第二十話 その時が来たら

 そこから先は、トルルザ教会のアトラ治療師長の話と、ほぼ一致する。


 地球人は『耳なし』『使徒さまカチューン』と呼ばれ、空飛ぶ船に乗ってパスティア・ラカーナを観光して廻った。船を降りて買い物をしたり、祭りに参加したりもしていたようだ。


 地球サイドはパスティア・ラカーナの観光地としての価値を良く心得ていた。地球の文明の持ち込みが禁止され、現地の文化を守るために交流も厳しく制限された。


 あくまで上から目線ではあったが、地球の植民地時代を考えると、いっそ良心的だと言えるかも知れない。


 ぴーさんの話を、俺はなるべく口を挟まないで聞いていた。話の腰を折りたくなかったし、ぴーさんが『我に返ってしまう』のを防ぎたかった。


 既にこっそりと、スマホの録音機能を立ち上げてある。ここは、ひとつでも多くの情報を引き出したい場面だ。


 ぴーさんは地球産のドローンであるはずなのに、その『主観』は一貫して獣化被害者と、パスティア・ラカーナサイドにある。


 地球人を、憎んでいると言っても過言ではないほどだ。だが、同族嫌悪や自嘲の色も見て取れる。おそらく、ぴーさんの中の人は、獣化被害者の子孫……パスティア・ラカーナ人ではない。


 地球人だろう。


 そして、気になるのは時間の経過だ。ぴーさんの製作年は、俺たちの暮らしていた時代から四十年後。獣化ウイルスが発生したのは、五十年後だ。


 獣化被害者たちがパスティア・ラカーナに移住してから、観光化がはじまるまでに五百年。


 ぴーさん、又は中の人が認識している地球と、俺の知っている地球とでは、この時点でずいぶんと時間的に開きがある。


 そこから更に、耳なしが昔話になる程度の時間が流れている。


 ぴーさんがその間、ずっと存在していたのだとしたら、やはりAIなのだろうか? 自己学習機能付きのAIが五百年以上稼働し続けたとしたら、人間味が出てきても不思議はないような気もする。


 だが、それにしても……。


 俺たち家族やさゆりさん、クルミは、一体どうしてこの地に飛ばされてしまったのか。



 ぴーさんは俺の『クルミをなんとか地球に帰してやりたい』という言葉に反応して、この告白をはじめた。


 このパスティア・ラカーナの歴史と地球人の罪が、その事に関わってくるのだろうか。


 そろそろ日が暮れる。ハルやハナが遊び疲れて戻ってくる時間だ。


 ぴーさんの話は、黒猫の英雄と耳なし……地球人との全面戦争に差し掛かる。



「お父さん、ただいま〜!」

「ちゃーま(ただいま)! とーたん、おなかペコペコ〜!」


 ハルとハナが扉を開けて、元気良く帰ってきた。不意に部屋がすっかり薄暗くなっている事に気づく。


「マスター。今日のところはこのくらいにしましょう」


「また続きを聞かせてくれるのか?」

「はい。お約束致します」


 ぴーさんが、銀色卵の収納ポッドへと収まる。


「あれ? 今日はもう、ぴーさん戻っちゃうの?」

「ぴーさん、おやすみ〜!」


 ハルとハナが、部屋の明かりを灯しながら言った。



▽△▽



 その晩、ぴーさんは銀色卵と共に、忽然と姿を消した。


 とんでもない置き土産を残して。






「お父さん!! ぼく、ツバサが生えて来た!!」


 まだ朝焼けが淡く空に残る早朝、ハルが血相を変えて寝室に飛び込んで来る。


「ええっっ?!」


 ナナミと同時にベッドの上で飛び起きる。


 ナナミが心底驚いた顔をしてハルを見たあと、俺を指差して言った。


「ちょっと! ヒロくんも生えてるよ!! ハルと同じ、鳥の人だよ!!」


 恐る恐る自分の腕をみる。


 右肘から先に、小さく折り畳まれた翼がある。尻にも違和感が……!!



 おいっっ!! 昨日『時が来たら……』とか言ってただろうが!


 まじかーっっっ!!!!

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