第7話

 母が顔を背けたのを切っ掛けに、ふたたび障子を閉めた。

「ゆ、き、は、やだね」

 天井に目を向けたまま、ぽつりとこぼした。


 母は冬が好きではない。若い頃に辛い思いをした冬が好きではないのだ。

 ふと残り少なくなったカレンダーに目を向ける。母が寝たまま見られる場所にかけてある。しかしカレンダーは五月のままにしてある。


 ガラスの粉を散らしたように初夏の陽射しを反射する川面に、一羽の白鷺がシルエットのように立ち尽くしている風景写真である。


 今月の写真は、湖から望む白い富士なので、母には見せないようにしてある。

 果たしてカレンダー通りの季節まで母は元気でいてくれるだろうか――。


 私は、果物カゴから蜜柑をひとつ手にすると、皮を剥いて白い筋まできれいに取り除いて、「蜜柑よ」と声をかけながらひと房母の口元に持って行く。

 母は、軽くせながらおいしそうに蜜柑を吸った。


 そんな穏やかな母の顔を見ながら、私は零れ落ちる泪をそっと人差し指で拭った。

 

              ( 了 )

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