主の獣の特性に優劣は生まれなかった。
なぜなら、皆が等しく被害者だったのだから。
獣化被害者同士が、宿主の動物の種類に関わらず、子供を作る事は可能だった。そして子供はほぼ、母子感染して生まれてくる。
そうでない場合も、新生児の頃に蔓延する獣化ウイルスに感染する。地球から持ち込まれた、ワクチンを使う選択をする者は、ごく移住当初からいなかったらしい。
五百有余年が過ぎ、地球のある大国の為政者が、遠い昔に忘れられた、開発途中の小惑星を思い出した。
地球からの距離や、厳しい環境から『投資を継続する価値はない』と判断され、当時の移民団に自治権が譲渡された案件だった。
ふと興味を持った為政者が、当時の記録を調べているうちに、この小惑星の開拓団が
地球では遥か昔に根絶したウイルスだ。それでも今もなお恐れられ、妊婦は必ず口径のワクチン摂取が義務付けられている。
全ての大型類人猿を絶滅させ、幾つもの街を獣だらけにしたウイルスだ。未だ人類学的に『有史最大の、人類絶滅の危機だった』とされている。
地球では、獣化被害者たち移民団は、とうに絶滅していると思われていた。当時、獣化被害者たちを移民団に仕立て上げた大国は、世界中から『許されない隔離政策だ』と非難されたらしいが、それすらも歴史の彼方の出来事だった。
そして、急遽送り込まれた無人探査機が持ち帰った映像は、世界中の人々の度肝を抜いた。
様々な動物の耳や尻尾を持つ人々、腕に小さな美しい翼と見事な尾羽を持つ人々が、素朴に、逞しく暮らしていたのだ。
見た事もない不思議な植物や動物、厳しくも力強く、美しい大自然。
便利さと引き換えに、地球がとうに失ってしまった大地と共に生きる人々の生活がそこにあったのだ。
この時、地球では様々な論議が行われた。
『棄民政策を謝罪し、保護や賠償責任を負うべきだ』
『彼らは独自の文化を築いている。既に地球人とは、別の種と考えるべきだ』
『そもそも、現地の獣化ウイルスは、我々地球人に影響があるのか?』
『なんて素敵! ぜひ現地に行って人々の生活を覗いてみたい』
何度も無人探査機が送られ、調査が進み、変化した獣化ウイルスのワクチンが開発されると、人々はパスティア・ラカーナへの渡航を望んだ。
地球人が選んだのは『謝罪や賠償責任』でも『異なる文化との対等な交流』でもなかった。
パスティア・ラカーナを、まるでテーマパークのように扱い、渡航ツアーを組み、一方的な観光地とする事だった。
地球人はまたひとつ、罪を重ねた。
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